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きっかけを探して


昼休みに柳くんと全く話が出来なかったのがかなりショックだった。あんな機会もうないかもしれない。折角のチャンスを生かせない自分が情けなくなってしまった。
だから次があればと話術系の本を探しに放課後、図書室に向かう。どこを探したらいいのかわからなかったから、とりあえず検索用のパソコンに『話術』というキーワードを打ち込んでみた。


「……あ、そこそこある」


『話術の達人』『話術上達論』の他に腹話術の本も引っ掛かってしまったので絞り込んで検索をする。その中からタイトルだけで目が引いたものをメモしてから探し始めた。すぐに目的の本は見つかったんだけど……棚の一番上に置いてあって、私の身長では届きそうもなかった。


(とっ、届かない!)


背伸びをしても表紙にすら触れない。ジャンプをするのはバタバタ音がして迷惑になりそうだからしない方がいいだろう。これは係の人に取って貰らうべきなのかな。と、思っていると隣からすっと手が伸びて目当ての本を持っていってしまった。


「あっ」
「話術がメキメキと上がる10の秘密。これでいいのか?」
「!」


聞き覚えのある声に驚いて隣を見ればやはり柳くんがいた。私より高い位置にある首を傾げつつ、目当ての本を私に見せている。
その通りなんだけど、本の内容を知られたことや取ろうとしてジタバタしていたのを見られていたのかと思うと恥ずかしくなってしまう。ろくな返事もせずに小さく頷いて受けとると柳くんはふいと視線を移した。


「高い位置にある本はあそこの脚立を使ってとるといい」
「あ、うん……」
「ではな」


アドバイスをした柳くんは満足したのかそのまま別の棚の方へと歩き出してしまった。本の内容にも触れず、私が脚立に気づかずアホみたいに背伸びをしていたことにも言及しない。そんな気遣いが出来るスマートなところもかっこいい……なんてのんきに思ってる場合じゃない。
ちゃんとお礼を言ってない! と気づき顔を上げた時には既に柳くんの姿はなかった。







他にも数冊の本を借りて、家に帰ってすぐに読み漁った。使えそうなところはメモして、自分に向いていない技みたいなものはスルーする。期末前だというのに普通教科より、話術の本と向き合う時間の方が多かった。点数落とさないくらいにはこれから勉強する予定……。


「……はい、確認しました」
「ありがとうございました」


1週間後の返却日当日。借りていたものを何度も読み込んで、自分なりの話術は身に付いた、と思う。あとは実践あるのみ。早速柳くん相手にやってみようと図書室内をうろうろする。先週もいたから今日もいるはずなんだけど……。


(……いた!)


さまようこと数分、柳くんは日本文学の棚にいた。何を借りようか考えているらしく時々本を手に取っては中身を斜め読みしている。そんな姿も優雅で綺麗だな、と見惚れてしまいそうになってしまう。


(じゃなくて、声かけるんだって!)


頭の中の煩悩を振り払って、軽く身だしなみを整える。頬に軽く触れて笑顔を意識。声はちょっと高め。そして話しかけるきっかけ。先週、本を取ってもらったお礼をちゃんと言う。他にも本にあったアドバイスを出来るだけ思い出して彼に近づいた。


「柳くん」
「ん? ああ、水野か。どうした?」
「えっと、この前のお礼に」
「お礼?」
「うん。先週、高いところにあった本、取ってくれたでしょ? あと脚立のことも教えてもらったのにちゃんとお礼言ってなかったから。ありがとうございました」
「……ああ、気にするな」


軽く頭を下げると柳くんはまた別の本に手を伸ばしていた。それを見て最初に図書室で見かけた時も日本文学の本を持っていたのを思い出す。とある本には話題探しのコツとして相手が持っているものや見ているものに興味をもつといいと書かれていた。これは話題になるかな、早速試してみることにした。


「柳くん、日本文学よく読むの?」
「ああ」
「……5月にカウンターの前で日本文学の特集やってたよね」
「知っていたのか」
「え、あ、うん。たまたま見かけて……。読んでみようかと思ったんだけどその時はスルーしちゃったんだよね」
「そうか」


一瞬食いついたけど、すぐに話が終わってしまった。否定しないで話を広げないといけなかったんだ。でも柳くんと話すってだけで緊張する今の状態じゃ難しいかな。前より話は出来たけど反省することはたくさんある。次は話を膨らませる質問を考えないと、かな。


「40点といったところか?」
「うん?」
「先週借りた話術の本の成果を俺で試したのだろう?」
「!」


本を閉じて急に話しかけてきた柳くんは私の目的に気づいていたようだ。
あ、笑ってるの初めて見た。やばい、胸痛い。心臓がドキドキしてきた。私が惚けているのも構わずに彼はさらに話を続けた。


「これから他人と話をする機会でもあるのか?」
「え」
「話術についての本を数冊借りていただろう。つまり今の自分の話し方に不安を感じる出来事があったんだろう。その出来事が何かは俺にはわからないが、外部生の水野ならおそらく新しい交遊関係の構築、部活動や委員会に所属することを考えていると思ったのだが?」
「えーっと……」
「……当たらずも遠からずというところか」
「ま、まあ」


もしかして、これが噂のデータ分析ってやつなのかな。これを応用してテニスに生かしているらしいけど実際にやられると圧倒される。
私が借りた本から私がこれから何をしようと考えているのかを予測するなんて、すごいな。


「……もしかして、生徒会選挙に出るつもりか?」
「はっ?」
「いや、よく考えると部活動や委員会はもうほとんど決まっている。とすると残りは2学期にある生徒会選挙くらいしか」
「え、いやちがっ」


違う、と言おうとしたけど言い切らなかったのは柳くんが去年生徒会を経験していると思い出したから。
『相手と共有できるものを見つけたらチャンス。それをきっかけに話を膨らませよう!』という本の一説が頭に浮かんだ。これはチャンスだ。柳くんと恒常的に話をするきっかけになる。


「……今年は立候補とか考えてないけど来年はって思ってるよ」
「そうか」
「そうだ、柳くんって中等部で生徒会やってたんだよね」
「ああ」
「たまにでいいんだけど、よかったら色々教えてくれないかな?」
「俺でよければ構わない。答えられる限りのことは教えよう」
「本当に? ありがとう」


これで次からは生徒会のことをネタに柳くんと話が出来る。一応今年は立候補しないって保険もかけたし。来年まで色々話が出来たらいいな。
と、話が終わったと思ったらしい柳くんは本を棚に戻して私に向き直った。


「すまないが俺はそろそろ部活に行く」
「え、あ……ごめんね引き留めて」
「構わんさ。ではまたな」


さらに本棚から何冊か本を取って柳くんはカウンターの方へ歩いて行ってしまった。
憧れの柳くんと話す理由が出来て嬉しい。これから色々なことを知っていければいいし、柳くんにも私のことを知って貰えれば……。


(憧れている人と仲良くなりたいって思うのは普通だよね)


そう、これは普通のこと。憧れの人とちょっとだけ近づけて浮かれているだけ。
嬉しい気持ちと裏腹にある複雑な、名前にできない感情に今はまだ気づかない振りをした。

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