第4話 5
「あゆか、わ、…痛い…っ」
普通だったら、男のそんな部分を触るなんて気持ち悪いとしか思えないだろうに。骨張った指は、躊躇うことなくそこを探っている。
本気で、俺を抱こうとしているのか?
ノンケなのに、それでも……?
「キツくて入らないな。まさか、いつもこんな感じで挿入しちゃうんですか」
「ッ!」
ぐにぐにと侵入を試みながら鮎川が放った言葉に、身体が強張る。
快感の余韻から抜け出して冷静になるには、十分な一言だった。
「ふ…」
「ん、何?」
「…ふざけんな、クソガキが!」
「うわっ」
後ろから回された腕を掴み、関節を逆に捻って、俺よりも少し大きな身体を投げ飛ばす。
受け身も取れない素人に怪我をさせるワケにはいかないから、ベッドの上に勢いよく倒す程度で済ませたが、本当は床に叩きつけてやりたいくらい、全身が怒りに支配されていた。
「何するんですか、急に」
「うるせぇ!」
苦しそうに噎せながら起き上がった鮎川を一喝すると、二重の目が、一瞬大きくなった。
「俺が、男とだったら誰とでも適当に寝る奴に見えたか」
「そんなこと…」
「好奇心でヤり慣れた奴と遊びたいんだったらな、そういう店で、そういう相手を探せ!」
俺も遊んだ事がないとは言わないが、割り切って楽しんでいい相手かどうかくらいは考える。
好奇心旺盛な鮎川は、深く考えず、俺がイッた勢いで最後まで試してみようと思っただけなのかもしれない。
どうせ男同士で何度もヤッてるなら、そのうちの一発くらい大した事はないだろうと。
俺は抜き合いだけならともかく、後ろは本気で惚れた奴以外、触らせるのも嫌だったのに…。
腹立たしいのを通り越して、悔しくて、悲しかった。
「眞木さん、涙…!?」
握り締めた拳の上に、ぽつっと、熱い雫が落ちる。
「え、そんな、だってまさか…初めて、…とか…?」
営業部のエースがこんなにうろたえる姿なんて、もしかしたら俺以外の人間は見た事がないかもしれない。
無理もない。
イイ年をしていかにもヤリ慣れていそうなゲイをちょっとからかって、まさか泣かれるとは思わなかっただろう。
俺だって、全然泣くつもりはなかったのに、勝手に涙が出てきて自分でもびっくりしていた。
「あの、俺」
「…帰る」
「眞木さん!」
「来るなっ、クサレチンポ!」
「くされちんぽ!?」
立ち上がろうとした鮎川の動きを睨みつけて制止し、盛り部屋を飛び出した。
解けた六尺褌を部屋に残したまま、全裸で廊下を駆け抜けて。
下着もつけず、精液まみれの身体の上につなぎを着て、会計を済ませて店を出た。
「クソガキ…ッ」
鮎川の手でイカされて、ヤられかけた事が悔しかったんじゃない。
ノンケに遊ばれているだけだと分かっていたのに、本気になればすぐに振りほどけるはずの腕から抜け出せずに、時折耳にかかる甘い吐息に酔っていた。
一瞬でも、馬鹿馬鹿しい夢を見てしまった。
そんな自分が、悔しくて。
帰宅してすぐ、熱いシャワーを浴びて、髪も乾かさずにベッドに入った。
「……あの六尺、結構気に入ってたのに」
眠りに落ちる間際。
ふと頭に浮かんだのは、そんなどうでもいい事だった。
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