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 伍代の不埒な妄想に気付いているのかいないのか、カウンター越しに時折三上が寄越す意味ありげな視線は誘惑の色を含んでいるように見えて、伍代の雄の本能は更に刺激された。

「どうぞ」

 いつもと同じようにふんわりと甘い声で囁いて、三上は悪戯な目を輝かせながら伍代の前に二杯目のコーヒーをそっと置く。

 無駄のない動きでカウンターテーブルの向こうに立つ自分の姿に見惚れて、厳ついヤクザ顔の常連客がいかがわしい妄想を膨らませていることなど、既にお見通しなのだろう。
 気まぐれな雄猫はそれを分かっていて、伍代に甘い顔を見せるのだ。

 出会った当初から三上と相性が良くないらしい佐竹は、事あるごとに三上を“性悪猫”と呼んで顔をしかめるが、確かに自分は性悪な美猫に遊ばれているのだろうという自覚が、伍代には十分にあった。
 自覚はあるのだが、どうにもならないことが世の中にはある。

「……美味い」
「お休み前の一杯かと思いましたので、先ほどのものより少し軽めに淹れさせていただきました。伍代さん、軽いコーヒーの方がお好きだとおっしゃっていたので」
「ありがとうございます」

 小さく鋭い爪を隠した天使の笑みを向けられて、色恋沙汰に不慣れな男は、そのあまりのまぶしさに目を背けるように俯いてコーヒーを啜った。

 週に何度かの短い逢瀬と、ほんの少しの会話。
 三上の淹れてくれたコーヒーを飲んで、一日を終える。
 これ以上、何も望んではいけない。

 向けられる好意を上手くあしらうことに長けているだけで、三上が自分に特別な感情を持ってくれている訳ではないのだと改めて自分に言い聞かせ、伍代はほろ苦い液体を口に含み、その優しい香りを堪能した。

 気品のある美しい顔立ちと行き届いた心配りで、常連客達の心を惹きつけるカフェの女王。

 極道上がりで、今も闇の世界に片足を突っ込んで生きる自分とは、住む世界が違う。
 こうして店に通うことを許されているだけでも、贅沢な話なのだ。

 コーヒーの香りに酔いながらぼんやりとそんなことを考えていた伍代は、背後から突然肩に置かれた手に、凄味のある細い目を見開いた。

 いつ命を狙われてもおかしくない物騒な世界からは足を洗ったものの、研ぎ澄まされた防衛本能は身体に染みついている。
 それなのに、背後の気配に気付かなかったのは、獅子の背中にこっそり近付く猫にすっかり心を許して油断していたからに他ならない。

「三上、さん?」
「肩が凝っていなくても、こうすると気持ち良くなるでしょう」

 それまでカウンターテーブルに区切られた向こう側の世界に立っていた男が、いつの間にかピッタリと密着するように伍代の後ろに立ち、細く美しい指で肩を揉んでいる。

 予想外の出来事に硬直する伍代の反応にはお構いなしで、三上は筋肉質な身体のラインを確かめるように指の位置を動かし、伍代のツボを優しく刺激した。

「すごい……硬くなってますね」
「……っ」
「ふふ、この辺りが気持ちいいんですか? ピクピクしてますよ」

 これは一体、何の拷問だ。
 生殺しにも程がある。

 カウンターの隅で忍びのように気配を消して閉店作業を進めるバーテンダーの香田に救いを求めて顔を上げた伍代の目には、気を利かせたつもりなのか何なのか、生ぬるい目で二人を見守っていた香田が軽く会釈をしてスタッフルームに入っていく姿が映った。

「――香田さん」

 こんな状況で二人きりにされては、堪らない。
 慌てて香田の背中に声をかけようとする伍代に対し、三上は攻撃の手を緩めなかった。

「三上さん、そこは……!」
「ココが、イイんですよね。あ……すごい、伍代さん、熱くなってます」
「……」

 このままでは、肩を揉まれただけで勃起してしまう。
 それどころか、肩を揉まれただけで射精しかねない。

 危険な予感に、伍代は厳つい顔を強張らせた。



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