Dream | ナノ

想い内にあれば


謙也から財前くんと花野さんが仲直りしたことを教えられたのは翌日の夕方だった。素直によかった、と安堵する。
でも、謙也はそれを不思議に思ったんだろう、向こうから応答がなくなった。


「謙也?」
「えっ、ああすまん。それでな、財前が歌に謝りたいて」


謝りたいっていうのはきっとあの時のことだろう。今さらとも思うがちょうどいい。私も財前くんとはちゃんと話をしたいと思っていたから。
それを伝えると謙也は向こうで驚いているように感じた。


(……でないと、謙也と向き合えないから)
「うぇ!?」
「何、そのアホな声」
「や……え……俺とって、え?」
「っ!」


心の中で思っていたことが口に出ていたらしい。ハッとして手で口を覆う。
こんなの告白しているのと同じじゃないか。
期待していいのか、と聞いてきた謙也の質問をはぐらかして電話を切る。


「はあ……もう」


自分自身をこんなにバカだと思ったのは初めてかもしれない。
謙也は察しがいいから、私の気持ちに気づいたかな。それはそれで好都合なんだろうけど……。


「うああああ、もう! はっず!」


思い出すだけで顔が熱くなって、羞恥心に苛まれる。
ベッドの上でゴロゴロして、その気持ちを誤魔化そうとしたが無理だった。







月曜日の朝、待ち合わせ場所に行けばもう謙也はいた。ギクシャクするかと思いきや、謙也は至って普通に話しかけてきた。


「おはようさん」
「あ、うん。おはよう」
「あんな、今日財前が話したいて言うてるんやけど平気か?」
「え……いいよ」
「じゃ、放課後テニス部の部室行ってくれ。俺が出来るんはここまでやからな」
「ん、わかった」


俺が出来るのはここまで、か。あとは私が何とかしなきゃいけない。
これ以上甘えるのはいけない。それはわかっているんだけど、どうしても不安だった。
財前くんのところにひとりで行かなければいけないことが。


「ね、謙也」
「何や?」
「部室の前まで着いてきてくれない? その後は先に帰っててもいいから」


本当は帰らないで待っていて欲しい。でもその要望は飲み込んだ。これだけしてもらったんだから、もう望んではいけない気がしたから。
一瞬、謙也は呆けた顔をしたから思わず俯く。でも、謙也はそんな私の頭にポンと手を置いた。


「何が先に帰ってええ、や。ちゃんと待っとる。お前らの話は聞こえへんとこでな」
「謙也」
「全部、はっきりさせるんやろ?」
「うん」


驚いて顔を上げれば謙也はニカリと笑っていた。ああやっぱり男前だな。好きだなって気持ちが溢れてきた。







教室の前で謙也と別れて自分の席に着いた。それと同時に紅葉ちゃんが声をかけてきた。何だか少し呆れているように見える。


「あれで付き合ってないとか詐欺やろ」
「何が」
「そんなん忍足と歌のことに決まっとるやん」
「ええっ?!」
「毎日一緒に登下校してるから知らん人は付き合うてるて思ってるんとちゃう?」


はあ、と盛大にため息をついた紅葉ちゃんは私の両肩に手を置いて思いきり揺らし始めた。
世界がぐわんぐわんと揺れる。


「あの、紅葉、ちゃ…」
「あんたらどー見ても両想いやん。いい加減くっつきや」


最後にバシンとやや強めに肩を叩いて紅葉ちゃんは自分の席に戻って行った。まだ揺れている世界に頭を抱えながら彼女の言葉を反芻する。


(どう見ても両想い、か)


こんな中途半端な関係はもうおしまいにしよう。好きだと気づいた時点で関係を進めるべきなんだ。
謙也のためにも、自分のためにも。今度は私がちゃんと謙也に気持ちを伝えるんだ。







放課後になり、私は謙也と共にテニス部の部室に向かった。
先を歩いていた謙也がドアをノックすると中から財前くんの声で「どうぞ」と返ってきた。


「すんません、わざわざ来てもろて」
「あ、うん」
「ほな、あとは2人でちゃんと話しいや」
「うん」


軽く私の肩を叩いた謙也は優しく笑って部室から出て行った。大丈夫だと言われたようで、緊張が少し解ける。
一度小さく息を吐いてから財前くんの方を見ると、話を始めてくれた。


「あの……あの時はすんませんでした。話も聞かんと犯人扱いして」
「ううん、私の方こそごめんなさい」
「えっ」
「花野さんのことひとりにしちゃったからあんなことになったんだもん。謝らないといけないのは私の方だよ」


花野さんに言ったのと同じことを伝えると財前くんは目を丸くした。私から謝られるなんて予想していなかったのかな。


「そんな、先輩が謝ること何もないっすわ。元々、乙女があんな目に逢うてるのに何も動かなかった俺が悪いんです。もっとちゃんと話をしていればこんなことにはならんかったって」
「財前くん」
「……すんません」


財前くんは袖でぐっと目元を拭った。事前に防げたかもしれないことだったから悔しいんだろう。それほどまでに花野さんを好きなんだな。守れなかったことを後悔するほどに。


「愛されてるね、花野さん」
「えっ」
「何かうらやましいな」
「先輩かて、ケンヤさんに愛されとるやないですか」
「!」
「見てればわかりますよ。思い内にあれば色外に現るっちゅー言葉知っとります?」
「思い?」
「思い内にあれば色外に現る。俺が乙女に片想いしとる時に金色先輩に言われた言葉っすわ」


財前くんが言うには『心に思っていることは、自然に言葉や顔色に出ること』だという。片想いをしている気持ちというのは本人が思っている以上に周りにはわかりやすいことの例えでそんな言葉をかけられたらしい。


「せやから、さっさとケンヤさんとくっついてください。見てて鬱陶しいんで」


最後にそんな毒を吐いた彼は困ったように笑っていた。







部室の鍵を返却に行くという財前くんと別れ、辺りを見回す。
謙也、先に帰っちゃったのかな。近くで待ってくれていると思ったんだけど。


(結局財前くんに告白、出来なかったなあ)


あんなことを言われたのに、あなたが好きだったなんて言っても不快に思われるだろうし。
でもきっと、これでよかったんだ。前はそうだったのなんてこと明言したってしょうがないんだから。


「歌?」
「!」
「何や、もう話終わったんか」


声のする方を見ると、そこにはペットボトルを3本持った謙也が立っていた。
その内の1つを私に寄越すと辺りをきょろきょろと見回す。


「財前、もう帰ったん?」
「うん。部室の鍵返して帰るって。花野さんのお見舞い行くのかな」
「かもな。で、ちゃんと話出来たんか?」
「うん。お互い謝りっぱなしだったけどね」
「財前が謝るなんてレアやなあ、俺も一緒におればよかったかもな」
「んー、それはちょっと嫌だったかも」


ハハッと笑う謙也にはっきり言えば、彼の表情は一気に強ばった。
まさか嫌と言われるなんて思ってなかったんだろうな。しかも私が笑っているもんだから余計に。


「あのね、今日紅葉ちゃんと財前くんに同じこと言われたの」
「えっ」
「……いい加減、謙也とくっつけって」
「!」
「で、私もそうだよなーって思ったんだ」


ああ、すごい顔熱い。緊張する。
あの時の謙也もこんな感じだったのかな。手汗もやばい。胸がドキドキする。
でも、言わないと。全部ちゃんと、謙也が私に言ってくれたみたいに。


「謙也が好き……です。」
「っつ」
「もしまだ、私が好きなら……付き合ってください!」


怖くて、謙也の顔が見れない。頭を下げて見えるのは足元だけ。
ぎゅっと目を瞑って、彼からの返事を待った。


「……まだ好きならて、そんなん決まっとる」
「えっ」


静かに、呟くような謙也の声に思わず顔を上げる。すると、さっきまで普通だった謙也の顔は真っ赤になっていた。


「好きでもない奴のために無実を証明する、なんて考えへんわ」
「それ、って」
「俺の気持ちは前に伝えたやろ。それは変わってへん」


ぎゅうっと胸が締め付けられるような感覚に襲われる。謙也の言葉の意味を理解して、目元が一気に熱くなった。
そんな私の姿を見た謙也は困ったように笑い、私の手を取った。


「何泣いとんねん」
「なっ」
「そんな顔せんといてや、俺は歌の笑顔が好きなんやから」


言われて頬を触れば、涙が流れている。これは嬉し涙だと伝えようとしたら、謙也に引っ張られて抱き締められた。びっくりして、言おうと思っていたことが全部吹き飛ぶ。


(まあ、いっか)


言いたいことは落ち着いてから言えばいい。私たちはこれから始まるんだから。
温かくて優しい謙也の温もりを感じながら、ゆっくり目を閉じた。

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