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辛いこと、ひとつ


試合は相手選手が1ポイントも取れず、柳くんの勝ち。息の荒い相手に対して、彼は息ひとつ切らさずに挨拶をしていた。
柳くんが出てくる前に私はその場を離れる。これ以上見ていたら辛くなるのがわかっていたから。声をかけずに乙女の元に戻った。


「あ、戻ってきた」
「おかえり、水野さ……」
「……ただいま」
「ど、どうしたの? どっか変なの?」
「えっ?」
「顔が赤いよ、とりあえず保健室行こうか」


乙女はなぜか幸村くんと一緒にいた。ふたりは私の顔を見るなり目を丸くして、乙女は私に駆け寄ってきた。どうやら私は半泣きになって顔を赤くしていたようだ。
違うと言う前に幸村くんが私の肩にジャージをかけてくれた。そのままふたりに支えられるようにして保健室まで連れて行かれる。


「先生、すみません。ちょっと診てもらっていいですか?」
「はいはい。……顔赤いわね、熱中症かしら。とりあえず座りなさい」
「歌、平気?」
「あ……うん」
「じゃあ、俺はこれで。お大事に」
「ありがとう」


保健室で椅子に座らされて、落ち着いたところで幸村くんはコートに戻っていった。一方私は熱を計ったり、冷えピタを貼られたりと色々される。最終的に、軽い熱中症だと言われてベッドに寝かされてしまった。
先生が親に連絡を取るからと職員室に向かい、部屋には私と乙女だけが残される。


「大丈夫?」
「うん……ごめん、心配かけて」
「私こそごめん、やっぱり柳の試合一緒に見に行けばよかったね。そうすればもう少し早めに気づけたかも」
「乙女は何も悪くないから……それに、ひとりで見てたから気づけたのかもしれないし」
「えっ?」
「柳くんが、好きだって」


乙女のただでさえ大きめの目が少しずつ大きくなるのが見えた。けどすぐに彼女は真面目な表情になって「そっか」と呟く。
その後は何も言わず、ただ団扇を使って私に風を送ってくれてた。







結局親が迎えに来てくれて、私は家に帰った。日曜日をまる1日家での休養に充てて、月曜日。教室に入ったところで幸村くんに声をかけられた。


「おはよう、もう大丈夫なの?」
「うん。ご心配をおかけしました」
「いや……俺こそごめん。急に誘ったりしてしまって」
「ううん。幸村くんのせいじゃないよ、水分補給を怠った私のせいだから」


悪いのは私なのに、ふたりに気を使わせて申し訳ない気持ちになった。6月とはいえ蒸し暑い日が続いているから次見に行くことがあるなら気をつけないと。
幸村くんが自分の席に戻ってしばらくして、乙女が教室に入ってきた。


「歌、大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめん」
「体調じゃないよ……柳のこと」
「!」
「放課後に話聞くから覚悟しときなさいよ」


それだけ言うと乙女は自分の席に座って、授業の支度をし始めた。そこに当たり前のように幸村くんが話しかけていて、乙女はテキトーにあしらっている。


(いいな、乙女と幸村くんは)


好きになってくれる相手がいて。
まだ自分の方を向く可能性がある恋をしていて。
気づいたばかりの私の恋は、もう終わっているのに。







早めの昼食を取って図書室に向かった。案内板を見て、目当てのスポーツ関係の本棚へ。そこからさらにテニスの本が並んでいる場所で立ち止まった。


(えっと……簡単なのがいいな)


タイトルから推測して、初心者向けだろうと思われるルールブックを手にとる。
土曜日に柳くんの試合を見た時、ルールがわからなかった。それでも彼がすごいのは素人目で見てもわかったんだけど。やっぱりルールは知っていた方がいいと思ってちょっとでも勉強しようと思った。


「今度は何を調べているんだ?」
「!」
「ああすまない。急に話しかけて悪かったな」


上から降ってくるような声に驚いたのは確かだけど、柳くんから話しかけられたことにもっと驚いた。
彼から話しかけてきたのは初めてじゃないだろうか。この前は私が困ってるのを見かねて声をかけたわけだし。


「ううん、大丈夫。ちょっとテニスのこと調べてて」
「テニス?」
「うん。土曜日に、学校前の喫茶店で乙女と勉強してたら幸村くんに会ったんだ。それで、試合をしているからよかったら見に来てって言われて」
「それで試合を見たが、ルールがわからなかった。だから調べているのか」
「そうそう。あ、柳くんの試合見たよ」
「俺の? ……そうか」


何とか普通に話しているけど、心臓がバクバクとうるさい。顔も熱が集まってるのがわかる。
すると柳くんが別の本を引っ張り出した。『公式ルールブック準拠』と赤い文字が書かれているよく見る実用書タイプのものだった。


「こっちの方がわかりやすいと思うぞ」
「そうなの?」
「ああ。俺がテニスを始めた頃に使っていたものの最新版だ」
「ありがとう」
「もしわからないことがあれば聞いてくれ。俺の答えられる範囲で教えよう」


柳くん、優しいな。この前生徒会のことも聞いていいって言っていたし。
特に今日はそんな気がするのは好きだって気づいたからかな。彼からの好意を嬉しく思ってしまうんだろうな。


「……柳くん、優しいね」
「そんなことはない」
「そんなことあるよ。……そうだ、何かお礼がしたいな」
「お礼?」


些細なことだけど、助けてもらってばかり。だから柳くんの役に立てることが私にもあればいいんだけど……。凡人の私が彼を助けるなんてどう考えても無理だよなあ。
と思っていたら柳くんは少し考える仕草をした後、口を開いた。


「なら、期末が終わって最初の日曜日、俺に付き合ってくれないか?」
「えっ?!」
「買い物に付き合って欲しい」
「あ、そういうこと」
「そういうこと?」
「いやいや何でもない」


俺に付き合ってを俺と付き合ってと間違えて聞いてしまったから大袈裟に驚いてしまった。
そりゃそうだ。好きだと気づいた2日後に相手から告白されるなんて少女漫画でもないシチュエーションだ。


「買い物って何を買うの?」
「……女性へのプレゼントだ」
「…………えっ」
「そうだ、お前はあの時一緒にいたな」


あの時ってどの時だ。柳くんと私が一緒にいて、彼が私を認識していたのは
親睦会と、図書室で話した時と……ああその前に一緒にご飯を食べた時。
そこでプレゼントが関係しているのはあの時だけ。


「もうすぐ花野先輩の誕生日でな。プレゼントを貰ったからには何かしら返したいと思っている」
「っつ……」
「だがどういったものを選べばいいかわからなくてな。もし時間があるなら協力して欲しい」
「……私で、よければ」
「ありがとう、助かる。また近くなったら連絡する。アドレスを交換してもいいか?」
「うん、いいよ」


動揺する心を何とか落ち着けて、ポケットから携帯を取り出した。柳くんの連絡先を知れて嬉しい。はずなのに、こんな形で知りたくなかったという気持ちも大きくて素直に喜べない。
交換してから一応、柳くんの連絡先がちゃんと登録されているのか電話帳を開いてチェックする。や行には確かに『柳蓮二』の3文字が並んでいた。


(いつ見ても、綺麗な名前だな)
「確かに登録した。ではまた連絡する」
「うん、またね」


もうすぐチャイムが鳴るのはわかっていたけど、私はその場で立ち止まったまま。柳くんの薦めてくれた本と、新しく登録された彼の名前を交互に見る。
またね、と約束もした。こんなにたくさん嬉しいことがあったのに……。泣き出したい気持ちで胸がいっぱいだった。

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