最強のルシ

鴎暦841年 熱の月 30日

 飛行型魔導アーマー『ガブリエル』。魔法障壁を備え、かつ高速で空中を飛び回る特徴を持つそれは、遠距離攻撃を得意とする攻撃魔法部隊にとっては実に分の悪い相手であった。

「さっきは手応えあったのに……」
「不意打ちだったからね。あの時は向こうも0組しか見てなかっただろうし」

 魔法が効かないどころか、0組の猛攻に耐えながらこちらの動きを読むようになったのか、ユリヤ達の攻撃は徐々に当たらなくなっていった。苛立ちを覚えるユリヤに、同じ攻撃魔法部隊の仲間がフォローの声を掛ける。
 必ず突破口はあるはずだと、ユリヤは仲間と共に敵の攻撃を避けながら思案した。魔導院が白虎に攻められた時も、クリスタルジャマー搭載機を破壊する事が出来た。ただ、あの時は0組がアンチ・クリスタルジャマーを発動したお陰で窮地を脱している。今はそんな大規模な詠唱をしている余裕も時間もないだろう。そして、時間稼ぎが出来るほどの戦力もあるとは言い切れない状況である。

「0組に何か戦略はあるのかな……」

 何気なく呟いたユリヤであったが、その言葉に仲間たちが即座に反応する。

「0組が策もなしに特攻をかけるとは思えないな」
「でも、力業で倒せる相手なの? 魔法が効かないのに無駄に魔力を消費するのも……」
「物理攻撃でも対抗できる奴らに任せて、俺たちは黙って見てるしかないのか?」

 優秀な候補生が選抜されたエリートクラスの1組、前衛部隊の2組であれば戦力になれる。だが、攻撃魔法メインの3組や、ユリヤのように突発的に上位クラスに配属された候補生は、現状為す術がない状態である。
 皆の気持ちがここで折れてしまってはいけない――ユリヤとてここまで来て何もしないで見ているだけなのは耐えられなかった。これでは1組に配属された意味がない。分相応でなかったと諦める前に、出来る事を精一杯やるべきだ。1組に配属された意味を、自分で見出さなければならない。今の自分に出来る事、それは――。

「……私、0組の方に直接聞いてきます!」

 ユリヤはそう告げて、朱色のマントを靡かせてガブリエルと接近戦を繰り広げている0組の候補生たちの元へ向かうべく、走り出した。

「待て、ユリヤ! 君だけでは危険すぎる!」
「防御魔法に自信のある奴はユリヤ・アキヒメの援護に向かえ! 残る者は今後の攻撃に備えて魔力を温存しておけ!」
「了解!」

 戦場慣れした1組の候補生がすぐさま指示を出し、一部の候補生たちがユリヤを追い掛ける。この僅か数秒の出来事に、この場に残らざるを得なかった攻撃魔法専門の3組の面々が、次々とユリヤの事を口にした。

「1組に行っても相変わらずだな、ユリヤは……」
「お目付け役がいないとダメかもね。まあ、ユリヤは悪運も強いけど」
「訓練とはいえ0組と戦闘経験もあるし、度胸だけは1組に相応しいかも」

 かつて同じクラスで共に過ごして来た仲間たちの言葉が、褒めているのか貶しているのかは別として、ユリヤの判断は間違いではなかったと判明するのに、そう時間はかからなかった。





 ガブリエルと至近距離で戦う0組の元へ向かうユリヤの傍にも、容赦なく爆撃が襲う。魔導院から遠く離れた地で白虎軍との戦闘を二ヶ月も続けていれば、人員補充で1組に配属されたユリヤでも自分の身を守る為の行動は最早容易いものであった。ユリヤは攻撃を耐える為にウォールを発動するも、己の周囲に明らかに自分が唱えたものではない魔法防御壁がいくつも連なった。

「ユリヤ、前に出過ぎだ!」

 振り向くと、魔法攻撃部隊の候補生数人が息を切らしながらユリヤの元へ駆け寄ろうとしていた。

「私、一人でも大丈夫です!」
「そうやって油断している時が一番危険だ!」

 仲間の言葉にユリヤは今、自分が冷静さを欠いている事に気が付いた。0組と連携する事は今己たちが出来る唯一の事であるものの、あまりにも無鉄砲であったと素直に苦言を受け容れた。

「ごめんなさい! 私、自分の事しか考えてなくて……」
「いや、確実に勝利する方法を模索する事は、皆が戦果を挙げる事にも繋がる。ただ、単独行動は危険だ。今、君を失うのは朱雀にとって大きな痛手になる」

 自分が朱雀の戦力に貢献しているかは分からないが、この状況下では一人でも戦力を失いたくないのは誰しも同じであろう。ユリヤはいつものように謙遜する事はせず、仲間の言葉に頷けば、ウォールを常に発動させながら皆と共に慎重に歩を進めた。

 すると、ユリヤたちの行動に気付いたのか、朱色のマントを靡かせた人影が向かって来るのが皆の視界に入った。それが誰なのか目を凝らす必要もなく、相手は人間離れした速度で瞬時にユリヤの元へと降り立つ。
 0組のブレーンとも言える少女、クイーンであった。

「ユリヤ、それに3組の皆様。どうされましたか?」
「クイーンさん! ガブリエルに攻撃魔法が効かなくて、何か策はないかと馳せ参じました」

 クイーンは特に悩む様子もなくすぐに頷けば、淡々と答えを口にした。

「あのクリスタルジャマーはまだ不完全のようです。物理攻撃で一定以上のダメージを与える事でオーバーヒートを起こし、魔法障壁が一時的に解除されます。再び魔法障壁を繰り出されるまでの短い間ですが」
「……それを繰り返せば、ガブリエルを倒せるという事ですか?」
「ええ。持久戦ですが。あいにくアンチ・クリスタルジャマーを詠唱する時間がありません」

 ユリヤはクイーンの説明に納得したものの、どのタイミングで己たちは攻撃魔法を繰り出せば良いのか。遠目でオーバーヒートしているか否かを見極める事が出来るのか。それが唯一の懸念であった。
 ユリヤが元3組である事を把握していたクイーンは、すぐにユリヤたちの困惑に気が付いた。当然、己たちはこの白虎戦線で勝利を収めると信じて疑わないものの、この戦いが終われば全ての戦争が終わるわけではない。戦力の温存は必須であり、この戦いをあまり長引かせたくないのが本音であった。つまり、出来る事なら魔法障壁が失われたタイミングで強力な攻撃魔法を一気に叩き込んで貰えるのが一番効率的なのだ。
 クイーンが思案した瞬間、この場にもう一人、朱色のマントを纏った候補生が降り立った。

「ユリヤさん。お困りでしたらこのトレイが知恵を授けましょう」
「トレイさん! あの、ガブリエルの魔法障壁が崩れたタイミングで攻撃魔法を放ちたいのですが、そのタイミングが分からないんです」

 クイーンが己含む他の候補生たちと話し込んでいるのが気掛かりで来たのだろうと解釈したユリヤは、トレイの神出鬼没さに驚く事はなく、簡潔に説明した。
 それに続くように、クイーンも落ち着いた様子で補足説明をする。

「トレイ。今後の情勢を鑑みるに、この戦闘は出来れば長引かせたくありません。攻撃魔法部隊が無意味な攻撃で魔力を消費せず、ガブリエルがオーバーヒートしたタイミングで一気に魔法を叩き込めば、一気に終わらせることが出来ます」
「その為に、後方部隊へオーバーヒートのタイミングをどう伝達すれば良いか、というところですか」

 トレイは暫し考え込んだ後、視線をクイーンからユリヤに移して提案を投げ掛けた。

「ユリヤさんが私と共闘するのはどうでしょうか」
「え!?」
「トレイ、そうする事でどう戦況が傾くのですか?」
「全く……クイーンは結論を急かさないでください」
「長話をしている場合ですか!?」

 驚きの声を上げるユリヤに代わって、クイーンが詳細を訊ねるも、口論になりかけてしまっている。ユリヤは慌てて二人の間に割って入った。

「それで、トレイさん! 私は何をすればいいですか?」

 ユリヤのまっすぐな瞳に、トレイもクイーンも冷静さを取り戻した。今は些細な口喧嘩もしている状況ではない。咳払いするクイーンの横で、トレイは自信満々に言ってみせた。

「ガブリエルがオーバーヒートした瞬間、私がユリヤさんに攻撃魔法の指示を出します。ユリヤさんの魔法が放たれたタイミングで、後方の攻撃魔法部隊の皆さんに一気に猛攻に出て頂く……というのはどうでしょうか」
「……確かに、攻撃魔法の直撃を合図とするなら、遠方でも目視出来ますね」

 クイーンは反論せず、素直に頷いた。言い争いしている状況ではないというより、トレイの提案が適切なものであったからだろう。ユリヤはほっと胸を撫で下ろせば、己に付いて来てくれた3組の候補生たちに頭を下げた。

「という事になりましたので……ご協力の程、よろしくお願いします!」
「了解! 頑張れよ、ユリヤ。後は俺たちに任せておけ!」
「今回の件が勉強になったなら何より。一人で動く事が必ずしも正解とは限らないって事だ」

 3組の面々は特に怒ったり窘めたりする事もなく、笑顔でユリヤを励ませば、踵を返して元の場所へ戻って行った。ここに残るよりガブリエルの攻撃が当たらない後方にいた方が、生存確率を高められ、魔力の温存や回復に充てられる。
 彼らの後姿を見送って、ユリヤは改めて仲間の大切さを痛感した。協力して戦うだけでなく、戦況の変化に伴い臨機応変な行動を取る為にも、仲間を信頼し、時には頼る事も必要なのだと。

「では、私は戦闘に戻ります。トレイ、ユリヤの事は任せましたよ」
「心配無用ですよ。遠距離攻撃メインの私だからこそ出来る大役ですからね」

 クイーンは無表情で頷けば、再び目にも止まらぬ速さでガブリエルの元へ向かって行った。その姿を見届けるよりも先に、ユリヤの身体は宙に浮いていた。浮遊する魔法を誰かが唱えたわけではない。ユリヤがぼうっとしている隙に、トレイがユリヤの身体を横抱きしたのだ。

「待ってください、トレイさん! 私、一人で動けます!」
「いけませんよ。ユリヤさんには魔力も体力も温存して頂かなければなりませんからね」

 トレイは有無を言わさずユリヤを抱きかかえたまま、爆撃を華麗に避けながらガブリエルから距離を取り、爆撃の射程範囲外へと辿り着いた。トレイが足を止めたのを見計らって、ユリヤは降ろして貰おうと足を地へ動かした。

「ユリヤさん。そんなに私に抱えられるのが嫌ですか……?」
「いえ、そうではなく! トレイさんにご負担を掛けたくないだけです!」
「私は全くもって負担ではないのですがね」
「うう……」

 正直、ユリヤはトレイに負担を掛けたくないというのは建前で、ただ単に気恥ずかしいだけであった。恋人同士ならいざ知らず――と思った瞬間、トレイの事を異性として改めて認識してしまい、ユリヤの顔は瞬く間に赤く染まった。

「そんなに困惑なさらずとも、この場でユリヤさんを一度降ろすつもりでいましたので、ご安心ください」

 幸い、トレイはユリヤの胸中にまるで気付いていないようで、どこか名残惜しそうにユリヤの膝裏からゆっくりと手を離した。漸く地上に着地したユリヤは安堵の溜息を吐き、トレイにお礼を言おうとしたものの、当のトレイは既にガブリエルへと顔を向けていた。その表情は険しく、ユリヤは話し掛ける事も躊躇うほどであった。

「ユリヤさん。ここは既にガブリエルの攻撃範囲の対象外ですが、念のため、身を守る魔法を詠唱していてくださいね」
「はい、分かりました!」

 ユリヤはすぐさま詠唱をはじめ、不要とは思いつつも己だけでなくトレイの前にもウォールを発動させた。するとガブリエルを見据えていたトレイが突然振り返ってユリヤを見遣った。余計な事をしてしまったと思い込んだユリヤは、慌てて頭を下げた。

「すみません! 余計な事を」
「いえ、お気遣い痛み入ります。ユリヤさんが私の為に施してくれたとなれば、私とて本気を出さなければなりませんね」
「え?」

 何故かトレイは不敵な笑みを浮かべて再びガブリエルへと顔を向けた。これからトレイが何をしようとしているのかまるで見当が付かないユリヤは、呆けた声を出してしまったが、次の瞬間、トレイが矢を構えたのを見て漸くすべてを察した。

「トレイさん、こんな遠くから攻撃を?」
「ええ、私は遠距離攻撃専門ですから。この程度は普通です」
「普通!?」

 魔法ならいざ知らず、物理攻撃をこんな遠くからするなんて、とユリヤは驚きのあまり目を見開いたが、そもそもこれまでトレイに何度も助けられた際、すぐにその姿を捉えられるような場所ではないところから矢が放たれていた記憶がある。
『この程度は普通』という言葉は誇張ではなく、事実なのだろう。

 ユリヤの憶測は正しかった。トレイは魔法で強化された幾多もの矢を、遠く離れたガブリエルに向かって放つ。肉眼では果たして命中しているのか定かではないが、トレイの表情を窺うと自信に満ち溢れた笑みを湛えていた。恐らく、いや確実にガブリエルの体力を削っているに違いないと、ユリヤはトレイの実力を信じる事にした。

「――今です、ユリヤさん!」

 こちらへ背を向けたまま、トレイが己の名を叫び、ユリヤは我に返った。自分は何の為にここにいるのか。その目的を忘れてはならない。
 ユリヤは直ちに詠唱を始めた。遠く離れた3組の皆や攻撃魔法部隊に、己の魔法が見えるように、出来る限り強大な魔法を唱えなくては。けれど、詠唱に時間がかかってもいけない。先程のトレイとクイーンの話によると、ガブリエルのオーバーヒートから魔法障壁が復活するまでの時間は限られている。己の判断が正しいか今すぐに結論を出すことは出来ないが、あれこれと迷っている暇はない。不安がないと言えば嘘になるが、今のユリヤは不思議と自信に満ち溢れていた。まるで、トレイに影響されたかのように。

 ユリヤが放った魔法はサンダガMIS――白虎の新型魔導アーマーに対抗すべく、急ピッチで開発された新しい魔法であった。
 その名の通りミサイルの如く、光り輝く雷がガブリエルへ向かう。命中した瞬間、遠くからでもはっきりと分かる程の爆裂を起こした。

 その輝きから間もなく、一気に攻撃魔法部隊の猛攻が始まった。立て続けに繰り出される魔法によって、爆発音がけたたましく鳴り響く。

「恐らくこれで勝負は付いたでしょうね。ユリヤさん、お疲れ様でした」
「え? まだ終わってないかも知れないじゃないですか」
「心配でしたら、直接見に行きますか?」

 勝利したという確証が持てないユリヤに、トレイはすかさずまた横抱きせんとばかりにユリヤの背に手を回そうとした――が、ユリヤは慌てて後ずさって首を横に振った。

「結構です! というか、これ以上トレイさんに負担を掛けるわけには……」
「ユリヤさん、やはり私に触られるのが嫌なんですか?」
「違います、そうじゃなくて! 他の人に見られたら恥ずかしいので!」
「では、誰にも見られていなければ構わない、と解釈して良いでしょうか?」

 いつになく積極的にそう訊ねるトレイに、ユリヤは何も言えないまま、ただただ気恥ずかしさで頬を真っ赤に染め、やがて観念するように小さく頷いたのだった。





 対白虎戦線は、候補生たちの活躍により、朱雀の大勝利で終わった。朱雀領に侵攻していた白虎軍は後退し、戦局は朱雀側に大きく傾いた。

「候補生諸君、見事な戦い振りだった。諸君等のおかげで、朱雀は苦境を一つ乗り越えられた」

 生き残った候補生たちに、総代であるミユウが労いの言葉を掛ける。ユリヤはがむしゃらに戦った二ヶ月間を思い返して、感慨深くなり思わず涙が零れそうになったが、嬉し涙を流すのはまだ早いと零れる前に指で拭った。

「なお蒼龍戦線の方も、こちらが優勢のようだ。蒼龍軍の士気は低く、朱雀軍は破竹の進撃を続けている。これならばきっと、3倍の兵力差も埋められるだろう。僕は諸君等を誇りに――」
「そ、総代……! 大変なことになりました……!」

 ミユウの言葉を突然遮ったのは、血相を変えて飛んで来たクイーンであった。別部隊から緊急連絡があり、一時的に席を外していたようであった。

「蒼龍戦線の戦局が急変し、朱雀軍が崩壊したそうです!」
「崩壊だと!?」

 あまりにも突然の事に、候補生たちは一斉にどよめいた。

「蒼龍にそれほどの力があったのか!?」
「違います、白虎が援軍として『ルシ』を投入したんです! たった1名の白虎ルシに、軍は壊滅させられました!」

 ミユウの問いにクイーンが、冷静さを欠きつつも簡潔に答える。その言葉だけで候補生たちが全てを理解し、恐れを為すのは容易い事であった。

「白虎のルシは、すでに昇華したはずだ。……と言うことは、もう1名のルシが!?」
「ええ……我が朱雀にも白虎にも、ルシは2名ずついます。片方の白虎ルシは昇華しましたが、もう片方は健在です」

 白虎のルシ、クンミ・トゥルーエは玄武へのアルテマ弾投下の為に己の身を犠牲にし、既に昇華している事は、ミユウや0組も知るところであった。

「確か……『ルシ・ニンブス』――100年の長き時を生きる、白虎最強のルシか。人間が勝てるような相手ではない。僕等はそんな相手と、戦うことになるのか……?」

 ルシはクリスタルの意思で行動し、人間の指示に従う存在ではない。つまり、ニンブスは白虎クリスタルの意思により、蒼龍戦線に投入されたという事になる。
 蒼龍戦線の朱雀軍が全滅した今、朱雀がこの戦争に勝利する事は出来るのか――やっと掴んだ勝利の可能性が失われつつある状況に、ユリヤは己の無力さに打ちひしがれ、呆然と立ち尽くすしかなかったのだった。

2020/04/29

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