皇帝は全裸で微笑む・4。
「争いが多かった時代の名残なのだろう。眠るという一番無防備な状態になる前に、お互い武器を所持していないことを確認する必要があったのだ」
長く平和な時代が続くカレス王国とは違い、東の海が魔界と接しているため、カイドウの歴史は、結界をくぐり抜けて人間界に姿を現す魔族や魔獣の討伐や、魔族に心を譲り渡してしまった人間同士の争いで血にまみれている。
カイドウに比較的平和な時代が訪れたのは、強大な力を持つ術師が魔界との境を更に強力な結界で区切って封印するようになってからの話だという。
好戦的な種族という訳ではないものの、そういった背景から何かと争いが多かったことは確かなのだろうが……。
「……片方が寝た後で再び起きた者がどこかに隠し持っていた武器を手に取る可能性はなかったのでしょうか」
「さあな。今となってはこの風習だけが残って、詳しいことを知る者はいない」
互いに一糸纏わぬ姿になっての同衾は、納得できるようでまったく納得できないものだ。
恋仲の男女ならともかく、男同士で並んで寝るのに全裸というのは、想像するだけでも暑苦しくむさくるしい。
「歴史あるカイドウの文化を否定する訳ではありませんが、我が国には男同士が一糸纏わぬ姿で寝台を一つにする風習はありません」
油断すると股間に引きつけられそうになる視線を何とか高い位置に保ちつつ、ミズキは精一杯婉曲に、自分には脱ぐ意思がないことを伝えた。
更に言えば、幼い頃に会っていた初恋の姫君が予想外の方向に成長した姿とはいえ、ほぼ見ず知らずの男と同じ寝台で寝るつもりもないのだが、そこは妥協するしかないのだろう。
「確かに。他国で生まれ育った者にまで我々の風習を押し付けることはできないな」
見るからに食えない皇帝が意外にもあっさりと譲歩の姿勢を見せてくれたことにミズキがホッとしたのも束の間のことだった。
当然、カイルがカイドウの謎の風習に馴染みのないミズキを気遣って再び着衣の状態になってくれるものだと思っていた期待を裏切って、全裸の皇帝は男らしい屈強な肉体を隅々までミズキに見せつけるように向き直って身体を開き、腕の中に飛び込んで来いとばかりに胸を開いたのだ。
「お前に敵意がないことは分かっている。着衣のままの同衾を許そう」
「あの……陛下は服を着て下さらないのですか」
「必要ない」
カイルにはその必要がないとしても、ミズキが落ち着いて眠りにつくためには、是非とも服を着てほしい。
寝台の上で向き合って座り、しばらく黙って見つめ合っていた二人だったが、妥協したのはミズキの方だった。
「では私は寝台のこちら端で眠らせていただきますので、陛下はそちらでお休み下さい」
睡眠時間は一分一秒たりとも無駄にしてはいけない。
眠れるときに眠っておけというのは、軍の鉄則である。
全裸の男と一緒に寝なければならないという厳しい状況ではあるものの、眠ろうと思って眠れないことはないだろう。
意を決して寝台の端に横になり、柔らかく暖かい毛布をかけて目を閉じたミズキは、次の瞬間、想定外の出来事に身体を強張らせた。
「陛下」
「カイルで良い」
「……ではカイル。これは一体何のおつもりですか」
毛布の上から回された太く逞しい腕がミズキの身体を抱き寄せ、更に、首の下にも同じように腕を入れられ、いわゆる“腕枕”の状態になっている。
しかも、自分に身体を密着させている男は全裸で、腰の辺りに何やら硬い物が当たっているという非常事態だ。
ミズキの頭は混乱を極めていた。
「寒い夜は人肌で温め合うに限る」
「服を着れば済む話だと思いますが」
「お前は体温が低いな」
「私の話を聞いて下さい、陛下」
「カイルだ」
この際、呼称などはどうでもいい。
腰に押し付けられた塊があからさまに硬度と質量、熱を増していくのを感じて、ミズキの心臓は未だかつてない速さで脈を刻んでいた。
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