※謙也が一切登場しません。大丈夫な方のみどうぞ。(読まなくてあまり差し障りありません)
読書が好きで、よく図書室に通っていた。
でも借りるのはいつもあまりメジャーではない本ばかり。よくリクエストを出しては入荷した本を借りていた。
「あ、この本……」
「えっ」
ある日、いつも通りリクエストした本の貸出を頼んだらその日の係の男子がそう呟いた。
ピアスがたくさん付いた耳に、染めてはないけどセットはしてあるであろう黒髪。
時々見かける図書委員の彼は少しばつが悪そうに口を開いた。
「あ……いや、すんません。これ前読んだヤツだったんで……」
「そうなんですか」
「中々借りる人おらんけど……面白かったな、って……はい、返却は来週までにお願いします」
手際よく貸出処理を済ました彼は私に本を渡すと、少し恥ずかしそうに俯いてしまった。
軽くお礼を言ってからその場を離れて、入口に貼ってある図書委員の当番表を見る。
今日のところには2の7というクラスと、2人分の名前が書いてある。
(えーっと……多分こっちが女子だろうから)
きっと『財前光』というのが彼の名前なんだろう。
声に出しはせず、心の中でその名前を復唱しながらウキウキとした気持ちになっていた。
*
紅葉ちゃんに聞いたところ、彼はそこそこ有名人らしい。
あの男子テニス部のレギュラーで次期部長候補。天才財前くんなんて呼ばれているとか。
しばらく財前くんと会うことはなくて、再び彼を見かけたのは夏休みに入るちょっと前だった。
(あ、財前くんだ)
返却は女の子が担当してくれた。財前くんはカウンターに背を向けて何か作業をしているみたい顔が見えない。
またお話しできたらな、と思いながらもリクエストした本を探してみたけど見当たらない。
「あのー、すみません」
「はい。何でしょう」
「この前入荷した本探してるんですけど」
「じゃあ調べてみますね、タイトル教えてください」
カウンターにいた女の子に本のタイトルを告げると、背を向けていた財前くんがピクリと反応した。
女の子の方がパソコンにタイトルを入力していると、財前くんが立ち上がり1冊の本を私達の前に置いた。
「すんません。これっすよね」
「え……はい、そうです」
「何? 財前借りるの?」
「いや。面白いって聞いて読んでただけや。貸出処理頼むわ」
「読んでたって……作業は?!」
「あ……やべっ」
貸出処理を終えた本を私に渡した女の子はちょっと怒りながら彼に近づいていった。
静かに図書室から出て、口元を抑える。
(彼も好きなんだ、同じ本)
今までそんなことなかったから、それだけで嬉しくてニヤニヤが止まらない。
また図書室で会えたら今度は勇気を出して話しかけてみよう。
その時は足取り軽く教室に戻った。