第5話 3
もしかして、投げ飛ばした時に打ち所が悪くて怪我でもして、その治療費を請求するつもりだろうか。
ふとそんな事を考えて、額に冷や汗が浮かんだ。
鮎川があんなコトをしようとしたのが原因とはいえ、手加減できずに素人に怪我をさせたのなら俺が悪い。
それに、もし本当にどこか痛めてしまったのだとしたら、怪我の具合も気になるし。
「エース、どこか痛そうだったりとかしてなかったか」
心配になって、小田島にさりげなく訊いてみたものの…。
「いえ、すっごくイイ感じに爽やかでした! 前歯も白かったですし!」
「そんなコトは訊いてねぇよ」
元々分かってはいた事だが、この後輩から情報を引き出すのは無理そうだった。
「あー…そろそろ工場の方の巡回だな」
ため息をついて、椅子に深く座り直し、携帯の番号が書かれたメモを制服のポケットにしまう。
隣の席で朝の巡回警備の準備をし始めた小田島は、俺と鮎川の間に一体何があったのか訊きたくて訊きたくてたまらないといった様子でチラチラとこっちに視線を送っていたが、さすがに俺の機嫌があまりよくない事は分かったらしく。
もじもじウズウズとしばらく黙って無言のアピールを続けた後で、諦めて巡回に出て行った。
「ったく、しょうがねぇ奴」
鮎川の件は気になるが、帰りに会えば分かる事だ。
俺も真面目に仕事をしなければ。
「…電話…」
忘れないように、帰りに電話する旨を付箋に書こうとして、そこで大変な事に気が付いてしまった。
電話を、掛けるのか!?
俺が…鮎川に!
当然の事に気付いた瞬間、急に動悸が激しくなった。
あんな事があった後で、自分のマラを扱いてイカせた男に、一体何と言って電話すればいいんだ。
『褌パでお世話になった褌野郎の眞木です』なんて、振り込め詐欺以上に怪し過ぎる。
でも他に何と言えば…?
もう一度メモを取り出して、そこに並んだ番号をじっと睨んだ。
会社で支給されている携帯じゃなくて、プ、プライベートの番号だったら…どうしよう。
イヤ、どっちでも大して違いはないんだけど。
「あんなガキ相手に何緊張してんだ、俺は」
あの夜の事は忘れろと鮎川に言ったくせに、俺の方が全然忘れられず、引きずりまくっていて。
結局この日は仕事に全く身が入らず、小田島や交代でシフトに入った他の奴らにまで心配されて、6時になると同時に、もう帰って寝ろと同僚達に警備室から追い出されてしまったのだった。
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