キーピング・ユア・ヘッド・アップ

 地方大会が幕を開け、清廉な空気のなか開会式が始まった。プログラムを見ると、県大会の時と同じように個人種目が先に行われ、メドレーリレーはその後に行われるようだ。岩鳶高校の皆が出るのはリレーだけだから、それまでは手持ち無沙汰なのだけれど、個人戦には江ちゃんのお兄さんが出るから、一緒に応援するつもりだ。

 無人島での合宿の時にばったりお会いしたのをきっかけに、自分なりに凛さんの高校のことを調べてみたら、鮫柄学園は私が思っていた以上にレベルの高い強豪校であることが分かった。江ちゃんたち家族と離れて寮生活を送るのも頷けたし、そんな凄い人と一緒に泳いでいた七瀬先輩、橘先輩、葉月くんが、県大会で結果を出せたのにも納得出来た。

 だから、今日は凛さんの素晴らしい泳ぎが見られると思っていた。けれど、私の知らないところで異変が起こっていたのだった。これは私だけでなく、江ちゃんも、岩鳶高校の水泳部の皆も、誰も知らなかったことだ。



「お兄ちゃーん! 頑張れー!」

 鮫柄学園の生徒たちが声を張り上げて応援するなか、江ちゃんも負けじと声を上げる。飛び込み台に立つ凛さんの姿は私も見つけることが出来た。
 凛さんと怜くんが実際に何を話したのかは分からない。そして、怜くんが一時期疎外感を感じてしまった気持ちは理解できる。でも、その問題と、今この場で凛さんを応援するかしないかという事は関係ない。私は部外者なのだから切り離して考えて、今は友人の江ちゃんのお兄さんを応援する、という気持ちでいないと。凛さんとは挨拶を交わしただけだけれど、少なくとも悪い人ではなかったし、逆に良いお兄さんだと思った。それは間違いではないはずだ。

 なんて考えているうちに、会場内にホイッスルが鳴り響いた。選手が皆、一斉にプールに向かって飛び込み、水飛沫が上がる。
 素人の私もでも分かった。
 凛さんの飛び込むタイミングが遅れ、他の選手たちより出遅れたスタートとなった。

 ただ、凛さんは海外留学をして経験を積んでいる、実力のある選手なのだから、この後遅れを取り戻すことは可能だろう。そう思っていたのだけれど、差は縮まることがなかった。
 明らかに様子がおかしい。多分、凛さんの実力はこんなものじゃないはずだ。私自身も内心混乱した状態で、試合はあっという間に終わった。
 結局、凛さんが巻き返すことはなかった。
 たった数分の出来事だけれど、選手は皆この一瞬の為に日々練習を積んできている。それを思うと、凛さんの泳ぎが信じられなかった。

「どうしたんだ? 凛のヤツ……」
「お兄ちゃん……」

 遠目だと詳しい様子は把握できないけれど、プールから上がる事も出来ないくらい疲弊しているように見えた。まさか体調を崩してしまったのか。ここまで来て、どうしてこんなタイミングで――
 ふと、昨日怜くんと何かあったのだろうか、と一瞬思いかけて、心の中で首を振ってそんな有り得ない仮定を脳内から消し去った。いくらなんでも怜くんが、ライバルの足を引っ張るような事をするわけがない。そんな行為はスポーツマンシップからかけ離れている。水泳を始める前は陸上をずっとやっていた怜くんなら、そんな事をするわけがない。分かり切っていることだ。

 でも、凛さんはどうしてこんな状態になってしまったのだろう。
 この時の私はただ純粋に凛さんのことが心配で、この後もっと自分にとってショックな事が起こるなんて、夢にも思っていなかった。




「江、一野瀬さん、これ見て!」
「これって……!」

 個人種目が終わり、まもなくメドレーリレーが始まろうとしている頃。
 千種ちゃんが私たちに見せたプログラムには、メドレーリレーに出場する選手の一覧が載っていた。そこには当然鮫柄学園の名前があり、凛さんの名前も載っているはずだ。それなのに、何度見返しても『松岡凛』という名前がどこにも見当たらない。
 つまり、元からリレーのメンバーから外されていたという事だ。

 私でさえ信じられないと思っているのだから、妹の江ちゃんにとってはどれだけショックな事だろう。お兄さんの努力を、子供の頃からずっと見てきているのだから。
 掛ける言葉が見つからない中、席を外していた笹部コーチが戻って来た。

「駄目だ、どこにも居ねぇ」
「もうすぐメドレーリレーの招集が始まるのに……棄権になっちゃう」
「そんな!」

 岩鳶の水泳部の皆が突然いなくなって、笹部コーチがあちこち探してくれていたのだけれど、まさか見つからないなんて。てっきり皆どこかで願掛けでもしているのかな、なんて呑気なことを思っていたけれど、事態はかなり深刻なことに今更気付いた。
 リレーの開始時刻が迫っている。本当に間に合わなかったら、今までの努力が水の泡だ。私は居ても立っても居られなかった。

「私も探しに行ってきます!」
「一野瀬さん、思い当たる場所があるの?」
「そ、それは、えっと……」

 つい勢いで言ってしまったのだけれど、天方先生に問われてしどろもどろになってしまった。当てなんて何もない。ただ、私が黙って待っていられないだけの話だ。

「『人事を尽くして天命を待つ』――笹部さんが探しても見つからなかったんだから、あとは皆が来るのを待ちましょう」
「……そうします……すみません、天方先生」
「ふふっ、謝らなくていいわよ。心配なのはわかるけど、下手に探しに行って、結局皆間に合ったのに一野瀬さんだけが間に合わなくて皆のリレーを見れない、なんてことにもなりかねないわ」
「そうですね、冷静になります……」

 そう、天方先生の言う通りだ。それに心配に思っているのは皆同じだ。私より、マネージャーの江ちゃんが一番不安に思っているに違いない。お兄さんの事もあるし、私たちが支えないと。部外者の私が焦ってどうするのか。しっかりしないと。

「江ちゃん、皆絶対間に合うよ! 大丈夫!」
「ありがとう、悠ちゃん」
「皆の練習を見て来たから言えるけど、皆が今までの努力を無駄にするわけない。それは、私よりずっと間近で毎日皆を見て来た江ちゃんが、一番分かっているはず」
「……! そうね、悠ちゃんの言う通りね」

 正直言って、皆が間に合うと断言できる根拠はない。こんな大事な時にいないなんて、何らかのトラブルが発生したのだろう。だけど、冷静に考えれば、トラブルがあろうと水泳部の皆が今までの練習を棒に振るような事をするとは思えなかった。



「やべえよ、もう始まっちまう」
「ここまで来て棄権なんて……あっ! 来ました、遙先輩たち!」

 皆ではらはらしていたけれど、リレーの試合が始まる直前に七瀬先輩たちがプールサイドに駆け付ける姿が、遠くからでもはっきりと見えた。

「どうやら間に合ったみたいね」
「良かった〜」

 皆でほっと息を撫で下ろしたけれど、この時はまだ誰も、怜くんが一緒にいない事に気付いていなかった。いないわけがないと思い込んでいて、確かめることすらしなかったのだ。

 橘先輩がトップバッターで、最高のスタートを切った。次に葉月くんへとバトンタッチし、他の選手に抜かれることなく進んでいる。このまま行けば、もしかしたら全国大会に進出出来るかもしれない。

「あいつら、強豪校差し置いて三位って……!」
「すごいわ!」
「自己新ですよ!」

 葉月くんの次は怜くんだ。私は葉月くんの泳ぎをずっと目で追っていて、次に泳ぐのは怜くんだと思い込んでいた。まさか怜くん以外の誰かが泳ぐなんて、誰も思わなかったに違いなかった。

「次は怜だな」

 葉月くんのバトンパスが迫る中、笹部コーチがそう言って、私たちは怜くんがいるはずの場所へ視線を移した。
 けれど、そこにいたのは怜くんではなく、凛さんだった。

「えっ……」
「ええええええっ!?」

 呆然とする私の横で、皆が驚きの声を上げた。

「フリーでいいとは言ったが……フリーダムすぎんだろ……」
「入水角度が五度足りませんがまあいいでしょう」
「って何でお前がここにいるんだよ!」

 更に、ぽつりと呟く笹部コーチの横にいつの間にか怜くんがいて、全員で呆気に取られてしまった。
 けれど、怜くんは至って冷静に、江ちゃんに顔を向けてきっぱりと言った。

「話は後です。今は応援を。江さん」
「……うんっ!」

 怜くんの言葉に江ちゃんは頷き、皆で凛さんの応援を始めた。何が何だか分からないけれど、とにかく今葉月くんからバトンパスを受けて泳いでいるのは凛さんなのだから、応援するしかない。ないのだけれど、私は正直全く頭が働かなくて、応援に集中出来なかった。だって、今泳いでいるのは本来ならば怜くんのはずで、それなのに怜くんは私たちの傍にいて……どうしてこんな事が起こっているのか分からなかった。

 ただ、今確実に言えることは、怜くんは岩鳶高校の水泳部代表としてメドレーリレーに出なかった。
 つまり、今までの怜くんの努力は、水の泡になってしまったという事だ。
 そう思うと、鼻の奥がつんとして、視界が滲んできた。
 どうして私が泣きそうになっているのか、自分でも分からない。当事者は怜くんであって、私はただ怜くんを応援しているだけの存在に過ぎないのに。



 結果は、岩鳶高校が一位だった。凛さん、そしてバトンを受け取った七瀬先輩の泳ぎは他の選手たちを凌駕していた。と言っても、涙で目が潤んでいる状態だったから、ただただ凛さんと七瀬先輩がひとり、ふたりと追い越すのを見ているだけに過ぎなかったのだけど。

「お兄ちゃん……」
「凛のやつめちゃくちゃ早いじゃねーか」
「びっくりしたけど……ちょっと感動しちゃった」
「私もです」

 皆の言葉に、私は同意出来なくて黙っていた。何があったのかは知らないけれど、少なくとも怜くんはこの状況に納得出来ていない筈だ。そう思うと、怜くんを見ることが出来なかった。目が合ったとして、一体何を言えばいいのか分からなかったから。

「本当に、美しいですよ、あなたたちは」

 だから、怜くんが寂しそうに笑みを浮かべながらそう呟いたのも、私の耳には届かなかった。




「はい、という訳で。感動的な試合を見せてもらったけど、あなたたち失格ね」

 もうすっかり夕暮れに染まる、会場の外にて。全ての種目が終わり、他校の選手たちや応援に来た人達が帰路を辿るなか、水泳部の皆は天方先生からお説教を食らっていた。

「ま、当然だな」
「役員の人に叱られて大変だったんだから。よその学校の選手とリレーだなんて前代未聞だって」
「すみませんでした」

 天方先生と笹部コーチ、そして江ちゃんに向かって深々と頭を下げる水泳部の皆。
 失格――つまり折角一位で通過したのに、結局のところ岩鳶高校は全国大会には進出出来ないという事だ。

「でもま、いいわ。無茶と無謀は若者の特権だし」
「なんであんな無茶やったんだよ」

 皆も反省しているし、これ以上叱る必要はないと判断したのか、天方先生は軽く溜め息を吐けばそれ以上追及するのを止めた。代わりに、皆が抱いているであろう疑問を口にした笹部コーチに対して、水泳部の皆は顔を見合わせて、それぞれこう言った。

「それは……決まっています」
「うん、チームは違っても」
「俺たちは」
「仲間だから」

 まるで全員意思疎通しているかのように、はっきりとそう言った四人だけれど、天方先生は首を傾げた。

「どういう意味なの?」

 正直、私も天方先生と同じ感想を抱くしかなかった。と言うより、ただただ納得がいかないという気持ちだけれど。
 私自身、どんな表情をしていたのか自分では分からないけれど、ふと怜くんと目が合って、次の瞬間、怜くんは申し訳なさそうに頭を下げた

「悠さん、申し訳ありません。忙しい中折角足を運んでくださったのに……」
「どうして怜くんが謝るの?」

 何気なく言ったつもりなのだけれど、私の言葉に皆がはっと目を見合わせて、今度は七瀬先輩、橘先輩、葉月くんまで私に頭を下げて来た。

「悠ちゃん、僕からも! 本当にごめん!」
「悠ちゃん、ごめん! 怜のことずっと応援してたのに、僕たちが……」
「ちょっ、待ってください橘先輩! 皆さん全員の事を応援してますっ!」

 葉月くんに続いて言った橘先輩の言葉に、私は顔から火が出そうになるくらい恥ずかしくなって、つい大声で訂正してしまった。いくらなんでもこの場で怜くんの話をされるのは、あらぬ誤解を招いてしまいそうだ。というか、私の今の反応のせいで、先生たちも皆察してしまった気がしないでもないけれど。

「悠」

 七瀬先輩が顔を上げて私の名を呼んで、はっとして平常心を取り戻した

「悠が怜のために今まで頑張ってくれていた事、俺たちも見ていた。だから、怜をリレーに出せなかった事、本当に悪いと思ってる」
「あっ……うう……」

 真っ直ぐな瞳を向けてきっぱりと言われたものだから、何も言い返せなかった。というか、今の七瀬先輩の発言でもう何もかもが皆に知られてしまった。元から私の怜くんへの恋心を知っていた江ちゃん、葉月くん、橘先輩は良いけれど、天方先生と笹部コーチと千種ちゃんは当然、その事は知らないのだ。
 今ので完全にバレてしまった。
 もう、全くもって頭が働かなくなった。

 江ちゃんが「もう、遙先輩〜!」なんて小声で怒っている声が聞こえた気がしたけれど、本当に気恥ずかしさのあまり俯くしかなくて、もう怜くんの顔を見ることすら出来なくなってしまった。

「じゃあ、私たち先に行ってるわね」

 どことなく楽しそうな天方先生の声も、「やるじゃねぇか、この〜」なんて怜くんを茶化す笹部コーチの声も、「江! 後で詳しく聞かせてよ!」なんて言う千種ちゃんの声も、全く把握していなくて、気付いた時には皆いなくなっていて、怜くんと私だけが残されていた。

「あれ、みんなは?」
「先に行かれましたよ」
「ごめん、すぐに追い掛けないとね」

 恥ずかしくてもう顔も見れないなんて思っていたけれど、こんな形で二人きりになるほうが余程恥ずかしくて、私はわざとらしく言えば怜くんの手を取ってそのまま歩こうとした。けれど、怜くんは動こうとしない。

「焦らなくてもいいですよ。ゆっくり行きましょうか」
「でも……」
「悠さんには僕の口からちゃんと説明しないといけませんしね」

 そう言った怜くんは優しい笑みを湛えていて、夕暮れに染まる景色もあってか、なんだか感傷的になってまた涙が出そうになってしまった。いや、だから、私が泣いてどうするのか。しっかりしないと。

「そんな悲しい顔をされると、僕の判断が間違っていたと少しだけ後悔しそうになりますね」
「判断って、怜くんの代わりに凛さんが出たのは、怜くんの意思なの?」
「何とも言い難いですが……とりあえず、歩きながら話しましょうか」

 怜くんは絶対に納得いっていない、なんて思い込んでいたけれど、怜くんの穏やかな表情を見ていたら、やり場のない負の感情が消えていくような気がした。




「確かにあの四人は強い絆で結ばれているんだろうけど、でも、だからって怜くんがこの大会に出られなかったのは、やっぱり納得いかないよ」

 結局、まっすぐ皆のもとに行って合流せずに、会場から徒歩圏内にあった公園のベンチで一休みすることになった。うだるような暑さの夏とはいえ、もうすぐ陽も暮れる公園は空気も澄んでいて、僅かにそよぐ風も心地良かった。そんなシチュエーションなのに、私がひとり怒っている状況は、甘い雰囲気のかけらもないけれど。

「来年こそは僕が岩鳶高校の水泳部として出ますから」
「当たり前だよ。ていうか、今日だって怜くんが出てるのが当たり前なんだからね」
「……悠さん、今日は随分と手厳しいですね」
「普段はあまり怒らないようにしてるけど、今日ぐらいは怒るよ」

 話を聞いて納得はしたけれど……ううん、納得出来ていないから怒っているのだ。好きな人の前でこんな態度見せたくなかったけれど、本来一番怒るべきである怜くんが怒らないのだから、私が怜くんの分まで怒っているようなものだ。

「そこまで僕のことを気に掛けてくださっていたのに、本当にすみません。こんな形で終わってしまって」
「だから、怜くんは謝らないでよ。いや、かといって水泳部の皆や凛さんが謝るのも違う気がするけど……」

 自分でそう言って、だんだん冷静になってきた。今言った通り、誰が悪いという話ではないし、誰かが私に謝るという話でも当然ない。それにもう、怒っても仕方ない事なのだ。岩鳶高校は失格という形で地方大会は終わったのだから。怜くんも、皆、もう来年に向けて前を向いている。ましてや部外者の私が愚痴を零したところで、怜くんも困るだろう。

「……怜くん、感情的になっちゃってごめんね。怒るのはやめる」
「我慢しなくてもいいんですよ。悠さんは忙しい中わざわざ足を運んでくださったんですし」
「怜くんの前であまりみっともない姿見せたくないし……もう手遅れだけど」

 今までは怜くんへの恋心を隠そうとそれなりに気を遣っていたつもりだけど、今更隠す必要もないだろう。七瀬先輩と橘先輩が皆の前で言っちゃったし、ましてや七瀬先輩のあの言い方では、もう特別な感情を抱いていると断定しているようなものだ。
 まあ、こんな風に悪態を吐いていたら、怜くんも私のことを恋愛対象として見れないと思うけど。仕方ない、こうなる運命だったんだ。

「あの、悠さん……不躾なことを聞いてしまってもいいですか」
「駄目です」
「えっ!?」
「不躾なことなら聞かれたくない」
「いや、待ってください! そういう意味ではなく、悠さんの心情を僕なりに解釈した上でお伺いしたいのですが……」

 ちょっと強く言ってみたら、怜くんは慌てふためいてしまった。別に怜くんを困らせようなんて思っていない筈なんだけど。いつも怜くんを弄っている葉月くんの気持ちが、漸く分かった気がした。
 あと、怜くんの聞きたい事は分かっている。でも、何も今この場で話すことではないし、急ぐことでもないし、結論を出すことでもない。
 単に私が怜くんにきっぱりと振られるのが恐くて、逃げたいだけなのだけれど。

「そろそろ皆のところに行こう。待ちくたびれて先に帰っちゃってるかもしれないし」

 私はそう言って立ち上がれば、怜くんの目の前に立って、その手を握った。

「行こう、怜くん。事情、聞かせてくれてありがとう」
「悠さん、僕はまだ話したい事が」
「今すぐじゃなくてもいいよね? 私も少し時間が欲しいっていうか……」
「えっ、あの、それってどういう……」
「怜くんなりの『私の心情の解釈』の話は、また今度……私の心の準備が出来た時に聞かせて欲しいな」

 果たして、振られる覚悟を身に付けて、それを受け入れる日が来るのかは分からないけれど、今は、せめて今だけは、変わらない関係でいたかった。
 大好きな人の晴れ舞台があんな形で終わってしまっただけでも辛いのに、更に私の恋心が砕かれてしまうなんて、ちょっと耐えられそうにないし。つくづく私は自分の事しか考えていない、俗に言う自己中なのだと、また自分の嫌な部分を自覚してしまった。でも、今だけは我儘を許して欲しかった。

「大会も終わりましたし……僕はいつでも悠さんに伝える準備が出来ていますので」

 怜くんはそう答えて立ち上がると、私の手を引いて歩を進めた。恋人になりたいなんて贅沢は言わない。ちょっと仲の良い友達として、こうして手を繋いで歩けるだけでいい。だから、別に私の恋心が怜くんに伝わらなくていいし、逆に伝わらない方が気が楽だ。
 繋いだ手から伝わる温もりが、真夏だというのに心地良い。ずっとこの時間が続けばいいのに。もう陽も落ちて、青から暗闇に染まりつつある空に浮かぶ一番星を見上げて、そんな叶うわけもない事を願ってしまった。

2019/04/20
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