皇帝は全裸で微笑む・3。


 重ねられた手を包み込む一回り大きな手にグッと力がこめられ、身体が強引に引き寄せられる。
 バランスを崩したミズキは寝台に倒れ込み、細いその身体は逞しい男の胸にちょうどよく収まってしまった。

「何をなさるのです! 私は貴方の花嫁になることを了承した訳ではありません!」

 懐かしい思い出に酔ってついうっかり手を重ねてしまったが、たとえカイルがミズキの初恋の姫君その人であったとしても、こんなに屈強な男に育ってしまった今となっては完全に別人である。

 そもそも、カイルもミズキも同じ男であるという重大な問題を、何故この男はまったく気にしないのだろう。

 雰囲気に流されまいとするミズキの抵抗を軽くあしらって、カイルは抱き込んだミズキの身体を太い腕で更にしっかりと抱え、耳元に唇を寄せてそっと囁いた。

「婚礼の儀式までの間に、お前を口説き落とす自信はある」
「貴方がどんなに魅力的な方であっても、私が男に口説き落とされることはありません」
「性別など些細な問題ではないか。カレス王国でもカイドウでも、男を妻に娶った王の前例がない訳ではない」
「私にはその趣味がないと申し上げているのです」

 初恋の姫君が実は男だったという例外を除いて、ミズキは今まで同性に恋愛感情を抱いたことはない。
 男相手にそういった感情を抱くことなどないはずなのに……。

 逞しい腕に抱かれた身体は芯からじわじわと熱くなり、心臓は未だかつてない勢いで激しく脈打っていた。

 カイルの身体も同じように熱を持ち、鼓動が速まっているのが布越しに伝わってくる。

「――お前があの時のことを覚えてくれているかどうか分からなかったし、仮に覚えていたとしても、私が男だと分かればそう簡単に受け入れてもらえるはずはないからな。本当は、幼い初恋を諦めて周囲の勧める相手と適当に結婚すべきかとも思っていた」

 規則正しい鼓動と全身を包み込む熱が心地良い。
 銀色の髪を優しく梳きながら、カイルは甘い囁きを続けた。

「だが、公務の合間に視察で訪れた合同演習で、遊撃隊を率いるお前の姿を見て、私は人生で二度目の恋に落ちてしまったのだ。自ら率先して敵陣に飛び込む勇猛さも、常に隊員達の安全を気に掛けて最善の策をとる優しさと判断力も、出会った時と気質がまったく変わらないまま、私の理想の花嫁は美しく成長していた」
「そ、そういうことを口にして、恥ずかしくありませんか」
「思ったことを口にするだけでその美しい顔が羞恥に染まるのは、見ていて楽しい」
「……」

 外見に似合わず性格の悪そうなこの男をこれ以上楽しませてなるものか、と思いつつも、カイルの発するひと言ひと言が鼓動を速め、顔を熱くするのだから仕方ない。

 長男ではないものの、代々軍の指揮官を務める名門貴族の家に生まれ、将来は王に仕える立派な軍人になるべく育て上げられたミズキは、今までこんな風に誰かに思い切り甘やかされたことがなかった。

 胸の奥が熱くなるのは、甘やかされることに慣れないからなのか、それとも他に何か特別な感情のせいなのか。
 理解できないまま、ミズキはすっかり大人しくなり、居心地の良い腕の中に身体を任せていた。

「そろそろ寝るか。明日はカイドウ自慢の大黒馬に乗せてやろう」
「大黒馬ですか。それは……」

 それは楽しみです、と言いかけた馬好きのミズキが顔を引きつらせたのは、それまで自分の身体を抱いていた男が明日の予定を告げながら、ごく自然に、身に纏っていた衣を脱ぎ始めたからだった。

「陛下!?」
「どうした。馬は苦手か」
「そうではなく……何故、今ここで、お召し物を脱がれるのですか!?」

 寝衣に着替えるだけであれば、ミズキもそれ程混乱はしなかっただろう。
 カイルは身体に巻き付けていた美しい模様の布を取り払うと、何でもないことのように下着まで脱いで寝台下に置かれていた籠に放り込んでしまったのだった。

 当然、身に付けていた衣がすべてなくなってしまった今、ミズキの目の前で胡座をかく男の身体は文字通り一糸纏わぬ姿となって、鍛え上げられた屈強な肉体を惜し気もなく晒す状態になっている。

 股間でとてつもない存在感を放つ黒々とした巨大な雄の象徴に思わず視線が引き寄せられてしまい、ミズキは混乱のあまり声を上擦らせて「早くソレを隠して下さい」と全裸の皇帝に訴えた。

「お前は脱がないのか」
「何故脱ぐ必要があるのです!?」
「この国では、二人以上の者が寝台を一つにするときは衣を纏わない状態で寝る風習がある」
「それは……」

 それは風習ではなく、寝台を一つにする仲の二人がそういった気分になった時だけそういった状態になるというだけの話が、この男の耳に間違った形で入った結果なのではないだろうか。

 自分とは異なる価値観に基づく異国の文化を理解する努力はしてきたはずのミズキだが、この怪しげな風習だけはどうにも理解し難かった。



(*)prev next(#)
back(0)


(13/17)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -