Dream | ナノ

見つけた居場所


午後の授業はほとんど上の空だった。乙女に声をかけられるまで、放課後になったことも気づかないくらいに。それだけさっき柳くんと話したことはショックだった。
そんな私を見かねた彼女に半ば引っ張られるように『キング・シー』に連れてこられた。前と違い店の奥の方の席に座ってドリンクを注文したところで乙女が切り出した。


「で、何があったの?」
「え」
「昼休み、図書室から帰って来てからおかしいよ」
「……」
「柳に何言われたの?」
「乙女に隠し事は出来ないね」
「歌がわかりやすいの」


ふう、とひとつため息をついてから昼休みの出来事を乙女に話した。柳くんから話しかけられたこと、おすすめの本を教えてくれたこと、連絡先を交換したこと、そして……花野先輩のプレゼントを買うのを手伝って欲しいと言われたことも全部。


「そ、か。そりゃもやもやするわ」
「一緒に出掛けられるのは嬉しいし緊張するんだけど」
「目的が恋敵へのプレゼント選びってねえ」
「恋敵って」
「恋敵でしょ。柳が好きな相手なんだから」


確かに乙女の言う通りなんだけど、花野先輩はいい人だしそんな風に思いたくない。
そうだ、だからだ。何でこんなもやもやするのか、気持ちが落ち込むのかわからなかった。その理由が少し見えてきた。


「私ね、まだあんまり会ったことないんだけど、花野先輩のこと嫌いになれない」
「……」
「だから、こんなにもやもやするんだ。どうしたらいいのかわからなくなる」


もし、柳くんの好きな相手がどこにでもいるような子だったらチャンスがある。振り向かせたいと思うんだろう。
でも花野先輩は違う。私と違って完璧な人。隙がないし、嫌いになる要素がない。柳くんが好きになるのもわかってしまう。勝ち目がないって諦めるしかないって思う。


「歌」
「ありがとう乙女。話、聞いてくれて」


だからって諦めることはないと、乙女は言いたいんだろうってわかってしまった。
でもそんな、確証のない慰めを聞きたくはない。無理矢理話を打ち切ったからか、彼女はまだ何か言いたげな顔をして私のことを見ていた。







それから柳くんのことを思い出さないように期末テストの勉強を本格化させた。土日はあんなことがあって、まともに勉強できてなかったから平日も放課後の教室に残っている。
相変わらずテスト範囲が広い。さらうだけで精一杯だ。今日も乙女と机を向かい合わせて勉強をしていたら幸村くんに声をかけられた。


「あれ、今日も勉強してるの?」
「そうよ。歌ってば範囲の単語も半分くらいしか覚えてないんだもん」
「だってこんなにたくさん覚えても出てくるのは5問くらいなんでしょ? 覚えたって5点くらいだし」
「5点はでかいわよ。そらさっさと書く!」
「鬼ぃ!」


半泣きになりながら乙女に言われた単語をひたすらノートに書き続ける。書くのが頭に入るからって理由らしい。私の場合、手が痛くなるだけで効果はあんまりない気がするんだけど。


「俺、これからテニス部の奴と勉強するんだけど一緒に来る?」
「えっ?」
「何か特別な環境で勉強したら記憶に残ると思うんだけど」
「特別な環境って?」
「男だらけの中でってこと。どうかな」


思わず乙女と顔を見合わせる。テニス部ってことは柳くんもいる、よね。幸村くんには柳くんと出掛けること話してないから気を使っているんだと思うけど……今は会いたくない、かも。


「いいよ」
「えっ」
「わかった。テニス部の部室でやってるから」
「うん、片付けたら行くわ」


断ろうと思っていたら乙女が先に了承してしまった。いつもは幸村くんと一緒なんて嫌だと避けているのに何で? 幸村くんが教室から出て行くと同時に目の前の勉強道具を片付け始めている。


「ね、なんで」
「柳に会いたくないって顔に出てたから」
「えっ」
「よくわかんないんでしょ? だったら柳の顔見てもう一度考えてみたら?」
「……うん」


柳くんの顔を見て、か。そうすれば何か答えが出るのかな。納得した訳じゃないけど頷いて、片付けをしてからテニス部の部室に向かう。
部室棟の1階にあるその部屋は他の部のより一回り大きく見える。全国大会常連で優遇されていると乙女が教えてくれた。


「幸村、来たよ」
「ああいらっしゃい。テキトーに座ってよ」


部室にいたのは10人くらいでそれぞれが教科書やノートを開いている。もちろん男子だけだから、私たちはかなり注目された。空いていた幸村くんの近くに座ってから彼の隣には柳くんがいることに気づいた。


「!」
「花野と水野。精市に呼ばれたのか」
「そんなとこ。柳は教える側?」
「ああ。花野もそうだろう?」
「……ま、そうなるの、かな。けど3人で見るには数多くない?」
「あれ、俺も教える側に数えられてる?」


苦笑いを浮かべる幸村くんを一瞥した乙女は違うの、なんて首を傾げている。そうか、幸村くんは乙女に教えてもらいたくて誘ったんだ。
微笑ましいというか、お茶目というか……。こういうやり取りが出来るふたりが羨ましく思う。


「当たり前でしょ。幸村私より出来るんだし」
「でも理科系は花野の方が出来るだろ? 教えてよ」
「じゃあ歌は誰が見るの」
「そりゃ、れん」
「こんちはー、助っ人に来たよー」


バンと勢いよく開いたドアの音に幸村くんの言葉が途切れた。そちらを見れば花野先輩が笑っている。一瞬ポカンとした室内はすぐにざわざわし始めた。どうやらみんな、彼女が来ることは知らなかったらしい。
そんな中、柳くんが立ち上がって彼女に近づいていった。


「先輩、わざわざすみません」
「いいよいいよ。テニス部は全国大会出場かかってるからひとりも補習にするなって先生から頼まれちゃったから」
「え……蓮二が呼んだの?」
「正確には顧問だ。俺は先輩に頼みに行ったに過ぎない」
「じゃ、わからないところある人は言って。答えられる範囲でやるから」


花野先輩がぐるりと見渡せばさっきまで黙々と勉強してた数名が勢いよく手を挙げて、先輩を呼んでいる。それに花野先輩はすぐに近づいて何か助言をしている。
それを横目に私たちも勉強を始めた。わからないところは乙女もだけど幸村くんも時々教えてくれてすごく助かる。
だけど


「これは……えっと、何だっけな」
「どうしました? ……ああこれは60ページの公式を使ってください」
「60……。あ、そっか。ありがとう柳」


柳くんは席を離れて、他の人の様子を見ている。それでも花野先輩が戸惑っているとすぐに気づいて助言をしていた。そんなやり取りを見る度、ふたりはお似合いだなって思うし、入る隙なんてないんだって実感する。


「……そっか」
「何、歌」
「ううん、何でもない」


嫉妬出来ないくらい、ぴったりのふたりを遠くから見守るのがいいのかもしれない。やっぱり来てよかった。
もうすぐこの恋は諦められる。







あの勉強会から数日後、期末テストが行われた。2日に渡って行われた期末テストは中間の時よりすらすらと問題が解けた気がする。
そして今日は最終日。英語のテストが終わって、一気に力が抜けた。


「んーっ、終わった!」
「はいはいお疲れさま」
「乙女、お疲れ!」
「手応えは?」
「まあまああった」
「そりゃよかった。じゃあ帰ろうか」


解答用紙は何とか埋めたし、赤点はない、はず。これであとは返却と夏休みを待つのみ。帰り支度をしながら携帯の電源をつけるとすぐにメッセージが届いた。何だろうとチェックすると柳くんからのメッセージだった。


「……あ」
「どうした?」
「柳くんから。ちょっと待って」


急かす乙女に待ってもらって確認すると、日曜日のことが事細かく書かれていた。待ち合わせの場所、時間とどこに行こうかという目的地まで全て決めてくれている。そして最後にはこんな一文があった。


ーーもしよければ花野から先輩の好みを聞いておいて欲しい。プレゼントの参考にしたい。
「……」
「歌?」


さっきまで頭を占めていた英単語も構文も全部抜けて、すっと頭に入ってきた。
ああそうか。この恋は諦めるしかないけど、柳くんとの関係を諦めることはないんだ。
彼の恋に協力する女友達。それなら彼のそばにいられる。


「乙女」
「何?」
「花野先輩ってどういうものが好み?」
「…………えっ」
「柳くんに聞かれちゃって。わかる範囲でいいんだけど」


私の顔を見た乙女は一瞬びっくりしたように目を見開いた。
でも、何も聞かずに苦笑いを浮かべている。きっと私が導きだした答えに気づいたからだ。


「それでいいのね」
「うん」
「……わかった。お姉ちゃんにそれとなく聞いてみるよ」
「お願い」
「じゃ、帰ろっか」
「うん」


笑顔で頷いて、柳くんに返事をする。日曜日のことを了承したこと、花野先輩の好みは確認して当日に伝えるということ。
これでいいんだ。柳くんと花野先輩はお似合いだから応援するのが正解だ。
何度も自分に言い聞かせて送信ボタンを押した。

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