白き雷

 魔導院より西、白虎戦線にて。ユリヤ達候補生は白虎軍の朱雀侵攻を食い止める為、戦いを繰り広げる日々を送っていた。
 犠牲は避けられないが、回復を駆使して少しでも生存確率を上げる事は可能である。諦めなければ、必ずや勝利を収める事が出来る。このまま、白虎に占領され朱雀という国が失われるなど絶対にあってはならない。己たちにはクリスタルの加護により、戦う為の力が与えられているのだから。
 運命に抗え。候補生は皆、互いにそう言い聞かせていた。



 戦乱の世ゆえに急遽1組へと昇格したユリヤは、以前のように後ろ向きに考える事はもうなかった。そんな暇など無い、と称するのが正しいだろう。
 だが、己が考えなしに動いて、結果自分だけが傷を負うならまだしも、誰かが己を庇って命を落とすのは許されないとユリヤは強い意志を抱いていた。いつも一緒にいて、共に戦ったはずの友人を亡くしたという事実が、常に心の奥底にあるからだ。記憶は消えてしまっても、間違いなくその人が存在していたという事実は残されている。
 何故己の友人は命を落としたのか。己を庇ったのか、あるいは己が友人を見捨てたのか。その答えに辿り着く事は出来ないが、同じ事を繰り返さないよう、今の己に何が出来るか、どうすれば最悪の事態を回避する事が出来るか、考え、行動する事は出来る。
 ユリヤは間違いなく過去の経験を活かし、1組の候補生のひとりとして水色のマントを靡かせながら、戦場を駆け巡っていた。



「ユリヤさん、調子はどうですか?」
「はい、お陰様で。今日もなんとか生き抜く事ができました」

 終わりの見えない戦いの日々の中でも、ユリヤにとってささやかな楽しみはあった。トレイが任務の合間にユリヤの様子を窺いに、会いに来てくれたのだ。果たして、己が1組にしては頼りないと思われているからなのか、それとも他に理由があって顔を見せにきてくれるのか。真実は分からなくても、長期戦を強いられる過酷な戦場で想い人に会い、ほんのわずかな時間でも話が出来る事は、ユリヤにとっての活力となり、一種の希望とさえなっていた。

「謙遜はいけませんよ。ユリヤさん、あなたは紛れもなく1組に相応しい能力をお持ちです。でなければ、今日も無傷でいられるわけがありませんからね」
「それは……私の実力ではないと思います。皆で協力して、助け合っているから、今の私があるんです」
「戦場で生き残る為に必要なのは協調性です。一人で突っ走っていては、誰も手を差し伸べません。ユリヤさんは充分ご自身の為すべき事を理解し、実行されているからこそ、1組として遜色ない活躍をされていると私は思っていますよ」

 トレイが随分と己を褒めるのは、きっとこの過酷な戦場を乗り越える為に鼓舞してくれているのだとユリヤは解釈していた。
 折角こうして足を運んでくれているのだから、いずれ何か恩返しをしなくては――そう思いつつも一体自分に何が出来るのか答えが出ないまま、必死に日々を過ごしていたユリヤであった。

 せめてここが戦場ではなく、学び舎である魔導院だとしたら。何か差し入れにお菓子を作るなり、あるいはトレイの好きなものをそれとなく訊ねて用意するなり、いくらでもやれる事はあった。だが、果たして魔導院で平凡な毎日を過ごしていた時は、トレイがここまで己に構ってくれた事があっただろうか。己が常に友人と一緒にいたであろう事を考慮しても、手に届かぬ存在である『0組』である以上、そうそう接触する機会などない。これまでの積み重ねは全てが偶然の産物であった。

 もしここが戦場ではなく魔導院という平和な箱庭であったとしたら、トレイが率先して己に話し掛ける事などなかった。
 あくまで今は非常事態だからこそ、トレイは己に優しくしてくれるのだ。もしこの戦いが朱雀の勝利という結末を迎えたとしたら、トレイが己に話し掛ける事はなくなるかも知れない。そう思うとユリヤはもやもやとした形容し難い感情を抱いた。

 とはいえ、ユリヤとてこれ以上犠牲が出るのは当然嫌だと思っている。トレイと一緒に居たいがゆえに戦争が長引けば良いと思うほど愚かではなかった。寧ろ、この戦いが終わった後、もしトレイが己に構う事がなくなったとしたら、逆に今度はこちらから接触すれば良いのだ。人員不足の緊急事態とはいえ、例え見合っていなくとも1組まで上り詰める事が出来たのだから、魔導院に来たばかりの頃の己とは確実に違う。例え相手が百年に一度の逸材であっても、己とて1組の候補生として堂々と接すれば良い。右も左も分からなかった、出逢ったばかりのあの頃とは違うのだ。
 ユリヤがそんな風に前向きに思えるようになったのは、0組を除けば候補生の中ではトップクラスの一員になる事が出来た所以であった。




鴎暦841年 熱の月 30日

 月日にして二ヶ月もの時が経っていた。圧倒的な戦力差があり、朱雀の勝利は絶望的な中から始まった戦いであったが、白虎とて兵の数には限りがある。
 まず大前提として、朱雀という国は気候に恵まれており、自給自足の生活が容易い土地柄であった。ゆえに非戦闘員からの救援物資の提供も円滑に行われ、戦場の候補生たちが飢えや魔力切れに苦しむ事はほぼ無かったと言っても過言ではない。
 対する白虎は、一年中雪に覆われた土地にあり、常に食糧難が付き纏っている。そもそも白虎と朱雀の戦争が絶えない理由は、白虎が朱雀の豊潤な土地を欲するゆえの国境紛争である。
 つまり、いくら兵の数は勝っていようとも、長期戦となれば食糧不足で白虎兵の士気は下がり、長引けば長引く程朱雀が有利になる状況であった。

 このまま白虎の降伏を待つか、あるいは朱雀から攻撃を仕掛けるか。
 主導権は0組にあるが、1組の中でも連日話し合いが行われていた。

「ユリヤはどう思う? 0組に一番近い人の意見が聞きたい」
「えっ? あの、近いどころか一番遠いと思いますが……」
「戦闘力の話じゃなくて。ユリヤ、0組と仲良いだろ」

 傍から見て仲が良い、と認識される程度には深い仲なのだろうかとユリヤはまるで他人事のように思った。別に己が特別ではなく、様々な巡り合わせ――というより単なる偶然で、0組の面々と話したり、時には手合わせを願ったりしていただけの事だ。寧ろ、己以外にもそのような交流のある候補生だっているとユリヤは思っている。後に追加で0組に入ったレムとマキナとはそれなりに交流はあるが、当然彼らも、己以外にももっと交流している友人はいるだろう。

「特別親密というわけではないと思いますが……もし今後について話し合いが必要であれば、私から交渉する事は可能です」

 同じ1組ではあるものの、急遽追加で入ったユリヤはまだ敬語で話す癖が抜けずにいた。0組ばかりが注目され持て囃される状況ではあったが、それまではこの1組の面々がそのような立場だったのだ。ユリヤにしてみれば1組も充分すぎるほど羨望の対象であるため、最低限の敬意は払っていた。1組に加わって自信が付いてきたとはいえ、驕ってはならない。

「0組と今後について相談するのは勿論だが、ユリヤ自身はどう考えている?」
「私自身、ですか」

 これまで己個人の意見を求められる機会などなかったユリヤは、一瞬頭が真っ白になってしまった。だが、このまま黙っていてはそれこそ1組のマントを羽織る資格はない。寧ろこの質問は、1組の仲間として相応しいか試されていると捉えた方が良い。穿った考えかもしれないが。ユリヤは眉間に皺を寄せ、暫しの間考えたのち、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「これまでの経験則と書物で得た知識から、ですが……頭さえ潰せば数多もの兵は無力化出来ます」
「つまりユリヤは、敵の大将に猛攻を掛けろ、と」
「そこまでは言ってません! それこそ全クラスで入念な打ち合わせが必要かと……」

 やはり思い付きで言っては駄目だとユリヤは肩を落とした。トレイの言葉を真に受けて、彼の後を追うようにクリスタリウムに通い、様々な書物に目を通したゆえに自然と出た発言であったが、やはりトレイのような実力を兼ね備えた人物が口にするからこそ説得力があるのだ。ユリヤは自身の不甲斐なさを痛感していたものの、次の瞬間、一斉に通信が響いた。

『アテンション! 敵の隊長機、ガブリエルの出撃を確認した! 白雷の異名を持つカトル准将の機体だ!』

 総代、ミユウの声に一同は顔を見合わせた。まさに今ユリヤが話していた事が現実となり、皆の視線がユリヤへと集まる。
 ユリヤは思わず目を見開いて首を横に振ってみせた。己は何もしていない。予知能力があるわけでもなければ、思考を現実化する能力だってない。それこそそんな力はルシが持ち得るものだろう。当然、皆分かっているとは思うのだが。混乱する中、続くミユウの言葉に一同は再び通信に耳を澄ます。

『これまでの魔導アーマーとは格が違う。候補生諸君は、持てる力のすべてを結集し撃退せよ! 我等に、クリスタルの加護あらんことを!』

 もう雑談をしている余裕はない。ミユウの命令は的確であった。ここで勝負を付けろという事だ。これで敵を叩けばすべてが終わる。蒼龍もいる以上、ここで勝って戦争が終わるわけではないが、終結に一気に近付く事が出来る。
 敵を逃す事は許されない。何としてもここで決着を付けなければ。

「行くぞ! 最前線で戦っている0組に続け!」

 1組、そして他のクラスの生徒達も一斉に動き出した。0組はミユウと共に行動しており、恐らく既にガブリエルに攻撃を仕掛けているところであろう。持てる力のすべてを――つまり、彼らだけの力では足りず、総力を挙げて挑まなければ『勝ち』はないという事だ。

 迫りくる魔導アーマーを皆一斉に魔法と武器を駆使して破壊し、通信で届いたポイントを目指して、魔力を温存しつつ先に進んで行く。
 まもなく、前方のはるか先に通常の魔導アーマーとは明らかに形状が異なる機体が宙に浮いているのが視界に入った。

「皆! 魔法の準備はいいな!?」

 戦闘を走る候補生が叫び、皆がそれぞれ同意の声を上げる。
 ユリヤもがむしゃらに走るなか、いつの間にか己の横を駆けている候補生が声を掛けて来る。

「ユリヤ、すごいね。予言者じゃん」
「いえ! 私は本に書かれていた事を言っただけで……」
「それにしたってすごいタイミング。案外ユリヤは勝利の女神かも」
「そんな、ルシじゃあるまいし、というか0組のほうが遥かに凄いですから!」

 それこそ己に本を読むよう促したのはトレイであり、少しでも彼の話を理解できるように軍事や戦略本に手を出し、たまたま頭に入っていた事を口にしただけである。何ひとつ凄い事などしていない。本当に偶然に偶然が重なっただけで、軽口とはいえそこまで褒められるとは、人生とは不思議なものである。

 遠距離攻撃が届く位置まで来た時には、既にミユウと0組がガブリエル相手に猛攻を掛けていた。負けじとユリヤも詠唱を始め、ガブリエル目掛けて巨大な雷を落とす。
 増援の到着に気付いた0組の面々が、戦いの合間にユリヤへと顔を向ける。

「あ、ユリヤ! 1組も来てくれたんだね!」
「よ〜し、一気に片付けちゃおっか!」
「ユリヤさん、一緒に頑張りましょうね!」

 あたたかな声を掛ける者も、一瞬目を向けた後再び戦闘に集中する者も、皆それぞれ自分の使命を全うしようとしている。
 絶対にここで勝利して、再び魔導院に戻るのだ。その時には、自分からトレイに声を掛け、労い、この長かった戦場での礼をしっかりと行うのだ。何をするかは――まあ、全てが終わってから考えよう。ユリヤは少しでも0組の力になれるよう、いや、なるのだと心に誓い、水色のマントを翻しながら詠唱を続けた。荒れた大地に禍々しく佇む兵器を相手に最前線で戦う総代、0組の候補生達――そして己の想い人を見据え、絶対に勝利して帰還するのだと言い聞かせながら。

2020/04/01

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