第5話 2
身体中から冷や汗が噴き出しそうな動揺を悟られないように、極力平静を装って、メモを見つめる。
そういえば…あの時もらった名刺を、持ち帰り忘れてしまった。
別に、惜しい事をしたとか、下の名前をちゃんと見ておけばよかったとか、そんな事は思ってねぇけど。
噂好きの後輩は、社内一のイケメン社員と会話できた事で完全に舞い上がっているようだった。
「遠目にもカッコイイですけど、やっぱり近くで見てもイイ男ですね。エース鮎川!」
「で、…用件は何だったんだよ」
「俺、ふんふんして爽やかフェロモンいっぱい吸い込んじゃいました」
「殴られてぇのか、お前は」
誰も、小田島が鮎川のフェロモンを満喫した話なんて聞いていない。
ムギュッと柔らかい耳たぶを引っ張り、左右に思いきり伸ばしてやると、笑顔全開だった後輩の口から哀れな悲鳴が飛び出した。
「先輩っ、いーたーいー!」
「さっさと用件を伝えろってんだよ」
「ぎゃんっ!」
何の罪もない後輩に八つ当たりしていると分かっていても、ついつい手が出てしまう。
休日の間中ずっとあのムカつくクソガキの事ばかり考えていて、ようやく気持ちを新たに一週間をスタートさせようと頑張って出勤してきたのに、朝から一番聞きたくない名前を聞かされるなんて。
半泣きの小田島から手を離してやると、ぐずぐずしながら、今朝警備室に入ってすぐ鮎川に声を掛けられたのだと話し始めた。
「うう…。眞木先輩のシフトを訊かれたから、今日は日勤なんで6時上がりですって答えて…」
「てめ、勝手にシフト教えやがったのか!」
「だって! 教えなくてもシフト表見ようと思えば見れるし、調べられるじゃないですかっ」
確かに、警備室の窓口に置いてあるシフト表は社員なら見ることが出来るし、シフトを教えたこと自体は別に悪くない。
単に俺が気に入らなかっただけだ。
哀れな小田島は、完全に俺の八つ当たりの餌食になって、小鹿のようにぷるぷる震えていた。
「で、シフト教えて、どうしたんだよ」
「お仕事終わったら、一緒に帰りたいから携帯に連絡して欲しいって」
「……一緒に帰りたい?」
「うわぁん! ごめんなさい〜! でもそう言ってました!」
鮎川の奴、本当に何を考えてやがる。
褌パの事を誰にも言わないと言ったあの時の目は、嘘をついていなかった。
だから、それについては心配していない。
だとしたら、わざわざ訪ねてくる理由は何だ。
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