第5話 憂鬱な朝。
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就職してから今まで、こんなに出社が憂鬱だと思った事はない。
丸一日の休日を挟んだ褌パの翌々日。俺は、イイ年して仮病で休もうかどうしようかという下らない事を、自宅を出るギリギリまで電話の前で悶々と悩んでいた。
今日だけ休んでも根本的な問題解決にはならないから、とりあえず会社には出てみたものの。
「わ! 眞木先輩、どうしたんですか!」
俺より少し早くシフトに入っていた小田島は、顔を合わせるなり、挨拶より先にそんな事を言ってきた。
自覚はあったが、どうやら俺は、鈍感なこの後輩の目から見てもすぐに分かるくらいひどい顔をしているらしい。
「…どうもしねぇよ」
まさか『ゲイバーで渠須ビールの社員に会ってケツを掘られかかった』なんて衝撃の事実をカミングアウト出来るはずもなく。
いくつも並んだ警備モニターの前の椅子にどっかり腰を降ろして、後輩の追及を逃れるべく、仕事の体勢に入ったのだが…。
「休日に何か物凄い出来事とか、あったんですか。目の下にクマなんて、先輩の男前度が半減ですよ」
空気の読めない事で仲間内には定評のある小田島が、そんな俺の気持ちを察してくれるワケがなかった。
「本当に何もねぇって。いいから仕事しろ、仕事」
「先輩と俺の仲なのに…」
どんな仲だ。
何があったか聞きたくて堪らないという興味津々の視線を無視して警備システムのチェックに入ろうとすると、ぷくっと口を尖らせた小田島が隣の椅子に腰を降ろしてじりじりと距離を詰めてきた。
「眞木先輩がびっくりする伝言預かったのに、教えるの止めちゃおっかな」
「びっくりする伝言?」
というか、それは伝えなきゃ駄目だろ。社会人として。
あまりふざけると怒るぞ、という意味を込めて後輩を睨むと、ハイッと元気よくメモを渡された。
「何だよ、コレ」
小田島らしいちんまりした文字で書かれていたのは、何かの携帯番号。
このメモだけで用件が分かる奴がいたらすごい。新人でもない後輩にメモの取り方から教育し直さなければならないのか…と、ため息が零れかけたその時。
小田島の口から、本当にびっくりする名前が飛び出してきた。
「さっき、エース鮎川が眞木先輩に会いに来てたんですよ」
「っ!」
缶コーヒーを飲んでいなくて助かった。
もし飲んでいる時にその名前を出されたら、目の前のモニターはコーヒーまみれの大惨事になっていただろう。
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