DUEL of FORTUNE KAPF
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 Dホイールから吹き飛ばされるように振り落とされ、なんとか上半身を起こして見た先には、真っ白な光を纏った赤き、竜。

「アイツはどこだ! 今、どこに居る!?」
 公安局の最深部、昨夜のデュエルは遊星の出したトラップカード【メテオ・ストリーム】の発動により自身の負けだったと知ったジャックは、声を荒らげながら治安維持局長官レクス・ゴドウィンを問い詰める。
 しかしレクスは冷静に後ろで手を組みながらジャックに背を向けた。
「サテライトより来たりし者は隔離をされるのが道理。彼も例外ではありません。今頃は収容場に送られている頃でしょう。」
 収容場。その言葉を脳内に焼き付け拳を握る。そしてもう1人の居場所も知らなければならない。
「スバルは!? あの場にはもう1人女が居たはずだ! アイツも今どこに居る!?」
「彼女は捕獲される前、意識を失われていたので1度病院に転送しました。目が覚めれば彼と同じく収容場に送られる事でしょう。」
「……その病院は何処だ。」
 ドアに向かいながら歩き出すジャックにレクスは「なりません。」と引き留めた。
「キングの立場を弁えてください。……星の民とシグナーの意味を知りたくはありませんか? あなた様が真に何者なのか。」
 ギチギチと手袋を嵌めた拳が震える。
「……その話は後だ。まずはスバルに会う。」
「アトラス様!」
 自身の付き人である深影が胸に手を当てたまま呼び止める。
「家族の見舞いに行くだけでも駄目だと言うのか!」
「……っ!」
「……わかりました。手配しましょう。」
 ジャックの気迫に飲み込まれた深影にレクスは1枚のメモを渡した。
「キングをここまでお連れしなさい。この場所にあの女性が居ます。」
「は、はい……。」

 深影の運転する車に乗り込んだジャックは腕を組んだまま目を閉じた。脳裏に浮かぶ昨夜の光景。眩い光と共に現れた赤い竜。未だ残る腕の痛感はまるで敗者の嘆きに思え、一層苛立ちが強くなる。
「あの、アトラス様……。」
 深影が壊れ物を扱うかのように慎重に言葉を発するのも気に入らなかった。
「なんだ。」
 最大限に棘を含んだ返事をすると身体を縮み上げたが、恐る恐る続けた。
「あの女性は……以前アトラス様が気に掛けていたサテライト住民の子、ですよね。」
「……だったらなんだ。」
「いえ、何故そこまでお気になさるのか、と……。」
「……奴は俺に残された唯一の肉親だ。昔から共に育ってきた。健気にいつも俺の後ろを引っ付いていたのだ。気に掛けて何が悪い。」
「い、いえ! 決して悪いなどとは……。」
「ならこれ以上無駄口を叩くな。」
「……はい。」
 再び静寂が訪れた車内にジャックは流れる景色を見ながら昔を思い出す。
 2年前、ここに来た時、治安維持局の特別調査室室長だったイェーガーに1つの取引をした。それはスバルの監視だった。スバルに何かあれば即刻自分に知らせるように、と。
 そして1年半前。深影を通して知ったスバルの事故。遊星達の元にある集団が襲撃した。その時たまたま起きた鉄筋の落下に敵を庇ってスバルが下敷きになったという。幸い命に別状は無かったが、代わりに脚を痛めたらしい。それを聞いた時すぐにでも駆けつけたかったが、当時のジャックはキングという立場を固めつつあり決してシティを離れてはいけない時期だった。『観客の期待を裏切るのですか、キング。』とレクスに止められ、自分はただ拳を握り耐えるしか無かった。
「着きました。どうやらここに搬送されているようです。」
 車から出ると着いたのはネオ童実野シティ最大の病院だった。選民主義のレクスが何故サテライト住民のスバルをここまで設備の整った場所に……。疑問を抱きつつ受付に向かった。
「こんにちは。何かお困りですか? ……え、キン……!?」
 丁寧に頭を下げた受付嬢はジャックの顔を見て思わず仰け反った。
「無駄口は良い。ここに昨晩か早朝に女が運ばれたはずだ。」
「か、患者様に関する情報は公開できません。」
「……スバル・アトラスという女だ。何処の部屋に居る。」
「ですから……。」
 宥めるように受付嬢が手を上げたとき、ジャックの後ろから深影が慌ててやってきて公安局手帳を見せた。
「すみません、私達はこういう関係の者です。公安維持局長官から面会の許可が降りているはずですが。」
 手帳を見た受付嬢は慌てて「か、確認します。」と院内の電話を取りだし何処かに連絡した。いくつか言葉を交わしたあと、受話器を置くと深々とお辞儀をする。
「失礼致しました。スバル・アトラス様はこの最上階、1345号室にて療養なされております。」
 その言葉を聞いたジャックは早足でエレベーターへと向かった。ジャックの代わりに礼を言った深影は急ぎ足で彼の後ろを追いかける。
 辿り着いた最上階。ようやく見付けた部屋から1人の医師が現れた。
「奴は、スバルの様態は!」
 思わず掴みかかると後ろで「アトラス様!」と声が掛かる。一方医師の方は一瞬驚いたものの慣れているのか「まぁまぁ。」と落ち着かせた。
「彼女のご親族の方ですか?」
「そうだ!」
 即答で返事をすると医師はカルテを持ち直した。
「ご親族の方のみ、こちらへどうぞ。」

 不気味な程、真っ白で統一された部屋に置かれた椅子に座り医師と向き合う。
「運ばれたときに意識はありませんでしたが、ただの貧血から起こる気絶だと思われます。」
「ただの、貧血だと……?」
『私に構わないで……、皆の夢を、あなたのエースモンスターを取り戻して、遊星!』
 頭を押さえながら叫んでいた時、スバルはすでに貧血を起こしていたということになる。ただの貧血であそこまでなるというのか。
「また治安維持局長官直々の令で彼女の身体検査を行わせて頂きました。」
「奴の、直々の令だと……?」
「はい。1点を除き、身体共に異常は無く、とても健康的です。大変疲れていたようでしたので暫く安静にすればじきに目が覚めると思います。
 そしてその1点ですが……。彼女の膝についてです。」
「膝……。」
 他に気になる点がいくつかあったがまずは話を聞くことにした。
「はい。膝は体重を支える大きな役割を果たしており、損傷すると直立二足歩行が出来なくなります。……これを見てください。」
 言葉を切り、医師は1枚のレントゲン写真を取り出し壁に貼った。
「ここの部分……。右膝の半月板が損傷しています。それと前十字靱帯の損傷の可能性もあります。……私も驚いているのですが、この傷は一日未満の新しいもののはずなのに内出血する気配が一切ありません。……何で怪我をなされたんですか?」
 ジャックは我が耳を疑った。目の前の医師は今、なんと言った?
「一日未満だと……!? 奴が膝を痛めたのは1年半前だと聞いている!」
 思わず立ち上がり医師につっかかるが医師もまた驚いて目を見開いた。
「1年半前!? それは本当ですか? そんな馬鹿な……。」
「それに奴は自力で歩いていた!」
「えぇ、半月板損傷は、損傷した始めは二足歩行が出来ないわけではありません。怪我がこうも新しいものならそれも理解は出来ます。出来ますが……。」
 そう言って医師はジャックから目を反らしレントゲンを見つめた。ジャックもまた現状の事実に追いつけなかった。
 ジャックを置いて考え込む医師からもうこれ以上の事は聞けないと判断し部屋を出た。一体スバルの身体に何が起こっているというのだろうか。ベンチに座っていた御影が駆けつけたが、今のジャックにはその声は届かずそのままスバルのいる部屋へと入った。
 日差しが差し込む真っ白な部屋は1つのベットとタンスが置かれた質素な部屋だった。少し窓が開いているのかカーテンが揺れている。ベットに近付き、傍にあった椅子に腰を掛けた。穏やかな顔で規則正しく息をするスバルに深い溜息を零す。
 続けて深影も入りジャックの少しうしろで止まり、名前しか知らなかった少女を見た。ジャックの肉親だと言われればたしかにどこか同じ面影を感じる。そっと伸ばされたジャックの手が僅かに震えていた。触れるようにそっと掴むと、少女は眠ったままだらしなく「むふふ……。」と笑った。羨ましいなんて思ってない。決して。一方ジャックはその顔を見た途端もう片方の手で額を押さえた。
「あ、アトラス様……?」
「……なんでもない。行くぞ。」
 突然立ち上がりスバルから手を離したジャックは踵を返した。
「どちらに行かれるのですか?」
「ゴドウィンのところだ。奴には聞かねばならん事が多々あるからな。」



:::



 どこか懐かしいと思える場所に居た。全く記憶に無いのに私の心はここに来たことがあると言うのだ。草原のような場所で一先ず動こうと思って前に脚を出すと右足に違和感を覚えた。というか何故いまのいままで気付かなかったんだろう。やたらと重い。いや多分意図的に目を背けていた。だってなんか重いっていうか何かにひっ憑かれてんだもん! 明らかに人間の手じゃない手(?)の感覚があるんだもん! こええよ! だけどここは根性の見せ所だと気合い入れて下を見ると。
「クリクリ〜!」
「うあああああああああああ!!!!!!」
 草原の草木に紛れ私の脚にしがみついているのは茶色のまんまるの毛むくじゃら……。おまけにちっちゃな羽まで生えてやがる。知ってる。私はこのモンスターを知ってる。
「クリ〜?」
「ああああああああああああ!!!!!!」
 だってどう見たって私のフェイバリットカードのハネクリボーじゃねぇか!! すんごいちっちゃい時にジャンクの中を漁って拾った、見知らぬ言葉の本の中に挟まってた私のフェイバリットカードじゃねぇか!! お願い動かないで! その体毛がくすぐったくて仕方がないんだ!!
「ああああああああああああ!!!!!!」
 かわいいいいいい!!!!!
 私は全力で天を仰いだ。
「クリ〜!」
 大きな瞳でこちらを見つめるハネクリボーちゃん。可愛いです。
「しまった、思わず現実逃避しかけた。いやハネクリボーちゃんがいる時点で非現実だけど。」
 とりあえず脚にひっつくハネクリボーを撫でると嬉しそうに「クリクリ〜!」と鳴いた。私も泣いた。
 な、なんて破壊力のある夢なんだ。可愛すぎるぞ。このモフモフ溜まらん。いや、それよりここは何処だ。モフモフ、モフモフモフ。
「……ハネクリボーちゃん、とりあえず離れない? 歩けないんだけど……。」
「クリ〜!!」
 うひゃひゃひゃ、全力で頭を振られてしまった。なんてこった。
 しかしいつまでもここにいるわけには行かない。なんとなく行かなきゃいけない場所がある気がする。何処か知らないけど。
仕方がないのでこのまま動こうと再度右足を持ち上げると思った以上に脚が上がった。あれ? あれれ? しかも全然痛くない。重いけど。
「クリッ!」
 そっか! 夢の中まで痛むわけないか! そっか!
 気合いを入れてズンドコ歩くことにした。

 心地よい風に頬を撫でられながら伸びすぎた草原を歩いて行くとようやく景色が変わってきた。どうやらここは丘の上らしく、下には街が広がっていた。なんともファンタジーな感じで。とりあえずあそこまで行ったら、この胸のざわめきの正体が分かるかもしれない。
「クリクリ!」
 ようわからんがハネクリボーちゃんも賛同してくれるらしい。仕方が無いなぁ! じゃあそのまま行くぞ〜!
 絶対に私の脚に掴まるより自身のその羽で飛んだ方が酔わないんじゃないかなと思ったけど、この純粋な瞳の前で私は無力だった。なんと罪深いことか。
 少し滑るように丘を降りていくと、やはりそこはファンタジーだった。カードで見たことあるモンスター達がごく普通に生活をしていた。作物を作り、売り、食べて、遊んで。なんだかデュエルモンスターズの世界に入り込んだアリスの気分だ。デュエルモンスターズの国のスバルってね。前半が長すぎる。
 やはりハネクリボーをひっつけたまま歩いてる人は珍しく(だろうな)、周りから好奇な視線を感じる。……いや違う?
「スレイベガだ……!」
「ロビンが現れた……!」
 スレイベガ? なにそれ? ようやく聞き取れた単語に頭を傾げると大きな影に飲まれた。よそ見して柱にでもぶつかるのかと前を向くと紫色で統一された魔法使いっぽい人だった。ん? っぽい? いや、この人って……。
「今日は何かが起こる予感がして街を歩いていたが、まさか本当に何かあるとは。お前、さてはよその世界から来たスレイベガか?」
 ブラック・マジシャン……! あの名もなきファラオの魂が宿っていた伝説のデュエリスト、武藤遊戯のエースモンスター……! だけどよくよく見るとなんか違う? イメージ的にはこっちの方がチャラそう……?
「お前、今失礼な事考えただろ。」
「えっ!? あっははーそんなこと無いですぅ〜〜!」
 やべえバレる。
「あっ、質問なんですけど、その“スレイベガ”ってなんですか……?」
 今一番気になる事を言うと思いっきり溜息をつかれた。失礼なのはどっちだ。
「ここでは少しばかり人目を引きすぎる。着いてこい。」
 院長に『知らない人にはついていくな』と言われたがこの時ばかりは仕方が無い。とんがり帽子のせいで分からないけど多分ジャックよりも高い人に置いて行かれないように後に続いた。

 着いたのは噴水のある公園だった。見た感じ、夢の中にしてはどこか外国の街だと言われれば納得してしまいそうにリアルだった。
「とりあえず座ると良い。」
「あ、はい。」
 ハネクリボーちゃんはどうすればいいんだろうと思ったけど、なんとわざわざよじ登り私の膝の上で落ち着いた。んもうそんなに離れたくないのかぁ? かわいいやつだな〜〜!
 デレッデレでハネクリボーちゃんを撫でているとまた隣で大きく溜息をつかれた。しまった人が居た。
「ったくガキがたった1人で精霊世界に迷い込むとは。……いやスレイベガは皆そうだな。」
 ベンチの肘掛けに肘をついて脚を組むブラック・マジシャンに私の中のイメージが大きな音を立て崩壊していく。
「そ、その“スレイベガ”ってなんですか?」
 先ほどと同じ質問をするとブラック・マジシャンは私から目を離し前を向いた。釣られて前を向くと木々の間から数人の子供達がこちらを伺っていた。
「“スレイベガ”っていうのは精霊に愛された存在だ。お前の世界にもいるだろう? 絶対的なカリスマを持つ奴とか。そんな感じだ。」
 そう言われて真っ先に思い浮かんでしまったのがジャックだった。独特な存在感を持っていて、彼の言葉には思わず頷いてしまうような……。
「そうだな……。例えるならお前は花だ。」
「花?」
 妖精が肩に止まってすり寄ってくるのをくすぐったく思いながら聞き返した。
「そう。俺達は蜂でお前が花。自分の意思とは関係なくお前を愛しいと思ってしまう。求めざるを得なくなる。」
「い、いと……? はい?」
「分からん奴だな。初対面で会う全員がお前の事を好印象からスタートするってことだ。」
 つまり好かれやすいって事なんかな? ふむ、悪い気はしない。
「だが、全員に好かれるって事は最も厄介だ。」
 そう言って差し伸ばした手が私の喉を掴む。意表を突かれ身体が固まる。ハネクリボーも眉をひそめて「クリ〜!」と威嚇した。
「悪に好かれればお前を利用しようとする奴だっていくらでも出てくる。」
 そう言ってニタリと口角を上げた。そして死期を悟った。あぁ院長。やっぱり院長の言うとおり知らない人には……。
「ま、好かれやすいって事はお前が困っている時に助けてくれる奴はたくさん居るってことだ。そのハネクリボーみたいにな。」
 ぎゅっと目を瞑って死を覚悟したのに、次に感じたのは首の開放感と頭上でポンポンと優しい感覚。
「……。」
 思わず放心状態になった私にブラック・マジシャンはプッと吹き出した。
「驚かせて悪かったな。俺の名前はタイゲタ。何か困っていたら俺が助けてやるよ。」
「うお、うわわわ!」
 そのまま勢いよく撫でてくるから頭が左右に動かされる。悪い人……モンスター? ではないのかな?
「お、おねえちゃん!」
 いつの間にかさっき向こうでこちらの様子を伺っていた子供達が寄ってきていた。
「んん? どうしたの?」
 すると突然小さな花束取り出した。
「これ、おねえちゃんにあげる!」
「えっ!」
「良かったな〜。」
 突き出された小さな花束を思わず受け取ってしまう。ブラック・マジシャンがそう言ってケタケタ笑うと、その子はえへへと照れながら他の子達とどこかに行ってしまった。え、花束くれただけ? なんで!?
「さっき言っただろ。お前は花みたいな存在なんだ。」
「な、なるほど……?」
 こうも初対面のイメージが高いのか。なかなか無いぞ。初対面で花束だけ渡して去って行くなんて。手の中にある小さな花達が風に揺れる。
「ブラック……タイゲタはなんで私を助けてくれるの?」
 思わず総称が口から出てきちゃった。質問を口にしたあとにタイゲタを見ると目をまんまるにしていた。けどすぐにフッと笑い腕組みをした。
「お前が面白そうなスレイベガだからだ。」
「ふーん……。」
「スレイベガはたしかに俺達精霊にとっちゃ特別な存在だが、稀にそういう素質を持ったやつが現れるってだけで、なにもお前1人って訳じゃない。皆お前みたいな単純ばかりだと良いが、中にはやっぱり欲深い奴がいる。」
 なにやら1つ、聞き捨てならない台詞が飛び出たが話が進まないので黙っておこう。
「……ところで近頃精霊世界の様子がおかしいんだが、お前は何か知らないのか?」
「え?」
 突然質問され戸惑いながらうーんと唸る。
「……精霊世界があるってのもようやく理解しつつあるから、いきなりそう質問されても何も……。」
「……お前、まだここが夢の中だけの話だとでも思っているのか?」
 さっきよりも目を見開き口をあんぐりと開けた。
「え、うん。」
「……ハァァア。馬鹿だ阿呆だとは思っていたがここまで単純馬鹿だとは。」
 まさに頭痛がするとでも言うかのように額を押さえて頭を振るった。
「ちょっと! さっきから失礼な事ばっか言って!」
「お前の理解が遅いんだ!」
「なんですって!」
 勢いよく立ち上がってしまったので膝の上でうたた寝をしていたハネクリボーちゃんが慌てて私の脚にひっつく。
「クリリー!」
「ご、ごめん、ハネクリボーちゃん……。」
 もう一度ベンチに座ると安堵したように「クリー……。」と息を吐いた。
「先ほどから気になっていたが、何故そのハネクリボーは飛ばない? 天使族なら飛べるはずだが。」
「わからない……。私も気になったんだけど何故か私の脚から動こうとしなくて……。」
 タイゲタがハネクリボーちゃんに手を伸ばそうとしたら「クリッ!」と威嚇した。
「分かった分かった。そんなに睨まないでくれ。」
 睨んでるハネクリボーちゃんも天使。
 タイゲタはしばらくハネクリボーを観察していたが観念したように肩を下ろした。
「……なるほどな。」
「なにがよ。」
 何1人で納得したんだ。
「いーや、どうせお前に言ってもわからんだろう。」
 む、ムカつく〜〜〜!
「今のお前は思念体だが、」
「し、思念体?」
「……意識だけこっちに来ているようだが、」
「あ、はい。」
 目線がとても馬鹿にしているのが気にくわないけど、分からなかったのは事実なので肩を竦めるしかなかった。
「もし何か分かったらまた来てくれ。」
「うん。……うん?」
「俺が見たところお前のスレイベガの素質はピカイチだ。気に食わんがな。1度こちらに来れるようになったのなら、これからも何度か来れるようになるだろう。」
「そうゆうもんなの?」
「そうゆうもんだ。」
 ふーん……と返すがイマイチ自分が何かに目覚めているような気はしない。手をグッパーしてもよくわからない。
「フッ……ハハハハ! お前は本当に単純で分かりやすいなぁ!」
 口元を押さえながら笑い始めたタイゲタだったけど、次第に我慢出来なくなったのか大口開けて笑った。
「そ、そんな腹抱えて笑わなくたって……。」
 そしてまた雑に私の頭に手を置きグワングワンと揺らした。
「スレイベガの力は目に見えるものでも体感出来るものでもない。我々精霊だからこそわかるものだ。」
 目尻を涙を拭きながらタイゲタはそう説明してくれた。
「そうだなぁ……。また来た時に俺が気付けるよう、これを渡しておこう。」
 自身の紫のケープの中から金色の四角錐が付いた黒い首飾りを取り出した。思わず両手で受け止めてしまったけど……。
「少し待て。」
 そう言って立ち上がり私の正面に立った。ハネクリボーちゃんも引っ付いたままだけどタイゲタと向き合った。
「くぁ……!」
 だからくすぐったいって……!
 タイゲタは杖を正面に持ち、カンッと地面に立てた。
 すると私達を囲むように円がうかび上がり、それに沿うように風が巻き起こる。なにこれ!? めっちゃファンタジー! ハネクリボーちゃんも吹き飛ばされないように私の脚にしがみつく。少しばかり爪が食い込んで痛いけれど、正直目の前で起こってる事の方に意識が行く。
 そしてもう一度カンッと地面を叩くとなにやら黒魔術っぽいサークルが浮かび上がった。
「…………。……。……。」
 タイゲタが何か唱え始めたが全く以て理解が出来ん。唱えた異国の光る文字がサークルから湯水のように湧き出て、巻き起こる風と一緒にグルグルとタイゲタの周りに集まる。そして脈打つように手の中の四角錐も光を放った。
「我が主にご加護を。」
 その言葉と共に光を放つ四角錐に文字列が入り込んだ。全ての文字が入ったあと、風が収まっていき四角錐からも光が消えていく。
「……これで俺の持てる力を全てつぎ込んだ。なにか合った時、お前を助けてくれるだろう。」
 うなじを掻きながらタイゲタがそう言った。起きた事にまるでついて行けず、代わりに私の口から出たのは
「ぶ……。」
「ぶ?」
 訝しげにタイゲタが首を傾げた。
「ブラック・マジシャンっぽい……。」
「お前は俺を馬鹿にしてんのか!」
「ひぇぇ!」
 ですよね、ごめんなさい!
「ありがとうございます! めっちゃ大切にしますう!」
 全力で頭を下げるとフンッと頭上で鼻を鳴らしたのが分かった。
 恐る恐る顔を上げると腕組みをしたままそっぽ向くタイゲタ。うぅと身体が縮まる。そうだよなぁ、なんかよく分からんが持てる加護の全てを注ぎ込んだって言ってくれたもんなぁ、それに対して最初の台詞がこれだもんなぁ。申し訳ねぇ。思わず口から出てしまったんだ……。
 萎れた私に片目だけ開けてチラリと見た。そして満足したようにフフンと笑って見せた。
「扱いやすいやつは好きだぜ。」
 またガシガシと私の頭を掴む。
「な、なにさぁ……。」
「いつか俺のありがたさが分かる時が来る。そん時に膝をついて感謝してくれるなら許してやるよ。」
 な、なんてやつ……。
「ん、そろそろ時間のようだな。」
「へ?」
「クリクリ〜!」
 タイゲタがクイッと顎を動かしたので自身の身体を見るとあの時のスターダスト・ドラゴンのように身体の節々が光の粒子になっていく。
「なに? なにこれ!?」
「お前の本体がお目覚めのようだ。」
「本体!?」
「元の世界の身体の事だ。」
「なるほど!」
 最初からそう言ってくれれば良いのに!
「フッ、お前って奴はどうも……。また会おう、スレイベガ。」
「クリクリ〜!」
 差し伸べられた手を掴もうとしてももうその手は消えていた。次第に視界も光の粒子で一杯になっていく。
「次に会ったときはお前の本当の名前を教えてくれよ?」
 その言葉に私は頷いたつもりだけど彼はちゃんとわかってくれただろうか……。

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