Dream | ナノ

取り越し苦労


5限が終わったところで歌と共に教室に戻る。
彼女が1組に戻ったのを見届けてから2組に入れば、白石が声をかけてきた。


「何や、もう大丈夫なんか」
「えっ」
「寝不足でこの時間まで寝とったなら帰ってもよかったんとちゃう?」
「あ……あー、せやけど次小テストとかやったかなーって思ったんやけど」
「はあ? 小テストは先週やったやろ?」


おかしな奴やと言いたげな白石は首を傾げとる。愛想笑いを浮かべながらちらりと時間割を見ると6限は世界史やった。
うげ、帰ればよかったと思ったけど歌のことを思い出すとそうも出来へんな。


「あ、それと水野さんにお前のこと言うたんやけど」
「えっ」
「昼休みに昨日のお礼言いに来てくれてな。ケンヤが今朝ぶっ倒れた言うたら青い顔して保健室に行ったから」
「そ、そか」
「水野さんもお前のこと悪くは思ってへん感じやな。あれならチャンスあるんとちゃう?」


ハハッと爽やかな笑顔でそんなことを言う白石。
ふと、俺は昨日歌の友人に聞かされた噂を思い出した。
白石が歌を好きやって、本当か? 聞かないままなのも気分悪いし、はっきりさせとこ。


「……なあ、白石」
「ん? 何や?」
「……噂、なんやけどな……」
「?」


いざ聞こうと思うと怖いな、これ。
もし白石が歌を好きや言うたらどうしよう、とか余計なことばっか考えてしまう。
けど、はっきりさせんと俺もウジウジしそうやし。
俺は浪速のスピードスターや。気になることはさっさと片付けた方がええ。


「白石が歌を好きやって聞いたんやけど……」
「はあ? そんなんありえへんわ」
「えっ」
「言うてへんかったけど、俺大事な奴おるし」
「は?! 初耳なんやけど! 誰?!」
「それは教えられへんなー。……っと、授業始まるから準備せな」


ひらひらと手を振りながら、白石は自席に戻った。
見送りながら俺ははあと大きくため息を吐く。彼女がおるならやっぱりあれはただの噂やったっちゅーわけやな。安心や。


(けど、白石の彼女って)


どんな人なんやろ。会うてみたいな。
その彼女が実は女どころか雄のカブトムシで、名前が『カブリエル』とかいうペットだと知るのはもう少し先の話。







その週末、部活に顔を出すと財前から花野さんが俺達にお礼をしたいと考えていることを聞かされた。


「お礼って言われても大したことしてへんし」
「そーっすよね。特別棟で迷子になってたの見かけて連れてきてもらっただけなんでしょ?」
「……あ、ああ。せやな」
「何すか?」
「いや」


花野さん、女子に呼び出されたこと言うてへんのか。財前のファンに呼び出されて釘刺されたなんて言いにくいか。


「……多分乙女はケンヤさん達と仲良おしたいんやと思います」
「え、何で?」
「友達がおらんのです。4月に転校してきたばっかなんで」
「なるほどなぁ……でももう9月も終わるで? それなのに財前しか親しい奴がいないのもおかしくないか?」


花野さんと話した印象だと人間関係に苦労しそうな雰囲気はないけどな。
あれだけ可愛ければ男子は放っておかんやろし。現に財前が好きになっとるくらいやからな。


「理由は俺からはちょっと……本人から聞いてください」
「お、おお」
「とりあえず月曜の放課後にでも何か食べに行きましょ。乙女はそれで満足すると思うんで」
「……わかった、とりあえず歌に話はしてみるわ」
「よろしゅう頼んます」


話が途切れたところで他の部員が財前に話しかけてきたから俺はドリンクを口に運んだ。
財前と花野さんと一緒に放課後過ごすて、歌は了承するやろか。
あの出来事からまだ1週間も経ってへんのや。


(あん時の歌の顔……)


思い出すだけで胸が締め付けられる。今にも泣き出しそうなのを堪えて笑っていた。
あの場から逃げ出した後もずっと辛そうで、ホンマはそのまま帰った方がよかったんやないかって思っとったくらいや。


(もし嫌や言うなら、俺が悪者になってでも断らなあかんな)


俺は何があっても歌の味方になるってあん時決めたんや。
ボトルを置いて、軽くストレッチをした後に練習を始めていた後輩たちに混じった。







「別に良いよ」
「えっ、ええんか」
「うん。月曜の放課後だよね。特に予定もないし」


家に帰ってすぐに歌の家に向かいその事を話せば、彼女は思いの外あっさりと了承した。
俺絶対に断られると思ったんやけど……一気に力が抜けてその場に座り込むと彼女は目を丸くした。


「ちょっと玄関先で何やってんのよ」
「や、想定してたんと逆の反応されたから」
「私が断ると思ってたの?」
「ま、まあ」
「私も大丈夫かって言われたら大丈夫じゃないよ」
「じゃあ何で」
「……内緒。それじゃあそういうことで財前くんに連絡しといて」
「え、ちょっ!」


俺が呼び止めるのも無視して、歌はドアを閉めて家に入ってしもた。
何やねん。俺が気使ってるっちゅーのに。はあ、とひとつため息をついて家に帰るとなぜか家の鍵が開いてへんかった。


「うわ、マジか」


おとんもおかんも仕事で翔太もまだ帰ってへんってことか。
こういうときはいつも病院におるおとんに鍵借りるんやけど正直俺はあそこが苦手やった。


「あら、謙也ちゃん」
「ちゃん付けは止めてください」
「ふふふっ、相変わらず素直やないねー」


大阪のおばちゃん気質のベテラン看護師が俺の事をからかってくるからや。
診察室にいるおとんに声をかけようと様子を窺うと、ちょうど診察室から患者さんが出てきた。


(お、ナイスタイミング)


中にいるおとんにお礼を言うとるのやろ、中学生くらいの女の子とお母さんらしき女の人が頭を下げとる。
ドアが閉まって看護師が次の人を呼ぶ前にと診察室に近づくと、その親子の娘の方が声を発した。


「あっ」
「どうしたの、乙女」
「え」


聞き覚えのある名前と声に思わずそちらを見れば、そこには私服姿の花野さんがおった。
目が合った途端、ハッとした彼女は俯き、そのまま足早に出ていってしまった。
病院にいたこと知られたくないんかな。何でやと首を傾げながら俺は診察室に入った。

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