I Don't Belong Here



 秀越学園の校門に辿り着いた私を出迎えたのは、呼び出したあんずではなく、見知らぬ女生徒達だった。

「遠矢さん、お待ちしておりました!」
「え?」
「遠路遥々お疲れ様です、どうぞこちらへ!」
「あの、ちょっ、待っ……」

 まるで拘束するかのように、私の左右にそれぞれ女生徒達が来て腕に手を回す。私が男子学生ならまさに両手に花の状態と言えるけれど、あいにく私は女だし、というか私の性別がどうであれそういう状況ではない。有無を言わさず女生徒たちは歩き出し、私は引きずられるように秀越学園の中へと連れて行かれた。



「あのう、私、夢ノ咲の子に呼び出されてここに来たんですけど……」
「夢ノ咲の子って『あんず』さんの事ですよね? 私たちが遠矢さんを呼び出して頂くよう頼んだんです」
「ええっ……」

 彼女たちがどういう意図でそんな事をしたのか分からないけれど、少なくともあんずに迷惑を掛けてしまったのは事実だ。後でちゃんと謝らないと。あんずはTrickstarのプロデューサーとして招かれている以上、この校舎内にいるのは確実だ。

「用が終わったらあんずに会わせて貰えますか?」
「勿論です! 私達、別に遠矢さんを監禁しようだなんて思ってませんから! ただ……」
「ただ?」
「夢ノ咲は皆同じ宿泊先なんですよね? それなら、夜ゆっくりお話される方がよろしいかと思います」

 あんずのスケジュールも把握しているけれど、Trickstarとずっと一緒にいるなら夜まで練習でこの校舎に缶詰状態だ。宿泊先に戻った後ゆっくり話す時間なんて、取れるとは思えない。あんずも一刻も早く眠りたいだろうし。
 別に他校の生徒が何か企んでいるとか疑っているわけじゃないけれど、何をするのか確認する必要はある。その権利は私にある筈だ。

「あの、そんなに時間がかかる事って、これから何をするんですか?」
「えっ、遠矢さん聞いてないんですか? 申し訳ありません! 行き違いがあったようで……」
「あ、えっと、本来伝わってないとおかしい事ならこちらに非があるから、あなた達が謝る事じゃないですよ」

 突然驚いた表情で何度も頭を下げるものだから、つい私も下手に出てしまった。そこで私は、漸く大前提として何故自分が夢ノ咲に残るのではなく、ここに来たのかを思い出した。

「ええと……もしかして、秀越学園側から私も来るように要望があった事に関係しているんですか?」
「その通りです! ……が、それしか情報が伝わってないんですね」
「はい、あいにくですが……だから私、どうしたらいいか分からなくて、とりあえず設営に回ろうと思っていたんですけど」

 女生徒たちに引き摺られながら話していると、漸く彼女たちの足が止まった。目の前には閉ざされた大きな扉。その先が何なのか、まるで見当が付かない。
 女生徒のひとりがロックを解除して、扉が開いた。
 扉の向こうは――何の変哲もない、レッスン室だった。

「さあ、どうぞお入りください」
「は、はい……」

 何の疑いも持たずに、彼女たちに促されるままにレッスン室に足を踏み入れてしまった。私が完全に入出したのを見計らって、最後に入った女生徒が扉を閉める。一秒立たずに、自動的にロックがかかるような電子音がした。
 思わず振り返ると、扉付近に解錠用と思わしきモニターがあった。
 ちなみに、私はこの校舎内の出入りが可能なカードキーや端末は一切持ち合わせていない。
 つまり、私が彼女たちの許可なく勝手に逃げ出す事は不可能という事だ。

「あの、それで結局私は何を……」

 決して彼女たちから敵対心は感じられない。寧ろ逆に気を遣われているように感じる。とりあえず恐る恐る訊ねてみると、女生徒たちは満面の笑みを浮かべて、一斉に私に向かって頭を下げた。

「これから一週間、どうぞよろしくお願い致します!」
「えっ? 待って、何が?」
「来たるオータムフェスに向けて、遠矢さんから直々にご指導頂きたく存じます」
「ええっ!? いや、私何も聞いてない!」

 思わず敬語も抜けるぐらいあまりにも唐突な申し出で、私は困惑するしかなかった。

「本当に待って欲しいんだけど、そもそも秀越学園はカリキュラムもしっかりしていて、私みたいなド素人が教える事なんて何ひとつない……と思いますが」
「ご謙遜を! 私たち、元アイドルの遠矢さんにお会い出来る日を楽しみにして来たんです」

 顔を上げてそう言い切った女生徒の言葉に、血の気が引いた。
 知られたくない過去。抹消されたはずの過去。思い出したくもない辛い記憶。
 それをどうして、目の前の彼女たちは当たり前のように知っているのか。



「……さん! 遠矢さん!」

 一瞬意識が飛んでいたらしい。気付いた時、私の周りには女生徒たちが集まっていて、心配そうに私の顔色を窺っていた。

「遠矢さん、私たち何か失礼な事を言ってしまったでしょうか……?」
「……ええと、失礼っていう問題ではなくて……」
「どうしよう……そうだ、七種様に連絡!」

 困惑する私をどう扱っていいのか分からなくなったのか、女生徒のひとりがそう言うと、他のひとりが慌ててスマートフォンで誰かと連絡を取る。『七種様』が誰なのかはともかく、多分、その人が『こうなる』算段を立てたのだと推察出来た。その人が、夢ノ咲でいう会長や副会長のような権限を持っているとしたら、私を秀越学園へ派遣するよう仕向ける事も容易いだろう。ただ、どうしてここにいる生徒たちは当たり前のように私の過去を知っているのか、その答えは出そうにない。

「本当に申し訳ありません、遠矢さん! 私たち、遠矢さんを傷付けようだなんて一切考えていません、本当に……!」
「あの、私が思ってるのはそういう事じゃなくて……」

 あまりにも彼女たちが慌てふためいていて、しまいには泣きそうになっている子までいるものだから、だんだん私が悪い事をしているのではないかという気持ちになってきた。彼女たちのうちひとりが『七種様』とやらに連絡を取った後、ただ謝るばかりという様子から、この場で彼女たちが何らかのアクションを起こしてくれるのではなく、その人がここに来るのを待っているのだろうと予想が付いた。

「えっと、とりあえず私もあなた達を責めるつもりはなくて、ただ……」

 どうして私の過去を知っているのか。誰から聞いたのか。どうやって。訊ねるのは簡単なのに、怖くてその先の言葉が出て来なかった。女生徒たちが言い留まった私の言葉を待とうとした瞬間、扉のロックを解錠する音が聞こえた。
 と思えば、扉のほうへ顔を向けた時にはすでに、新たにここに来た生徒がずかずかと歩を進め、瞬く間に私の目の前まで来た。
 女の子たちに囲まれてたせいか、その『七種様』もてっきり女生徒なのだと勝手に思い込んでいたけれど、違った。

「いやいや、何やら手違いがあったようで申し訳ありません! 遠矢さん、顔色が優れないようですが、彼女たちが何か不躾な発言でもしましたでしょうか? であれば厳重に注意し、然るべき処分を致しますので!」
「あっあの、待ってください! この子たちは何もしてませんっ!」

 眼鏡の奥で目を細め、愛想の良い笑みを作る男子生徒が一方的に捲し立てるように喋り、とりあえず私は女生徒たちが誤解されるような事があってはならないと、慌てて声を上げた。厳重な注意や処分って。そんな物騒な言葉を聞いて、庇わないわけがない。現に何もされていないのだし。

「遠矢さん、外部関係者だからといって遠慮はなさらないでくださいね。我が秀越学園の特待生が他校の生徒に無礼を働いたとなれば、それなりの処分が必要になりますので」
「いえ、本当に違うんです! ただどうして皆私の過去を知ってるのかって、不安になって……ただそれだけなんです」

 このままだと彼女たちが無実の罪に問われてしまう。そう思った瞬間、恐れも吹き飛んで自然と疑問を口にすることが出来ていた。
 一度口にしてしまえば、どうして恐れを抱いてしまっていたのだろうと冷静になれた。私の過去が夢ノ咲で伏せられているのは、周囲の気遣いによるものだ。別に誰かが漏らしたからといって、犯罪でもなければ倫理に反した事でもない。

 それに、この秀越学園は様々な企業とのコネクションを持っていると有名だ。系列校との繋がりも強固であり、玲明学園の特待生はこの秀越学園に転学し、更に上を目指せるというシステムもある。
 横の繋がりはこの世界において重要だ。決して夢ノ咲が劣っているとは言わないけれど、玲明学園や秀越学園の方がやり手なのだ。
 だから、何らかのルートで私の過去の情報を入手していたとしても、おかしくはない。そう結論付けると、漸く狼狽えた気持ちが落ち着いてきた。

「要するに遠矢さんには何も情報が伝わっていなかった、という事ですね。いやはや、大変失礼致しました! この七種茨、あってはならない不手際を何とお詫びしたら良いか……」
「いえ、いいんです。逆に夢ノ咲側で情報共有が為されていなかった可能性もありますから」

 証拠がない以上、一方的に相手を悪く言うのもどうかと思うし、そもそも私の過去が知られている件を『悪い事』というのは違うと思うし、それに情報共有が上手くいっていなかった事だって、これから説明を受ければ良い話だ。こうも過剰に謝られると、不可解な事があっても「もういい」という気持ちになってしまう。
 それが相手の狙いだとは、私は全く気付かなかったのだ。それよりも早く用事を終わらせてあんずに、弓弦に、夢ノ咲の皆に会いたいという気持ちに囚われていた。

「それで、私は何をすればいいんですか? 指導して欲しいって言われても、今初めて知ったんです。何も準備してきていませんし、お役に立てないとは思いますが」
「構いませんよ! あ、いえ、役に立たないという事ではなく、遠矢さんが前もって準備して頂く必要はないという意味ですので!」
「は、はあ……ですが……」

 構わないとは言っても、いきなり見知らぬ生徒を指導しろなんて言われても、一体何をしろというのか。それに七種くんが『特待生』という言葉を発したことから、彼女たちも特待生なのだと分かった。そんな優秀な子たちに、アイドルの道を諦めた私に教えられる事など何もないだろう。

「夢ノ咲で行っている事をそのままして頂くだけで結構です。万が一足りないところがあれば、彼女たちと相談しながら進めてください」
「本当にそれだけでいいんですね? 分かりました……役に立たないとは思いますが……」
「ああっ、自分の言い方が拙かったでしょうか? 講師と同じようにやれという事ではなく、あくまで夢ノ咲学院と我が校が友好を深める事が目的です。という訳ですので、リラックスして楽しく進めて頂いて結構ですので!」

 七種くんは困ったように笑みを浮かべながら、言葉を選んで話しているように感じた。こんな事になった意図が全く分からないままだけれど、ひとつだけ言えるのは、とにかく今日は彼女たちをプロデュースしなければならないという事だ。
 本当に役に立たないと思うから、彼女たちには申し訳ないけれど、こんな事を企んだ人を恨んで欲しい。誰かは知らないけれど。この七種くんが仕掛け人なのかも知れないけれど、こんな事をする理由がない。

「……分かりました。至らない点が多々……というかほぼ至らないと思いますが、よろしくお願いします」

 とりあえず、私は女生徒たちに向かって頭を下げた。すると皆慌てて駆け寄って来て、次々に声を掛けて来た。

「遠矢さん、頭を上げてください! 至らなくなんてないですから!」
「遠矢さんからご指導頂く立場ですが、分からない事や困った事があれば何でも仰ってくださいね」
「これから一週間、楽しく過ごしましょうね」

 最後の言葉に、私は我に返った。
 そうだ。そういえばこの部屋に来た時、真っ先に「一週間よろしくお願いします」と言われたんだった。
 一週間後にはオータムフェスが控えている。
 ……何となく、嫌な予感がする。
 考えたくないけれど、もう答えは出ている。今回の『オータムフェス』は玲明学園とのサマーライブとは違い、様々なアイドル達が舞台に上がるという。今目の前にいる彼女たちも出場するのだろう。
 そこで、どういう意図かは知らないけれど、私を言わば監督役に宛がう事にした、と。
 本当に意図が分からない。友好を深めるだけなら、Trickstarやあんずがいるというのに。

「では、自分はこれにて失礼致します! 皆さん、遠矢さんに粗相のないようお願いしますね」
「はい!!」

 七種くんは女生徒たちにそう告げて、レッスン室を後にした。いなくなった瞬間、室内の空気が一気に緩んだ気がする。悪い人ではない、と思うのだけれど、なんとも圧迫感を覚えるというか、失礼だけれど気を許してはいけないような感じがするのだ。過ぎてみると、一方的に話を持っていかれたような気もするし、そもそも私の過去を何故皆が知っているのか、という疑問はまるで解消していない。

「では、遠矢さん。七種様も『リラックスして楽しく』と仰っていましたし、まずはお茶でも飲みながら一週間の計画を立てませんか?」
「え? は、はい!」
「緊張しなくても大丈夫です! 遠矢さんは、『いつも通り』でいてくださって結構ですので!」

 そう言われても、そういう訳にはいかない。オータムフェスまでの間、とんだ苦労が舞い込んで来てしまい、私は場の雰囲気を悪くするわけにはいかず、なんとか笑みを作ってはみたものの、不安でいっぱいだった。夢ノ咲では、困った時はいつでも弓弦が傍にいたというのに、ここではそういう訳にもいかない。
 私にとって果てしなく長く感じる、そしてこの先の運命が大きく変わるきっかけとなる一週間が、こうして慌ただしく始まったのだった。

2019/11/30


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