渡しそびれた大切な物(コトバ)〜5〜
「かんぱーい!」
オリンピック出場を決めたその日、俺達全日本チームは祝賀会を行なった。
泣いて喜ぶ奴や、嬉しすぎて騒ぎまくる奴・・・いろんな奴がいた。
俺も色々なメンバーと絡みながら、祝い酒を楽しんでいた。
そして辺りが落ち着き始めたと思った頃・・・
俺は岬がその場にいないことに気がついた。
どこを見渡しても、その姿はみえない。
どこに行ったんだろうか・・・と探していると・・・
・・・いた。
あまり人影がない廊下のソファに座っていた。
そこから、じっと外の風景をただ眺めていた。
(・・・あいつ・・・)
そんな岬を見ていて、今日の試合の一場面を思いだした。
***
「いや・・・コーナーは僕が蹴る」
立花兄弟にいきなりコーナーキックの時にボールをゴール前に高々と上げてくれと言われ困惑していた時、急に岬が決心したように声を上げた。
その岬の瞳から光るものが見えた。
あれは・・・紛れもない、涙だった。
(・・・何故・・・)
俺には岬がその時涙を流しているのかさっぱりわからなかった、その時は。
そしてコーナーキックの場所へボールを置いた時、岬は迷いを拭うかのように、涙をその腕で拭った。
そして顔を上げた瞬間、あいつの目つきは真剣そのものだった。
そしてボールを突然高々と蹴り上げた。
そのボールを目掛けて立花兄弟は飛び・・・―――
***
あのことは俺は全く知らされてなかった。いや、俺だけじゃない。他の仲間たちも同じだった。
監督に後で尋ねたら、立花兄弟たちからの申し出だと言っていた。そして知っていたのは、監督と、政夫、和夫、そして・・・センタリングを上げてくれと頼まれていた岬だった。
岬はきっとあの時、迷っていたんだと思う。なるべく立花兄弟のスカイラブハリケーンを使わない様に攻めあげ・・・でも、シュートをするまでに至らなかった。
あの時、早々と先取点を上げることを狙っていた俺達・・・そのために岬はそのことを背負って、あのセンタリングを・・・
あのあとも岬は俺達に対してそのことは誰にも話していなかった。
監督や、見舞いに行って会った立花兄弟は「岬を責めないでやってくれ」といっていたけど・・・
俺が岬に対して思っているのは、そんなことじゃない。
もっと別の・・・
そしてもう一度岬を見たら・・・やっぱり思い出した。
あの頃の・・・小学生の頃の、別れ際の岬の目。
あの時の目と同じだった。
辛そうな、でも何かを我慢しているような目。
ずっと俺の頭から離れなかった、あの目。
岬は・・・ずっと前からそんな部分は変わってないのか?
なんで、そんな・・・
俺の心に、また疑心が湧いてきた。やっぱりスッキリしねえ。
俺は段々そのスッキリしない感情にイライラしてきて、岬に声をかけることにした。
「よ、岬。」
「・・・あ、松山。」
岬は俺がいたことに全く気がついていなかったらしい。
そんだけ何か考えてたってことか・・・?
「どうしたんだよ、こんなとこで一人で。」
「ちょっと休憩してたところ。お酒にあてられちゃったみたいで・・・」
あはは、と困ったように笑う岬。
(違うだろ。お前は・・・)
そんな岬に対して、無意識に眉をひそめた。
「・・・松山?」
岬が何も言わない俺に不思議そうな声を上げ、ハッとした。
「わりぃわりぃ!ぼーっとしてて・・・」
何もなかったかのように笑って誤魔化した。すると岬も俺に対して安心した様に微笑んだ。
岬、お前は・・・
・・・どうしてそう、いつも一人で抱えて我慢し続けるんだよ?
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「渡しそびれた大切な物(コトバ)」の5話目です。
ここから岬君と松山君の対話が始まります。
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