ルシ・クンミの誤算

『白虎クリスタル』を擁するミステリ皇国――通称『白虎』は、朱雀領への電撃侵攻を開始。朱雀の中枢、魔導院への奇襲を敢行した。
 白虎ルシ・クンミ率いる特殊部隊は新兵器『クリスタルジャマー』を発動。朱雀軍の魔力の源『朱雀クリスタル』を無効化し、魔法を完全に封印した。



『ユリヤさん。聞こえますか?』
「はい、聞こえてます! トレイさん」
『いいですか? 少しでも身の危険を感じたらすぐに助けを求めてください。私が駆け付けます』
「でも……」
『いいですね?』
「は、はい!」

 耳元のインカムからの通信が切れた瞬間、ユリヤは緊張から解かれ安堵の溜息を吐いた。その横で、ユリヤの級友は興味深そうに双眸を瞬かせていた。

「ユリヤ凄い、『0組』に愛されてる〜」
「違うって! 過去に助けたよしみで気に掛けてくれてるだけだって」
「でも普通ここまでする?」
「しない……っていうか、0組には大事な任務があるんだから、トレイさんも私なんかに構わないで集中して欲しいよ」

 ユリヤの口から、今度は心底申し訳なさそうな溜息が漏れた。今この瞬間、己たちは白虎の兵器によって魔法の力を奪われており、0組はその兵器を無力化する『アンチ・クリスタルジャマー』を発動する為に奔走しているのだ。それなのに、己のようなちっぽけな存在に時間を割いて欲しくないとユリヤは思っていたのだが、友人はそうは思っていない様子であった。

「私の前ではいい子ぶらなくてもいいのに。これで逆に0組から放っておかれたら、それはそれで面白くないでしょ?」
「そういう問題じゃないよ、みんな生きるか死ぬかの瀬戸際なのに」

 ユリヤは珍しく友人に怒ってみせた。己たちが今いる場所はいつもの穏やかな魔導院ではない。最早この学び舎は、白虎の奇襲によって戦場と化し、既に交戦が行われているのだから、無理もない。幸いユリヤたちの持ち場に白虎兵の姿はないが、いつ襲われてもおかしくない状況であった。

 尤も、ユリヤよりもずっと前から魔導院にいる友人にとっては、戦闘などとうに慣れたものであり、このような緊急事態にも冷静でいられるからこその軽口なのだが、まだ経験も浅いユリヤは冗談すら受け付けられない精神状態であった。

「まあまあ。0組が『アンチ・クリスタルジャマー』を発動すれば魔法が使えるようになるっていう話だし、それまで持ち堪えれば良い話だからさ」
「簡単に言うけど、白虎は銃とか兵器を持ってるんだよ? 魔法が使えない私たちなんて、武器を持たない一般人と同じだよ」
「大丈夫、ユリヤは私が守るから」

 友人の手がユリヤの髪を撫でる。まるで子供扱いされているようでユリヤは若干不機嫌になった。だが、大前提としてそもそも友人が己の傍にいるのは、ユリヤが戦場に出ると宣言したからであり、言うなればサポートとして付き添っているのだった。悪い言い方をすれば、ユリヤが彼女を巻き込んだも同然であり、彼女の身に何かあれば、ユリヤのせいである。

 守る、なんて簡単に言ってはいるが、彼女が己を守らなければならない状況とは、即ち先程トレイが言っていたような『身の危険が差し迫った時』である。
 今の無力なユリヤに出来ることは、命の危機が訪れる事態に発展しないよう、戦況を把握し、命を守るために細心の注意を払うことであった。



「まだ魔法、使えないね」
「あとどれくらいかかるのかな……」
「ユリヤ、0組の人に聞いてみたら?」
「駄目だって、急かすようなことしたら!」

 トレイの言葉を、連絡を取るのは緊急事態が発生した時のみだと解釈しているユリヤは頑なに拒否したが、友人は納得いかない様子であった。

「別に進捗確認ぐらいしたって良くない?」
「それが出来るのは総代くらいだよ。私たちみたいなただの候補生がそんなことするなんて……」
「融通利かないなあ、ユリヤは。頭が固いといざという時、臨機応変な行動が取れないよ?」
「うう……それに、下手なことしたら後が恐いし……」
「ああ、アレシア=アルラシアね」
「呼び捨てにしたら駄目だって! 魔法局の局長なんだから」

 まさか本人に聞かれているわけがないのだが、ユリヤは慌てて友人の口を塞いで周囲を見回した。当然、この戦場にアレシアはいるわけもない。だが、入念に見回したユリヤの視界に、見たこともない兵器が現れた。ここから少し遠く離れた場所で、兵器が一瞬宙を舞ったのだ。

「見て! あれ……!」
「魔導アーマー! 見た事ない形だけど、多分そう」

 ユリヤも魔導アーマーの存在は、授業や魔導院の図書館――クリスタリウムにある資料で見たことがあるが、実物を見たのはこれが初めてであった。
 宙を舞った、とユリヤは感じたが、もう今はその姿が捉えられないあたり、空から降って来たのだろう。勿論、何もない空からではなく、科学の力で空を浮遊する白虎の戦艦からだ。

「あの魔導アーマーが『落ちた』のって、もしかして、闘技場……?」
「当然闘技場にも待機していた候補生はいる……」

 ユリヤは友人と顔を見合わせて、どちらともなく無言で頷けば、手を取り合った。
 この持ち場は、己たち二人だけではなく、他にも候補生が何人もいる。少なくとも今のところこの場は平和であり、少し持ち場を離れても大丈夫だろうと二人は判断した。

「闘技場でなんか厄介な魔導アーマーが暴れてそうだから、私たち様子を見て来る!」
「気を付けろよ! まだ魔法の力も戻ってないんだからな!」

 待機を続ける候補生たちの言葉を胸に、ユリヤと友人は闘技場へと駆けて行った。
 魔法さえ使えるようになれば、魔導アーマーなど瞬く間に破壊出来る。だが、まだ魔法の力が戻って来ない以上、闘技場にいる候補生たちは為す術もないだろう。せいぜい時間稼ぎが良いところだ。少しでも被害を食い止めるためには人海戦術しかない。

 トレイにあらかじめ釘を刺されているにも関わらず、ユリヤも友人もあえて危険に飛び込むあたり、『3組』を背負うれっきとしたアギト候補生なのであった。





 息を切らしながら闘技場に辿り着いた二人は、見たこともない魔導アーマーの禍々しさを目の当たりにし、言葉を失った。ユリヤがつい最近、ナインに鍛えて貰ったこの闘技場には、血を流し倒れている候補生たちもいた。

「……思っていた以上に拙い状態かも」

 引き返すか――ここに来るまでの威勢の良さなどとうに忘れ、そんな後ろ向きな事が脳裏をよぎった二人だったが、まだ戦える候補生たちの声が耳に入り、我に返った。

「だ、ダメだよ、魔法が使えない!」
「くっ……厳しいけど、なんとか耐えよう! エースたちがきっと、ジャマーを破ってくれるはずだ!」

 ふと聞こえて来た男女二人の言葉に、ユリヤは友人と目を見合わせて頷いた。言葉にせずとも、考えることは同じであった。ユリヤたちは男女二人の元へ駆け寄った。

「大丈夫? 怪我してない?」
「ああ、無傷とは言えないが……」

 ユリヤは二人の姿を見遣る。男子のマントは青、女子は桃色。3組より更に上位の前衛部隊の2組と、回復専門の7組の候補生だと瞬時に判断した。魔法さえ使えるようになれば、この二人は間違いなく大きな戦力となり、魔導アーマーを撃ち砕くことに成功するであろう。
 ただ、0組がクリスタルジャマーとやらを破壊するまでにまだ時間を要するようであれば、ここは一度退避した方が良い。
 7組の女子候補生に寄り添いながら、ユリヤが思考を巡らせていた時。

 突然、魔導院の敷地内に告示が響き渡った。

『候補生のみなさん。全候補生に連絡します』

 その声は、ユリヤたちのよく知る総代、ミユウのものではなかった。

『先ほど白虎のシド元帥から、6時間以内の朱雀クリスタルの引き渡し要求を受けました』

 八席議会議長にして国家元首、カリヤ・シバルの声であった。

『朱雀軍は徹底抗戦を選択しましたが、この戦闘に候補生を巻き込むつもりはありません。候補生諸君は、自らの生命を守ることを優先し、白虎軍へ投降することを期待します』

 ユリヤたちは互いに顔を見合わせた。ユリヤだけでなく、誰もが困惑の表情を浮かべている。

「どういう事!? 投降って……」
「投降したところで、命を助けて貰えるかも分からないのに。最悪、拷問の上処刑だって有り得る……」

 声を上げる女子候補生に、ユリヤの友人が神妙な面持ちで答える。拷問、そして処刑――その言葉にユリヤは息を呑んだ。己たちの国を不当に占領しようとしている目の前の敵に降伏するだけでも屈辱だというのに、自らの死に方すら選べないなど以ての外だ。敵に命乞いをした挙句、無残に殺されるぐらいなら、一矢報いたほうが遥かにマシだ。

 そんなユリヤの想いに応えるように、今度は別の人物の声が魔導院に響いた。

『お待ちください、カリヤ議長! 黙して屈することはありません! 反撃はここからです。アギト候補生たる者の矜持、お見せします』

「総代!!」

 ユリヤが憧れる、アギト候補生の頂点に立つ者。
 ミユウ・カギロヒ。拡声器を通して魔導院中に響き渡った彼女の言葉を聞いたユリヤは、もう迷うことなどなく、それは他の候補生たちも同様であった。





「頼むぞ、エース。最強の候補生『0組』の力を、白虎に見せてやれ!」
「……了解。詠唱を最終シークエンスに移行する。デッキを展開型に設定……範囲、半径4,800……ドロー……オープン……『アンチ・クリスタルジャマー』、実行!」

 ユリヤたちの目に届かぬ場所で、0組もまた命懸けの作戦を遂行していた。
 0組の面々の詠唱が終わり、エースが叫んだ瞬間。
 朱雀クリスタルの封印が解け、瞬く間に魔法の力が朱雀の民の手に戻り、朱雀の大地を駆け巡った。
 その感覚は、例え目に見えないものであっても、ユリヤたち候補生には明確に感じ取れるものであった。



『――アテンション! 魔導院全域で、魔法の復旧が確認された!』

 魔法の力が戻り、互いに顔を見合わせるユリヤたちの背中を押すように、ミユウの声が魔導院に再び響き渡った。

『候補生諸君、恐れるな! 朱雀クリスタルは僕等を見捨てない! 魔法は絶たれてなどいない!! 指揮官機は魔導アーマー、ダーインスレイヴ! 候補生諸君、持てる力のすべてをもって対象を撃破せよ!』

 もう、候補生全員に迷いはなかった。誰を見てもみな凛々しい顔付きで、朱雀の勝利を疑わない戦士のまなざしであった。

「はぁ!? クリスタルジャマーが効かないだって!? はん……最悪。魔導院に何か変なのが混じっているみたいだね」

 ダーインスレイヴの中で、苦虫をみ潰したように忌々しく呟く白虎のルシ――クンミ・トゥルーエ。
 彼女の言葉はユリヤたちには届かないものであったが、ルシにそう言わしめるほど形勢を逆転したアギト候補生に、最早恐れるものなど何もない。



「君たちも戦えるか!?」
「当然。2組ほどじゃないけど、私たちだって一応3組だから」
「そうか、そのマントの色……よし、一気に猛攻を掛けて終わらせるぞ!」

 先陣を切る2組の男子に続いて、ユリヤの友人も魔導アーマーに向かって駆けて行く。自分も加勢しなければ、とユリヤも後を追おうとしたが、未だここには7組の女子がいる。それに、魔法の力が戻ってきたとはいえ、傷を負っている候補生も少なくない。
 敵の殲滅に加勢すべきか、一人でも多くの候補生を助けるか――ユリヤは即座に決断できず、7組の女子に問い掛けた。

「あの、ひとりで皆の回復……できる? 良かったら私も手伝う」
「ううん、私は大丈夫。あなたも3組だよね? マキナたちを援護して欲しい」
「マキナ?」
「あの2組の候補生。私の幼馴染なの」

 一人で決断もできないユリヤとは違い、7組の女子は穏やかな外見からは想像も出来ないくらい、迷いのない瞳ではっきりと告げた。それは自分が出来ること、やるべきことをしっかりと把握しており、自分の力に自信があるゆえなのだと、ユリヤは無意識にそう察した。

「分かった! そっちに攻撃がいかないよう心掛けるけど、流れ弾で怪我しないよう気を付けてね」
「うん、ありがとう! ええと……」

 7組の女子は笑顔で礼を述べたあと、少し戸惑った表情を一瞬見せれば、再び笑みを浮かべてみせた。

「私、レム。レム・トキミヤ。あなたは?」
「私? 私はユリヤ・アキヒメ。こうして出会ったのも何かの縁だし、色々片付いたらお茶でもしよう!」
「うん! 是非!」
「じゃあ、行ってくるね!」

 7組の少女――レムに名前を聞かれて、つい自己紹介だけで終わらず勝手な口約束までしてしまったユリヤだったが、また一人新しい友達が出来たかもしれない、と戦場だというのに少しだけ心が躍っていた。レムの為にも、絶対に無事に全てを終わらせる。そう決意するユリヤの双眸にはもう迷いはなかった。

2019/07/31

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