日記の話
「日記……?」
机の上に置きっぱなしにしていたノートを、ポオさんが静かに拾い上げる。
日記をつけ始めて一週間。隠していたわけじゃないけれど彼の前では書かないから、特に話題にのぼることもなかった。
「そう。まあ、ポオさんみたいに文才があるわけじゃないから、大したものじゃないんだけど」
「君が何を書くのか、気になるのである」
「見ても大丈夫、……あ、でも、ちょっと恥ずかしいかも」
待って。ささやくような声が出た。ページを捲りかけた彼の手に、自分の手を重ねる。
「……恥ずかしい?」
「ポオさんのこんなところが好き、とか書いてるから。日によってはベストスリーとか」
見られることを想定しておくべきだった、といまさらながら後悔する。それか、見られない場所に置いておくとか。けれど、ポオさんに隠しごとをするなんて、ちいさなことでも嫌だった。
「他には、」
「カールの観察日記とか、……意識しなかったけれど、昔友達とした交換日記みたいだなあ。最近ハマってることとか、好きな人とか書いてた」
元から色んな項目があるものや、自分でノートに線を引いて作ったもの。小さな頃はよく、ノートを友達の間で回したものだった。
彼はなにか考えるような仕草をして、
「そのころの君は、好きな人が居たのだろうか」遠慮がちに視線を送ってくる。
ポオさんに会う前。ずっと昔のわたし。思い出そうとしても何も浮かばないくらい遠いことなのに、彼は気にしているらしい。
「そういうの疎かったから、適当に書いてやりすごしてたかなあ」でも、と、彼の目を見る。「いまなら迷わず書けるわ」
照れくさくなって、ノートを一枚捲った。下手くそなカールの絵と、その日の家デートで読んだ本の内容が目に飛び込んでくる。
「今度、ポオさんもやってみる?交換日記。試しにさ、これの次のページから、とか」
いちばん新しいページを開いて、彼に渡す。書く時に過去のページを見られてしまうかもしれないけれど、そんなことはどうだってよかった。彼と交換日記が出来るなんて、きっとひとりで書くより何倍も、素敵で楽しい。
「良いのであるか」
「もちろん。思い出にもなるし」
また楽しみできちゃった。つぶやくように言う。彼が微笑む。長くうつくしい指の影が、まっさらなノートに伸びていく。
お題「日記」