Catgroove



 英智さまのDDD開催宣言から一夜明け、翌日登校した時には、もう学院中がその話題で持ちきりだった。流石にTrickstarの快挙が忘れられた訳ではないけれど、B組のプロデューサーは役立たずなんて声が自分の耳に入ることは暫くなさそうで、正直ほっとしている。
 でも、当然このままで良いわけがない。私も少しでも早く何か結果を出さないと。朝の教室でひとり自席で悶々としていても、答えは出ないのだけれど。

「おはようございます、樹里さん」
「ひえっ」

 彼が気配を消して近付いたのか、それとも私がぼうっとしていただけなのか。どちらにしても、いい加減学習しなければ、この男と顔を合わせる度に驚いていては心臓がもたない。咳払いして気を取り直せば、私の真横で立っている声の主を見上げて、わざとらしく笑顔を作ってやった。

「おはよ、伏見」
「お目覚めになられたようで何よりです」
「は?」
「随分とぼんやりされておりましたので、てっきり目を開けたまま寝ていらっしゃるのかと……」

 そんな馬鹿な話があるかと普段なら言い返せるのに、今日の私はやっぱりぼうっとしているみたいだ。余程呆けた顔をしていたから、そんなことを言われるんだろう。

「そんな風に見えたんだ。私、もっとしっかりしないと駄目だね」
「おや? 冗談ですよ」
「……え?」
「冗談も真に受けるようでは、やはり今日の樹里さんは本調子ではなさそうですね。本日の放課後から正式に生徒会のお手伝いをするという話ですが、ご無理はなさらない方がよろしいかと存じます」

 開いた口が塞がらない。言葉のアヤではなく、今の私は羞恥と怒りのあまり口を半開きにして唖然としている。本当にこの男と来たら、どこまでも人を馬鹿にして。

「まあ、今のわたくしの発言であからさまに嫌な顔をする判断力があるなら、大丈夫そうですね」
「ふ……」
「はい?」
「伏見〜!!」

 もう我慢ならない。この男は、虫一匹殺さないような爽やかな笑顔とは裏腹に、朝っぱらから人を弄り倒して。私のことを見下すのも大概にしろと言いたい。一気に頭に血が昇ってしまった私は、周りの目を気にするという基本中の基本を忘れ、椅子から立ち上がってついうっかり声を上げてしまっていた。

「そうやっていつもいつも! 私のこと馬鹿にしてっ! 私が下手に出れば尚更つけ上がって!」
「『つけ上がって』とは聞き捨てなりませんね。わたくしは樹里さんの為を思って、時には心を鬼にしているだけなのですが」
「『時には』? いつもでしょ? 私の為を思ってなんてどの口が言ってるわけ?」
「この口ですが何か? 大体、優しくしたところで真っ向から拒否されるではありませんか。樹里さんがいつも素直なら、わたくしとて態度を改めます」
「嘘ばっかり! 昨日だって素直になった矢先にあんな態度取ってきた癖に! もう、謝って損したんだけど!?」

 売り言葉に買い言葉だけれど、このまま長期戦になれば、残念ながら私に勝ち目はない。言葉を返すうちに気付かざるを得なくなるのだ。伏見弓弦の発言は全面的に正しい、と。
 きっと傍から見たら、私が勝手にヒステリックに怒っているだけ。そう、傍から見たら――


 今の今まで忘れていた。ここは教室だということを。


 恐る恐る、教室を見渡す。当たり前だけれど、クラスの皆が私を見ている。ほぼほぼ皆唖然とした顔だ。
 影片くんは大きく目を見開き、衣更くんもぽかんと口を開けている。衣更くんの傍にいる朔間くんは、低血圧なのかいつもこの時間は本当に寝ていることが多いにも関わらず、まるで珍獣を見るような目をこちらに向けている。いつも私に対して舌打ちか「うぜぇ」と言って来る(ので気持ち距離を置きがちな)大神くんですら、物珍し気な顔で凝視している。

 最悪だ。最悪すぎる。私が今まで必死で取り繕って来た、愛想だけが取り柄の新米プロデューサーという虚像はいとも簡単に崩れ落ちてしまった。役立たずの上怒りっぽいって、どう考えても誰も近寄りたくない存在だ。
 ああ、こんなことになってしまったのも全部、何もかも伏見弓弦のせいだ。私が今この瞬間大恥をかいているのも、例年に比べて桜の開花が遅いのも、空が青いのも、何もかも!

 ……なんて現実逃避をしても無意味すぎる。どう考えても何もかも私が悪い。

 もう、過ぎてしまったことは仕方がない。これからがむしゃらに頑張って汚名返上するしかない。どんなに性格に難があろうと頼りになる存在になれるよう……ハードルが高過ぎる。でも、やらかしてしまったものはどうしようもないのだ。

 ふと顔を向けた先に鳴上くんがいて、やっぱり驚いた顔をしていたけれど、私と目が合った瞬間微笑んでくれた。これまでの私の発言を聞いてどう感じたかは分からないけれど、多分、昨日の対話は無駄ではなかったと思ってくれている。そう願いたい。
 仕方ない。鳴上くんの女神のような微笑みに免じて、折れよう。それしかない。

「お騒がせしました……伏見くんは何も悪くないです、悪いのは全部私です、桜の開花が遅いのも、空が青いのも、何もかも私が悪いんです……」

 言いながら力なく席に着いて、恥ずかしさのあまり机に額が付く勢いで項垂れる私に、こんなことになった原因を作った張本人は、実に温和な声色で言葉を紡いだ。見てないけど、きっと良い笑顔をしているのだろう。

「こちらこそ言い過ぎてしまいましたね、申し訳ありません。放課後の生徒会のお手伝い、頑張ってくださいね、樹里さん」

 その発言で衣更くんがまるで牽制されたかの如く、表情を一気に暗くさせたことなど、自分のことしか頭にない私には気付ける筈もなかった。気付いたからといって、無力な私では何も出来なかったことぐらい、分かり切ってはいるけれど。





 久々に一日が物凄く長く感じた。こんな感覚は転校初日以来だろうか。当然、心境は当時と全く違うけど。初日はまだ若干希望はあった気がするけれど、今日は希望も何もあったものではない。唯一気が休まるお昼休みですら、周りの視線が今までかつてない程気になって、食事を味わう余裕もなかった。残さないで食べたけど、食べた気がまるでしない。

 そして、漸く訪れた放課後。長かった。
 皆教室を後にしていくなか、余程精神的に疲弊したのか、まだ席から立てず焦点が定まっていない私の眼前に、またしても彼が現れた。
「お疲れ様です、樹里さん」
 疲れたのは誰のせいだ。いや、私が悪いんだけど。

「わたくしはこれから教室の掃除に取り掛かりますが、もしよろしければ先に生徒会室までお送りしましょうか」
「いや、一人で行けるから。ていうか私が掃除するよ、伏見これから練習あるでしょ? そっちを優先しないと」
「お気遣いは結構です。お気持ちだけ有り難く頂戴しますね」

 親切心で言っても、この男はいつもこうだ。どうやら掃除が日課らしく、これまでに何度か手伝うと申し出たけれど、笑顔で断られている。私はプロデューサーとして何も出来ていない分、せめて雑務で貢献したいのに、何が何でも譲ってくれない。きっと下手に手を出されたらかえって時間がかかって効率が悪いとか、そういう理由だろう。
 こういう些細なことが積み重なって、自分はますます役立たずだと思ってしまうのだ。

「早く向かわれた方がよろしいのでは? せっかく副会長さまに評価されているのに、心証が悪くなってしまいますよ」

 彼はしれっとした態度でそう言うけれど、正直、副会長が私を評価するなんて、やっぱりどう考えても有り得ない。強いて言うならば、盾突くことはまずないと判断されたからこそ、生徒会に関わることを許可されたのだろう。
 それは、模範的な生徒であると同時に、あんずちゃんの様に何かを為そうとする意志が無い事を意味する。長い目で見ても、私の受動的な性質がプロデューサーに向いているとは決して思えない。この学院に来るまでは、もうちょっと積極的だった筈なのに。

「樹里さん」
「ん? うわっ! ちょっと! 顔近いから!」
 我に返ると本当に目の前に彼の顔があって、思わず仰け反ってしまった。わざわざ私の顔を覗き込んで、なんて悪趣味な……と思ったけれど、ぼうっとしていた私が悪い。掃除の邪魔だから早く去れと言いたいのだろう。

「あーもう、出てくから! あとはどうぞごゆっくり!」
 早々に退散しようと立ち上がったものの、こんな言い方で去るのはさすがに自分の性格が悪すぎるのでは、と思わざるを得ない。大体、早く行かない自分が悪いんだし。いくら気に食わない相手といえども、プロデューサーたるもの、平等に接するよう心掛けなくては。

「……伏見。あのさ、その……練習、頑張ってね」

 言った後で後悔した。私に言われるまでもなく彼は自主的に頑張るだろうし、そもそも私なんかに言われたくもないだろう。

「いや、ごめん、なんか偉そうに言っちゃって」
「ふふっ」
「何がおかしいの」

 つい睨んでしまった私とは真逆に、彼は微笑を浮かべていた。演技なのか素なのか判断がつかないし、相変わらず何を考えているのか分からない奴だ。

「樹里さんのそういうところ、好きですよ」
「は?」
「わたくしのことを嫌い嫌いと言いつつも、なんだかんだで応援してくださるじゃないですか」
「べ、別に、こんなの口だけだし」

 それ以上何も言わずに教室を出たけれど、出た瞬間一気に顔が熱くなった。
「好きですよ」って。
「好き」って。
 いや、当たり前だけど恋愛的な意味ではないし、深い意味なんてないのは分かり切っている。だからこそ、異性に対して軽々しくそんなことを言うなと説教したい。したところで「恋愛の意味ではないので気にしなければ良い話では?」とか返されて、余計墓穴を掘るだけなんだけど。

 なんであの男の一言一句にここまで振り回されているんだ、私は。私も彼みたいに、いつだって冷静沈着でありたいのに。





 生徒会室には副会長の蓮巳先輩と衣更くんしかいなかった。これから開催されるDDDに向けて、開催を宣言した英智さま率いるfineのメンバーは皆練習を優先しているからだ。まあ、fineは昨日のライブパフォーマンスを見る限り、特別な練習をするわけではなくいつも通りという感じだとは思うけど。

「すまんな、遠矢。見ての通り役員は俺達だけだ。堅苦しい挨拶は抜きにして、早速頼みたい仕事があるんだが」
「はいっ! 私に出来ることでしたら何でも! 喜んでやりますっ!」

 直立不動でそう返した私に、蓮巳先輩は呆気に取られたかの如く目を丸くした。ああ、どうして私は緊張すると普通に振る舞えないんだろう。そんな感情が顔に出ていたのか、蓮巳先輩は私をまじまじと見たあと苦笑いを浮かべてみせた。

「そう固くなるな――と言っても、そうもいかんか。とりあえず、まずはお茶でも淹れてみるか?」
「へ?」
「英智が戻って来るまでに、ある程度こなれていた方が遠矢もやり易いと思うぞ。悪いことは言わん、まずは俺が味見してやろう」




 初仕事がただのお茶出しだなんて。泰然と構えていられない奴に、手伝いは任せられないと思われたんだろうか。評価しているなんて嘘だと分かってはいたけれど。それに、
「うわっ、高そう」
 なんて頭の悪い発言が飛び出てしまうくらい、茶葉からティーカップから何から何まで高級品だ。たかだかお茶を淹れるだけでも、変に気を遣って疲弊しそうだ。こんな状態で生徒会の手伝いなんてやっていけるのか。
 いや、やらないと。こんなチャンス、きっと二度目はないのだし。


「遠矢」
 緊張しながらも二人分の紅茶を淹れて運ぼうとした時、衣更くんがひょこっと顔を覗かせて声を掛けて来た。
「困ってるんじゃないかと思って見に来たけど、大丈夫そうだな?」
「あ、ごめん、時間かかり過ぎたかな……緊張しちゃって」
「いや、大してかかってないから。そりゃ緊張するよな、そのカップとか……壊したら俺の小遣いじゃ弁償出来るかも怪しい……」
「同じく……」

 二人して苦笑いして、なんとなく肩の力が抜けた気がした。
 こう称したら失礼かもしれないけれど、自分と生活水準が近そうな人物がこの生徒会に属しているのは、非常に有り難い。英智さまや姫宮くんは雲の上の存在だし、蓮巳先輩だって、確かお寺の跡取りだとか。伏見だって……伏見は普通と見せかけて普通じゃないし。ただの付き人ですなんて言っているけれど、本当に『ただの付き人』なら、学院トップのユニットで遜色ないパフォーマンスなんて出来るわけない。まったく、どこまでも嫌味な奴め。

「あれ? 遠矢」
「ん?」
「カップ一個足りないぞ。まさかおまえまで『私はいらない』なんて言うんじゃないだろうな」
「えっ、普通いらないでしょ。私、ただの手伝いだし」

 そう言うと衣更くんはくすりと笑って、どうして笑われたのか分からない私はつい眉間に皺を寄せてしまった。伏見みたいな嫌味な感じ(向こうはそのつもりがないかも知れないけど)はしないから、特に言及はしなかったけど。

 副会長の席と、何故かまだ戻って来ない衣更くんの席に紅茶を置いて、次の指示を仰ごうとした瞬間、衣更くんがカップ片手に戻って来た。まさか。
「遠矢、お前の分ここに置いとくからな〜」
 そのまさかだった。衣更くんは空いている席に紅茶を置くと、自分の席に着く。
 ――やってしまった。手伝いどころか余計な気を遣わせてしまった。

 その様子を見て蓮巳先輩も笑みを零した。馬鹿にする意図ではないのはなんとなく分かるけど、さっきの衣更くんといい一体何なんだ。首を傾げていると、蓮巳先輩はいったん衣更くんと顔を合わせて、再び私に顔を向けた。

「いや、すまん。遠矢が伏見と全く同じことをしたものだからつい、な」
「は!?」
「む? 何かおかしなことを言ったか?」
「いえ、そういう訳では……」

 張本人のいないところでも話題に出て来るなんて、勘弁して欲しい。大体、正式な役員じゃなくてただの手伝いだったら自分のお茶なんて淹れないし。私でも伏見でも、誰でも……例えばあんずちゃんだったとしても同じだと思うんだけど。




 蓮巳先輩の的確な指示のお陰で、私もそれなりに仕事の手伝いをすることが出来た。なんでも、英智さまのDDD開催宣言は誰一人として事前に聞かされておらず、そのせいで急遽、雑務が大量に増えたのだとか。私がヘルプに入ったのはまさにベストタイミングだったという訳だ。

 仕事はまだまだ残っているけれど、まだ初日だということと、(一応)女だしあまり遅くならない方が良いという理由で、二人を残して早々に帰る羽目になってしまった。家は徒歩で帰れる距離だし、別に遅くなっても問題ないのだけれど、生徒会の手伝いを優先した結果寝不足になって、授業に支障が出るようでは本末転倒だと釘を刺されてしまった。
 それを考えたら、蓮巳先輩をはじめとする生徒会の役員の皆は本当に凄い。特に姫宮くんなんてまだ一年生なのに。

「助かったぞ、遠矢。やはり俺の目に間違いはなかったようだ」
「そんな、褒め過ぎです蓮巳先輩」
「ああ、ここでは『副会長』と呼ぶように」
「あっ、申し訳ありません……副会長」
「その調子で今後ともよろしく頼む。DDD当日は負担を掛けるとは思うが、今後本格的にプロデュース業をする上でも良い経験になると思って貰えると有り難い」

 蓮巳先輩――副会長はやっぱり、人の上に立つべき存在だとあらためて思った。采配は上手いし、それに今日の手伝いだって充分糧になっている。DDDへの参加申請の書類の山を見たときは、思わず「うわっ」と声が出てしまいそうになったけれど、うろ覚えだった事柄、例えば新しく結成されたユニットや、新一年生がどこに所属しているか等、だいぶ頭に叩き込めた。

 一人で殻に閉じ籠っていたら、何も行動できなかったに違いない。裏にどんな理由があるにせよ、生徒会に関わることが出来たこの機会を無駄にしてはならない。余計なことを考える暇があったら、これからどう動いていくかを前向きに考えていった方が賢明だ。

「それと、遠矢」
「はい」
「貴様が淹れた紅茶だが……合格だ。これなら英智も文句は言わんだろう」

 瞬間、思わず顔が綻んでしまった。副会長は鬼だとか色々聞いていたから覚悟していたけれど、少なくとも私の前では優しい。気を遣わせてしまっている気はするものの、本当に役立たずなら小言のひとつは飛んで来る筈だ。評価しているのは無いとしても、少なくとも使える存在だと思われたからこそ、こうして関わることを許されたのだと思いたい。

 為すべきことがあるというだけで、こんなにも心は楽になるのか。マイナス思考が吹き飛んで、清々しい気持ちで帰れる日なんていつぶりだろう。



 外はもう暗いのに、DDDに出場するユニットはあちこちで自主練に取り組んでいる。教室も限りがあるから、本当に至る所に色んな生徒がいる。なんだか文化祭みたいでわくわくする。
 いや、そんな能天気な事を思ってはいけない。皆、将来の為に必死なのだ。それに私だって、副会長の言う通り、当日は生徒会の手伝いで馬車馬のように働くんだから。頑張らないと。そう決意しながら昇降口へ向かう途中で、後ろから声を掛けられた。

「遠矢!」
「衣更くん? え、待って、私何か忘れ物した?」
「いやいや、違うって。ほら、これ」
 衣更くんは苦笑いしながら缶ジュースを差し出してきた。多分、今日一日お疲れ様とか、そういう意味だろう。本来こういうのは私がやることなのに。

「あ……これ好きじゃないやつだったか?」
「ううん、そうじゃなくて。気を遣わせて申し訳ないな、って」
「本当、遠矢って心配症だよなあ。こんな事でいちいち自分を責めてたら身が持たないだろ。もっと楽に構えた方がいいんじゃないか? 伏見に接するのと同じようにさ」

 最後の言葉で、今朝の大失態を思い出して、怒りと羞恥心で顔が熱くなった。清々しい気持ちで帰れるとか呑気なことを考えている場合ではない。明日、どんな顔をして登校すればいいのか。

「いや、でもさ、一応これでもプロデューサーなんだし、感情的になるのってどうかと……ひっ!?」
 私が一向に受け取らなかった缶ジュースを頬に押し付けられて、冷たさで変な声が出てしまった。

「無理して取り繕う必要はないってこと。ま、今朝のあれでショック受けてる奴もいたけどな?」

 衣更くんは冗談っぽく笑っていったけど、私としては気が気じゃない。とりあえず頬にあてられた缶ジュースを受け取って、盛大な溜息を吐いた。

「遠矢は色々と気にしすぎだって。そういうところ、ちょっと副会長と似てるな。だから副会長もおまえのこと気に入ってるのかも」
「いや、気に入られてなんていないから。それを言うなら衣更くんの方が余程気に入られてると思うけど」
「そうか?」
「だってほら、紅月とやりあったでしょ。下手したら生徒会役員を降ろされてたと思うんだけど、特に何もなかっ――あ」

 衣更くんの表情が一気に曇って、今のは完全に失言だと気付いた。

「衣更くん、ごめん、別に責めたいわけじゃないんだ。ルールに則った上での勝利だし、英智さま……ええと、生徒会長だって逆に面白がってる感じだし。じゃないとDDDなんてやる必要ないしさ。衣更くんは何も悪くないから。変な言い方して本当にごめん」

 そう言って頭を下げたら肩をぽんぽんと軽く叩かれて、顔を上げると微笑を浮かべている衣更くんの顔が目に入った。
「だから、遠矢は気にしすぎ。もっと言いたい事言っていいんだからな?」
「そういう訳にはいかないよ。今は何も出来てなくても、一応プロデューサーなんだし。誰に対しても平等でいないと。その為にも、ある程度感情は捨てないとね。と言っても、それが出来てないから、朝みたいなことになるんだけど」

 まずい、また余計なことを考えもなしに言ってしまった。これ以上墓穴を掘る前に退散した方がいい。衣更くんもまだ残って仕事をするのだろうし、これ以上引き留めるのも申し訳ない。

「ジュースありがとう。衣更くんがいてくれて良かった」
「なんだ? 大袈裟な」
「生徒会に衣更くんがいなかったら、さすがに息が詰まりそうだし。いや、皆いい人なんだけど、なんていうか」
「いや、言いたいことは分かる。でも今は伏見がいるからそうでもないぞ?」

 やけにその名前が出てくるな。思わず顔を引き攣らせると、衣更くんは今朝の一件を思い出したのか笑顔が戻っていた。私のやらかしによって、人ひとり明るくさせることが出来るのなら本望だ。そう思い込まないと正気を保てない。

「じゃ、また明日な。今朝のあれは誰もそこまで気にしてないから、休んだりするなよ〜」
「嘘! ショック受けてる人いるんでしょ!?」
「そんなのごく一部だからほっとけって。凛月も素の方がいいって言ってたぞ?」

 笑いながらそう言って走り去る衣更くんの背中を見届けて、私も校舎を後にした。凛月って……えっと、朔間くんか。一度だけKnightsの練習風景を見学した時、さっぱり何も口出しできない私に「何しに来たの?」とか結構手厳しいことを言っていたから(今思えば当たり前のことだけど)ほんの少し苦手意識を抱いていたけれど、笑い者という意味とはいえ僅かでも好感度が上がったなら何よりだ。

 そういえば衣更くん、今日はTrickstarの練習は特にないのかな。まあ、あんずちゃんが付いているなら大丈夫だろう。
 そうやって、人のことなら楽観的に考えられる。この時、Trickstarが生徒会長の根回しによって空中分解している事実を知ることになるのは、もう少し後の話だ。

2017/06/24


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