きらきら星の子供たち II
 リンネがユキヤから聞かされた計画では、己たちは三手に分かれて行動し、このヴァイスボルフ城を制圧するという段取りであった。リョウが偽造IDを使用して、城内の主要施設に侵入しナイトメアフレームを確保。それまでの間、wZERO部隊で一番の危険人物であろう日向アキトをユキヤが抑え、アヤノとリンネが別行動で城外の通信施設に侵入し、通信ケーブルを破壊しヴァイスボルフ城を制圧する。
 前もって聞かされていたわけではない。ユキヤは時間が惜しいと、それ以上の事は伝えなかった。リンネはこの計画の意図を知らぬまま、アヤノと共に城の隠し通路へ歩を進める事となった。この通路は、以前レイラ・マルカルの飼い猫が教えてくれた抜け道である。

 リンネとアヤノが手を繋ぎながら、長い長い地下回廊を駆け抜けた先に広がったのは、鬱蒼とした森の中であった。あちこちに古い墓標があり、今が深夜なら幽霊でも出そうな雰囲気である。

「通信施設って、どこ……?」

 リンネは周囲を入念に見回したが、どこにも建物らしきものは見当たらない。それどころか、己たちが抜け出したヴァイスボルフ城以外の建築物すら存在しなかった。

「こんな森の中に通信ケーブルなんかあるワケないよ……」

 アヤノがそう嘆いた瞬間。
 ふたりの頭に、全く同じ事が脳裏を過った。
 リョウもユキヤも、初めからヴァイスボルフ城を制圧するつもりなどなかった。通信ケーブル施設など存在しない事が、何よりの証拠である。
 己たちふたりを逃がす為に、ユキヤもリョウも、自らが犠牲になろうとしているのだ。

***

 時は少し戻り、リンネとアヤノ、そしてリョウが城内を駆け巡っている間。
 日向アキトの自室にて。ユキヤは彼の椅子に腰掛けながら、訓練から戻った部屋の主を出迎えた。

「そこで止まってよ」

 ユキヤは先日のスマイラス将軍襲撃時と同様に、爆弾を巻いたベルトを身に付け、起爆スイッチと思わしきものを手に携えていた。だが、アキトはそれを見ても眉ひとつ動かさなかった。まるで、こうなる事を初めから予想していたかのように。

「アキト、あんたはヤバすぎるよ。だから、僕と一緒にここで死んでよ」

 それは決して口だけの脅しではないと、アキトは察していた。スマイラス誘拐犯である少年少女たちが何を企んでいるのか――狙いは前回と同様、ナイトメアフレームの奪取か。その読みは正しかったが、目の前の少年をどうにかしなければ、アキトとて身動きは取れなかった。
 アキトは『死』という単語に目の奥が無性に熱くなる感覚を覚えたが、続くユキヤの声で平常心を取り戻した。

「あんたさ、僕と同じにおいがするんだよなあ。死ぬ前に話をしようよ」
「さっさとしないと特務部隊が来るぞ」
「大丈夫さ、奴らは僕の作った仮想現実を見ている」

 アキトは平常心を保ちつつも、成瀬ユキヤという少年の事を推察していた。彼らをwZERO部隊に迎え入れてから一ヶ月。軟禁生活と言っても過言ではない日々を、彼らは決して従順に過ごしていたわけではなかったという事だ。特にこの目の前の少年の技術と手腕は、称賛すべきと思うほど見事なものであった。

「それよりさあ、これ見てよ」

 思考を巡らせるアキトをよそに、ユキヤは起爆スイッチを持っていないほうの手を掲げ、手袋を口で加えて外した。
 その手には酷い傷痕が残っており、指の付け根から手のひらまで続いていた。全く動かないわけではないものの、恐らくは、器用に動かす事は不可能であるとアキトは察した。

「背中にもいっぱい傷が残ってるんだ。何故だと思う?」
「興味はない」
「ダメ、ダメ、もっと楽しんでよ。もうすぐ死んじゃうんだからさあ」

 仰々しい身振り手振りに、演技じみた口調。演劇に興味がなければこんな振る舞いは出来ないと、アキトは考えを巡らせた。恐らくこの成瀬ユキヤという少年は、元々は上流階級の育ちなのだろう。
 顔色ひとつ変えないアキトに、ユキヤは溜息を吐いたが、まだ演技を続ける気はある様子であった。

「ふー……ノリが悪いんだね。まっいいや、大サービス。教えてあげるよ。三年前、アムステルダムの日本人ゲットー……聞いた事ある?」
「酷いところだとは聞いている」
「そう。あそこはゲットーの中でも環境が酷くてさ。抑圧されたストレスは、強者が弱者を虐げる事で発散した」

 同調を示すアキトに、ユキヤは饒舌に話し始めた。

「大人達の劣等感や不満がね、子供にも伝染したんだ。より弱い者を見つけて不満のはけ口にする。日本人が日本人を迫害する……その結果だよ、この手の傷は」

 ユキヤの左手の傷、そして背中にもあるであろう傷は、迫害によって付けられたものだという事だ。

「そんな奴ら生きてる価値もないから、僕が爆弾で……」

 アムステルダムのイレヴン学校爆破事件――それはアキトも知っていた。犯人は見つかっておらず、反イレヴンによるテロなのか、イレヴン内部の抗争なのか、未だに詳細が分かっていないという話である。
 まさか、その首謀犯がこの少年だとは。

「だから僕は日本人が……イレヴンなんてどうでもいい。リンネを連れてゲットーから脱走して、警察から逃げるため、アンダーグラウンドの世界に……」
「リンネ? ……久遠リンネは殺さなかったのか」
「あの子だけは特別。僕を助けようとしてくれたし、それに、市民権を得るために軍人になったお父さんが無駄死にして、お母さんも後を追って……僕と同じ目に遭うのは時間の問題だったから、そうなる前に、ゲットーごと連中を吹き飛ばした」

 アキトに言わせれば、この成瀬ユキヤという少年の思考はかくも幼く単純であったが、とはいえ糾弾する気にはなれなかった。『肯定』は出来ないが、その行動原理に対して『理解』は出来るからだ。

「そこでリョウ達と出会った……僕にとって初めて信用できる仲間……家族が見つかったんだ。だからもう誰も死なせやしない」

 この少年にとっては、アンダーグラウンドで出会った偽りの家族こそが世界のすべてなのだ。その為ならば、自らの命を犠牲にする事も厭わない。

「僕が……守る……リンネとアヤノを、必ず死ぬと分かっている戦場に放り出すような真似はさせない!」

 ユキヤがそう声を荒げ、起爆スイッチを押そうとした瞬間。

「戦場に出て必ず死ぬと、何故決めつける」

 きっぱりとそう言い放つアキトに、ユキヤはスイッチを押すのを忘れるほど呆気に取られてしまった。

「俺は生きて帰って来た」
「……それが不思議さ。仲間を盾にしたんじゃないかって噂もあるけど」
「なら、一緒に来てみればいい。そうすれば分かる。お前達は四人……俺は一人だ」

 日向アキトを道連れにして死に、リンネとアヤノを自由の身にするつもりだったというのに。
 この時のユキヤは、目の前にいる、いかなる戦場でも必ず生還する少年に興味を抱いていた。
 決してリンネたちを無下にするわけではない。この男ならば、本当に己たちを死なせる事なく、戦場で生き残るのではないのか、と。

「なるほどね。確かに……」

 ユキヤは観念したように苦笑すれば、爆弾の付いたベルトを外して、起爆スイッチともどもアキトの足下へと投げ捨てた。

「アキト、あんた面白いね」

***

「ユキヤの奴……!?」

 血の気が引いたように呆然とするアヤノの隣で、リンネは彼女の手を強く握り締めれば、意を決して放し、真剣な眼差しで言い放った。

「アヤノ、逃げて。私がユキヤを助けに行く」
「何言って……無理に決まってる!」
「無理でもいい。ユキヤを犠牲にして手に入れる自由なんて、私にはいらない」
「それはあたしも同じだよ、バカっ!!」

 この時ばかりは、ふたりとも全く頭が働いていない状態であった。ただ、リンネが口にした本音はアヤノも同じ思いであり、言語化された事でふたりの意志は決まったと言っても過言ではなかった。
 大切な人を犠牲にするくらいなら、共に死んだほうが遥かに良いのだと。

 どちらともなく再び手を繋ぎ直して、来た道を戻ろうと振り返った瞬間。

「城へ戻るのですか?」

 レイラ・マルカルが道を阻むように、その場に立ちはだかっていた。いつの間にか後を付けられていたのか、あるいは、まさか初めからユキヤの計画を把握していたというのか。

「残った二人は何をしようとしているのですか?」

 その質問が出て来る時点で、己たちの計画は知られていたという事になる。
 レイラの言葉にアヤノは舌打ちしたが、続いた言葉はまるで予想出来ないものであった。

「私はあなたたちの味方です」

 リンネはスマイラス将軍誘拐作戦が失敗した際に、レイラから「居場所は用意する」と言われた事を思い出した。甘い言葉を口にしているが、実際は己たちは使い捨てで、戦地に投げ捨てられるだけなのだ。
 騙されてはいけない。ユキヤを助ける為にも、一刻も早く戻らなければならないのに。苛立つリンネに代わるように、アヤノがレイラに向かって声を荒げた。

「ふざけるな! あたし達を使い捨ての駒にする気だろ!」
「違います! 私はあなた達が無事帰還出来るための方法を……」
「自分だけ安全な所にいて偉そうな事言うな! 人を見下して!」

 アヤノの痛烈な言葉に、レイラは顔色を変えた。
 そもそも日本人ゲットー自体が、E.U.側の甘い言葉で作られたものなのだ。その結果が、差別と迫害の増長だ。臭い物には蓋をして、見て見ぬ振りをする。お前たち上流階級の人間はいつもそうだ。身勝手な政策で血の繋がった家族を喪っているアヤノの怒りは収まらなかった。アヤノだけではない、皆同じだ。

「今まで何人死んだ? お前の作戦で何人のイレヴンが死んだんだ!! そこをどけ! あたしは、リョウたちのところへ……!」

 アヤノひとりにここまで背負わせるわけにはいかない。リンネは意を決するように、アヤノから手を放した。そして、アヤノにとって信じ難い態度を取った。
 レイラに頭を下げたのだ。

「お願いです。私が戦場に出ますから、他の三人は見逃してください」
「は!? リンネ、何言ってんの! そんなみっともない真似はやめろ!」

 アヤノは怒りと情けなさのあまり、リンネに掴み掛かって平手打ちしそうになったが、リンネの双眸はどこまでもまっすぐで、覚悟を決めた人間のそれであった。
 皆、どこまでも自分を子ども扱いして――アヤノの心の中はぐちゃぐちゃになっていた。リョウも、ユキヤも、何も出来ない己を逃がそうとして、挙句の果てにリンネまで、この期に及んで己のためにプライドを捨てている。
 こんな事があって堪るかと、アヤノはリンネを嗜めようとしたが、それを制したのはリンネ本人の言葉であった。

「……私の父は市民権を得る為、軍に志願し、そして戦死しました。私も父と同じ道を辿る事が、きっと定められた運命なのです」

 その運命を作っているのは、お前たちだ。
 レイラへ顔を向けるリンネの眼差しは、まるでそう言っているようであった。

「そんな事言うな! 自分で、ユキヤを犠牲にして手に入れる自由なんていらないって言っただろ! ユキヤだって同じだ! あたしだって……!」

 アヤノが必死にリンネを説得する中、レイラは意を決して声を上げた。

「もうこれ以上誰も死なせません!」

 リンネとアヤノが目を見開いて、レイラを見据える。
 敵だったはずの彼女の目は、他のE.U.の人間とは違う。己たちをちゃんと対等な『人』として見ているようにリンネは思えた。
 そんな風に感じるのは、決してレイラ・マルカルが綺麗事を振りかざすだけの無能な人間ではないと、無意識に分かっているからに違いなかった。

「私も一緒に出撃します」

 なにより、レイラがリンネたちに嘘を吐いた事は、今まで一度もなかった。
 本来は犯罪者として処刑されるはずのリンネたちは、彼女によって生かされている。彼女が本当に戦場に出るのなら、レイラ・マルカルには秘策があるのだ。自分も、仲間も、誰も死なせない戦術が。

***

 何も知らぬリョウは、ナイトメアフレーム奪取のために、空のナイトメア保管庫の更に先、コクピットを運び出すリニアレールの上をひたすら走り続けていた。
 一体何十キロあるのか、とてつもない距離を走り抜けた先にあったのは、見た事もない巨大な代物であった。

「なんだこれは……」

 見た事もないそれは、ナイトメアフレームではない。言うなれば、ミサイルやロケットのようなものに見えるが、本当にそうかも定かではない。

「こいつは……」

 リョウが中を見ると、ナイトメアフレームが何機も格納されていた。これがロケットだとして、一体何故こんなところに、こんな形で格納されているのか。
 その疑問は、思い掛けない人物によって解消された。

「大気圏離脱式超長距離輸送機です。この新兵器を使って、敵の背後に降下し、奇襲作戦を行います」

 レイラ・マルカルの声であった。
 リョウは咄嗟に振り向いて相手の顔を見遣れば、己たちが出撃するであろう作戦内容を理解した。このロケットに搭乗し、敵地に強引に降り立つのだ。

「それが我がワイヴァン隊の戦術目的です。今までお話し出来なかったのは、機密保持条項の問題です」
「……そうか……あれがナイトメアか……あれに乗って死んでこいってわけか」

 そう言って自嘲するリョウに、レイラは動揺する事もなく、淡々と言葉を紡ぐ。

「戦争である限り、生存率が100%とは言い切れません。しかし必ず皆で帰って来たいと思います」
「皆? あんたも一緒に行くっていうのか?」
「はい」

 あまりにもきっぱりとそう言い切るレイラに、リョウはさすがに唖然としたが、その発言が冗談ではないと、彼女の顔を見れば一目瞭然であった。さすがに失笑を禁じ得ず、リョウは声を上げて笑った。

「ククク……あんた、それ本気で言ってるとしたらよほどおめでたい性格か、バカだぜ」
「私はこの作戦の立案者として、皆を無事帰還させる為に責任を果たしたいと思います。それが愚かしい事だとは思いません」

 綺麗事でしかない言葉。だが、レイラはどう見ても本気であった。嘘ではなく、本当に自分たちと共に戦場に立ち、作戦を成功させ、全員で生還するというのだ。

「……フン、きっと後悔するぜ」

 かくして、wZERO部隊――アキトたち五人、そして司令官のレイラを含むワイヴァン隊の初作戦が始まろうとしていた。生きては帰れぬと誰もが思っていた作戦であったが、レイラとアキトだけは、この作戦は必ず成功すると確信していた。

2023/10/07
- ナノ -