そしておぞましく生きてゆけ


「コイツって本当に使い物になる? ていうか、一人だけ生き残るなんて裏切ったんじゃないの?」
「彼女は待機組だとカイン様からもアードライからも話があっただろう。しつこいぞ、クーフィア」

 エールゼクスが新たな班に配属となってからというもの、当然暖かく迎えられるはずがなく、既にいる班員五人のうち二人は、明確に懐疑的な目を向けていた。クーフィアとエルエルフである。
 いつも悪びれもせず堂々と言ってのけるクーフィアも、訓練や任務のたびに都度駄目出しをしてくるエルエルフも、エールゼクスにとっては悩みの種であった。前の班では皆で力を合わせてこの機関を卒業しようと団結していただけに、まるで親交を深められない現状がもどかしかった。如何せん、この班に追加で入った理由が理由だけに、文句の言いようもないからだ。

 だが、不幸中の幸いというべきか、他の三人はエールゼクスに対して比較的友好的であった。
 ハーノインとイクスアインは、このカルルスタイン機関に来る前から仲が良い、云わば幼馴染の関係らしく、二人して気さくにエールゼクスへ声を掛けて来ることが多かった。クーフィアが懐疑的な視線を向けるたびに庇うのは、専らこの二人であった。
 そして、最後の一人――アードライは、エルエルフと行動することが多いため、決して表立って庇うことはしないものの、どこか優しくエールゼクスを見守っていた。
 それはまるで、仲間を失ったエールゼクスに「大丈夫」と告げたことに対して責任を取るようでもあった。





 エルエルフとクーフィアは何もエールゼクスを傷付けたくて言っているわけではなく、単に事実を述べているだけであった。
 その証拠に、エールゼクスは班のメンバーの誰よりも、全てにおいて能力が劣っていた。年齢や性別を言い訳にすることは、このカルルスタイン機関では通用しない。当然、彼らはエールゼクスに比べてはるかに優秀であることは確かなのだが、同じ班で行動することになった以上、最低限、足を引っ張らないレベルまで持っていかなければならない。

 かつての仲間を失ったエールゼクスに、泣き言は許されなかった。





「エルゼ、あまり思い詰めるなよ。ゆっくり……ってわけにはいかないけど、地道にやっていけば力も付くさ」
「ありがとう、ハーノイン」

 後から穴埋めで入った上に、女ひとりということもあり、孤立しがちなエールゼクスを、ハーノインとイクスアインは度々休憩に誘うなど、出来る範囲で気遣っていた。
 幼馴染であるハーノインとイクスアインは、班の中で唯一互いを愛称で呼び合う仲だが、エールゼクスが孤立してしまうのは不味いと判断し、ひとまず彼女にも愛称を付けてやることにしたのだった。ちなみに、当のエールゼクスはまだ二人を愛称で呼ぶことに慣れない様子である。

「それにしても、どうしてカイン様はエルゼをこの班に入れると決めたんだ?」
「どうして、って……エフゼクスの穴を埋めるためじゃないのか?」
「五人だけでもやっていけるだろう。他の班に入れることだって出来た筈なのに」

 イクスアインは決してエールゼクスを悪く言いたいわけではなく、実力があり、かつ人に合わせる事をしないエルエルフやクーフィアと上手くいかない事は想像に容易いため、何故このような采配となったのか純粋に疑問であった。

「ふたりとも、ごめんね。私が足を引っ張っているせいで、班の雰囲気を悪くさせて」
「いや! そういうんじゃないって! な? イクス」
「ああ。女の子がいる班もあるし、そっちの方がエルゼもやりやすいと思うから、単純に不思議なだけなんだ」

 慌てふためくハーノインとは対照的に、イクスアインは疚しいことなど何もないのだからと堂々と言ってみせた。
 決して悪気があって言っているのではないとエールゼクスも理解し、ひとまずその疑問を解消しない事には、前に進めない気がした。自分だけでなく、班の仲間たちもである。

「カイン様と話す機会があったら、直接聞いてみる」
「それがいい。絶対に意図があるはずだ」
「絶対、ねぇ……」

 エールゼクスの決意にイクスアインは即座に同意したが、ハーノインはまるで水を差すように呟いた。
 ハーノインもこの采配は不思議に、というより不可解に思っていた。己たちの班は間違いなく、エルエルフとクーフィアの存在によってより高難度な任務に行かされることが多い。足手まといという訳ではないが、実力差はある。
 本当に、何故エールゼクスをこんな環境に置いたのか、ハーノインにとってもいまいちすっきりしない問題であった。





「あの、カイン様。どうして私をあの優秀な班に入れたのですか?」

 機会は意外にも早く訪れた。首都から視察に来たカインと顔を合わせた瞬間、エールゼクスは勇気を出してふたりで話したいと告げ、二つ返事で受け容れて貰えたのだった。

「エールゼクスは私の采配が不満だという事か?」
「いえ、不満ではなく……他の皆が優秀すぎて、私が足を引っ張ってしまっているんです」
「私はそうは思わんが」

 きっぱりとそう言い切るカインに、エールゼクスは違和感を覚えた。いくらカルルスタイン機関への入隊を許可されたとはいえ、カインは己が軍人になりたいと言った時、決して良い顔はしなかった。それは己が死と隣り合わせの軍人になるより、普通の人生を歩んだ方が良いと判断したからであろう。それが、危険な任務を任せられることの多い優秀な班に己が穴埋めで入るなど、命を落とす確率が上がったようなものである。

 入隊した以上甘い顔はしない、というのはエールゼクスとて理解出来るのだが、何故だか己が孤児院に居た頃に会いに来てくれたカインとは別人のように感じるのだ。

「ドルシア軍は女性が少なくてね。君のような志の高い子には、是非この機関で試練を乗り越えて、胸を張って軍人になって貰いたい」
「そ、そんな風に考えてくださったんですか……私のこと……」
「勿論だ。君は私が助けた大切な命なのだから」

 果たしてカインはこんな事を言う人だっただろうか。助けられた命を決して無駄に使うことのないよう念を押されているように感じて、エールゼクスは一種の恐怖を感じた。自分でそう思うのと、人から強要されるのはまるで違う。

 きっと、クーデターを経てドルシア総統の右腕になられた事で、カイン様は変わってしまわれたのだ――取り巻く環境によって人間ここまで変わることもあるのだと、そう思うしかなかったのだった。
 変わったのではなく、エールゼクスを救ってくれたあの時のカインは『別人へと入れ替わった』など、当然分かるはずもないのだから。





 カインとの面談を終えたエールゼクスが、ぼんやりと集落を歩いていると、思いがけない人物に声を掛けられた。

「エールゼクス、大丈夫か」

 振り返ると、そこには肩にかかるぐらいの長さで切り揃えられた髪に、片側を三つ編みで結わえた少年がいた。
 エールゼクスが前の班員を失った時に、寄り添ってくれた少年――アードライである。

「大丈夫だよ、アードライ。私、そんなに疲れた顔してた?」
「いや、疲れてるっていうより、落ち込んでいるように見えたから」
「確かにそうかも」
「機関長に何か言われたのか?」

 アードライはエールゼクスの顔を覗き込んで、心配そうに瞳を見つめた。あまりに距離が近くてエールゼクスは頬を赤らめつつも、毅然とした態度で答えた。

「変なことは言われてないよ。どうして私なんかがアードライ達と同じ班になったのか聞いたんだ。そうしたら、ドルシア軍は女性が少ないから、私に軍人になって貰いたい、って」
「その言葉が、落ち込む原因になったのか?」
「……絶対にエルエルフ達に追い付けって、圧力を掛けられてるような気がして……」

 アードライは優しい。ハーノインやイクスアインも勿論優しいのだが、アードライはエルエルフと行動することが多いゆえに、エールゼクスと話す機会はそんなに多いわけではない。優しくする謂れなどない筈なのに、いつも見守ってくれている気がして、距離感があるからこそ、逆にこうして弱音も吐けるのだった。

「ごめんね、変なこと言って」
「いや、変じゃない。エルエルフは機関長から特別な訓練も受けているようだし、いきなり入った君が追い付くのは難しい話だ」
「そうなんだ……手の届かない存在なんだね、エルエルフって」

 エルエルフは意地悪だが、実力は間違いなくある。だからエールゼクスも黙って耐えるしかなく、こうして素直に認めるしかなかった。
 対するアードライはエルエルフを信頼しているらしく、エールゼクスがエルエルフを褒め称えるような発言をすると、決まって嬉しそうな顔をする。それがエールゼクスにとってはあまり面白くないのだが、言うべきことではないので黙っていた。
 そんなエールゼクスの胸中など知らず、アードライは口を開いた。

「手は届かなくても、近付くことは出来る」
「……そうかな?」
「女の子がこの機関で生き残るのは正直厳しいと思う。でも、エルエルフに追い付けるよう必死で頑張れば、生き残る確率は上がる」

 アードライはエールゼクスを鼓舞するように言葉を続ける。

「勿論エールゼクスは頑張る必要があるけど、皆、エールゼクスを見捨てたりしない。危ない目に遭いそうになったら助ける。それが仲間だ」

 カルルスタイン機関の班体制は、連帯責任に重きを置いている。すなわち、エルエルフやクーフィアも万が一エールゼクスが任務で危ない目に遭いそうになった際には助ける必要があるのだ。尤も、あの二人に借りは作りたくないという思いはエールゼクスにもあり、だからこそ足を引っ張らないよう死ぬ気で頑張らなければならないのだが。

「でも、助けて貰ってばかりだと成長しないから、逆に私が誰かを助けられるくらいの気持ちで頑張るね」
「そうやって目的を言葉ではっきり言えるところを、機関長は気に入っているのかもしれないな」

 言葉だけご立派でも、行動に映せなければ意味がない。アードライの言葉を素直に受け止められないものの、否定的なことを口にしては、優しいアードライにも見放されてしまうかもしれない。そう思うと、エールゼクスは何も言えなかった。弱音は吐けるが、それが続いたら相手もうんざりしてしまうだろう。

 とにかく、今自分にできることを精一杯やるまでだ。それが足りないから、こうして色々と悩んでしまうのだ。エールゼクスはそう自分に言い聞かせて、ひとまず目先の目標として、皆の足を引っ張らないように日々訓練に励もう――そう決意したのだった。

2019/10/03

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