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 この春から『KARES』で働き始めた可愛い新米スタッフの雪矢は、どういった訳だか伍代の上司である金貸しの佐竹と、男同士であるという壁を乗り越えて恋仲になったらしい。

 最初から交際が順調に進んでいたという訳ではないらしく、高田の一時的な失踪と時期を同じくして雪矢が何かを抱え込んだ様子だったこともあったが、佐竹が雪矢にベタ惚れ状態だったことは最初から分かっていたし、雪矢の方も無自覚に佐竹を意識しているらしかったので、三上は敢えて口出しをせず二人の仲をそっと見守っていた。

 端から見ていると笑ってしまうほど不器用な二人が、何とかその恋を実らせたこと自体は素直に祝福しても良いのだが。

 それまでバータイムの閉店間際に顔を出していた佐竹が、可愛い恋人の淹れるコーヒーを飲むためカフェタイムに店を訪れるようになり、必然的に、秘書兼金庫番として佐竹に付き従う伍代の来店もカフェタイムへと切り替わってしまったのだった。

「――しばらく伍代さんにお会いできなかったくらいで拗ねたりはしないと言っているでしょう」
「申し訳ありません」
「別に怒っていませんから。謝らないで下さい」

 しばらくバータイムに顔を見せなかった“お仕置き”として、今夜は少し伍代を困らせてやろうと思っていたのに、香田の余計なお喋りのせいで自分が毎日のように来店を心待ちにしていたことが丸分かりになって、逆にこの厳ついヤクザ顔の男を喜ばせてしまったようだ。

 変なところで気遣いをみせる下っ端バーテンダーを後できっちり躾け直してやろうと心に誓って、三上はそれまで凍り付いていた氷点下の美貌に極上の笑みを咲かせ、カウンターから身体を乗り出して伍代にその顔を近付けた。

「ねえ、伍代さん」
「っ、……三上、さん?」
「佐竹社長のお供以外では、お越しいただけないんですか?」
「いえ、そんなことは」

 三上が微笑んで見せれば大抵の相手は頬を染めてその顔に見惚れるが、伍代の反応は特に新鮮で、三上を楽しませる。

 分かりやすく動揺し、三上から目を逸らして俯く巨漢に、キッチンの隅でグラスを磨いていた香田が気の毒そうな視線をやるのが分かったが、香田が冗談混じりに『カフェの女王様』と呼ぶ美貌の副店長は、攻撃の手を緩めたりはしなかった。

「いつか伍代さんが、お仕事以外で個人的に私の淹れるコーヒーを飲みに来て下さるんじゃないかとずっと待っていたのに……」

 物憂げな表情で呟いて、耳元に吹き掛けるようにそっとため息を落とした瞬間、伍代の大きな身体が強張る。
 厳つい顔にまったく似合わない、こういう純情な反応が、三上の悪戯心をくすぐるのだ。

「私のような者が頻繁に通うと、一般の客を怖がらせてしまいますので」

 ヤクザ丸出しにしか見えない自分の外見を自覚して、大きな身体を申し訳なさそうに縮める様子も、堪らなく可愛い。

 今夜はこれ以上いじめては気の毒かもしれないと、三上はようやく棘のある営業用の笑顔を和らげた。

「そんなことはありませんよ。常連のお客さまは伍代さんが優しい方だということを知っていますし。伍代さん、若い女性のお客さまに結構人気があるんですよ」

 実際、極道のような外見に似合わず穏やかな性格の伍代が三上にいじられて困っている姿は母性本能をくすぐるらしく、三上の無意識の牽制もあってか、直接声をかけたりすることはないものの伍代を狙っている女性客は少なくなかった。

「ヤクザが珍しいだけでしょう」
「伍代さんはもう、ヤクザじゃないでしょう?」

 父も叔父もヤクザで、双子の兄が渠龍組の若頭を務めているという生粋の極道であったとしても、伍代自身はもうその世界からは一応足を洗い、佐竹の片腕として働いているのだ。
 細い目をじっと見つめると、伍代はいつもの困った顔で笑い、香田の出したカクテルを飲み干した。

「――ご馳走さまでした」
「コーヒー、飲んで行かれないんですか」

 酒だけを飲んで帰ろうとする男をもう少しだけ引き止めたくて口にした一声には、切なさが滲んでしまっていたのかもしれない。



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