自らの道を、自らの意志で

鴎暦841年 冷の月 3日

 全軍を挙げて侵攻してくる白虎軍を、朱雀は『秘匿大軍神』により迎撃する予定だったが――0組の訴えにより、ミユウは全候補生に『決断』を採る事となった。
 朱雀政府の指示に従い、秘匿大軍神の召喚を受け容れ、民衆を見殺しにするのか。それとも、民衆の命を救う為に政府の命令を拒否し、白虎に降伏するのか。その判断は、全候補生に委ねられた。

「よっ、1組の皆さん。みんなのアイドル、ナギだ」

 ユリヤが0組の教室を後にし、1組へ舞い戻ってからそう時間も経たないうちに、9組の候補生が現れた。9組が実は『諜報部』だと知る者はこの1組には居らず、何の用だと皆訝しげにしていたが、次の発言で一気に教室の雰囲気が変わった。

「総代からの依頼だ。これより全候補生による『決断』を行う――秘匿大軍神の召喚に賛成するか、反対するか。その結果によっては、総代が朱雀議長に直談判する」
「なんだって!?」
「いや、9組なんかの言う事を信じていいのか? 大体、本当にそうなら総代が直接俺たちに訊ねるだろ」

 ナギの言葉はすぐに信じられるものではなく、1組の候補生のひとりが穿った見方をして否定の意を露にすると、瞬く間に他の候補生たちにも伝染していった。
 だが、彼の言葉が真実だと断言出来る者が、この場にひとりだけいた。
 ユリヤ・アキヒメ。つい先程まで0組の教室に居り、エースがこの作戦を拒否しようと総代に進言しに行ったのをこの目で見たばかりである。きっと総代がエースの言葉に同意し、『決断』を行う判断を取った。そう推察するのは容易かった。

 今度こそ、見ているだけではなく、誰かの助けを待っているだけではなく、自ら動かなくては。今がその時だ。ユリヤはそう決意し、大声で叫んだ。

「待ってください! その方の言っている事は事実です!」
「ユリヤ? ……根拠はあるのか?」
「もしかして、さっき0組の教室に行っていた事と関係してるの?」

 1組の候補生全員の視線を一気に浴び、足が硬直しかけたユリヤであったが、比較的親しい女子がすぐに察して問い掛ける。ユリヤは即座に頷いた。

「0組の皆も、どうしたらこの作戦を止められるか議論してました。作戦を止めれば朱雀は戦争に負けるし、つまり白虎に降伏するって事だけど……でも、罪のない人達が召喚で命を奪われる事はなくなる。それで、エースさんが総代の元に話し合いに行ったんです」
「さすがユリヤ・アキヒメ! 話が早くて助かるぜ」

 たどたどしく説明したユリヤに、ナギは軽く拍手をして軽いノリで話し掛ければ、すぐ傍まで歩み寄った。

「彼女の言う通り、俺の言っている事は事実だ。大体、『決断』を採る為に総代直々に全候補生へ通達したら、さすがに政府にバレて決断自体が出来なくなる。だからこうして『落ちこぼれ』で暇してる9組の出番が来たってワケだ」

 ナギは9組の正体までは言わないものの、理に適った説明をしてみせた。彼の発言のみであれば1組も信用しなかったが、これにユリヤの証言が追加された事で、さすがに嘘だとは言い切れなくなった。
 ユリヤが0組の教室に赴いた際、彼らは大軍神の召喚を止める為に話し合っていた事。降伏してでも止めるべきだと、エースが総代の元へ出向いた事。そして、総代ひとりではなく全候補生で自分たちの運命を決める為に、『決断』を採ろうとしている事。すべて辻褄が合っており、最早否定しようがなかった。

 先程までナギに怪訝な目を送っていた候補生が、ユリヤへ向き直る。

「……ユリヤ。君の言葉を信じよう。君は自分に自信がないようだが、まぎれもなく1組の候補生として立派にやっている。あくまで今回は君の顔を立てるというまでだ」
「ありがとうございます……!」

 ユリヤは思わず感極まって涙が溢れそうになったが、今は泣く時ではないとぐっと堪えた。そしてナギに顔を向ければ、真剣な眼差しで告げた。

「ナギさん、他の9組の方も各教室へこの話をしに出向かれているんですか?」
「ああ。ただ、今みたいに信じて貰えるか微妙なところだけどな……」
「では、私も手伝います! これでも1組ですので、私が証言する事で皆が信じてくれて、間違いなく全候補生で『決断』が採れるかと」

 ユリヤの申し出に、ナギだけでなく他の1組の候補生たちも驚きを露わにしたが、暫しの間を置いて、肯定の声が掛けられた。

「賛成! まあそれこそ派手に動いたら政府にバレるから、ごく少人数で動かないといけないけど」
「かと言って、ユリヤだけだと負担が掛かるな……あと二、三人いればスムーズに各教室を回れるんじゃないか?」
「じゃあ、私も手伝います!」
「俺も俺も!」

 1組は瞬く間にナギの発言を受け容れ、全面的に協力する雰囲気へと変わっていた。
 これでひとつ問題は片付いた――ナギは安堵しつつ、本来の目的を達成すべく1組の皆へ改めて問いを投げ掛けた。

「――で、秘匿大軍神の召喚作戦には賛成か、反対か……作戦を実行すれば、武器を持たない多くの民衆の命は失われるが、白虎軍を一気に殲滅する事が出来る。反対し、その結果作戦が中止になれば……戦争には負けるが、召喚によって理不尽に奪われる命はなくなる。どちらが『アギト候補生』として正しい選択か……よく考えて結論を出してくれ。投票は、俺たち9組が受け付ける」

 もう、誰もナギを疑う者はいなかった。ユリヤはきっと皆作戦中止を望むだろう――そう信じて、9組の補佐に回って魔導院中を駆け巡った。

 そして『決断』の結果――なんと、全候補生が『民衆の命を救うため、直ちに作戦を中止する』事を望んだのだった。
 朱雀という国家の為とは言えない選択だが、そもそも己たちは世界を救う『アギト』になる為にこの魔導院に集ったのだ。民衆を見殺しにする事が、候補生として正しい事とは思えない。戦う力を持つ者も、力はなくとも研究や武器開発に勤しむ者も。誰もが皆、信念は同じであった。





『決断』の結果が出てから間もなくの事。ミユウはカリヤに呼び出され、覚悟を決めて朱雀政府の元を訪れた。呼ばれた理由は、いよいよ秘匿大軍神の召喚を行うからだと、考えなくても分かる事であった。
 今が作戦に反対する好機であり、逆にこのタイミングを逃せば候補生たちは強制的に作戦に参加する事となる。そんな事はあってはならない。ミユウは総代として責務を全うする必要があった。これは己にしか出来ないことなのだ、そう言い聞かせた。

「――候補生総代。『秘匿大軍神召喚作戦』の成功のため、お前たち候補生にも協力を要請する。正規軍と連携し、敵の群れを国境で押し留めよ。そこに秘匿大軍神を召喚し、敵を一挙に屠る作戦だ」

 軍令部長が今後の作戦、および候補生たちの任務を簡潔に説明する。まさか全候補生が反旗を翻そうとしているなど知る由もない。そして、カリヤも念を押すようにミユウへと問い掛ける。

「そう、それが朱雀が勝利するための唯一の道です。協力してくれますね、ミユウ君……?」
「……いいえ、議長」

 もう、ミユウに迷いはなかった。これは己ひとりが綺麗事に囚われているわけではなく、魔導院の全候補生で決断した事なのだから。

「申し訳ありません。僕等アギト候補生は――本作戦への協力を、断固拒否します!」
「な、なんだと!?」

 真っ先に軍令部長が驚愕で声を荒げる。いつ如何なる時も取り乱す事などないカリヤも、この時ばかりは顔色を変えた。

「……発言の意味を理解しているのですか。作戦を中止すれば、残された道は降伏しかありませんよ」
「無論それは理解しております。しかしこれが、僕等候補生の総意です」

 もう後戻りは出来ない。なんとしてもカリヤを説得し、大軍神の召喚を止めなくてはと、ミユウは毅然とした態度で言葉を続けた。例え未だ十代の学生であろうと、この魔導院の総代であり、己たちは世界を救う為に戦うアギト候補生なのだ。ここで言い負かされるようでは、到底アギトになどなれないだろう。

「クリスタルは神にも等しき存在ですが、今回ばかりはその意思が、間違っていると認めざるを得ません。その意思に従った先に待つのは、亡国の未来です。ならば民を救うため、どうか勇気ある選択を……!」
「……!」

 ミユウの熱弁に、カリヤは息を呑んだ。元々カリヤとて、好きでこの作戦を受け容れたわけではない。朱雀クリスタルの意思の代弁者であるルシ・セツナの言葉であったからこそ、受け容れるしかない、と半ば諦めていたのだ。
 この少女の勇気ある提言こそ、受け容れるべきだ。朱雀議長として、そして、一人の人間として。カリヤはそう思い直し、静かに頷いた。

「なるほど、意思は固いようですね……わかりました、ミユウ君。その提言、聞き入れましょう」
「カリヤ議長!? この若者の言葉に踊らされるのですか!?」
「いいえ……恐らく私もその言葉を待っていたのでしょう。これ以上の戦争継続は、本来不可能でした」

 民なくして、どうして国を護れようか。漸く目が覚めたカリヤは、軍令部長にも理解を促そうと冷静に言葉を紡ぐ。

「それに候補生の協力なくして、本作戦は成立しない……ならばただちに白虎に対し、和平交渉を開始しましょう」
「しかし国境にはすでに正規軍の兵が配備されています! 和平交渉が始まるまで、兵たちがもつかどうか……!」
「ならばそれを救うのが、彼等の役目。こちらは聞き入れてくれますね、ミユウ君?」

 例え白虎に降伏するとはいえ、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない。今の己たちが為さねばならない使命は、出来る限り多くの命を救う事である。朱雀正規軍もまた、朱雀の民である事に変わりはないのだから。

「ええ、もちろんです。それが僕等の責任ですから」

 ミユウは一気に表情を明るくさせ、カリヤの依頼に力強く頷いてみせた。この時を待っていたのは己だけではない。大軍神の召喚に納得出来ずにいた候補生、クリスタルの命令だからと諦めていた候補生、どうすれば作戦を止めて民衆の命を救うのか悩んでいた候補生――この魔導院に集う候補生全員だ。

『全候補生に告ぐ! 国境で孤立している正規軍の救出に向かえ! これが僕等の、最後の任務となるだろう! 一人でも多くの同胞を救うのだ!』

 COMMを通して、ミユウの命令が全候補生に通達される。魔導院のアギト候補生たちの快進撃が行われるのは、もう間もなくであった。

2020/08/27

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