かくて戦の幕は開く

鴎暦841年 氷の月 16日

 0組がアンチ・クリスタルジャマーを発動したのを機に、敗北寸前だった朱雀は一気に巻き返しを図ることが出来た。ユリヤ達の決死の魔法攻撃によって、絶対的な強さを誇るダーインスレイヴを見事に戦闘不能状態へと追い込んだのだった。

『くっ、はははははは……ふん、最悪』

 ダーインスレイヴ内部から聞こえる、ルシと思わしき女性の声。手応えはあった。ユリヤは共に戦う友人や2組のマキナと目配せをして、改めて己たちが今まで戦っていた眼前のダーインスレイヴを凝視した。魔導アーマーからは煙炎があがり、これまで再起動を何度か行っているようだったが、それももう不可能に見えた。尤も、ユリヤは搭乗者のクンミがルシだとは知らず、普通の人間であればとうに意識を失うか命を落としているだろう、と思っていた。

 やがて機体は大きな音を立てて爆発し、炎が空へ向かって煌々と燃え続けた。
 魔導アーマーの中から人が出て来る気配はない。

「ねえ、これって……」
「私たち、強敵を倒したの!?」

 ユリヤは友人と共に顔を見合わせて、信じられないとばかりに驚愕の表情を浮かべた。その傍ら、マキナは真っ先にレムの元へと駆け寄る。そんな二人の様子が視界に入り、仲が良いんだなと思いつつ、それ以上の詮索はしないでおいたユリヤであった。

 かくして、ダーインスレイヴが再起不能となった事を皮切りに、魔法の力を取り戻した候補生たちの巻き返しによって、ルシを失った白虎軍は撤退を余儀なくされたのだった。



 時を同じくして、白虎では――。

「ダーインスレイヴの反応が消えた!? ルシ・クンミが、死んだってことか!?」
「まさか!? 候補生とは、ルシを倒せるほどの力を持つのか!?」
「……ルシ反応がある、彼女は生存しているみたいだ。爆発の直前に、脱出した様だが……」

 兵士から通信で報告を受けた白虎軍の科学者と将校が、驚愕の表情を浮かべる。
 ユリヤ達はクンミを倒したと思い込んでいたが、残念ながら命を奪うまでは到らなかった。あくまで相手は普通の人間ではなくルシであり、ダーインスレイヴの中に居た以上、生存確認までは出来ていないのだから無理もない話ではある。

「だが敗北は敗北だ。敵の方が上手だったという訳だ……! ならば我等も、ただちに手を打たねばならぬ。貴様の開発した、件の『新兵器』を投入するぞ」
「……ああ、止むを得ないな。すべては理想のためなんだから……」

 将校の言葉に科学者は神妙な面持ちで頷いた。
『新兵器』とは一体何なのか。その答えは白虎軍しか知り得ないものであり、ユリヤ達をはじめとする朱雀の民には想像もつかない代物であった。





 白虎軍の魔導院への強襲は、朱雀全土を震撼させた。
 朱雀の国家元首、カリヤ・シバル6世は『対白虎戦争』の開始を宣言したが、既に朱雀軍は魔導院防衛戦でその戦力の大半を失っており、戦力面では白虎軍に対し著しく劣勢であった。
 そこで八席議会は、減少した戦力を補填するために、候補生を正規軍へ組み込むという苦渋の選択をするのであった。



「本当に戦争が始まっちゃうんだね……」

 ユリヤは友人と共に3組の教室で、ぼんやりと窓から外の景色を眺めつつ呟いた。
 ユリヤは此度の魔導院防衛戦を甘く考えていた。自分の持ち場が『偶然』安全だっただけであって、危険な場所では朱雀の正規軍が命を懸けて戦っていた事を、全てが終わった後に知ったのだった。

「人は死んだら、その存在が皆の記憶から消えてしまうけど……でも、大人である朱雀軍が、私達候補生のような子どもを守るために戦ったっていう事実は残る」
「うん。だからこそ、命を落とした人たちのためにも、これから私達が頑張らないとね」

 これまでの任務とは違う。朱雀と白虎の戦争は歴史上何回も繰り返されており、魔導院の候補生が戦場に出た事もある。自分たちだけが悲惨な想いをするわけではない。寧ろ、魔法の力が強いうちに、朱雀を守るために戦場に出られることを誇りに思わなければ。ユリヤはほんの少しの不安と恐れをかき消すように、自分に言い聞かせるようにそう思った。この魔導院に集う候補生は、きっと皆同じ気持ちなのだ。そう信じる事で気持ちを落ち着かせていた。

 そんな中、突然3組の教室内が騒然とする。急にざわつき始め、ユリヤは友人と不思議そうに目を合わせた後、何気なく教室の出入り口へと視線を移した。
 瞬間。

「見つけましたよ、ユリヤさん!」
「えっ!? ト、トレイさん!?」

 靡く朱色のマント。窓から差し込む陽光に照らされて輝く金色の髪。そして、何故かユリヤを指差せば自信満々に笑みを浮かべてみせた。

「な、なにか御用ですか……?」
「あれほど、危険を感じたら助けを呼ぶようにと言ったにも関わらず……」

 唖然とする3組の面々をよそに、トレイは問答無用で教室内に足を踏み入れ、ユリヤ目掛けて歩を進める。

「危険? あ、いや、でもそれは……」
「白虎のルシに戦いを挑むなど、無謀にも程があります。ユリヤさん、あなたは死にたいのですか?」
「ルシ?」

 魔導アーマーには戦いを挑んだが、ルシと戦った覚えはユリヤにはなかった。どう答えたらいいものかと悩んでいるユリヤの視界が、影で暗くなる。顔を上げるとそこには、自分より頭一つ分背の高いトレイがこちらを見下ろしていた。笑み、というより口角を上げてはいるものの、目は笑っていない。
 一言で言うと、怒っていた。

「あ、あのう……敵がいれば戦うのは、アギト候補生として当然の義務であって……」
「持ち場に白虎軍はいなかったのに?」
「闘技場に魔導アーマーが落ちたのが見えたんです。あの場所の待機人数では人員不足だと判断して、応援に行っただけ」
「ユリヤさん、あなたはルシに対抗出来るという勝算はあったのですか?」
「え?」

 呆気に取られるユリヤの眼前に、トレイの整った顔が迫る。腰を屈めてユリヤに視線を合わせており、ユリヤは緊張のあまり頬を赤らめたが、残念ながら色恋沙汰の話ではない。

「アギト候補生としての心掛けは構いませんが、それと無謀な行動は別問題です。戦場での経験が僅かしかないユリヤさんが取った行動は『無謀』以外に他なりません」
「うう……」

 ユリヤはダーインスレイヴに搭乗していたのがルシだとは知らなかった。だが、『知らなかった』では済まされないのだ。トレイの言う通り、アギト候補生としての義務を果たすにも、経験が必要であり、己にはそれが圧倒的に不足している。もう、ユリヤには反論する言葉が思い浮かばなかった。元より『0組』と事を荒立てる気などないのだが。
 そう思っていたのはユリヤだけであった。すぐ隣にいた友人は口を出さずにはいられなかったようだ。

「ちょっと! 私たち、相手がルシだなんて知らなかったんだけど。いくらなんでも言い過ぎだよ」
「あなたもあなたです。どうしてユリヤさんを止めてくださらなかったのですか?」
「ユリヤが言った通りだよ。私たちが加勢しなかったら、候補生からも犠牲者が出てたかも知れない」
「仮定の話は結構です」
「はあ!? 大体、あなたユリヤの何なわけ!? 命の恩人なのは分かるけど、そこまで干渉する理由って何!?」

 トレイの言い方に余程腹が立ったのか、ユリヤの友人は声を上げて怒りを露わにした。尤も、彼女の発言はユリヤも疑問に思っていたことであった。
 干渉というよりも、どうして、己をここまで気遣ってくれるのか。ただのいち候補生に過ぎない己に、こうしてわざわざ話し掛けに来てくれたり、助けてくれたり、戦場でも気に掛けてくれたり――トレイに憧れている己が彼を気に掛けるなら筋が通っているが、その逆はというと。考えれば考えるほど、トレイの行動を謎に感じるユリヤであった。

「理由、ですか。やはり、魔導院に来る前に偶然ユリヤさんに出逢い、助けたことが全てですね。『縁』と称するのが相応しいでしょう」
「たったそれだけで?」
「それだけではいけませんか?」
「いや、二人とも落ち着いて!!」

 決してトレイは己の友人と喧嘩をしに来たわけではないはずだ。ユリヤとて大切な友人と憧れの存在が口論する様子など見たくはないし、それにクラス中の視線が己たちに集まっている。完全に見世物状態である。何としても止めなくてはと、ユリヤは二人の間に割って入った。

「軽率な行動でした! ごめんなさい! 次からは気を付けます! だからもう――」
『――アテンション。全候補生に告ぐ』

 ユリヤが言い掛けた瞬間、総代の声が魔導院に響き渡った。
 3組の生徒たち全員、そして0組のトレイでさえも、総代のアナウンスに口を噤み、耳を傾けた。
 これから総代が話すであろう内容は、白虎との戦争絡みであることは、誰もが承知していたからだ。

『すでに聞き及んでいるかもしれないが、我々候補生も、戦争に参加することが正式に決定された』

 総代の言葉に、教室内の空気が一気に張り詰める。分かってはいた事だが、こうして正式に発表されると、どんなに平和呆けしている候補生でも覚悟せざるを得ない。

『突然のことに不安に思う者も多いとは思うが、諸君等にはクリスタルから与えられた力がある。候補生の力を結集すれば、決して勝てない戦ではない。また議会も玄武と蒼龍に同盟要請を送った。今後は朱雀・玄武・蒼龍の三国がかりで、白虎を討って――』
『総代、遅かったようだ! 白虎が玄武に攻撃を……!』

 突然、エースの声が入る。その声を聞いた瞬間、トレイは険しい顔付きに変わり、その変化に気付いたユリヤはびくりと肩を震わせた。

『なに!? 白虎が玄武に侵攻したのか!?』
『違う、消滅だ! 白虎の新兵器により、玄武領そのものが消滅した!』
『バカな!? 白虎の科学とは、それほどのものなのか……!』

 総代とエースの遣り取りに、教室内は一気に騒然となった。玄武と同盟を組むという矢先に、白虎の攻撃で国自体が消滅したというのだから、皆冷静でいられるわけがなかった。

「領そのものが消滅って、一体何を!?」
「朱雀への侵攻は全力じゃないって事かよ……」
「国をまるごと消滅させるような奴等と戦争しないといけないの!?」

 混乱と化しているのはこの教室内だけではないだろう。恐らく他の教室も、どの候補生も同じだ。ただ一部――『0組』を除いては。
 恐れを隠せずにいるユリヤの手を、友人が優しく取り、元気づけるように手を握る。
 その仕草を知ってか知らずか、トレイは軽く息を吐いて、ユリヤに笑みを向けた。先程の笑っているようで笑っていない表情や、険しい顔付きではない、心からの笑みであった。

「さすがにこの緊急事態で0組に戻らないわけにはいきませんので、これで失礼しますね」
「はい! あの、わざわざ来てくださって、ありがとうございました!」
「ちょっとユリヤ、なんでお礼言ってんの! 怒られただけじゃん!」

 礼を述べるユリヤにすかさず友人が突っ込んだが、トレイはそんな二人をどこか微笑ましく見遣っていた。

「ユリヤさんも反省している事が分かりましたので、安心しました」
「ご心配お掛けしました……」
「いえ。このような情勢ですし、くれぐれも向こう見ずな行動はしないよう、心掛けてくださいね」

 トレイはそう言い残して、踵を返して朱色のマントを靡かせて3組の教室を後にした。

「ユリヤ。あの人が好きなのは分かるけど、すぐに謝ったらだめだよ? ユリヤのほうが先輩なんだからね」
「だって相手は0組だよ?」
「でも入学したのはユリヤが先。更に言うと私の方がもっと先」
「いや、まあ、そうなんだけどね……」

 友人の発言にユリヤは苦笑を浮かべるも、この先のことを考えると不安でいっぱいであった。この朱雀という国はどうなってしまうのか。戦争でどれほどの命が失われるのか。ちっぽけな自分は、これから何が出来るのか。いくら考えても、答えは出るはずもなかった。

2019/08/21

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