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この男は、一体何者なのだろう。
沸き上がる好奇心が抑えきれず、三上はカウンター席に腰掛ける厳つい大男をじっと見つめた。
「……」
「……」
投げ掛けられる視線に気付いてぎこちなく目を逸らし、黙って俯いてしまうヤクザ顔の巨漢の意外な反応が、少し可愛い。
華やかなこの顔立ちが原因で遊んでいるように見られ、その趣味の男につきまとわれるという出来事も今まで少なくなかったため、男にそういった目で見られることは不愉快だと思っていたはずなのに、不器用そうなゴツ顔ヤクザの反応は何故か嬉しくて、三上の悪戯心をくすぐった。
「そうだ! ミカミちゃん、今日もドリップの練習していくんでしょ?」
「できればそうしたいと思ってます……けど」
「だったら、ゴダイさんにお味見してもらったらいいじゃない」
「えっ?」
高田の予想外の提案に、三上とゴダイは同時に顔を上げた。
『KARES』で働き始めてからひと月。
三上が高田以外の誰かにコーヒーを淹れたことはなく、未だ合格点をもらえていないというのに。
複雑な顔で立つ三上に、高田は細いキツネ目を更に細めていたずらっぽく笑った。
「お味見役がいつもアタシじゃ緊張感がないでしょ。ゴダイさんなら舌も肥えてるし、遠慮なく厳しい採点をしてくれるはずだから。さ、淹れて淹れて!」
「店長……」
突然の提案に戸惑っているのは、ゴダイも同じらしい。
厳つい顔に微かに困惑の色を浮かべて高田と三上を見比べるヤクザの様子はやはり可愛くて、肩に入っていた力が抜けた気がした。
「高田さん……困ります」
「いいじゃない、ゴダイさんだったらアタシも安心して採点役を任せられるわ。もちろんお代をいただくつもりはないから、お味見してやってちょうだい」
「採点役と言われても」
「いいからいいから!」
こんなとき、高田が強引なのは今に始まったことではない。
「……心を込めて淹れさせていただきますので、よろしくお願いします」
「は、はあ」
まだ戸惑っているゴダイに頭を下げて、三上はキッチンに立ち、いつものようにブレンドの豆のケースを取って、手を止めた。
カウンターテーブルの上に置かれたお冷やのグラスが、既に空になっている。
夏本番はまだ先のこととはいえ、日中はアスファルトの照り返しで一気に暑くなる街中を、この黒いスーツで歩き回ったのでは喉も乾くだろう。
『KARES』のオリジナルブレンドは高田がこだわり抜いて厳選した深煎りの豆を使った、深い香りとコクが特徴だが、喉を潤すのであればもう少しライトな味の方が飲みやすいのかもしれない。
一瞬考えた後で、三上はいつもより気持ち少な目にすくった豆を挽き、ケトルから糸のように細い湯を注ぎ始めた。
今までは正確に豆を測りとり、蒸らしてから注ぎ終わりまで常に一定の時間で淹れることだけを考えていた三上のわずかな変化に、高田がキツネ目を細めて頷く。
コーヒーを落としている間にも、熱く注がれるゴダイの視線を感じたが、三上は目の前の男に美味いと思ってもらえるコーヒーを淹れることだけに意識を注ぎ続けた。
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