第3話 出会いの夜。




 勢いよく扉を開いて飛び出し、会計カウンターの前にあるロッカールームに向かおうとして、足が止まった。

 鮎川が、廊下の壁に寄り掛かり、腕を組んで立っている。
 俺が追って出て来る事を予想していたのか、特に驚いた様子もなく、人懐っこい笑顔を見せて。

「お疲れ様です、眞木さん」
「お……つかれ、さま、です」

 何を言われるかとガチガチに緊張して身構えていたのに、巡回中に会った時と同じように普通に挨拶されて、何だか拍子抜けしてしまった。

「こんな所で会うなんてすごい偶然ですね。驚きました」
「……はぁ」

 それはそうだろう。
 同じ趣味でも持っていない限り、ゲイバーで仕事関係の人間に会うなんて、俺だって想像もしていなかった。

「まだ名前、言ってなかったですよね。今更ですけど、渠須ビール営業部営業三課の鮎川と申します」

 冗談なのか何なのか、鮎川はスーツから名刺入れを取り出して、褌一丁の俺にスッと一枚、名刺を差し出してきた。

「あ、どうも」

 流れで受け取ってしまったものの、今ここでこんなモノをもらっても、どうしていいのか分からない。
 褌の中にしまったりしたら、やっぱり失礼にあたるだろうか。

 そんな事を考えつつ、目の前に立つ男の顔をちらっと窺うと、人懐っこい二重の目が俺を見つめ返してきた。

「そんなに心配そうな顔をしなくても、この店で会った事なら、誰にも言いませんよ」

 少し低めの柔らかい声で。
 鮎川はあっさりと、俺が一番欲しかった言葉をくれた。

「ほ、本当に?」
「約束します。だから、心配しないで下さい……って言おうと思って、ここで待ってました」

 真っすぐに俺を見つめるその目を、信じてもいいような気がする。

 この男はきっと、ここで俺と会った事を誰かに言い触らすような奴じゃない。

 ようやく、強張っていた身体の力が抜けた。

「あの、いつから店に……」
「眞木さんがエロい食べ方でソーセージを食べ始めるちょっと前から、ですかね」

 最悪のタイミングだ!
 アレを全部見られていたなんて、羞恥で消えてしまいたい。

 褌姿で廊下をゴロゴロ転げ回りたいくらい内心身悶えしている俺の前で、鮎川は気にせず喋り続ける。

「エフ・グループの系列店舗はウチのお得意さんなんですよ」
「雄汁って、渠須ビールの商品だったのか!」
「雄汁? そういう名前の商品は入荷していませんが。今日はリニューアル商品の差し替え分を確認しに来ていて……」

 話しながら、鮎川の視線がチラチラと俺の下半身に向けられているのが分かった。



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