流星落ちるとき III
 ヴァイスボルフ城内、wZERO部隊司令室は混乱の最中にあった。突然、レイラ・マルカル以外の機体すべてが異常な数値を示したのだ。戦場にいなくとも、明らかに想定外の事態が起こっているのは明白であった。

「何、このスパイクは!?」

 誰も事態を把握出来ないまま、ソフィが困惑の表情で叫ぶ。その声は、残念ながら友人のレイラには届かない。

「各パイロットのニューロデバイスの数値を確認して、ケイト!」
「佐山、香坂、成瀬、久遠の各パイロットのニューロデバイスに信号が逆流しています!」
「五人の脳波がリンクし始めた……ネットワーク?」

 ブレイン・レイド・システムによって五人の精神が同調していると気付くのは、もう少し先の話である。





「死ね! 死ね! 死ね!」

 アキトは叫びながら、赤いナイトメアとの一騎打ちを邪魔しに入った敵機に更なる攻撃を繰り出していた。
 同じタイミングで、ブレイン・レイド・システムによってアキトの精神と同調している他の四人も、今までかつてない機敏な動きで、敵機を追い詰めていく。
 皆揃いも揃って、アキトと同じように「死ね」と叫びながら。

 別の場所で逃げ回っていたはずのユキヤも、反撃に出ていた。放った弾丸が壁を貫通し、敵機の頭部を破壊する。搭乗していたパイロットが辛うじて逃げ出す姿がリンネの視界に入ったが、彼女の敵は別にいた。
 ユキヤに守られる事もなく、リンネも離れた場所にいるグロースター目掛けて突進し、アレクサンダが持つ剣を振るってあっさりと薙ぎ倒す。奇襲に気付かなかった敵はあっさりと動かなくなり、リンネはこの時、初めて敵機をその手で再起不能にすることが叶った。
 尤も、リンネ自身、何故自分がこんな大胆な事が出来たのか、理解出来ていない。
 なにせ、正気を失っているのだから。
 それはリンネを守ると豪語していたユキヤも同じで、彼の目にリンネの姿は最早入っていなかった。

 今、この戦場では完全に立場が逆転していた。一方的に攻撃を受けていた筈のワイヴァン隊は、敵部隊を圧倒しつつある。
 だが、その様子を眺めている二機のナイトメアがいる事に、レイラたちはまだ気付いていなかった。
 うち一機は、黄金の色をしたナイトメア『ヴェルキンゲトリクス』。明らかに他のグロースターとは異なるそれに搭乗する男は、アキトの搭乗するアレクサンダだけを見つめていた。



 ドローンを操作するため、ブレイン・レイド・システムを外した機体に乗っていたレイラは、暴走している仲間たちへ必死に声を掛けた。

「ヒュウガ中尉! 答えてください! 誰か! 香坂准尉、佐山准尉、成瀬准尉、久遠准尉!! 誰か、答えてください!!」

 だが、その声は誰の耳にも届かない。



 一方その頃、司令室では。

「フェリッリ、ケイト!! そっちでも確認できる?」
「ハイ、確認できます。そっちは?」
「間違いない。あっ違う。アキトと同調してるんじゃない、これ……?」

 オペレータたちは解析を続けながら、徐々に真実へ辿り着きつつあった。

「精神混濁率上昇。このままではパーソナル境界が崩れます!」
「アキトの脳神経組織がニューロデバイスを通して、佐山、成瀬、香坂、久遠の四人の脳神経組織を従属させて……」

『ブレイン・レイド』――日向アキトの精神が他四人と同調し、アキトの暴走に四人の精神が引きずられているという事実を、司令室の者たちは漸く把握したのだった。





 未だ暴走し続けるアキトは、何度もグロースターを攻撃し、漸く相手機の搭乗者はコックピットから脱出した。そして入れ替わるように、新たなグロースターが増援に駆け付けた。
 状況を把握していない敵機は、当然アキトに向かって攻撃を放った。

「死ね!」

 アキトの搭乗するアレクサンダは、あっさりと攻撃を躱して反撃する。敵機は一度距離を取ってライフルを放ったが、アキトは銃弾を潜り抜けて、アレクサンダの手首に仕込まれていた刃をグロースターの肩へ突き刺し、腕を破壊した。
 アキトがこのままとどめを刺そうとしたのも束の間、赤いグロースターが庇うように突進し、アレクサンダに襲い掛かった。だが、アキトはシステムで敵機の動きを読み、避けながら器用に攻撃を放っていく。

「死ね!!」

 攻撃の最中、アレクサンダと赤いグロースターは街から広場に飛び出し、そしてアキトはついに相手機に一撃を喰らわせた。赤いグロースターは呆気なく吹き飛ばされ、アレクサンダを前に背中を向けてしまった。
 その隙に、アキトが相手機のコックピットに狙いを定め、刃を振り被った瞬間。

 突然、アレクサンダと赤いグロースターの間に、別のグロースターが割って入る。
 アキトの振るった刃は、突如現れた機体のコックピットを貫通した。
 アキトに貫かれたグロースターは動かなくなった。恐らく、コックピット内にいた搭乗者は生きていないであろう。

 このままワイヴァン隊の猛攻が続く――と思いきや。
 何故かアキトの乗るアレクサンダが突然後ずさり、そして、動きを止めた。

 ブレイン・レイド・システムでアキトの精神と繋がっているリンネたちもまた、同じタイミングで動きを止めた。

 刹那、リンネたちの脳内に、強制的に映像が流れ始めた。



 ステンドグラスから夕陽が降り注ぐ一室。そこでは、血に塗れた数多もの死体が横たわっていた。
 そんな中、唯一の生き残りと思わしき、幼い男の子があどけない表情でいる。明らかに異質な光景。そんな幼子の目の前で、彼より少し大人びて見える少年が立ち竦んでいた。

「なぜお前が生きている……!?」
「お兄ちゃん……」

 幼子が歩を進めると、その少年は笑みを浮かべ、右手を翳した。
 そして。

「死ね……!」



 脳内に流された映像、否、誰かの記憶に、リョウたちは困惑した。

「なんだ、これは!?」
「この子……!?」
「うう……気持ち悪い」

 それだけではない。明らかに四人の身体に異変が起こっていた。
 吐きそうになって咄嗟に口許を押さえるアヤノに続いて、リンネも今にも嘔吐しそうな感覚に襲われて、言葉すら発せずにいた。
 ブレインレイドによって繋がれていた精神が、何故か強制的に解除され、『精神反動』が起こったのだ。



 突然動きの止まったワイヴァン隊に、敵陣営は好機とばかりに、次々と反撃を開始していった。
 リョウ、アヤノは仕方なくコックピットから脱出し、戦闘を放棄した。一体今までの戦いはなんだったのか、皆理解出来ていなかった。唯一分かっている事は、心身ともに不調をきたしている今、戦闘を続けるのは無謀だという事だけだ。
 そんな中、強い吐き気のあまり脱出し損ねたリンネが、グロースターの餌食になりかけていた。

「リンネ!!」

 脱出しようとしていたユキヤが、真っ先にリンネの異変に気付き、咄嗟にグロースターに体当たりして突き飛ばした。そしてリンネを傷付けないよう、器用にコックピットの上部を刃で切り離す。

「逃げるよ、リンネ!」

 むき出しになったリンネは、嘔吐しかけていたのか口許から涎を垂らして顔面蒼白と化していた。このままでは殺される。ユキヤはそんな事があって堪るかと、アレクサンダを必死で動かして、一か八かでリンネの座る破壊されたコックピットを外して地面へと降ろした。そして自身もコックピットから脱出し、敵機が攻撃を再開する先に、すぐさまリンネの傍に駆け寄った。

「リンネ、しっかり!」
「う、うう……」

 意識はある事を確認し、ユキヤは迷う事なくリンネの手を取った。

「絶対にこんな所で死なせない。逃げるよ」

 リンネは辛うじて頷けば、ユキヤに引っ張られるように起き上がった。つい先程まで搭乗していたアレクサンダを捨て置く事に未練はあるものの、ユキヤに従わない理由はない。彼と手を固く握り合えば、ふたりでその場を後にした。

 間一髪で敵機が起き上がり、リンネが乗っていたアレクサンダに銃弾が襲い掛かる。無事攻撃を逃れられたものの、ユキヤとリンネは絶体絶命であった。

 ワイヴァン隊が殺されるのも時間の問題――そんな中。

 アキトの乗るアレクサンダと赤いグロースターの前に、黄金のナイトメアが突如として現れた。
 四本の足で馬のように街を駆け抜ける黄金のナイトメア――名を『ヴェルキンゲトリクス』というそれは、動きを止めたアキトに容赦なく襲い掛かった。
 一瞬の事であった。アレクサンダはいとも簡単に、その四肢を破壊されてしまった。

 なにやら仲間内で通信でやり取りをしていたのか、赤いナイトメアは攻撃を止めた。そして、自らを庇った動かないグロースターを抱えて引き下がった。まるで獲物をヴェルキンゲトリクスに譲るかのように。

「あのナイトメア……」

 突如現れた黄金のナイトメアを前に呆然とするアキトであったが、突然、機体に通信が飛んできた。

『アキト……』

 その声はワイヴァン隊の誰でもなかった。

『生きていたとはな……しかもユーロピアの戦士とは……』
「まさか……」

 動けないアキトの前で、ヴェルキンゲトリクスのコックピットが開かれ、搭乗者が姿を現した。
 アキトと同じ色をした長い髪を結った青年が、冷徹な眼差しを向けている。

「これならお前にも私を殺せるだろう。アキト……」

 その声に応えるように、否、まるで操られるかのように、アキトも同じようにコックピットを開けた。その表情はいつもと違い、意思のない人形のようであった。

「兄さん……」

 アキトがぽつりと呟いたその言葉を、唯一無事でいたレイラ・マルカルは、すぐ傍でしっかりと聞いていた。

「兄さん!? あれは……ブリタニア軍の……」

 時を同じくして、ユキヤとリンネ、そしてリョウとアヤノも、アキトと合流するために命辛々逃げ出し、広場に辿り着いた。
 一体何が起こっているのか、リンネは勿論誰も理解出来ていないが、これだけは分かる。
 アキトと対峙しているあの『兄』は、紛れもなくユーロ・ブリタニア軍――自分たちの敵である。

「そうか。ククク……神は私の為にお前を生かした。私の大義のためだ……」

 そして、アキトの兄は左手を差し出した。

「アキト……我がミカエル騎士団と血の契約を交わせ。そして新しき人の世の創造のためにその命を捧げよ」
「兄さんは……俺に……」
「そうだ、お前は死ね。私の為に……」

 コックピットから降りたアキトは、兄に操られているかのように、ふらふらとした足取りで歩を進めた。
 明らかにアキトは正気を失っている。何が起こっているのかリンネの理解を遥かに超えていたが、そんな中、ひとりの勇気ある女が声を上げた。

「それが兄弟の……! 弟への言葉ですか!」

 レイラ・マルカルが、アキトの兄を名乗る男に向かって銃を向けた。
 だが、動じない相手に引き金を引く事が出来ずにいた。今のアキトにはレイラの声が届いていないのか、虚ろな表情で歩を進めている。
 すると、今度は別の方向から銃声が鳴り響いた。

「ヒュウガ!! そいつから離れろ!!」

 リョウが護身用で持っていた歩兵用の銃で、男目掛けて銃弾を放ったのだ。

「せっかくの再会を邪魔するとは……お前の仲間は無粋だな、アキト」

 リョウの銃弾は男には当たらなかった。だが、リョウの目的は目の前の男を殺す事ではない。日向アキトを――『仲間』を救う事であった。

「アキト!」

 リョウの呼び掛けに、漸くアキトは我に返った。

「来るな!! 離れろ!!」

 巻き込んではなるまいと咄嗟に叫んだアキトであったが、その瞬間、『兄』の元に部下らしき女性から通信が入る。

『ヒュウガ様。命令に従わず第二方面軍がこちらに増援を向かわせたようです』
「愚か者どもが……」

 男は忌々しくそう吐き捨てると、アキトに向かって不敵な笑みを浮かべ、そして最後に言い放った。

「アキト……! 必ずお前を迎えに行く。必ずだ……」

 そうして、男は再びヴェルキンゲトリクスに乗り込んで、颯爽とその場を後にした。



 過ぎてみれば一瞬の事で、リンネはユキヤと手を繋ぎながら、ただただ呆然とアキトとリョウを見遣っていた。

「アキト! 無事か!?」
「ああ……」
「あいつは、お前の……」

 すぐ傍まで駆け寄って訊ねるリョウに、アキトはヴェルキンゲトリクスが去った方角を見ながら、ぽつりと呟いた。

「ああ。俺の……兄だ……」

 リンネも、そして誰もがアキトの過去を知らなかった。
 ただ、アキトは兄がユーロ・ブリタニアの軍人である事は、今の今まで知らなかったように見受けられた。それだけは、本人を問い質さなくとも、いつもは淡々としているアキトが心ここに在らずな様子を見れば、一目瞭然であったからだ。



 wZERO部隊司令室はワイヴァン隊の現状を確認出来ずにいたが、ちょうど軍本部から作戦成功の連絡を受け、困惑していた。

「242連隊、前線を越え進撃成功です!」
「なあ、これ間違いないよな?」

 恐る恐る訊ねるクラウスに、オペレータたちが戸惑いながら答える。

「はい、敵陣営後退していきます」
「237号A17作戦、予定より30分押していますが、プランを遂行しています」
「ははは……本当かよ……作戦成功しちまったぜ……」

 命さえ助かれば御の字だ。そう思っていた作戦が、どういうわけか成功したらしい。力なく笑うクラウスと同様に、司令部の面々も困惑しつつも安堵の息を吐いていた。

「スロニム、味方勢力圏に奪還成功、確認しました」
「司令部より入電。ワイヴァン隊全員の無事が確認されました」



 革命暦228年。日本が神聖ブリタニア帝国に征服され、エリア11と呼ばれるようになって7年。ユーロピア共和国連合は、ユーロ・ブリタニアの侵略に抵抗を続けていた。
 久遠リンネたちが所属するwZERO部隊ワイヴァン隊は、戦場で金色のナイトメア『ヴェルキンゲトリクス』に遭遇する。それに搭乗する騎士の名は、シン・ヒュウガ・シャイング。日向アキトが幼い頃、生き別れになった兄であった。

2023/12/24
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