Another Sky



 サマーライブのリベンジとも言える『オータムライブ』の開催が決まり、Trickstarとあんずは一週間ほど学校を休んで、秀越学園でのレッスンに参加する事となった。
 私はその間、夢ノ咲学院に残ってあんずの穴埋めをするつもりだったのだけれど、思わぬ招集が掛かってしまった。

「えっ、私も秀越学園に同行するんですか?」
「先方が何故かそう要望しているんだ。僕としてはあまり行かせたくないのだけれど」

 生徒会室に呼び出された私は、会長直々にそう言われて返す言葉も出て来なかった。

 夏休み中に会長から、他校が私を引き抜こうとしているという話をされた事は、今でも頭に残っている。今のところ特にそんな話もなく秋を過ごしているけれど、会長が『行かせたくない』と言っているという事は、まさに秀越学園が私を引き抜こうとしている話を何処か絵で押さえているからなのかも知れない。

「会長。プロデューサーとしてあんずが同行しますし、寧ろ私が学院を放置して同行するのは理に適わないと思います。先方にはその旨伝えてお断りした方が……」
「そうしたいのは山々なのだけれど、秀越学園は多数のスポンサーと契約を結んでいてね。あくまで夢ノ咲が秀越学園に招待されているという立場だ。あまり我儘を言って、夢ノ咲の悪い噂を流されたら溜まったものじゃないからね」

 会長はそう言うと、悩ましそうに溜息を吐いた。玲明学園との合同ライブの時とは明らかに様子が違う。それだけ、秀越学園は『やり口』が上手いのだろう。どちらの学園が優秀か、という意味ではなく、有力なコネクションを大量に持っているのだろうという事が、会長のように経営に詳しいわけでもない私でも、なんとなく察しが付いた。

「夢ノ咲の名誉の為にも、拒否は出来ないという事ですね……となれば、従うまでですが、ただ私は夢ノ咲を捨てて他校に転校する気は一切ありません」
「樹里ちゃんの意思がそうであっても、周りが君の意思を尊重してくれるとは限らないからね。くれぐれも利用されないよう注意するように」
「はい」
「それと……」

 会長の視線が私から別の方向へと移る。ちなみに今、この生徒会室にはいつもの生徒会メンバー+αが揃っている。『+α』というのは、正式な生徒会役員ではないが、実質彼らと同様に動いている人物だ。

「弓弦も同行するから、出来る限り一緒に行動するといい」
「ゆづ……伏見もですか?」
「これは先方の要望ではなく、弓弦が志願した事だ。樹里ちゃんを派遣する要求を呑む代わりとしても、弓弦が同行するのは打って付けだと思う」
「はあ……」

 同行する事に異論はないけれど、弓弦から志願するなんて不可解な話だ、と真っ先に思ってしまった。弓弦のいる方へ顔を向けると、自然と視線が合った。相変わらず愛想の良い微笑をこちらに向けて来たけれど、一体どういう風の吹き回しなのか。
 私が真っ先に不可解だと思った理由は、一つしかない。

「伏見。桃李くん放置して一週間も他校に同行するなんて、いいの?」
「放置とは聞き捨てなりませんね。姫宮家にはわたくし以外にも使用人がおりますから、わたくしが不在でも支障はありません」
「いや、それよりも伏見が桃李くんの傍に居れなくて大丈夫なのかなって」
「樹里さん、わたくしを何だと思ってるんですか」

 桃李くんの執事を通り越して、過保護すぎる保護者――と言いたいところだったけれど、そこは黙っておいた。当然、不在にしている一週間の間に何度も桃李くんと連絡は取るであろう事は想像に容易いけれど、弓弦自ら桃李くんと距離を置くなど、考えられない。
 私の視線は自然と、弓弦の隣で苦虫を噛み潰したような顔で書類と睨み合っている桃李くんへと向く。

「桃李くん、いいの?」
「あのさぁ、樹里。本当ボク達の関係を何だと思ってるんだ。一週間くらい離れたって平気だよ。それに、弓弦が居ない間好き勝手出来るし――」
「坊ちゃま」
「嘘! 冗談だから! ちゃんと皆と仲良くやるから!!」

 ご主人様がつい零した本音を聞き逃さなかった執事が睨みを利かせる。桃李くんはしゅんと項垂れてしまったが、まあ、私が余計なお節介を焼かずとも大丈夫なのだろう。そう結論付ける事にした。





「それにしたって、伏見……一体どういう風の吹き回しなんだろう」
「それだけ遠矢が心配なんだろ」

 秀越学園へ出向く前日、Trickstarとあんずのいる練習室に顔を出した私は、それとなく心の内の不安を零した。衣更くんは茶化しながら前向きな言葉を返してくれたけれど、どうにも引っ掛かる。

「いや、私が秀越に派遣されるよりも先に、伏見は同行を志願してたみたいなんだよね」
「……つまり?」
「生徒会から命令されない限り、伏見が一週間も授業を休んでまでTrickstarをサポートする理由がない。だから、伏見は別件で秀越に行く理由があるのかも知れない」
「確かに、いつも伏見くんの傍にいる樹里ちゃんが言うと、説得力がある……」

 私が常に弓弦の傍にいるかはさておき、遊木くんは分かってくれたようだ。
 ただ、他にも気掛かりな事がある。

「それと関係しているか分からないけど、秀越って色んなスポンサーと契約を結んでて、そういう関係であまり会長も強く出れなかったみたいなんだ」
「あの生徒会長がか?」
「うん。もしかしたら向こうが汚い手を使ってTrickstarを陥れようとしている可能性もある……だから伏見が探りを入れようとしているのかも」
「うむ、遠矢の言う事も一理ある。芸能界とは元々『そういう所』だからな」

 私の憶測を氷鷹くんは真剣な面持ちで聞いて、否定しないどころか深く頷いた。これから赴く他校の事をあまり悪く言いたくはないけれど、言語化し難いもののどうにも腑に落ちない点が多くあるのだ。
 だが、そうは思わない生徒だって勿論いる。

「もう、樹里もホッケ〜もマイナス思考すぎだよ! キラキラしてないぞっ!」
「いや、氷鷹くんはともかく私はアイドルじゃなくてプロデューサーだから、キラキラしてなくていいんだって、明星くん」
「駄目だって! あんずはプロデューサーだけど、俺たちTrickstarの一員でもある。樹里だって今度こそあんずの力になりたいって思ってるんでしょ? だったら、一緒にキラキラ輝いて貰わないと困るよっ」

 明星くんは少し怒り気味に諭した後、いつもの眩しい笑顔を私に向けて来た。
 その笑顔を見て、はっとした。
 私は元々、サマーライブであんずの支えになれなかったからこそ、次はもう同じ過ちを犯さないと決めたのだ。それなら、今回の『オータムライブ』で一緒に行動出来るのはまさに好都合ではないか。

「明星くん、ごめん! 私、大事なことをすっかり忘れてた……」
「そうそう! それにあんずも樹里と一緒なら、他校でも心細くないだろうし」
「遠矢、アホの明星の言う事は真に受けなくていいぞ」
「こらっ、ホッケ〜! 折角いい感じに話がまとまったのに!」
「大体甘く考え過ぎだ。遠矢の意見はマイナス思考とは言わんぞ。今回ばかりは慎重に行動した方がいい」

 明星くんと氷鷹くんが言い争い(というほど深刻なものではないけれど)を始める中、私はあんずの傍に駆け寄った。

「あんずが学院を留守にする間、私が校内のプロデュース業を回そうと思ってたんだけど……こんな事になっちゃってごめんね」
「ううん、だって秀越学園側が樹里ちゃんに来るよう言っているわけだし、断りようがないよ」
「ありがと。オータムライブが終わって学院に戻った後、一週間分の仕事が溜まってる、なんてことのないように、出来る限り遠隔で出来る事はしておくからさ」
「私の方こそ、いつもごめんね、樹里ちゃん」
「謝らないで、あんずは夢ノ咲を代表するユニットを支えなきゃいけないんだから。あんずに比べたら私の労力なんて大した事ないからね」

 苦笑混じりに謝罪の意を告げるあんずだけれど、確かに前に衣更くんが相談してくれたように、体調があまり良くないように見えた。それを訊いたところであんずは「大丈夫」って答えるだろうから、何も出来ないのがもどかしいけれど……でも、だからこそ今回私が同行出来るのは、少なくともあんずにとっては良い事なのかも知れない。きっとそうだ。そう思う事にしよう。

 かくして、秀越学園で過ごす、短いようで長い一週間が幕を開けたのだった。





 私は弓弦と共に、あんず達とは別行動で一足先に秀越学園を訪れ、一週間後に行われるオータムライブのステージとして使われる予定の会場に足を踏み入れていた。設営はまだ行われていない、まっさらの状態だ。

「かなり大きいね。まあ、色んな学校のアイドルがステージに立つっていうから当然か」
「当初の話とはずいぶん変わりましたね。確かあんずさんは、Trickstarのリベンジマッチと称して企画書を提出していた筈ですが」
「対戦じゃなくて合同ライブになっちゃったね。まあ、その方がギスギスしなくていいのかも知れないけど」
「本当にそうでしょうか。かえってTrickstarにとって不利になる気がしてなりませんが……」

 弓弦の言葉に、まさか、と思いつつも否定出来ずにいる自分がいた。
 前回、Eveの面々は夢ノ咲学院で合同レッスンを行ったが、今回は逆に他校でのレッスンとなる。云わば敵地で一週間を過ごす事となり、さすがに毒を盛られたりはしないだろうけど、嫌な予感が拭えないのは確かだ。それに――

「そういえば、宿泊先をホテルから旅館に変更したのって弓弦だったんだね」
「ええ。勝手ながら」
「いや、『そうせざるを得ない』事情があったんだろうし、弓弦に任せておけば心配ないから別にいいんだけど」
「わたくしの事を全面的に信頼してくださって何よりです」

 弓弦は余裕の微笑を湛えながらそう答えたけれど、余程の事があったのだろうと推察出来た。元々、秀越学園側が私たちの宿泊先のホテルを無償で提供くれる算段となっていたのだけれど、直前になって弓弦が天祥院財閥の息がかかっている旅館に強引に変更したのだ。さすがに多少は揉めたようだけれど、どう考えても先方に問題があるからこんな強引な手段を取ったのだと思わざるを得ない。

「いつも弓弦ばかりに負担を掛けてごめんね。私に何か出来る事があればいいんだけど……」
「いえ、今回はわたくしの独断で動いている事ですから。それに、樹里さんはあんずさんのサポートをする為に来たのでしょう? 樹里さんもまた後悔のないよう、ご自身の為すべき事だけを考えてくださいね」
「うん……」

 まるで「余計な事は考えるな」と言われているような気がした。私が役に立たないという意味よりも、弓弦が全部ひとりで背負って解決する、という意味合いに聞こえた。

 私の与り知らないところで良からぬ事が蠢いているのだろう。知りたくないと言えば嘘になるけれど、下手に首を突っ込んで弓弦の足を引っ張るような事があってはならない。
 弓弦は私と同い年の高校生で、アイドルでもあるけれど、大前提として姫宮家の執事であり、桃李くんをサポートする為に夢ノ咲でアイドルをやっている。
 姫宮家は天祥院家ほどではないけれど、一般家庭とは比べ物にならない程の富豪であることに変わりはない。人の汚さだとか、足の引っ張り合いだとか、そういうものを弓弦だって見て来ているだろう。

 だからこそ、Trickstarの面々が悪に利用されないように、こうしてサポートに来ているのかも知れない。Trickstarは云わばfineの敵であったけれど、何らかの手段で陥れられて夢ノ咲の名に傷が付けば、桃李くんの将来にも関わる。
 ただ、それが理由だとしても、弓弦がここまで協力するのはやっぱり不思議ではあった。だから、きっと他に理由があるのだろう。私には分かり得ない、何かが。

 そんな事を考えていると、制服のポケットに入れていたスマートフォンが突然振動した。夢ノ咲の生徒とはいつでも校内SNSで連絡を取れるようにしていて、私が秀越学園に行っている間も何か相談したい事があれば気軽に連絡するよう皆に伝えているので、全く不思議ではないのだけれど――そう思いながら画面を見ると、送信者は夢ノ咲に残る生徒達ではなく、あんずからだった。

「え?」
「樹里さん、どうかしましたか?」
「今すぐ校舎に来て欲しいって、あんずから」

 さすがに弓弦も不可解に思ったらしく、穏やかな表情が僅かに歪んだ。

「今すぐ、とは何やら物騒ですね」
「理由も書かれてないしよく分からないけど……あんずが嘘吐いたりするとは思えないし、ちょっと行ってくるね」
「承知致しました。お気を付けて」
「……止めないの?」
「少々心配ですが、止める理由がありませんからね」

 弓弦は困ったように眉を下げていたけれど、心配というより『納得いかない』という方が感情を表現する言葉としては近い気がする。
 そういう態度を取られると、私もなんだか不安になってきた。

「何かあったらすぐに連絡するから、助けに来てね」
「ふふっ」
「笑いごとじゃないって、私本当に不安になって来たんだから」

 つい先程まで不機嫌そうにしていたというのに、弓弦は私の言葉を聞くなり笑みを零してみせた。

「ええ。樹里さんに危険が及ぶような事があれば、必ず助けに行きますので、ご安心を」
「……ありがと」
「まあ、さすがに秀越学園も犯罪まがいの事はしないかと存じますが」

 助けに来て、なんて冗談で言ったのだけど、まさか本当にそう返してくるとは思わなくて、少し照れ臭くなってしまった。とはいえ、弓弦の言う通り、いくらなんでも変なことは起こらないに決まっている。
 私は油断してしまっている事を自覚しないまま、その場を後にして秀越学園の校舎へと向かった。前に氷鷹くんが言ったように、芸能界は汚い部分もあると分かっていた筈なのに、既にアイドル候補生を辞めた私はすっかり平和呆けしていて、自分の身に降りかかるとは夢にも思っていなかったのだ。

2019/11/17


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