Dream | ナノ

想いを育んでいたのは


花野さんのクラスを聞いた時に何で気づかなかったんだろう。
知っていたはずなのに……彼が、財前くんが2の7だって。


「財前……」
「って、何で乙女と一緒におるんですか」
「「えっ」」
「あ、息ぴったり。さすが、ケンヤさんの彼女」
「だから……」
「あの、光くん」
「ん? 何や?」
「水野先輩は忍足先輩とお付き合いしてないって、言ってましたよ?」


財前くんが私たちを恋人同士だと勘違いしていることもだけど、なぜこの2人は名前で呼びあっているんだろう。
まさか、という思いがふつふつと沸く。けど確かにこの子は財前くんのファンに呼び出されていた。


「え、そうなん?」
「はい。さっきそう言ってました」
「ふ〜ん」
「光くんの知り合いだったんですね」
「せやで。あ、ついでに紹介しますわ」


隣にいる謙也も口出ししない。財前くんの花野さんに対する態度がいつも通りだからなのか。
それとも真逆だからなのか。ちらりと謙也の顔を見れば、すぐにわかった。


(きっと、彼女が……)
「クラスメイトの花野乙女。一昨日ちょっと話した俺の彼女っすわ」
「改めまして、花野乙女と申します。先ほどはありがとうございました」


財前くんの、花野さんに対する態度は明らかに違うんだろう。
礼儀正しく頭を下げる彼女を横目に、ついでと財前くんは私たちの事も紹介してくれた。


「いつも話しとる一応テニス部の先輩のケンヤさんと……」


けど、財前くんは私の顔を見て言葉を止めた。次第に彼は困ったような顔になる。
それを見ているとざわざわと胸が苦しくなってきた。
……もしかして、彼は


「えーっと、すんません名前知らんくて」
「!」
「えっ……」
「……」


私のことなんて、覚えていなかったんだ。
あの時の、図書室での出来事を覚えていたのは私だけ。大切にして、想いを育んでいたのも……私が勝手にやったことだとわかっているのに。


「……ははっ、そ……だよね。話したこと、ないもんね」
「すんません」
「……水野歌。クラスは3の1で、謙也とは家が近所で親しくしてもらってるんだ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」


ペコリと会釈をする財前くんに私はうまく笑えただろうか。
目頭が熱い。このままここにいたら泣き出しそうで、俯いてしまった。
だからといって涙が引っ込むわけがない。むしろそれは加速する。


「……じゃ、私達はここで」
「あの、よかったら一緒にお昼でも……よかったら光くんも」
「え」
「ええで。俺もこれからやし」
「いや……悪いけどもう戻るね」


早くこの場から離れたいのにそんな申し出をされて、少しだけイラッとしてしまった。
いつも通りならもっとうまく断れたはず。それだけ今の私の精神は酷くなっている、のだと思う。
花野さんと財前くんの返事も聞かずに早足でその場を離れた。







「ちょ、待てって歌!」
「!」


謙也に腕掴まれたのは先程私達が花野さんと会う前にいたところだった。
そこで初めて謙也を放置してきたことに気づく。息を切らした私に対して、彼は息ひとつ切らしていない。


「ったく、俺から逃げようなんて100億光年早いっちゅー話や」
「別に謙也から逃げたかった訳じゃ」
「……財前と花野さんから逃げたかったんやろ?」
「!」
「お前の考えとることなんてお見通しや」


謙也に自分の考え読まれるのは悔しい。けど、それだけ今の私はわかりやすいってこと。
面識があると思っていたのは私だけで、財前くんは私のことなんて覚えてもいなかった。それが悲しくて虚しくて、胸が重くなって色々な感情が一気に湧いてきた。


「……あんなこと言われたのに一緒にお昼食べれる程私のメンタル強くないよ」
「まあ、そらそやけど……急にあんな態度取ったら財前も花野さんも困るやろ」
「それは……わかってる、けど」
「何も考えられなくなってもうたんやろ?」
「……うん」
「ははっ、それ昨日の俺や」
「えっ?」
「それで勢いあまって歌に告白したんや」


びっくりして目を丸くする私に対して、謙也は余裕のある笑みを浮かべている。
と、そこで昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。午後の授業には今からダッシュで行けば間に合うけど……。


「授業受けられるくらいには回復したか?」
「……まだ、あんまり」
「ほならサボり決定やな」
「……そう、だね」


出来るだけ人目につかないようにと、階段を上がる。
屋上に続くドアに背を預け、ふたりで黙ったまま座る。


「謙也、戻らないの?」
「歌ひとりにしておけへんわ」
「……ふたりして戻らなかったらまた噂になるじゃない」
「俺は別に構へんで、俺はお前のこと好きやから」
「っ……!」


一気に顔が熱を帯びる。こんな顔を見られるのが嫌で俯いて口も閉じた。
謙也はこんなにあっさりと好意を伝えられる人だったのか。それともただ開き直っているだけなんだろうか。


「……逃げるのは悪いことやないって俺は思うで」
「えっ」
「逃げるっちゅー選択肢があるならそれを利用するのは悪いことやない。態勢建て直してまた進めばいいんやから」
「……うん」
「俺はいつでもお前の逃げ場所になったるから」
「……!」


優しく私の頭を撫でながら不覚にもドキドキしてしまった。反則だ、こんなの。
言い返したいのに口が開かない。それになぜか心地いい気もする。


「財前たちにはあんまり体調良くなかったんやって言うといたから」
「そう、ありがとう」
「やから、そんな顔すんなや! な?」
「う……ぎゃっ!」


謙也のフォローはありがたかったのでお礼を言うと私の頭をぐしゃぐしゃにした。
私の奇声を気にすることなく、眩しいくらいの笑顔。それにつられて思わず笑ってしまう。


「ん、笑ったな」
「え……」
「前にも言うたやろ? 笑えるなら大丈夫やて」
「……うん」
「ま、また何かあったら俺に言いや。……話くらいは聞いたるから」
「……ありがとう」


私の様子に満足したのか、謙也は小さく頷いた。
さっきまで重くて仕方なかった胸の痛みがなくなっていることに私が気づくのは、もう少し後のことだった。

prev  next
目次には↓のbackで戻れます。

BACK
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -