Dream | ナノ

一緒に歩けば恋人同士だと思われる


新学期早々の9月から自宅周辺で変質者が出るようになった。
そのせいで私は1人で帰れなくなった。変質者が怖いというよりは親が心配するからだ。


「歌ー帰るで」
「うん。じゃあまた明日」
「またねー」


そこで親は近所に住む彼、忍足謙也に一緒に帰ってくれと頼んだ。ちょうど部活を引退したばかりの謙也はそれをあっさりと了承し、現在に至る。


「来週、世界史テストなんやけど1組てもうやった?」
「昨日あったよ。何? 問題教えて欲しい?」
「お、話が早いな。さすが歌さまやで!」


中学でお互い部活を始めてからは疎遠になっていた。だから一緒に帰れと言われても不安だった。
でも謙也はすぐに打ち解けられた。謙也がそういう性格だっていうのもあるけど。


「じゃあ明日にでも見せてくれ」
「いいよ。でも何か奢ってね」
「おう! 何がいい? たこ焼きでもクレープでも何でもええで」
「えー何がいいかな」


下駄箱で靴に履き替えて校門に向かって歩く。考えいる振りをして視線をテニスコートの方を向ける。
謙也は気づいていない、私の楽しみ。今日も彼はテニスコートで部長業に励んでいるはず。


「あれ、ケンヤさんや」
「!」
「お、財前や。久しぶりやな」


その彼の声が真後ろから聞こえてきたから思わずびくりとしてしまった。
耳には5つのピアス、染髪はしてないけどセットされた黒髪の彼は2年生の財前光くん。私の好きな人だ。


(わ……久しぶりに会った)


好きになった理由は簡単で図書室で私が好きな『庭球博士シリーズ』を読んでいたから。私がいつもリクエストするくらいマイナーな作品だから読んでいる人がいるなんて思いもしなかった。
その本がきっかけで2回程話をしたんだけど、その時と、テニスをしているときのギャップにあっさりやられてしまった。
謙也の話に便乗して、話が出来たら、と黙って様子を窺うことにした。


「あんまり久しぶりな気ぃしないんすけど」
「そら休みの度に顔出しとるからな。けど平日会うのは久々やろ?」
「……言われてみれば確かに。白石部長とかはよお来るんですけどね」


中々話が切れないな。謙也、結構おしゃべりだし。
うーん、今日は無理かな。夏休みの間にいくつか面白い本を見つけたからおすすめしたかったんだけど。
とか、考えていたら彼からとんでもない言葉が発せられた。


「毎日彼女と下校してるんじゃ来る暇もないっすよね」
「……え?」
「は?」
「現に今だってそうでしょ? ええですね、俺なんてやっと付き合えたばかりで一緒に帰るなんて出来てへんのに」


持っていたバインダーで軽く自身の肩を叩きながら財前くんはため息をついた。
……何か今、爆弾2つくらい放り投げられた気がする。
呆気にとられている私より先に我に返ったのは謙也だった。


「え、ちょ待って彼女って何?」
「ああ、俺彼女出来たんすよ」
「いや、そっちやなくて」
「……? ああ、そちらケンヤさんの彼女でしょ?」
「えっ」
「この人、基本的にせっかちなんで色々大変かと思うんですけど、よろしゅう頼んますわ。ほな、俺はこれで」


軽く会釈をした財前くんはそのままテニスコートの方へと行ってしまった。
その背中に謙也が何か言っているが、まるで頭に入ってこない。


(私が謙也の彼女って……いや、その前に財前くんに彼女って)


足元がぐらぐらしている気がする。
とりあえずここにいてもしょうがない。気づけば私は歩き出していた。







校門を出て、家の周辺に着くまでずっと私は上の空だった。隣で謙也が色々話を振ってくれていたがそれも全部生返事。
財前くんのことがショックだった。まさかこんな形で失恋するなんて思ってもいなかった。


「財前が言うたこと、気にしとんのか」
「!」
「その顔、図星やな」
「何で……」
「何でって、見ればわかるわ」


謙也の問いに私は一気に現実に戻ってきた。
確かに、財前くんと会った後に私はこんなになったんだ。誰にだってわかる、か。


「悪気っちゅーか……気にしたらあかん」
「……」
「明日勘違いやって言うておく。せやから元気出せ」
「……別にいいよ、もう」
「えっ?」
「誤解解いたところで、財前くんには彼女がいるんだし」


私が謙也の彼女じゃないってわかってもらったところで、財前くんに彼女がいる。
しかも付き合いたてほやほや。一緒に帰りたいけどまだ出来ていないというくらいに好きな子。
どんな子なのかはわからないけど、財前くんが好きになる子だ。きっと可愛い子だろう。


「ちょお待て、やけになっとんのや」
「……なってない」
「なっとるやろ」
「なってない!」
「……俺はそんな歌好きやないで」
「謙也になんて好かれたくない! 好かれるなら財前くんに……」


謙也の一言に抑えようとしていた気持ちが一気に爆発した。
目頭が熱い。色々な気持ちがぐちゃぐちゃになる。途中で我に返り謙也を見れば、とても悲しそうな顔をして「せやな……」と返事をした。


「ご、ごめん」
「ええよ。溜め込まれるよりはマシやからな」
「溜め込むって?」
「白石とかな、ひとりで色々溜め込んで空回りすることとかあったんや。不満とか辛いこととかは適度にガス抜きした方がええで」
「謙也……」
「じゃあ歌のガス抜きしたから、明日世界史よろしくな」
「へ……?」
「それでチャラにしたるわ」
「……わかった、じゃあさっきのことは絶対誰にも言わないでよ?」


へらっと笑った謙也を見て、そういえば明日世界史のノートを見せてくれたら何でも奢ると言われていたことを思い出す。
うーん、今回は仕方ないか。また何かあれば奢ってもらおう。


「……やっと笑った」
「えっ」
「笑えるんなら大丈夫や。きっと歌を好いてくれる奴、現れるで」
「そう……かな」
「ああ」


仕方ない、と思いながら私は笑っていたらしい。
私のその姿に安心したのか、謙也も優しく笑っている。そんな顔を見たらやっぱり言いすぎたよなあと思ってしまう。


「さっきはごめん。言い過ぎた」
「ん? ああええよ。歌が元気になったんならそれでええ」
「謙也……」
「まあ俺も失恋した時辛かったしな」
「え、謙也失恋したの!? いつ!?」
「今は教えへん。そのうちな」


この話はおしまいだと言いたいように、謙也は早足で歩き出す。追いかけながら家に着くまでずっとその事を聞き続けたんだけど、結局その相手が誰か白状しなかった。

Title by OSG

prev  next
目次には↓のbackで戻れます。

BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -