第3話 2
多分、褌なんて今まで見た事がないから珍しいんだろう。
真面目そうな爽やか営業マンが褌に興味を示すなんて、少し意外かもしれない。
「鮎川さん」
「鮎川、でいいですよ。俺の方が年下ですから。敬語もやめて下さい」
今夜の事を誰にも言わない、と約束してもらえた事で、俺の心に少し余裕が生まれていた。
「もしかして褌に、興味があるとか?」
訊いてみると、有能な若手営業マンは、気まずそうに目を逸らして俯いてしまった。
「すみません。初めて見たので珍しくて……つい見過ぎてしまいました」
「イヤ、別に……見たいなら好きなだけ見てくれて構わねぇけど」
いつも会社では難しい顔で上司と話していたり、真剣な表情でパソコンに向かっているか、外回りに向かう時の隙のない姿しか見かけた事がなかったから、この顔はかなり新鮮だ。
褌仲間と会う時は皆当然のように褌を締めているから、こんな反応をしてくれる奴もいないし。
「横の紐……みたいなトコロも、よく見たら布を捩ってあるんですね」
「元々一枚の布だからな」
「お尻はほとんど丸出し、ですか」
「慣れれば変な感じはしない」
俺が気を悪くしないと分かった鮎川は、しゃがみ込んでじっくり俺の六尺褌を観察し始めた。
「すごく、よく似合ってます」
「そりゃどうも」
「眞木さんって細身っぽく見えるけど……やっぱり結構しっかり鍛えてるんですね」
嫌な気はしないが、いつ誰が通るかも分からない店の廊下の真ん中で、イイ男に股間の辺りをガン見されるのは、それはそれで微妙な気分だ。
「もう、いいだろ?」
さすがに恥ずかしくなってきたのと、あまりに熱烈な視線に股間のブツが危うく反応しかかってしまったのとで、腰を引いて後ろに下がる。
「眞木さん」
立ち上がった鮎川が、何か思いついたように悪戯っぽい笑みを浮かべて一歩俺に近付いた。
「褌、締めるところが見てみたいです」
「はっ!?」
どこの褌マニアだと言いたくなるような衝撃発言に、思わず声が裏返った。
「どんな仕組みになっているのか、気になります」
「気になるって、言われても」
「こんな機会でもなきゃ褌なんて見る事もないですし。せっかくだから締め方、教えて下さいよ」
「イヤイヤ、だって、締めるトコ見せるってのは……」
必然的に、締める前のフリチン姿も見せるという事になるんじゃないのか。
大体お前、ノンケだろ。
何とか思い止まらせようとあれこれ説得の言葉を考えてみたものの、好奇心旺盛な若手営業マンの方が、交渉には圧倒的に有利だった。
「それでさっきのソーセージのエロい食べ方は忘れますから」
「き……っ、汚ぇ奴!」
「駆け引きするのが本職なので」
ニッと笑ってみせる若造に、返す言葉もない。
もう絶対に、あんなエロい食べ方でソーセージを食べたりするものか。
心の中で固く誓った俺は、仕方なく、ノンケの爽やか営業マンのために褌の締め方講習会を開いてやることにした。
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