Libella Swing



 DDDまでの日々は、カウントダウンする暇もなく凄まじい速さで時を刻んでいった。本番が近付くにつれて副会長の愚痴も増えていき、ちょっと苛々してるかなと感じることはあっても、どうという事はない。
 むしろ出来ればこのまま生徒会の役員にして貰えないかなあ、そうすれば箔も付いてプロデュース業もやりやすくなるかもしれないし、なんて調子の良いことまで考える始末だ。

 夢ノ咲学院でプロデュース業だけでなく生徒会に携わっていたという経歴があれば、どんな進路を選ぼうと有利に働く。やっておいて無駄なことはないし、無駄になるかどうかは自分次第だ。何もかも損得勘定で考えるのは良くないけれど、多少は狡賢くなったって罰は当たらない。
 そう言ったのは、ここ数日の私の変化を見た両親だ。芸能界自体が魑魅魍魎とした世界なのだし、裏方とはいえもう少し私も図太く生きた方が良いという、両親なりの助言なのだろう。


「遠矢! おいっす〜」
「あ、衣更くんおはよ。朔間くん……は夢の世界っぽいね」
 朝から教室で資料整理やら予習復習やらに明け暮れていると、朔間くんを背負った衣更くんに声を掛けられた。その光景を初めて見た時はびっくりしたけれど、早くも慣れつつある自分がいる。

「ほら、凛月。いい加減起きろよ。遠矢も呆れてるぞ」
「えっ、いや私は別に」
「ふぁあ…ふ…、呆れられることなんてしてないんだけど…」

 朔間くんは欠伸をしながら覚醒すると、衣更くんに絡めていた腕を解き、ふらつきつつ自身の足で立った。その動作はどう見ても覚束なくて、他人事ながら心配に思ってしまう。

「朔間くん、大丈夫? 辛いなら少し保健室で休んだ方が」
「うるさいなあ、ほっといて……あんたに言われなくても、自分のことはちゃあんと分かってるから……」
「そ、そうだよね、ごめん」

 きっと重度の低血圧かなにかで、本当に朝が辛いのだろう。確かに休んでどうなる問題ではない。厳しいことを言うけれど、体質がどうであれ、全ての生徒が平等に同じ時間にカリキュラムを消化しなければならないのだし。

「それより、あんたこそ大丈夫なの」
「え? なにが」
「『そうやっていつも私のこと馬鹿にして〜!』」

 血の気が引いた。
 朔間くんはまるで猫の鳴き声みたいな甘ったるい声でそう言った後、私をじっと見つめて小馬鹿にするようににやりと笑ってみせた。

「本性バレちゃったけど、大丈夫? 人の心配より自分の心配したら?」
「おい、凛月。本性とかそういうんじゃなくて、気心知れた奴とそうじゃない奴の前では態度も変わるだけの話だろ。だよな、遠矢?」
「うん。って、え、ちょっと待って。衣更くん、『気心知れた奴』って誰のこと言ってる?」
「誰って、そんなの決まって――」

 衣更くんが聞き捨てならないことをさらりと言った気がして、念の為問い詰めようとしたら、その返答は遮られた。よりにもよってあいつに。

「おはようございます。随分と楽しそうですね、何の話ですか?」
 いつ教室に入って来たかも分からず、まるで初めからここにいたかのように、彼は何食わぬ顔で私の顔を覗き込んで来た。

「おはよ、伏見。別になんでもないから」
「へえ、なんでもないんだ」
「ちょっと、朔間くんは黙ってて」
「は? 俺、あんたより年上なんだけど。先輩に対して態度がなってないんじゃないの」
「す、すみません」

 朔間くんに茶々を入れられてへこへこと謝る私を、彼は物珍しそうに凝視している。頼むから早々に目の前から去って欲しいのに。ああもう、朔間くんってば余計なことを。

「樹里さんが言いたくないのであれば、無理に聞き出すつもりはありませんが……」
「いや、別に隠すような話じゃないからな? 伏見と遠矢は仲良いな〜って話を」
「してないから! 衣更くんも変なこと言わないで!」
「うるさいなあ、ま〜くんに突っ掛からないでよね」


 朝からどっと疲れた。折角いつもより早く登校して色々作業しようと思っていたのに、結局何も進んでいない。
 それもこれも変なタイミングで彼が現れるからだ。普通の会話で終わる筈が、彼が来たせいで変に動揺してしまったし。衣更くんは変なことを言うし、朔間くんには睨まれるし、散々だ。
 どうせその張本人は、我関せずって感じでしれっとしているんだろうけど。私だけむきになって馬鹿みたいじゃないか。そう思うと悔しくて、つい彼を睨み付けた。

 睨み付けたは良いものの、彼の顔はいつもみたいな余裕綽々の微笑じゃなくて、どこか寂しそうな気がして、なんだか拍子抜けしてしまった。練習の疲れが顔に出ているのか、それともただの私の勘違いなのだろうか。





「ごめんな、遠矢」
「何が?」

 生徒会の手伝いが早くも日常となりつつある放課後、副会長の命令で衣更くんと共に荷物運びをしていると、突然謝られて、何のことか分からずに首を傾げてしまった。

「凛月のやつ、ちょっと当たり強かっただろ」
「ああ、別にどうって事ないよ」
「え?」
「え、そんな驚くこと?」
「いや、てっきり怒ってると思ったからさ」

 すっかりヒステリックな女だというイメージが付いてしまったらしい。それもこれも全部伏見のせいだ。あの日教室で伏見と会話さえしなければ、私のイメージはもうちょっとマシだったに違いない。今更後悔したって遅いから、最近はなるようになれって感じになっちゃってるけど。

「あんなのただの言葉遊びでしょ。無視されるよりからかわれる方がかえって気が楽だし、全然気にしてないよ」
「じゃあ、なんで伏見にはあんな態度取ったんだ?」
「え?」
「伏見に気を許してるのは分かるけど、別に隠すような話じゃなかったし、あんな風に突き放さなくても良かったんじゃないか? そういうの、傍から見て快く思わない奴もいるかもしれないしさ」

 そこでその話を持ってくるか。
 確かに、周囲の目は気にしないといけない。特定の誰かを特別扱いするのも駄目だし、逆に特定の誰かを邪険にするのも駄目だ。というか、たぶん、後者の方がタチが悪い。

「うん、衣更くんの言う通りだ……伏見に会ったら謝っとく。……いや、でも下手に謝ってまた何か言われたら嫌だし……ううん、嫌とか言ってられないんだけど」
「普通にしてればいいだろ、いつもみたいに笑顔で」
「え、私、今でも前みたいに笑えてる?」

 衣更くんがどの時の私を想像して言ったのか分からないけれど、今出来ていないことを『いつも』とは称さない。案外、意識しなくても自然と笑顔を作れるようになったんだろうか。

「ていうか逆に、前より明るくなったと思うけどな。遠矢って最初の頃はなんとなく自分から壁作ってる感じだったけど、今は全然そんな事ないし。だから凛月も今のおまえの方がいいって言ってたって、前に話しただろ?」

 壁を作っていることは鳴上くんにも指摘されたけれど、素を出しすぎてしまったばっかりに幻滅した人がいるのもまた事実だ。まあ、これからがむしゃらに頑張っていけば、きっと汚名返上も叶うに違いない。そういう気持ちでやっていかないと。

「朔間くんの言葉はお世辞かと思ってたよ」
「あいつがお世辞言うように思うか?」
「……思わない」
「だろ? ま、遠矢が今朝のこと気にしてないなら良かったよ」

 この話はここで終わったけれど、心に引っ掛かるものを感じずにはいられなかった。曲がりなりにもプロデューサーなんだから、これからは人によって態度を変えたら駄目だ。話し易い生徒とそうでない生徒、苦手な生徒となんともない生徒。誰に対しても分け隔てなく接しなくてはならないのに、今の私はどう見てもそれが出来ていない。ちゃんと改めないと。





「樹里〜!!」
「姫宮くん」
 生徒会の手伝いを終えて、すっかり日も暮れた頃。廊下で姫宮くんとばったり出会って、目が合うなり天使のような笑顔でぱたぱたとこちらへ駆けて来た。当然その後ろには彼も当たり前の様にいる。

「遅くまでお疲れ様です、樹里さん」
「二人こそお疲れ様。今帰るとこ?」
「いえ、わたくしたちはまだ残って引き続き練習に励みます。今は少し休憩しているところです」

 もう随分と遅い時間なのに。私のほうも生徒会の仕事は溜まる一方だし、最近は少しだけ副会長に対して強引になって、居残る時間を増やすようになったけど、それよりも更に残るなんて。私はそもそも楽な作業しか出来ないからまだいい。彼らはまもなくDDDに参加するのだから、あまり無理をされても困るのだけれど。

「頑張るのはいいけど、体壊さないでよ?」
「体調管理はしっかりしておりますのでご心配なく。樹里さんこそ、あまり無理はなさらないでくださいね。正直この時間まで残られていて驚きました」
「無理する程のことは何もしてないから。ていうか、させて貰えないし」
「わかります、役員ではないわたくしも権限がありませんし、副会長さまも樹里さんに頼みたくても頼めない仕事が山のようにあるのでしょう」

 お互いに深い溜息を吐いたところで、はっと冷静になった。雑談をする前に、まず言わないといけないことがある。

「あ、あのさ、伏見」
「こら〜!! 二人ともボクを放置するな〜!!」

 言おうとしたところで、姫宮くんが割って入って彼の体をぽかぽかと叩いた。確かに姫宮くんにしてみたら面白くないのはとても分かる。申し訳ないことをしまった。そもそも明日も教室で彼に会えるのだし、今無理に言う必要はない。

「ごめんね、姫宮くん」
「分かればいいの。ねえ樹里、DDDではボクたちの事を一番に応援してよね!」
 誰に対しても平等に接すると決めた矢先に、意志が揺らいでしまいそうになった。私はどうも姫宮くんの笑顔に弱いらしい。
「うう……」
「樹里! 返事は?」

 私は平等に接するって決めたんだ。例え目の前に天使がいようとも。って、そもそも姫宮くんは人間だから。天使じゃなくて天使の様な人間だから。しっかりして、私。

「――あのね、姫宮くん」
「坊ちゃま、その辺りにしておきましょう。樹里さんも困っているご様子ですし」
「ええ〜? 樹里、ボクたちの事嫌いになったの?」
「そんなわけない!」

 つい条件反射で叫んでしまったせいで、姫宮くんも彼もきょとんとしている。彼はともかく、姫宮くんの悲しそうな顔を見ると心が苦しくなるけれど、特別扱いしては駄目だ。

「嫌いになるわけなんてない。けど、私もこれから一応プロデューサーとして色々動いていくことになるし、誰かを特別扱いしたら、示しが付かなくなると思うんだ」
「それって、会長……英智さまも特別じゃなくなるって事?」
「それは……」

 どう答えたらいいんだろう。正直、学院の頂点にいる『皇帝』を、他の皆と同一視するなんて出来そうにない。でも、そう心掛けないといけない。何故なら、姫宮くんの隣にいる彼に、ついこの間それを指摘されたばかりだからだ。

「ねえ、樹里。もしかして誰かに余計なこと言われたの?」
「えっ、なんで」
「だって、あんなにキラキラした目で会長のこと見てたのに、おかしいよ。……樹里、最近サルと仲良いよね? まさかあいつ、樹里を裏切らせるつもりじゃ……」
「待って姫宮くん、何の話?」
「折角生徒会に引きずり込んだのに、ボク達の苦労が全部無駄になるじゃん! うう〜っ、やっぱりあのサル信用出来ないよ!」

 何の話か分からないけれど、これだけは分かる。姫宮くんは何か盛大な勘違いをしている。というか、サルって誰だ。最近仲良いって言われても、ここのところ色んな人と話すようになったし、かと言ってそれこそ特定の相手と親しくなんてした覚えはないし。それどころか、無意識に姫宮くんを特別視してしまっているくらいなのに。

「あの、姫宮くん、何か誤解してるみたいだけど――」
「すみません、坊ちゃま。樹里さんに釘を刺したのはわたくしです」
「はあ!?」

 素っ頓狂な声をあげたのは姫宮くんだ。怒りの形相で彼を見上げたけれど、何を思ったのか徐々に青ざめていき、再び私に顔を向けた時には、困惑の表情に変わっていた。

「あのね、樹里、違うの、ボクたち、そんなんじゃ」
「姫宮くん、落ち着いて」

 姫宮くんが今にも泣きそうな顔をしていたから、無意識に傍まで近寄って、あやすように髪を撫でてやった。我ながら馴れ馴れしすぎるとは思ったのだけれど、今姫宮くんが泣きそうになっている原因に私が関係しているのなら、放ってはおけない。

「よく分からないけど、ていうか本当に私分かってないから、気にしないで? ほら、私馬鹿だからさ、あはは」

 そう言って気の抜けた笑みを零すと、姫宮くんの顔が少しずつ明るくなっていく。頃合いを見計らって撫でていた手を放して、傍にいる彼をちらりと見遣った。若干目が据わっている気がした。まずい。姫宮くんに馴れ馴れしくしたせいだ。面倒なことになる前に退散した方がいい。

「じゃあ、そろそろ帰るね。二人共引き続き頑張ってね。無理はしないようにね」
「樹里……」
「ん?」
「ボクたち……ううん、会長の、英智さまの味方でいてくれるって約束してくれる?」

 どう返していいものか迷ったけれど、彼が何も横槍を入れて来ないところを察するに、今この瞬間だけは、誰かを特別視するなという苦言は無効と判断して良いに違いない。後で何か言われたら、その時はその時だ。

「うん、約束する。私も英智さま……えっと、会長のファンみたいなものだし」
「えへへっ、ありがとう樹里!」
「わっ」

 一気に表情を明るくさせた姫宮くんに抱き付かれて、予想もしなかったからバランスを崩しそうになってしまった。その瞬間、ずっと無言で佇んでいた彼の顔が一気に歪んだのを見てしまい、本当に血の気が引いた。
 やばい。殺される。本能がそう告げている。今すぐ逃げたい。逃げないと。

「あの、姫宮くん、私、帰らないと」
「あっ、ごめんね」
 姫宮くんは名残惜しそうに腕を解いて、上目遣いでこちらを見つめている。普段の私なら可愛いなあと見惚れてしまうところだけど、すぐ傍で殺気を放っている男がいるので、今ばかりは呆けてはいられない。

「じゃあ、二人とも頑張ってね!」

 なんとか笑顔を作ってこの場を走り去ったけれど、明日教室で彼に会うのが嫌で仕方がない。何を言われるか分からないし、私の心の平穏の為にも、とりあえず姫宮くんとはそれとなく距離を置いた方が良いのかもしれない。
 結局、彼に謝りそびれてしまったけれど、まあいいか。どちらにせよ明日何らかの嫌味は言われるのだろうし、まとめて謝ってしまえばいい。





 校舎を出てどっと溜息が出た。
 もう四月も中旬を過ぎているというのに、桜はまだ咲く気配を見せない。毎年この季節には桜は満開で、この学院も桜に因んだ『桜フェス』というライブを大々的に開催しているのだけれど、今年は一体いつになるのだろう。DDDを急遽開催することになったから後倒しになってはいるけれど、肝心の桜が咲かなければフェスの名称の意味もなくなってしまうし。早く咲いてくれればいいのに。

 遠くからほんの少し漂う潮の香りが、疲れた心を癒してくれる。この学院の傍には海があるので、そのうち寄りたいと思ってはいるものの、用事もないので未だその願いは叶っていない。もう少し色々と落ち着いて、私も学院生活に慣れないと難しそうだ。今なんか、早く家に帰ってお風呂に漬かりたい気持ちでいっぱいだし。

 そんなことをぼんやりと考えながら帰路を辿っていると、突然静寂は破られた。

 柴犬が息を切らしながらこちらに向かって駆けて来て、私の足元をくるくると回りだしたのだ。
 よく見ると、その犬はリードのある首輪を付けている。飼い主の手を離れて逃げ出したのか。
 犬は特別好きって訳ではないけれど、嫌いでもない。飼い犬である以上、放っておくわけにはいかない。とりあえずしゃがんで、犬の頭を撫でてやった。

「おまえ、ご主人様のもとから逃げ出して来たの? 駄目だよ、ちゃんと言う事を聞かないと」

 果たして犬に人間の言葉が通じるのかは知らないが、私が撫でると気持ち良さそうにしている。落ち着きはないけれど、随分と人懐っこいし、こうして間近で見るととても可愛い。犬派とか猫派とかよく言うけれど、どちらでもない私があっさり犬派に転びそうなくらいには、とっても可愛い。

「とりあえずご主人様を探さないとね。よいしょ……うわ、重っ、無理」
 抱っこしようとしたものの、予想を遥かに超える重量だったので即座に断念した。一体何を食べさせたらこんなに丸々と太るのか。そもそも私の知っている柴犬はこんなフォームではない筈だけれど――
「ひっ」
 今度は頬を舐められて、バランスを崩して思い切りアスファルトの上に倒れてしまった。痛い。そんな私の気持ちなんてお構いなしに、お腹の上にずしりと重いものが乗っかかって来る。
「ぐえっ」
 重心がお腹から鎖骨あたりまで移って、ひたすら顔を舐められていて声も出せずにいると、遠くから足音が聞こえて来た。どうか飼い主であって欲しい。さすがに辛くなってきた。

「おーい! 大吉〜! あっ、いた!」
 駆ける音が一気に響き、気付いたら足音が止まり、私の上に乗っかっていた重量物もひょいと揚げられて漸く開放された。深呼吸した後で、つい大きく溜息を吐いてしまった。
「ごめんね、大丈夫? 怪我してない?」
 飼い主らしき人物が、リードを持っていない方の手を差し出してきて、疲れ果てているのもあって甘んじてその手を取った。ゆっくりと身体を起こして、街灯に照らされた相手の顔を見遣った。どこかで見た気がする。

「ありがとうございます、怪我はしてないので大丈夫です」
 そう言うと、相手は大きな目を更に見開いて、私の顔をまじまじと見つめてきた。ふと、相手の服に視線を移して理解した。うちの学院、それもアイドル科の制服だ。色んなユニットの情報を頭に叩き込んでいるところだから、どこかで見たのは気のせいではなかったのだ。

「夢ノ咲のアイドル科の生徒……ですよね? ごめんなさい、暗くて顔が見えないからあなたの名前が分からなくて」
 私のこの発言のせいだろうか、相手の顔に怒気が帯びている気がした。しまった、私から先に名乗るべきだった。順番を間違えてしまったけれど、とにかくこれ以上気を悪くさせないようにしないと。

「あの、私はプロデュース科の遠矢樹里と申します。二人いるうち目立ってない方の。あはは」
「――やっぱり、きみが樹里」
「はい?」
「俺はTrickstarの明星スバル。お願い、樹里。俺の話を聞いて欲しいんだ」

 真剣な眼差しになってそう懇願した明星スバルという少年は、言葉とは裏腹に絶対に私の手を放さない、拒否権はないとばかりに強く握り締めていた。
 その名前を聞いて、どこかで見た顔どころかよく知っている顔じゃないかと、自分の愚かさを嘆いた。何せ相手は明らかに、生徒会――英智さまと敵対する存在なのだから。

2017/07/26


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