禁忌の兵器

鴎暦841年 氷の月 16日

 白虎軍は朱雀が同盟要請を送った国家『ロリカ同盟』、通称『玄武』に向け、大量破壊兵器『アルテマ弾』を投下。これにより700年の歴史を持つ国家が、オリエンスの大地より、その姿を消した。

 そんな中、白虎の元帥シド・オールスタインは、白虎軍の科学者へ声を掛ける。

「……アルテマ弾は期待以上の成果をあげた。お前も設計者として、鼻が高いだろう」
「非戦闘員ごと敵を吹っ飛ばして、喜べるわけないだろ。それに投下者に、ルシ・クンミを使うなんて……魔導院強襲失敗の責任を負わせたってわけか?」
「アルテマ弾投下は私の意思だが、投下者はルシ・クンミ自身の意思だ。玄武領は、我が国の首都に隣接している。玄武が朱雀と手を結んだら、何かと厄介。ならば先に玄武を潰すことで、戦局をリードすべきと言ってな」

 自らの命を犠牲に、一国を滅ぼしたルシ・クンミの行動をシドから聞かされ、科学者は目を見開いた。

「ルシ・クンミは我らが理想を叶えんと身を尽くしたのだ。お前もオリエンス統一のため、力を振るえ」
「……わかったよ、やるさ。すべてはあんたの望みのために……」

 元帥であるシドに対する言葉遣いとは思えないが、一見無礼にも見える言動を許されているのは、この若き科学者がシドと親子にあたる所以である。





 その頃、白虎の侵略を防衛した魔導院、ペリシティリウム朱雀では――

「やっとレムと一緒にお茶することが出来て嬉しい」
「ふふっ、私で良ければいつでも付き合うよ」

 魔導院内のリフレッシュルームにて。白虎のルシと闘技場で戦闘を行う際、戦いが終わったらお茶でもしようとレムと口約束をしていたのだが、お互いにそれをちゃんと覚えていたのだ。単なる口約束ではなく、こうしてしっかりと約束を果たしたユリヤであった。

「そういえば、あの戦いから一週間以上経ったけど……」

 レムと向かい合わせに座り、ティーカップに口を付けながらユリヤは感慨深そうに呟く。

「情勢も随分と変わったね。本当に戦争が始まるなんて、あの戦いまでの日々が夢みたい」
「本当に、これからどうなっちゃうんだろう……この前の魔導院侵攻で、たくさんの朱雀兵が犠牲になったのに……」

 少し不安げな眼差しでそう告げるレムに、ユリヤは彼女の優しさを感じ取った。このオリエンスでは、命を落としてもクリスタルが死者の記憶を忘れさせてくれる。だから、仮に知人が犠牲になっても悲しみに暮れることはないというのに、レムはなんて優しい子なのだろうとユリヤは感心した。戦場での佇まいから、レムもまた優秀な候補生に見えたが、回復専門の7組に留まっているのは彼女の優しさゆえなのだろうとユリヤは思案した。単純にクラスが昇格すればするほど優秀、という単純な構造ではないことを改めて認識したのだった。

「これ以上犠牲者を出さないためにも、この先戦場に出る私たちが頑張らないとね」
「ユリヤは強いね」
「いや、足を引っ張ってばかりだよ。友達には心配されるし、トレイさんには怒られるし……」
「ああ、『0組』の」

 トレイの名前を出した瞬間、穏やかな表情を浮かべたレムを、ユリヤは単純に不思議に思った。己が初めて戦場に出た時に助けてくれた事から、ユリヤの中ではトレイがまるで王子様のようなイメージになっているが、それを抜きにして客観的に考えても、背が高く整った金髪を靡かせて颯爽と歩く姿を見れば、見惚れる者が己以外にいるのは充分考えられる。つまり、

「……レムもトレイさんの事好きなの?」
「ええっ? どうしてそうなるの?」
「名前出したら、嬉しそうな顔したから」
「違うよ、ユリヤが彼の事好きなの割と有名だし……なるほど、って思っただけ」

 そっか、良かった……と安堵しつつユリヤは再びティーカップに口を付けた後、ふと疑問符が浮かび、暫し考え込んだのち、慌ててカップをテーブルに置いた。中の紅茶が零れかけるほどのアクションに、レムは驚きで目を見開いた。

「ユリヤ、どうしたの?」
「レム、聞き間違いじゃなければ、今、『割と有名』って言った?」

 間髪入れずにこくりと頷いたレムに、ユリヤは一気に頬を紅潮させた。

「待って!? それが事実なら、私、物凄くトレイさんに迷惑掛けてる……」
「ユリヤって意外とマイナス思考なんだね」
「マイナス思考にもなるよ」
「落ち着いて、ユリヤ。初めての任務で助けて貰ったんだよね? そういう経緯があったら、憧れを抱くのは当たり前の感情だと思うな」

 レムは決してユリヤを馬鹿にするでもなく、かといって過剰に気を遣っているわけでもなく、あくまで第三者から見た冷静な意見として、穏やかな微笑を湛えてそう述べた。

「『憧れ』……」
「そう、恋愛感情があるかどうかはまた別としてね」
「……そう、それ! そもそも恋とか愛とか、そういう事考えてる状況じゃないし!」

 レムは己のことを、戦時中だというのに恋愛に現を抜かす駄目な候補生だと思っているわけではないと知り、ユリヤは心の底から安堵した。まるで自分に言い聞かせるようにレムの言葉に同意すれば、漸く落ち着いて残りのお茶に口を付けた――のも束の間、二人きりのテーブルに新たな来客が訪れる。

「二人とも、盛り上がってるところ悪いけど……」
「マキナ、どうしたの?」
「総代が呼んでる」
「総代が……?」

 白虎のルシを倒すべく共に戦った2組の生徒、マキナがレムを呼びに来たのだ。首を傾げるレムに、ユリヤは気にするなとばかりに笑顔を向けた。

「私の事はいいから、早く総代のところに行かないと。また今度ゆっくりお茶しよう」
「いや、ユリヤちゃん。君も」
「はい?」

 迷うことなくユリヤへ向き直ってきっぱりと言い切るマキナに、今度はユリヤが首を傾げた。無意識にレムと同じ仕草をしてしまったユリヤを見て、マキナはつい笑みを零す。

「なんだか似ているな、二人って」
「いえ、私はレムみたいに可愛くないです」
「ユリヤ、さらっと照れること言わないで! ていうか、ユリヤだって可愛いよ?」
「はいはい、二人とも可愛い可愛い」

 ユリヤとレムの遣り取りにやや呆れがちに笑いつつ、マキナはリフレッシュルームを後にした。付いて来い、という事なのだろう。

「ねえ、レム。マキナさんって気さくな人だね」
「うん、幼馴染なんだ」
「あ、なるほど。だから戦場でも息ぴったりって感じだったんだ」

 レムとマキナは気心知れた仲のように思えて、傍から見たら恋人同士に見えなくもない。詮索するのも失礼だし、そもそも二人がどういう関係であっても、知ったところで私にとって意味のあるものではないし……とユリヤは思っていたが、二人の関係を知った瞬間腑に落ちたあたり、なんだかんだ言いつつ無意識に気になっていたのだ。

「幼馴染、かあ。じゃあレムにとってはマキナさんが王子様って感じ?」
「そういうのじゃないから! ほら、行こうユリヤ」
「う、うん」

 若干怒気を含んだ声で言うレムにユリヤは圧されて、彼女に手を引かれるがままに席を立って一緒にリフレッシュルームを後にした。何か失礼な事を言ってしまったのではないか、とユリヤは自分の言動を思い返したが、特に引っかかる箇所はないように思えた。マキナを王子様のようだと言ってしまったのが拙かったのだろうか。でも、マキナさんも格好良いし、レムをお姫様のように扱い、戦場で守ってくれそうだ――などと勝手な妄想を繰り広げるユリヤは、レムは怒っているのではなく照れ臭いだけなのだと気付く由もないほど、こと恋心には疎いのであった。





「総代!」
「やっと来たか、マキナにレム、それにユリヤ」

 ユリヤ達三人を出迎えたのは総代・ミユウだけではなく、少し離れた場所にユリヤの友人もいて、苦笑を浮かべながらユリヤに向かって小さく手を振っていた。

「私も呼び出されたの」
「そうなんだ、じゃあ待たせちゃったってこと? ごめんね」
「ううん、レムちゃんとの二人きりのデートを邪魔するわけにはいかないし」
「待って!? ていうか本当は三人一緒が良かったんだよ? でも用事があるって言うから……」

 つい普段の態度で会話してしまうユリヤと友人を嗜めるように、総代がわざと咳払いをする。

「も、申し訳ありません、総代!」
「仲が良いのは結構だが、時と場所を弁えるように」
「はい……」
「さて、皆用事があるところ急に呼び出してしまい、すまない。本題だが……」

 ミユウの口ぶりから、友人は本当に外せない用事があったのだとユリヤは悟った。そんな中強引に呼び寄せ、軽口も叩けない雰囲気を醸し出すという事は、重要な話なのだろう。ユリヤだけでなく、レムとマキナも自然と背筋が伸び、凛とした佇まいを見せる。

「此度の白虎のルシ・クンミとの戦闘は見事だった。皆、諸君らの健闘を高く評価している」

 いつものユリヤなら「そんな事はない、だって取り逃がしているし、その結果玄武という国が滅びているのだから」などと謙遜、あるいは卑下するところなのだが、共に戦った友人やレム、マキナがいる以上、それを口にするのは彼らに対して失礼であると判断し、口を噤んだ。

「そこで、君たちを『0組』に昇格させようという声が上がっている」
「ええっ!?」

 ユリヤだけでなく、他の三人も声を上げた。既に2組に所属し、幾多もの戦果を上げているマキナなら分かる。レムだって心優しいから7組に甘んじているのであって、魔法の才能に関しては上位クラスに引けを取らないだろう。友人だってそうだ。いつだって己をサポートしてくれる。実力がなければ出来ない事だ。そう、己以外の三人ならばその話は分かるのだ。だが――

「……総代、私は『0組』になるなんて無理です」
「うむ、ユリヤはそう言うだろうと思ったが……今すぐに結論を出せという訳ではない。皆、よく考えて結論を出して欲しい。『0組』ともなれば、危険な任務もあるだろう」

 ミユウはユリヤに対して落胆するでもなく、呆れるでもなく、いつもと同じまっすぐな眼差しでありのままをユリヤを受け止めていた。まだアギト候補生として経験も浅いのだから、致し方ない、とでも言いたげに。

 ユリヤはミユウの優しさを感じ取り、有り難く思いつつも、悩みすらせず即座に拒否してしまった自分の弱さを情けなく思った。レムは己のことを『強い』なんて言っていたが、真逆だ。むしろ泣き言ひとつ言わないレムの方が、遥かに強い。意志の強さは魔力にも影響するのだから。

「総代。オレも……少し時間をください」
「ああ、勿論だ」

 マキナは一瞬レムを見遣った後、ミユウに向かってそう言った。その様子を見て、もしかして自分ひとりが0組に行けばレムの傍に居られなくなり、レムと共に0組に行けば彼女を危険な目に遭わせてしまうかもしれない――そう悩んでいるのではないかと察した。尤も、ユリヤは他人を気にしているどころではないのだが。



 部屋を出た四人は、一斉に溜息を吐いた。ミユウは「今すぐに結論を出す必要はない」と言ってはいたが、そうも言っていられない切羽詰まった状況だからこそ、己たちに声が掛かったであろうことは、口にせずとも誰もが理解していた。

 雑談するような心境でもなく、レムとマキナ、ユリヤと友人に分かれて言葉少なにその場を後にしたが、3組への帰路を辿るなか、友人がぽつりと呟いた。

「ユリヤは強いね」
「……え? 真逆だよ、『0組』なんて絶対無理って言い切っちゃって、総代も私にはがっかりしたと思う」
「あの場の雰囲気に流されないで、意思をはっきり言えるから強いと、私は思った」
「そんな……私なんて逃げてるだけだよ」

 そもそもこういう事を言っている時点で弱いのだと、ユリヤは心の中で自嘲したが、友人は本当に悪いようには思っていないらしい。ユリヤの手を取って、きっぱりと言った。

「ユリヤ。本当の強さっていうのは、向こう見ずに戦う事じゃない。的確な判断で生き残る――それだって、戦場においては重要な事」
「それはさすがに褒め過ぎ……」
「私は頭真っ白になっちゃって、あの場で何も言えなかったからさ。だから、落ち込まないで。ユリヤは落ち込む事なんてしてないんだから」

 ユリヤは友人の優しさに、胸が熱くなった。こうして後ろ向きになっている人間を支える事だって、強いからこそ出来ることだ。
 やっぱり、私は『0組』ではやっていけるわけがない。
 少なくとも、『今』の自分は。

 己はまだまだ経験が足りない。もっと戦場に出て、経験を積まないと。この間の戦いは、皆がいたからこその戦果であって、己が大いに貢献したわけではない事くらい、ユリヤは充分理解していた。だからこそ、ここで驕ってはいけない。謙虚に鍛錬を積まなくては――ユリヤは心の中で、そう誓ったのだった。



 白虎の元帥シド・オールスタインは、オリエンス統一のさらなる一手を進めていた。
 それに対し朱雀正規軍は白虎の進軍を食い止めるべく、国を挙げて『対白虎戦争』を開始。またそれに呼応するように、軍の指揮下に入った候補生たちも各地で奮戦する事となった。
 祖国のため戦うその姿は、まさに救世主『アギト』であった。

2019/09/06

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