翼竜は舞い降りた II
 ついに訪れた作戦決行の時――家族の復讐を遂げたリンネたちが次に目指したものは、迫害された自分たちの居場所を手に入れる為の戦いであった。
 ターゲットはE.U.軍の将軍、ジィーン・スマイラス。彼の誘拐が今回の目的である。

 スマイラス将軍、そして特殊部隊『wZERO』の司令官、レイラ・マルカルを乗せたリムジンが、パリ郊外の廃墟に囲まれた高速道路を走っているのを、ユキヤはクラッキングした監視カメラを通して監視していた。ターゲットの周りには護衛の装甲車が何台も走行しており、一筋縄ではいかない事が見て取れたが、この作戦は絶対に成功するとユキヤは確信していた。

「標的が侵入した。護衛の数も予想通り……さあ、ゲームを始めようか!」

 インカムを通じて、指定位置に待機するリョウ、アヤノ、そしてリンネの耳にユキヤの合図が届く。
 絶対に負けられない戦いが、幕を開けた。

 一瞬の事であった。高架橋梁がけたたましい爆発音を上げ、スマイラスを護衛していた先頭の装甲車が、崩れゆく橋梁ごと地面へと落ちていく。
 リムジンは急停車し、辛うじて落下は免れた。その隙にリョウはグラスゴーを起動させる。

「それじゃ行くかァ!」

 そして、リムジン目掛けてグラスゴーを加速させた。機体は宙を舞い、そして高速道路の上に土埃を立てて降り立った。辛うじて破損を免れた後方の護衛部隊が、慌てて展開を開始しようとする。

「早く出せ!! 早く!!」
「ガルドメア3号機、迎撃用意!!」
「デモ隊を脅かすしか能のない、ユーロピアのデク人形が!」

 警備用のナイトメアフレーム『ガルドメア』が姿を現す。それは非殺傷としておきながら、かつて日本人を殺傷した事のある人型兵器でもあった。

「反吐が出るんだよ!」

 リョウはグラスゴーを巧みに操り、アサルトライフルを放ってガルドメアをまとめて吹き飛ばす。

「雑魚共が!!」

 次々とガルドメアと歩兵部隊を駆逐していくリョウに、E.U.軍の護衛部隊はろくに抵抗も出来ないまま炎に呑まれていった。
 この隙にアヤノとリンネがスマイラス将軍を押さえ、目的は達成できる。その筈だったのだが、この後、日向アキトというひとりの兵士によって、リョウは絶体絶命へ追い込まれる事となる。



 リンネはアヤノと共に、護衛のいなくなったリムジンへと歩を進め、そして互いを見ながら頷き合った。

「あたしはスマイラスを捕らえる。リンネはあの女を足止めして」
「分かった」
「まあ、あの将軍を人質にすれば大丈夫だから。心配しないで」
「うん……」

 これではどちらが年上か分からない、とリンネは苦笑したが、本当にそんなに上手くいくのだろうか。勿論、ユキヤの作戦は完璧だと信じていた。けれど、あまりにも事が上手く運び過ぎている事に、リンネは一抹の不安を拭えずにはいられなかった。

 リムジンの後方座席のガラスを、アヤノが軽くノックする。
 レイラ・マルカルが気付いて顔を向けると、アヤノは爆弾を見せつけた。対戦車吸着爆雷と呼ばれる、戦車の底をも貫く威力を持ったものである。

「将軍、早く外へ! 早く!!」

 レイラ・マルカルは咄嗟に叫べば、スマイラスを強引に引っ張って、アヤノが車の下に爆弾を投げ込んだのと同時に、反対側の扉を開けて外に飛び出した。そして、まだ車内に残る運転手に向かって叫ぶ。

「避難しろ、早く!!」
「ダメです中佐! 危険です! 中佐、お戻りください!」

 刹那、リムジンは爆発を起こし、瞬く間に炎に包まれた。爆風を受けたレイラは地面へと吹き飛ばされる。
 離れた場所で待機していたリンネはターゲットの元へと全速力で走り、そして、倒れるレイラに圧し掛かった。

「殺さないから。お願い、じっとしてて」

 そう言って、リンネは小型のナイフをレイラの首筋に向ける。
 見知らぬ東洋人の少女の声が微かに震えている事を、レイラは見逃さなかった。
 だが、アヤノが路上に取り残されたスマイラスを取り押さえ、短刀を喉へと突きつけたのを見て、レイラは呆然とするしかなかった。己が動けばスマイラスが殺されるのは、目に見えて分かっているからだ。


 潜伏場所でその様子を見届けたユキヤが、インカムでリョウに声を掛けた。

「アヤノがターゲットを確保したよ」
「よし、撤収するぞ!」

 リョウの返事を受け、ユキヤは皆のいる高速道路に向かって走り出した。漸く己たちは、居場所を手に入れる事が出来ると願いながら。

「これでゲームセットだ!」



「アヤノ! リンネ! じじいを連れてユキヤと合流しろ!」

 リョウがふたりに撤収を告げた瞬間。彼が搭乗するグラスゴーのカメラが、火花を散らす軍用車両を捉えた。
 何が起こったのか把握するよりも先に、ハッチを銃撃で無理やりこじ開けたらしい損傷したガルドメアが、グラスゴーの前に飛び出した。

「まだいるのか? うぜーな!!」

 リョウはアサルトライフルを放ったが、不格好なガルドメアはそれを避けて接近戦を試みようとしていた。

「さっさと消えな!」

 リョウはガルドメアから楽々と距離を取り、再度銃口を向け、銃弾を放った。真っ向から突撃しようとしていたガルドメアは直撃を受け、中にいたパイロットが背後から脱出し、地面へと投げ出される。
 だが、そのパイロットは即座に体勢を整え、グレネードランチャーを抱えて走り出した。放り捨てたガルドメアが爆散し、煙に包まれる中、パイロットはグラスゴーに向かって突進する。

「なんだ、あいつ? 生身でナイトメアに……!? 俺たちよりいかれてるぜ!」

 戦闘によるアドレナリンにより、高揚感に溢れていたリョウも引くほどの行動である。相手はこれまでのパイロットとはまるで違う。リョウは徐々に焦り始めていた。

「そんなに死にたいなら……殺してやるよ!」

 リョウの搭乗するグラスゴーがライフルを構え、こちらへ向かうパイロットに狙いを定めた。それと同時に、相手もグレネードランチャーをグラスゴーに向ける。
 一瞬の事であった。相手からワイヤーアンカーが放たれ、それはあっさりとグラスゴーの胸部に張り付いた。

「しまった!」

 リョウの叫びも虚しく、アンカーの巻き取り機能が稼働する。ワイヤーが一気に加速し、相手はあっさりとグラスゴーの股下へと潜り込んだ。

「やべ……」

 パイロットはグラスゴーの股下に榴弾を放ち、そして一気に通り抜けた。
 すぐさま、榴弾が脚部の付け根に直撃して、爆発音が鳴り響く。

「うおお!!」

 脚部が破壊され、リョウの乗ったグラスゴーはバランスを失い、無様に倒れ込んでしまった。

 コックピットの中でリョウは悔しそうに叫んだが、ふと、外部カメラが相手のパイロットを見失っていることに気が付いた。すぐさまコンソールを操作しカメラを切り替えると、グラスゴーの頭部に銃口を向ける相手の姿が映っていた。
 一瞬の事であった。グラスゴーの頭部がグレネードランチャーによって吹き飛ばされ、今度は相手の銃口がコックピットへ向けられる。

 時を同じくして、スマイラスとレイラを捕らえたアヤノとリンネもその場に駆け付ける。今にも殺されようとしているリョウに、アヤノは叫ばずにはいられなかった。

「リョウ……!」

 先程の爆発音はリョウが敵機を倒したものだと思っていたリンネは、呆然としてしまった。今はまさに、お互いに人質を取っている状態である。ユキヤもこの後合流する筈だが、彼の到着を待たない限り下手な行動は取れない。
 だが、意外な人物が助け舟を出した。レイラ・マルカルがリンネのナイフを気にも留めず、パイロットに向かって声を上げたのだ。

「ヒュウガ中尉!! 彼らには生きてもらいます」

 その隙に、アヤノはスマイラスを殴って捨て置けば、リョウを救うために走り出した。
 邪魔はさせないと、レイラはリンネの手を思い切り叩いてナイフを地面に転がせば、アヤノの前に立ちふさがった。
 アヤノとて邪魔をされるわけにはいかなかった。レイラに飛び掛かって刀を振るう。咄嗟にリンネも落ちたナイフを拾って、スマイラスの喉に突き付けた。

「あの、動かないでください」
「イレヴンの小娘よ、テロリストの真似事をしても無駄だ」
「真似事なんかじゃ……!」
「生身で軍人に勝てると思っているのか?」

 スマイラスにそう窘められ、リンネはナイフを持つ己の手が震えている事に気が付いた。これでは、どちらが人質か分からない。

「全く、どうせ悪い連中に引き込まれたのだろう。静かに暮らしていれば良いものを」

 皆、皆、何も分かっていない。リンネはこの場でターゲットを殺してしまいたいと思ったが、唇を噛んで必死で堪えた。ユキヤさえこの場に来てくれれば、必ず作戦は成功すると信じていたからだ。

 だが、レイラは襲い掛かるアヤノの刀の柄を捕らえて受け流し、あっさりとアヤノの手首を掴めば、そのまま背負い投げをして地面へと叩きつけた。
 一瞬の事に、リンネは目の前の出来事が信じられず呆然としてしまった。

「うそ」
「彼女は合気道の心得がある。そこらの素人が勝てる相手ではない」

 そう嘯くスマイラスに、リンネは苛立ちを露わにしたが、それでもまだ勝算はあると信じていた。グラスゴーも使い物にはならず、逆に相手から情けを掛けられている状態であっても。アヤノを介抱したいのを我慢して、スマイラスにナイフを当てながらこの場を見守る。

「グラスゴーのパイロット!! あなたの仲間を確保しました。抵抗は無駄です。すぐに出てきなさい!!」

 そう訴えるレイラに、リョウは観念してコックピットから出る事にした。

「アヤノとリンネに危害は加えるなよ! 今から出る! よっこらせっと……」

 そうして漸く外の空気に触れ、両手を掲げたリョウは、己に銃口を向けているヒュウガと呼ばれたパイロットが、自分より年下に見える少年である事を知った。

「は? おいおい、なんだよ……ガキじゃねえかよ」
「年齢はあなたとそんなに違いはないと思います」

 代わりにそう答えるレイラに、少年は顔色ひとつ変えずきっぱりと言い放った。

「マルカル司令。彼らは生かしておいても危険なだけです」

 その言葉に、リョウとアヤノは不敵な笑みを浮かべた。自分たちの作戦は、まだ終わっていないからだ。

「へっ! 分かってるじゃねえか」
「ふふ、その通りさ」

 次の瞬間、この場にいなかった少年の声が響く。

「二人を放せ!」

 ユキヤが、身体に時限爆弾を巻き付けた状態で姿を現したのだ。

「早く! 時間稼ぎはムダだよ」

 リンネはあの爆弾がはったりではなく、本物だと知っていた。彼らが己たちの言葉を信じてくれるなら、作戦は続行される。
 だが、スマイラスやレイラが、これをただの脅しだと聞き入れなければ――。

「三人を放さなきゃこれを……爆破する」

 起爆スイッチを掲げ、仲間の解放を要求するユキヤであったが、パイロットの少年は感情ひとつない淡々とした表情で言い返した。

「やってみろ。仲間も死ぬ」
「僕がそんな脅しでやめる甘ちゃんに見える?」
「見えるね」
「くっ……」

 完全に相手に舐められ、ユキヤが苦虫を噛み潰したような表情でいると、咄嗟にアヤノが大声で叫んだ。

「ユキヤ押せ!! このまま捕まって殺されるぐらいなら、いっそここで!!」

 リンネはもうスマイラスにナイフを向ける気力もなく、祈るように両手を組んだ。そんなリンネの様子を見遣ったレイラは、決意したようにひとり頷き、そしてこの場にいる全員に向かって声を上げた。

「要求を訊きましょう」

 まさかの発言に、これは作戦が継続されると判断して良いのかと、リンネだけでなくアヤノも困惑した。だが、レイラは至って真剣に言葉を続ける。

「スマイラス将軍を誘拐してまでの、あなたたちの要求とは何だったの?」

 沈黙する四人であったが、暫しの間を置いてリョウが両手を上げながら打ち明けた。

「最新鋭のナイトメアが欲しかったんだよ」
「ナイトメアを……? これだけのことをして、逃げ切れると思うの?」

 冷静なレイラの問いに、今度はユキヤが答える。

「逃げられるところまで逃げてみるさ。今度は簡単にはやられない」

 だが、ヒュウガと呼ばれた少年が再びユキヤの言葉をあっさりと否定する。

「甘いな。軍はたとえ空爆してでも、お前たちを殺す」
「くっ……」

 レイラは、決して彼らは嘘は言っているわけではないと感じた。だが、本当の望みが別にある筈である。テロリスト、それもたった四人の少年少女が、ここまでの被害を出した事は今までかつてない。
 彼らは非常に優秀だ。短絡的ではない、真の目的がある筈だ。レイラはそう判断し、再度訊ねた。

「教えてください。あなたたちの本当の望みはなんだったのですか?」
「……居場所が欲しいのさ」

 そう答えたのは、完全に諦めの境地に至ったリョウであった。

「居場所……?」
「お前らは、バカでいいよな。こんな腐った世界をつくって、それで満足してんだからさ。でも、俺たちイレヴンには、この世界のどこにも、居場所なんてない」

 まさかこいつらに本心を打ち明ける羽目になるとは、とリョウは肩を落としたが、仲間の命が懸かっている以上致し方なかった。その言葉に、ヒュウガと呼ばれた少年が淡々と問う。

「イレヴンの居場所が欲しいのなら、国でも作るのか?」
「他のイレヴンをすべて背負い込むつもりなんて気は、さらさらねえよ。俺たちは、俺たちだけの居場所が……欲しいだけさ」

 その言葉に、レイラは決断した。彼ら四人を、己の部隊――『wZERO部隊』に引き入れようと。

「あなたたちの居場所なら、私が用意します」
「え?」
「私の部隊に入ってもらいます。そこがあなたたちの居場所です」

 レイラの提案に四人は面食らったが、これは提案ではなく命令なのだと察するのは、空を見上げれば一目瞭然であった。

「なるほどね……さもなきゃ……」

 リョウが空を見上げた事に気付き、リンネも同じように空を仰いだ。突き抜けるような青い空では、既にE.U.軍の軍用機が飛び交っていたのだ。

「空爆か……。俺たちに、選択肢はないってわけか……」



 革命暦228年。神聖ブリタニア帝国に占領され、日本がエリア11と呼ばれるようになって七年。ユーラシア大陸の西へ覇権を伸ばすユーロ・ブリタニアに対し、ユーロピア共和国連合は、新型ナイトメアフレーム『アレクサンダ』を有する、イレヴンの少年少女で構成された『wZERO部隊』への奇襲攻撃を実行していた。
 wZERO部隊の司令官、レイラ・マルカルはスマイラス将軍の援助を得るため、wZERO部隊中尉、日向アキトと共にパリの統合本部へ向かい、アンダーグラウンドで生きるイレヴンの若者たちの襲撃に遭う。
 しかしその計画は、日向アキトただひとりに阻まれた。
 レイラは佐山リョウ、成瀬ユキヤ、香坂アヤノ、そして久遠リンネの四人を、wZERO部隊への入隊を条件に、命を助けることを約束したのだった。

2023/08/06
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