渡しそびれた大切な物(コトバ)〜7〜





―――ありがとな、岬。

試合後、どういう顔向けをしたらいいかわからないで廊下で立ち往生していた僕を監督が招き入れ、そんな僕を見た立花たちから声をかけてくれた。
僕は特別に、試合後監督とともにいち早く立花たちの元を訪れていた。きっと、監督が配慮してくれたんだと思う。だから、あそこに面会しに行った時は、立花兄弟二人と、監督、そして僕の4人しかいなかった。
なんとなく安堵のため息を零したのを覚えてる。仲間に知られても別に誰も僕のことを攻めたりはしない・・・そんな優しい人ばかりだから。そんなこと、昔からわかってた、わかりきってたはずなのに・・・今回のことはどうしても伝えたくなくて・・・。
なんでこんなにコソコソとしてるんだろう・・・そんな自分に対して自嘲的な笑みを零した。

「岬は悪くねえから」
「そうそう、俺たちが監督に申し出たことなんだしよ」

そういって目の前の二人はカラカラと笑う。本当は今も痛いはずなのに・・・それでも、僕のことを元気づけようと・・・僕がそうしなくちゃいけないはずなのに・・・
いつものように笑って勝ったと胸を張って言えばいい。でも今の僕には、どうしてもそれができなかった。

「岬・・・悔やむことはない。」
「監督・・・」
「今回のことは、この二人が言い出したこと、そして俺が決断したことだ。だからお前は何も間違ったことはしてない。」
「・・・でもっ!?」
「・・・お前がそうしたおかげで、みんなの夢、オリンピックへの切符を勝ち取れたんだ。」
「政夫・・・」
「そうだぜ!もっと胸を張れよな!」
「・・・和夫・・・」

仲間の、監督の優しさが胸に染みて、思わずまた涙が出そうになる。でも・・・僕はもう泣いちゃいけない。・・・後ろを向いちゃいけないんだ。
ここまで次藤や立花兄弟という大きな戦力を犠牲にして勝ってきたんだ・・・ここで弱いところを見せるわけにはいかない・・・僕は、泣いちゃいけないんだ。

そう思い直して・・・そっと目を綴じた。

「・・・ありがとう・・・」

そうゆっくりと告げながら。

***

そんなことを思い直していたら、目の前に松山がきた。どうしてもみんなと同じように喜ぶことは、自分はしちゃいけないような気がして・・・心配かけまいとみんなが酔い始めた時にコッソリと抜け出してきたはずだったのに・・・。
特に、松山は昔から人の気持ちに結構敏感なところがある。松山にバレたら・・・間違いなく松山まで背負い込んでしまう・・・そんな松山の一面を知っているからこそ、今の自分の気持ちは知られてはダメだと、会話で上手くかわそうとした。

そうして松山と言葉を交わしてると・・・急に松山が昔のことを夢見るんだ、という話になった。
それは、僕がふらのから転校する時のことだった。
その時、何があった?僕は・・・おかしなことをしたっけ?
でも、懐かしそうにしてみても・・・松山の顔が晴れることはなかった。

・・・僕は何か、間違えた・・・?

松山から目を離せなかった。松山の口から次にどんな言葉が飛び出すのかわからなくて・・・ドクンドクンと自分の心臓の音がいつもより早く、大きくなるように感じた。
松山もずっと僕の目から視線を離さなかった。その目は・・・まるで、すべてを見透かしているようで・・・。

「・・・その時お前に言いそびれてたことがあった。」
「・・・え?」
「ずっと、言いたかった。」

・・・言いそびれてたこと?やっぱりあの時何かあった・・・あ。

微かに蘇るあの時の記憶。

確かに小さかった松山は・・・何か言おうと、もどかしそうな顔をしていたような気がする。
でも、それを僕は聞きたくなかった。・・・聞きたくなかった?何故?
そう・・・確か、松山からもし”ある言葉”が出てきたらどうしよう、自分はどうしたらいいかわからなくて・・・聞くのが怖かったんだ。
自分で作った仮面を剥がされるかもしれない、それは・・・それだけはさせたかった・・・。

・・・何故?

そういえば、今もそんな気がする。
松山が”ある言葉”を言ったら・・・僕は、どうなるのだろう?

じっと松山を見続ける。
”お願い、言わないで”
心のどこかで、そう念じている自分がいることを感じながら。
心臓の音は、どんどん早くなる。

「お前さ、本当は・・・辛かったんじゃないのか?」

僕の背中に冷たい汗が静かに流れるのを感じた。

「・・・え?」

できるだけ、平静を装って見る。でも出た声はそれだけで・・・。

「あの時・・・本当は、行きたくなかったんじゃないのか?転校したくなかったんじゃないのか・・・?」

フラッシュバックする。
あの時の自分。どう思ってた?
そう、僕は・・・本当は・・・
でも、父さんを・・・皆を困らせるわけにはいかない。皆には・・・笑っていて欲しかったから。

「・・・っあはは!松山・・・急に何を言い始めるの・・・っ」

そんなわけない。そんなわけないんだ。
・・・それを、認めるわけにはいかないんだ、僕は・・・

「・・・俺は本気だ。」

松山が少し怒った気配を感じ、僕は笑うのをやめた。そして、そっと続けた。

「・・・確かに、行きたくないって気持ちもあった。でも・・・仕方がなかったんだ。」

そう、これでいい。仕方がなかったんだ。
あの頃の僕は子供だった。だから・・・できることなんて限られてたんだ。
そうやって、僕が気持ちに整理を付ければいいこと。
・・・そして、今回のことも・・・

「・・・っ仕方がない?じゃあ今回もそうやって自分の中で片付けるつもりなのかよ!?」
「松山?」

突然松山が大声を上げたことに驚いた。
すると、松山は僕の胸倉を掴んで、更に叫んだ。

「今回の立花たちの件だって、そうやって自分の中で片付けるつもりなのかよ!?」

僕がその言葉に、目を丸めることしかできなかった。


松山の言葉が、深く胸に突き刺さって・・・

・・・痛かった。




―――――――――――――――――――
「渡しそびれた大切な物(コトバ)」の8話目です。

岬君の心情です。
なんだろう・・・泣きたいけど、泣けないって場面を書こうとしたつもりでしたが・・・
失敗(笑)
やっぱり難しいですね(´・ω・`)

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