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憧れじゃない


期末テストが近いから一緒に勉強しようと乙女に誘われたのはその週の木曜日だった。土曜日の午後、制服を着て坂の下で待ち合わせをしたんだけど彼女はなぜか学校とは反対方向に歩き出した。


「え、学校で勉強しないの?」
「うん。いいところ知ってるからついてきて」


いいところ、を目指して歩くこと数分。住宅街の一角にレトロな雰囲気の喫茶店が現れた。ドアにはおそらく店の名前なのだろう『キング・シー』と書かれている。ドアを開ける乙女にどういうことなのか聞くと、ここのマスターは立海の卒業生で、勉強のみの利用でも文句を言われないんだとか。


「図書館だと飲食禁止で話も出来ないから窮屈でしょ? ここなら多少は平気だから」
「なるほどね。あ、でもいちごパフェ美味しそう……」
「はいはい。そーいうのは勉強終わってからね」


店内はがらんとしていて私たち以外にお客さんは誰もいない。ドア近くのテーブル席に座り、メニューを開いたところですぐ乙女に回収されてしまった。がっくり肩を落とす私を放置して乙女は普通に飲み物を頼んで教科書とノートを広げている。うじうじしていても仕方ないので私も彼女に倣って教科書とノートを取り出しつつ、飲み物を注文した。


「今回の範囲、結構広いよね」
「そう? 中学からこんなもんだよ」
「……やっぱり立海って頭いいんだね。私、よく入れたわ」
「それは私も薄々思ってた。柳と話すために生徒会に立候補するなんて啖呵切るような子なのに」
「ぐっ……!」


話をした時はきっかけが出来たと嬉しかったけど、落ち着いてからアホなことをしたと思い始めた。だけどそうでもしないと柳くんと話すことなんてこの先出来ない。少しでも近づいて、一緒にいたい。そう思ったからこその行動だったと乙女に伝えてみたけど、彼女は呆れたようにため息をついた。


「そこまでするのにまだ憧れだって言い張るの?」
「言い張るも何も……憧れ、だもん」
「またそういうこと言って」


はあ、とさらに盛大なため息をつかれてしまった。確かに柳くんはかっこいいし、色々とすごいなって思う。でもそれだけの気持ちだ。遠くから見て、それでちょっとだけ話が出来ればいいなって思っているだけ。
だからきっとこれは恋じゃない。憧れだ。


「……じゃあ、柳がお姉ちゃんと付き合ってもいいの?」
「!」
「憧れなんでしょ? だったら柳が誰と付き合おうと関係ないよね?」
「そ、れは」
「ちゃんと想像してみて? 柳とお姉ちゃんが一緒に歩いてて、手繋いで、挙げ句キスとか」
「や、やめてよ」


制止の言葉を素直に受け入れて最後に「それでもいいのか考えてみて」と言ってまた手を動かし始めた。
柳くんと花野先輩が一緒にいるところを想像する。あの2人ならお似合いだ。美男美女だし、周囲もきっと納得するだろう。でも……


(あ、何か……嫌、かも)


一緒にご飯を食べたときに感じたもやもやが胸に渦巻く。思わずぎゅっとネクタイを握りしめた。気持ち悪い。また身体が一気に重くなった。
と、その時入口のドアが開く音と共にマスターの「いらっしゃい」という声が耳に入ってきて我に返る。


「あれ? 花野と水野さんだ」
「げ、幸村」
「げ、って何。……マスター、俺ここ座ります」
「ええっ?!」


目の前に座る乙女が物凄く嫌そうな顔をしているが、それを無視して幸村くんは彼女の隣に座った。注文を取りに来たマスターにサンドウィッチとハーブティーを頼んだ彼はメニューを待つ間の暇潰しだと口を開く。にこにこしている隣で乙女は物凄く苦い顔をしていた。


「どうしたの? 今日土曜日なのに制服で」
「ここ、立海生なら勉強のみの利用OKの店だから」
「ああなるほど。でも律儀にドリンク頼んで偉いね」
「……幸村こそ、何しに来たの?」
「部活の休憩。今日、うちで練習試合してるんだ。……あ、そうそうこの後蓮二も試合をするよ」
「へ、ぇっ」


乙女と話をしていた幸村くんから急に話を振られて変な声で返してしまった。柳くんの試合、そういえばテニス部だってことは知っているけどやっているところは見たことがない。……どんな試合をするんだろう。少し見てみたいかも。


「この後2時から始まるからよかったらおいで」
「おいでって、いいの? 部外者なのに」
「立海の制服着てるなら問題ないよ。まあ、回りは相手校の部員が立ってるから見えるかわからないけど」
「はい、お待たせ。いつも通り包んでおいたよ」


幸村くんの話が終わったところでマスターは何か袋とタンブラーを彼に渡した。どうやら彼はいつもここで軽食をテイクアウトしているらしい。さも当たり前のように受け取るとお礼を言って立ち上がった。


「じゃあ、また後で」


その言い様だと私と乙女が見学に行くのは決定だと言いたいのか。
お店から優雅に出ていく幸村くんを見た乙女は盛大にため息をついていた。







結局勉強を2時で終わらせて、私と乙女は学校に来てしまった。もう試合が始まっているようでテニスコートの方からは軽快なボールの音と人の声が聞こえる。


「わ、本当にいっぱいだ」
「そりゃ天下の立海男子テニス部との試合だもん。相手も取れるデータは取るよ」


コートの回りには人以外にカメラも何台か設置してあった。あとで見返すのかな。テニスのルールは何となくしか知らないけどサーブを打つにしても癖みたいなものがあるんだろうか。柳くんにもそういうのがあるのかな。
ああダメだいつだって柳くんのことを考えてしまう。


「やあ、来たね」
「幸村くん」


隙間があったので中を覗くと、フェンスの向こうに幸村くんがいた。ふと、乙女がいないことに気づいて辺りを見ると数歩後ろで手を振ってる。
幸村くんと関わりたくないから見るならひとりで見ろってことなんだろう。彼もそれをわかっているのか特に乙女がいないことに言及しなかった。


「柳は次の試合だよ。こっちだと見にくいから反対に回るといいよ」
「うん、ありがとう」
「……どういたしまして」


幸村くんは何か言いたそうだったけど、何も言わずに視線をコートに戻した。
今は部活中だからってだけではなさそうだけど、私も今何か聞かれても答えられない。彼の好意だと甘えることにした。
アドバイス通り反対側に回ると、確かにさっきの場所よりは人数が少ない。すんなり中を見れる位置をとれた。


「次、誰だ」
「柳だよ」
「ああ、あの……ビッグ3のひとりか」


近くにいた他校生達の話し声が聞こえて、1年生だけど注目されていることがわかった。
やっぱりテニスでも有名なんだ。だけどビッグ3ってなんだろう。あとで乙女に聞いてみよう。


「これより試合始めます。両者前へ」


審判の人の声でベンチに座っていた柳くんと相手選手が立ち上がってコートに入った。
周囲が一気に静かになって、緊張感が高まる。挨拶をして、ラケットを回して何かを決めている。私には何を言っているのかさっぱりだったけどどうやら柳くんが先攻になったようだ。ボールを持っていった。


(うわ、何かいつもと違う)


いつもは凛として涼しい顔をしている柳くんが、今日は違って見える。真剣な眼差しを相手に向けていて、絶対に負けないという気持ちが全面に出ている。
スッと、柳くんの手からボールが上に投げられる。それだけなのに、胸の辺りがきゅっと締め付けられた。


(あ……やばい、かっこいい)


さっき感じたもやもやとは違う、胸の感覚は
柳くんの打ったボールが相手コートに決まるのと同時に強くなった。
審判が点数をコールして、ボールがまた柳くんの手元に戻る。先程と寸分変わらないフォームでまたサーブが打ち込まれた。今度は相手にボールを返される。


(あっ……返された!)


当たり前のように柳くんもまたそれを返す。
ボールが打たれる音を聞く度に、柳くんがボールの軌道を追う姿を見る度に、目が離せなくなる。
胸の感覚はいつしか痛みから熱に変わっていた。


(……頑張れって言いたい。見ているだけじゃ嫌だ)


柳くんを応援したい。点を決める度にすごいって喜びたい。
この試合が終わったらすごかったね、って彼に声をかけたい。図書室でも気軽に話をして、一緒に笑い合いたい。
コートを走り回る柳くんを目で追う度に願望がどんどん増えていく。 もっと彼に近づいて、一緒に色々なことをしたい。


(これが恋ってやつなのかな)


バシッと柳くんの打ったボールが相手コートに入った音が「そうだよ」と言っているような気がした。
この気持ちは憧れじゃない。私は柳くんが好きなんだ。

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