Dream | ナノ

誕生日プレゼント


親睦会は無事に終わり、私も柳くんと話をするという目標を果たせて参加してよかったと思う。でも同時に柳くんは花野先輩が好きなんじゃないかと考えるようになってしまった。


(憧れてるだけなんだから、柳くんが誰を好きだって関係ない)


何度も自分に言い聞かせて、日曜日を過ごし、今日は5月最後の月曜日。今週から2週間は衣替えの期間でブレザーやベストの着用は自由。そんな週の始まりから私は日直に当たってしまい、いつもより早く教室に入った。


「おはよーって、あ、幸村くん」
「水野さん、おはよう。早いね」
「うん、日直なんだ」
「俺もだよ、今日1日よろしくね」


幸村くんと一緒か。多少交流のある人が一緒で安心だ。何をすればいいか聞けば、机の整頓と床の掃き掃除を頼まれた。一方幸村くんは黒板を綺麗に掃除している。いつもより綺麗になっている気がするのは彼の性格が出ているからかな。


「ねえ、水野さん」
「何?」
「この前、言いそびれたんだけどさ」
「この前って」
「親睦会の会費を貰ったとき、蓮二の話を少ししただろ?」


言われて思い返せば確かにちょっとだけ話をした。柳くんが好きなのかとかそういうこと。その時は憧れだと返して話は終わったと思うんだけど。
幸村くんの表情と親睦会での柳くんの態度。私の疑いは確信へと変わった。


「その時、伝えておけばよかったんだけど」
「柳くんが花野先輩を好きだって?」
「……気づいてたんだ」
「うん、確信は持てなかったんだけど幸村くんの顔でわかっちゃった」
「ポーカーフェイスには自信があったんだけどな」


困ったように笑う幸村くんは、すぐに真面目な顔に戻った。もっと詳しく聞きたかったけど、本人の知らないところで聞いて良い話じゃない気がする。
だから一度小さく息を吐いて落ち着いたところで幸村くんに向き直った。


「大丈夫……まだ恋じゃないから」
「ならいいんだけど」


私の言うことに納得していないようだったけど、幸村くんはそれ以上何も言わなかった。
まだ恋じゃない、この気持ちは憧れだ。だから、何も傷つくことはない。自分に言い聞かせるように心の中で強く思った。







昼休みになり乙女に声をかけたら珍しくお弁当を持っていなかった。聞けばお母さんが早朝から用事があり今日はお弁当を作って貰えなかったらしい。


「食堂……混んでるけどお昼は食べないとだしね」
「私、食堂初めてかも」
「本当に? 中等部とも合同でめっちゃ混んでるから覚悟した方がいいよ」


乙女の言う通り、食堂は食券売り場から長蛇の列が出来ていた。仕方なく列に並んでいると離れたところに幸村くんと柳くんがいた。
ふたりも一緒にご飯食べるんだなんて呑気に思っていると幸村くんと目が合った。


「花野が食堂にいるなんて珍しいね」
「……別に。それよりあんた列に戻りなよ」
「柳がいるから平気だよ。そうだ、せっかくだし一緒に食べる?」
「は?」
「今ならまだテーブル空いてるからさ、4人掛けのテーブルとっといてよ。俺たちがふたりの食券も買って持っていくから」


言われて食堂の中を覗けば確かにまだ4人掛けのテーブルがいくつか空いている。もしこのままここに並んでいたら埋まってしまうだろうけど。
嫌そうな乙女も仕方ないと二つ返事で幸村くんの案に乗った。
すぐに空いている席を取って待っているとしばらくして幸村くんと柳くんがやってきた。


「お待たせ、花野も日替わりAだよね」
「うん、ありがとう。魚、食べたくて」
「あ、俺も。肉より魚の方が好きで、よく食べてるよ」
「ふーん」
「うちの部の奴等はみんな肉が好きでさ、魚好きは俺くらいなんだよ」


メニューを渡した後も延々と乙女に話しかけているけど、まったく相手にされていない。幸村くんの気持ちを知っているからちょっとだけかわいそうだと思ってしまう。


「水野はこれでいいのか」
「うん、ありがとう」


一方柳くんは私が頼んだメニューを目の前に置いて、すぐに座ってしまった。
背筋をピンと伸ばして手を合わせ「いただきます」と声に出してから食べ始める。育ちのよさが滲み出ていた。……何か話しかけてみようかな。こんな機会もうないかもしれないし。


「や、柳くんは何頼んだの?」
「しょうが焼き定食だ」
「へ、え……それ美味しい?」
「ああ」
「そ、そっかー」
「……」


話が終わってしまった。ああもう少し話がしたい。でもこれ以上何話すの? 全く思い付かない。


(話術のハウツー本みたいなのって図書室にあるかな)


放課後図書室に行って探そう。落胆しつつ食べるために箸を取ろうとしたら乙女に肩をつつかれた。何だとそちらを見れば、彼女は何とも言えない目でこちらを見ていた。


「な、何?」
「いや、歌頑張ってるなーって思って」
「頑張ってるって」
「あれー、乙女と歌ちゃんだ」


突然、通路側から聞き覚えのある声に話しかけられた。全員でそちらを見ればお盆を持った花野先輩がいる。どうやらもう食べ終わったらしくお盆の上の食器はからっぽだった。


「お、姉ちゃん」
「そうだよね、今日お母さんいなくてお弁当なしなんだから乙女もいるよね。……って、幸村と柳も一緒って珍しい組み合わせだね」
「ああ、はい。食券売り場でたまたま会って。一緒に食べることになったんです」
「そっかそっかー」


お盆を抱えながら、食堂の椅子増やせるように申請しようかなーなんて言っている花野先輩に笑いかけながら目だけで柳くんの方を見る。
まるでこちらに関心がない、と言いたげにお茶を飲んでいた。親睦会の時と同じだ。もしかしたらそれが彼なりの照れ隠しなのかも。


「あ、そうだ。柳、親睦会の時は助けてくれてありがとう」
「……えっ」
「ほら、私が帰るって言ってた時。みんな引き留めてくれてちょっと申し訳なかったんだけどあの後、生徒会の集まりがあったから助かったよ」
「いえ、俺は別に」
「柳はいつも私のこと助けてくれるから、感謝してる。ありがとうね」


柳くんの顔が少しだけど、明るくなった気がした。そりゃ、そうだよね。好きな人からそんなこと言われたら。ふたりのやり取りにぎゅうっと胸が締め付けられる。どうしたって私は柳くんにそんな顔をさせられないんだって、思い知らされる。


「それ、しょうが焼き定食でしょ? 味薄めだけど柳は薄味好きだもんね」
「はい。食べやすいです」
「そっかそっかー。あ、じゃあこれあげるよ」


私は柳くんの好みを今初めて知った。まるで私なんかの入る隙なんてないんだと言われているようで身体が重くなってくる。私がそんな気持ちになっているなんて全く知らない花野先輩はブレザーのポケットに手を入れて何かを柳くんに渡した。


「何ですか、これ」
「しょうが焼き定食の無料券、よかったら」
「ですが……」
「さっき職員室で先生の手伝いしたら貰ったんだけど、私あんまり食堂来ないからさ。あげるよ、この前のお礼とついでに誕生日プレゼントってことで」
「……覚えててくれたんですか?」
「うん。6月4日だよね。16歳おめでとう」
「……ありがとうございます」


頭を下げた柳くんはすごく嬉しそうに見えた。誕生日、もうすぐなんだ。それすら私は初めて知った。知ったところで私が誕生日に何をしても柳くんはこんなに嬉しそうにはしないだろう。段々卑屈になっていく自分に嫌気がさす。


(憧れなんだから、卑屈になる必要なんて……ないのに)


既に柳くんとの話は終えて、乙女や幸村くん、私に楽しそうに話しかけてくる花野先輩とそれを見ながらも無関心な態度を貫く柳くん。
だけど、柳くんはずっと手元を見ている。その手にある食券はきっと柳くんにとって嬉しい誕生日プレゼントなんだろう。

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