Dream | ナノ

心に言い聞かせて


柳くんからのメールには朝10時に駅改札に来て欲しいと書かれていた。確かにあの駅周辺はお店が多いから買い物にはぴったりだ。
そして、今日は日曜日。普段より少しだけ綺麗めな服で、待ち合わせの15分前には着くように家を出た。


「柳、くん?」
「おはよう、水野。休日に時間を取らせてしまってすまないな」
「いやそれはいいんだけど。えっと、私もしかして遅れた?」
「いや。15分程早いが」
「そ、っか。なら、いいんだけど」


待ち合わせ場所には既に柳くんがいた。遅れたのかと思ったけどそうではなかったらしい。ほっと息を吐く。
それ以上、私も何も聞かなかったし彼も何も言わなかったから話は終わってしまったけど、私が待たないように先に来てくれていたのかな。


(諦めるって決めたのに)
「聞いているか、水野」
「ぇ、あ、ごめん。ボーッとしてて。もう1回聞いていい?」
「ああ、構わない。店に入る前に先輩の好みを聞いておきたいんだが」
「う、うん。ちょっと待って」


鞄から携帯を取り出して、土曜日の朝に乙女から来たメールを開く。画面を柳くんに見せるとなるほど、と頷いた。


「先輩らしいな」
「好きな色オレンジ、水色。今困っていることは文房具の減り。わかりやすすぎる気もするけど」
「大方予想通りだ。まずは雑貨屋をいくつか見て回ろう」
「うん」


先を歩く柳くんに着いて行こうとするけど、日曜日で駅はかなり混んでいる。彼の背が高いから見失うことはないから大丈夫なんだけど……。
と、突然立ち止まると柳くんは私の手首を掴んだ。


「!」
「はぐれては困るからな。人混みを抜けるまで我慢してくれ」
「え、いや……ありがとう」


お礼を言うとちょっとびっくりしたように目を開いた。あ、こんな顔初めて見た。ドキッと胸が高鳴る。それから人混みを抜けるまで手首は掴まれたまま、柳くんの顔を見ることが出来なかった。







事前に寄るお店は既に決めていたようで、柳くんといくつか見て回ったんだけど中々納得出来るものが見つからなかった。
気づけば時間はもうお昼を過ぎていて、遅めの昼食を取るためにファーストフード店に入った。


「贈り物を選ぶ、というのは中々難しいな」
「そうだね。ねえ、ひとつ聞いていい?」
「何だ?」
「プレゼントの予算って決めてある?」


席について、一息ついた時に聞いたのにはもちろん理由がある。さっきまで柳くんが回った店はかなり高級な品々を扱ってた。ボールペンやノートも私が想定する値段より桁が1つ多いし、どう考えても高校生が誕生日プレゼントに送るものじゃない。品質がいいのはもちろん、デザインもシックなものばかりでもっと大人になってからお世話になるようなお店ばかりだった。


「予算は3000円程度を考えている」
「さっ! ちょっと多いよ」
「そうか?」
「多いよ。高校生で先輩で、貰ったのは食券でしょ? お返しにっていうなら文房具1、2個くらいが自然だと思うよ?」


それだけ花野先輩が好きなのはわかるけど。という言葉は飲み込んでおいた。柳くんの口から直接、花野先輩が好きだと聞いてしまったら私の恋は本当に終わってしまう。それが嫌だったから。


(って、もう終わった恋なんだって。応援、するんだから)


目の前で考え込んでいる柳くんをちらっと見て、頭を切り替える。確か少し歩いたところに有名雑貨チェーン店がある。そういうところで見た方が品質は劣るかもしれないけど、値段は良心的なはず。高校生のプレゼントとしては妥当だろう。


「次は私が知ってるお店回ってみない?」
「何?」
「私がよくペンとかノートとか買ってるお店なんだけど、色々あるよ?」
「そうか。なら頼むとしよう」
「うん、任せて」


任せて、なんて笑ってみせたけどもし柳くんが気に入らなかったらどうしよう。いやでもさっきの店に戻って何千円もする万年筆送ったら花野先輩もさすがに困ると思うんだ。それで柳くんが嫌われたら


「水野?」
「っ!」
「手が止まっているがどうした?」
「あ、ごめん、久々にその店行くから道順思い出してて」


もし柳くんが花野先輩に嫌われたら私にもチャンスが出来るかも。そんなことを考えてしまう自分が情けなく感じた。諦めて、応援するって決めたんだ。
それが私の今のポジションなんだと強く強く言い聞かせた。







ファーストフード店を出て、少し歩けば目的地はすぐだった。ビル全体がその雑貨店が入っている大型店舗で文房具は3階で取り扱っている。売り場面積はかなり広く、今日は休みも相まってかなりのお客さんがいた。


「混んでいるな」
「今日休みだし、いつもこんな感じだよ。えっと、とりあえずペンから見てみる?」
「そうだな。場所はわかるか?」
「うん、こっち」


よく来ている店だから、売り場のどこに何があるかはだいたいわかっている。ペン類を取り扱う棚について物色する。気になるものがあると手にとって眺めてはまた戻すという動作をする柳くんをしばらく見守った後、どうかと聞いてみた。


「どう? 気に入ったのある?」
「そうだな……シャープペンを贈ろうと決めたのだが、色をどうするか」
「オレンジか水色で迷ってるの?」
「ああ。このシリーズのものだ」


柳くんが手に取ったのは同じシリーズのオレンジと水色のシャープペンだった。持ち手にグリップがついていて、手が疲れにくいのが売りのもの。受験生だから長時間手に持つことを考えたんだろう。


「いいね、それ。あ、じゃあオレンジがいいと思う」
「何?」
「あっちのノート売り場の方に空とか海の写真が表紙になってるノートがあるからそれを一緒にしてみたら?」
「なるほど、それならどちらの色味も取り入れられるな」
「うん、どうかな」
「いいアイディアだ。採用させてもらおう」


持っていた水色のペンを戻すと、柳くんはノート売り場の場所を聞いてきた。もちろん売り場はわかっている。ノート売り場には夕日の写真のノートもあったけど、柳くんは青空に白い鳥が飛んでいる表紙のものを手にとった。中も確認して、小さく頷く。


「これにしよう。会計をしてくるが」
「じゃあ私先に出てるね。ラッピングはお店の人に言えばやってくれるから」
「わかった。何から何まですまない」
「ううん、じゃあ後で」


ひらひらと手を振って柳くんと一度別れた。下に降りて、出口が一望できるところに立つ。ふう、と自然とため息が出てしまった。このプレゼントで花野先輩の気持ちが少しでも柳くんに向くのが……いいのかな。


(それでいいんだよ。それでふたりが付き合い始めたら)


並んで歩くふたりを見れば、きっと私の中にある柳くんへの気持ちは全部綺麗に消える。今、こうして休みの日に一緒に出かけているこの時間だって、そんなこともあったなって笑って思い出せる日が来るはず。
こうなることを決めたのは自分。後悔なんてしない。


「待たせたな」
「買えた?」
「ああ。この通り包装も出来ている」
「わ、いいね。可愛い」


雑貨店のロゴが書いてある紙袋を持って出てきた柳くんは中身を少しだけ見せてくれた。英字の書いてある白い包装紙に青いリボンがついたシンプルなラッピング。本当にお礼のちょっとしたプレゼントといった雰囲気だ。


「さて、これで俺の用事は終わったが」
「うん。じゃあ帰る?」
「暑くはないか?」
「え? まあ暑い、けど」


今日の最高気温は7月上旬だというのに30℃近くになると朝の天気予報で言ってたし、もちろん暑さはかなり感じている。でも柳くんは暑さなんて感じていないように涼しい顔をしているから、暑いかなんて聞かれるのはちょっと意外だった。


「ここから少し行ったところにアイスクリームの店があるんだが、どうだ?」
「え?」
「プレゼント選びの礼に奢ろう。この暑い中歩かせてしまって、すまなかったな」
「いやそんな、いいよ。だってこれ、この前色々教えてもらったお礼なんだし」
「なら、俺が食べたいから付き合ってくれ。ひとりで入るのは憚られるからな」
「口がうまいね、柳くん」
「まあな」


確かにあのお店は外見が可愛いから男の子ひとりで入るのはちょっと抵抗があるかもしれない。頷く私を見た柳くんは満足そうにふっと笑った。
そんな彼の姿を見て、やっぱり彼が好きだなって思うのと同時にちょっとだけプレゼント選びに付き合ったことを後悔してしまった。

prev  next
目次には↓のbackで戻れます。

BACK
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -