そして髑髏は笑うのだ


 無事廃病院を後にした私たちは、一先ず胸を撫で下ろした。東雲が傍にいたから平気だったとはいえ、怖くなかったと言えば嘘になる。
 まあ、一番ほっとしているのは神谷くんだろう。

「やっと終わったな……今日はやけに一日が長く感じたよ」
「そうですか? 私は短く感じましたよ。いいお土産話も出来て、満足です」
「はは。あいつらも一緒だったら良かったな。肝試しが苦手そうなのは……」

 仕事も終わり、神谷くんはいつもの頼もしいリーダーに戻っていた。尤も、五人一緒だったらリーダーとしての威厳が保てたか疑わしいところだけれど、皆、そんな事を思う人たちではないはずだ。

「私が出るよりも、Café Paradeの五人で出た方が盛り上がったかもね」

 私がぽつりとそう言うと、神谷くんと東雲は即座に首を横に振った。

「まあ、五人全員では肝試しにはならなかったと思うよ。ここはTHE 虎牙道とバランスを取る為にも、俺たち同年代組で正解だった」
「水嶋さんにはちょっと酷ですしね。アスランさんも、万が一サタンさんを落としたりでもしたら大変な事になります」

 やっぱりこの仕事を受けた時に私が思った事と同じ事を、東雲も考えていたか。アスランさんはああ見えて怖がりかもしれないと勝手に思っていたのだけれど、なるほど、あのぬいぐるみが精神安定剤のようなものなのか。
 ただ、巻緒くんの名前が出て来なかった事が意外だった。

「って事は、巻緒くんは怖がりじゃないんだ」
「ええ、恐らくは。怖がらない人がふたり揃うより、西篠さんのようなどちらに転ぶか分からない方が適任かと」
「なるほど。でも、今度は五人でもう少し怖くない場所で肝試し出来るといいね」
「いや、やはり暫くは遠慮したいところだな……」

 そう言って本気で嫌がる神谷くんを見る限り、叶うのは当分先になりそうだ。雑談もほどほどに、後から戻って来たTHE 虎牙道の皆と合流して、ロケバスに行こうとしたものの、なにか様子がおかしい。

「おや、なんだろう。バスの前に人だかりが……」

 神谷くんの言葉に、皆で頷き合えば、慌ててバスの方へ向かった。明らかにトラブルが発生している。
 真っ先に東雲がテレビ局のスタッフへ確認し、私たちの元へ戻るや否や、最悪の事態を口にした。

「どうやら、ロケバスが故障したようです。直してはいるものの、いつになるのか不明だそうで」
「うそ……」
「まあ、いつかは直るでしょう。それまではここで待機ですね」

 一瞬青褪めた私とは対照的に、東雲はいたって冷静だ。確かに、騒いだところでロケバスが早く直るわけではない。こういう時こそ平常心を保って待つのみだ。大河タケルくんや牙崎漣くんという年下の子もいるのに、びくびくしてはいられない。
 ただ、神谷くんだけは別だった。

「ここでって……あの廃病院で? 俺はここで待っていたいんだが……」
「駄目です。一人だけ外にいるなんて、それこそ危険です」

 完全に顔が引き攣っている神谷くんに、東雲は容赦なく言い放った。確かに、東雲の言っている事は正しい。別に神谷くんへの嫌がらせではなく、単独行動は危険すぎる。

「神谷くん、今度はひとりで先行するんじゃなくて、皆一緒だから大丈夫だよ」
「神谷。いいから、来なさい」

 完全に東雲が母親状態だ。首根っこを掴まれて引き摺られるかの如く、神谷くんも私たちと共に、再び廃病院へ足を踏み入れる事になったのだった。



 今回は探検ではなく、あくまでロケバスが稼働できるようになるまで待機する為にここにいる。スタッフもついてくれているし、今はもうロケ中ではないからカメラを気にする必要もない。ある意味ではリラックス出来る状況だ。
 だからと言って、若干怖い事に変わりはないのだけれど。

「ここが病院の待合室ですか。意外にも綺麗に片付いていますね」
「『元』病院だろ? だが……そうだな、廃病院にしては整頓されている気がする。照明用のライトもついているから安心だな……」

 神谷くんと東雲が話している間、THE 虎牙道の三人がどこかへ行こうとしていた。ばらばらになるより一緒にいた方が良いと思って、お節介ながら声を掛ける事にした。

「THE 虎牙道の皆さん、どちらへ?」
「あ、西篠さん! ロケ弁の匂いがしたのでちょっと行って来ようかと」
「え!? 危ないですよ」

 あっけらかんとして言う円城寺さんに驚いたものの、最年長者が一緒なら、そこまで心配する必要はない。格闘家の彼らなら、幽霊すら倒してしまいそうだし。

「ビビってんじゃねーよ! ちんたらしてたら、お前らの分も全部食っちまうぜ」
「おい、やめろ。西篠さんたちの分は取っておくべきだ」
「うるせー、チビ! オレ様がまとめて平らげてやるぜ!」

 漣くんは窘めるタケルくんに反発すれば、足音を立てて走り去ってしまった。まあ、ロケ弁はきっと多めにあるだろうし、最悪ありつけなくてもそこまでは困らない。

「私の事はいいから、漣くんを追い掛けてあげて」
「……西篠さんたちの分はしっかり確保しておく」
「タケルくん、ありがとう。頼りになるね」

 タケルくんは丁寧にお辞儀をすれば、漣くんの後を追って駆け出した。続けて円城寺さんも私に頭を下げたから、気を遣わなくて良いと首を横に振った。

「円城寺さんも大変ですね。お気を付けて」
「はい! タケルも言いましたが、漣に食われないよう皆さんの分はしっかり確保するッスよ!」
「あはは、本当に頼もしいです」

 円城寺さんも姿を消して、三人だけになってしまった。なんだか、一気に静まり返ったような気がする。テレビ局のスタッフもたくさんいるというのに。

「……おや。やけに静かだと思ったら、THE 虎牙道の三人がいないようだ」
「彼らなら、ロケ弁の匂いにつられてどこかへ行ってしまいました」
「ははっ。さすがは格闘家といったところか。度胸があるな」

 東雲は一部始終を見ていたようだ。神谷くんも今はすっかり緊張も解れたようで、とりあえずここでのんびり休む事は出来そうだ。
 そう呑気に思っていた瞬間。

 バチッ、と音を立てて、病院内の照明が消えた。

「おや、照明が消え……」
「嘘でしょ、こんな時に停電?」

 一気に血の気が引いたものの、再び電気が点いた。ほんの数秒だけだったようだ。

「……すぐに復旧しましたね。今のは一体……」
「良かった……」

 今この場で一番『ビビってる』のは間違いなく私だ。ここに漣くんがいたら笑い飛ばされていただろう。寧ろあの三人が傍にいてくれたら、不安になる事もなかったに違いない。三人と六人では、安心感がまるで違う。例えスタッフが周囲にいたとしても――そう思ったのも束の間。

「お、おい東雲、西篠……あたりを見てみろ。誰もいないぞ……」

 青褪める神谷くんの言葉に、私も東雲も周囲を見回した。
 先程まで私たちより少し離れた場所にいたはずのテレビ局のスタッフが、全員姿を消していた。

「これは……どういうことでしょう。先程までスタッフがいたはずなのに」
「忽然と姿を消すなんて……有り得るのか……?」
「さあ、私にもさっぱり……とりあえず、外に出てみましょう」

 まさか、本当の本当に心霊現象が起きているのではないか。いや、そんなわけがない。
 でも、この廃病院をロケ地に使った事で、もしここに憑りついている幽霊を怒らせてしまったとしたら。
 ――駄目だ、こんな事を考えたら。THE 虎牙道の皆は病院内にいるはずだ。そう信じたい。
 必死で恐怖を隠しながら、私は黙って神谷くんと東雲の後ろを付いていった。

「……東雲。俺が言った通り、外で待ってた方が良かったんじゃないか?」
「後悔先に立たず。グダグダ言わず……おや、どうしました?」

 出口まで辿り着いたものの、神谷くんはがちゃがちゃとドアノブを回していた。いつもスマートに扉を開けるカフェのオーナーにしては、らしくない。
 まさか。

「どういうわけか、ドアが開かないんだ……」
「うそ」

 完全に閉じ込められた。
 こんな事が起こり得るのか。THE 虎牙道の皆とは別行動になり、スタッフは突然姿を消し、出口のドアは開かないなんて。あまりにも出来過ぎている。
 これが例えば日中であれば、ドアが故障した、誰かが悪戯で外から鍵を掛けた、それこそスタッフの仕業だとか、色々考えられるのだけれど、夜も更けたこの状況下では頭も働かなかった。
 呆然とする私をよそに、神谷くんと東雲はなんとか解決しようと四苦八苦していた。

「叩いてみるか。おーい! 誰か!」
「反応がありませんね……誰もいないのでしょうか。窓で確認を……!」

 東雲が機転を利かせて、窓から外を覗き込もうとしたものの、有り得ない事が起こっていた。

「大変です、窓に目張りが……様子を窺うことが出来ません」
「そんな……そんな事って……」
「照明が落ちた一瞬の間にスタッフは消え、ドアも窓も使えず……一体何が……」

 私だけでなく、東雲も混乱している。今まで至って冷静だった東雲にとっても、予想外の事が起きているなんて、もう何も出来ない。私たちは何者か――もしかしたら人間ではない何かによって閉じ込められたのだ。

「どうしよう、私たち……幽霊の怒りを買って閉じ込められたのかな……」

 普段の私なら、こんなオカルトじみた事は絶対に口にしない。そのはずなのに、この時ばかりは恐怖で混乱していて、馬鹿みたいな事を宣っていた。
 しかも、涙声で。なんとか涙は堪えていたけれど、零れ落ちるのは時間の問題だった。
 そんな中、口を開いたのは思いも寄らない人だった。

「安心しろ、東雲、西篠。ケ・セラ・セラ。なんとかなるさ」

 あれだけ怖がっていた神谷くんが、あっけらかんとしてそう言い放った。これには私だけではなく、東雲も驚いていた。

「神谷……怖くないのですか? さっきまであんなに怯えていたくせに」
「はは、幽霊が出なければ問題ないよ。危機的状況には慣れてるからさ」

 さすが、高校卒業後は自分ひとりの力で海外を転々としていた神谷くんが言うと説得力がある。私も涙が引っ込んで、少しずつ平常心を取り戻し始めていた。

「神谷くん、本当に幽霊じゃないの?」
「ああ。それにしても『幽霊を怒らせた』とは……西篠は相変わらず優しいな」
「優しいんじゃなくてビビりなだけだよ。勝手に立ち入ったら駄目な場所だったのかなとか、色々考えちゃって……」

 情けない、と若干瞼に浮かんだ涙を拭って溜息を吐くと、誰かが私の手を掴んだ。
 東雲だ。

「こうしていれば、少しは不安も解消されませんか?」
「……ありがと」

 まるで大人が子どもの手を繋ぐような感じで、更に情けないと思ったけれど、正直強がっている余裕はなかった。ぎこちなく手を握り返すと、東雲は微笑んだように見えた。手から伝わるぬくもりのせいか、顔が熱くなる。

「収録に使った地図によると……廊下の先に裏口があるみたいだ。行こう」

 神谷くんは私を気遣うように笑みを浮かべながらそう言って、彼を先頭に裏口へ向かう事になった。
 私が東雲と手を繋いでいるところを誰かに見られたとしても、この状況下なら穿った目で見られる事はないはずだ。神谷くんも一緒だし、所謂男女の関係に見えるような光景ではない。
 これがロケじゃなくて本当に良かった。恋愛関係には見えないとしても、出来る限り迂闊にアイドルに近付いた事による炎上は避けたい。

「地図によると裏口は……よし、こっちだな」
「いいえ、あちらですよ」

 神谷くん、大丈夫か……と思ったけれど、東雲がしっかり道順を覚えているなら、なんとかなるだろう。完全に人任せにしている私が言えた事ではないけれど。

「相変わらず方向音痴ですね。頼もしいのだか、そうでないのだか」
「はは、すまないすまない……ん? 今、女の子の影が見えたような……?」
「女の子の影ですか……いけませんね。また顔が強張っていますよ」

 私と東雲が見掛けた幽霊役の女の子がここにいるのだろうか。
 だとしたら、これって本物の幽霊の仕業では当然なく、ドッキリでロケが続いているのではないか。
 ……もしそうなら、幽霊よりも恐ろしい事がある。今こうして東雲と手を繋いでいるシーンが番組で流れ、私のSNSアカウントが炎上する可能性がある事だ。

「落ち着いて、神谷。アメちゃんでも食べますか?」
「アメちゃん……はは、こんな時でも持ってるとは、昔と変わらないな」
「西篠さんは、もう大丈夫そうですね」

 東雲は私から手を放して、ポケットから包装された飴玉を取り出して、神谷くんに手渡した。そして、私にも。

「ありがと。これも東雲の手作り?」
「ええ。きっと西篠さんの緊張も解れるはずです」

 包装を解いて、飴玉を口に放り込む。……懐かしい。大学受験当日に東雲がくれたものと同じ味がする。甘ずっぱくて、優しい気持ちになる。そして、切ない気持ちにも。

「昔といえば……高校時代も、こんなことをしましたね」

 東雲が突然そんな事を言い出して、もし今本当にロケが続いていたとしたらまずいと、思わず飴玉を飲み込みそうになってしまった。私との遣り取りを話そうものなら、当時付き合っていたのではないかと誤解される可能性がある。でも、それは杞憂に終わった。

「学園祭の前夜、神谷の忘れ物を取りにふたりで学校に忍び込みましたね。ふふ……懐かしいです」

 東雲の口から紡がれた言葉は、私との出来事ではなく、神谷くんとの思い出話だった。

「へえ、そんな事があったんだ。やんちゃしてたんだね」
「ふふっ、真面目な西篠さんには考えられない事でしょうけど」

 これなら、もし今ロケが続いていたとしても大丈夫だ。もしかしたら東雲もそれを分かっていて、私には縁のない話だと強調して、視聴者に変に勘繰られないよう気遣ってくれているのかも知れない。

「学校へ忍び込んだ時も、こうして、後ろを恐る恐るついてきましたよね」
「そうそう。怖がる俺を面白がって、東雲がイタズラで俺の肩を手でトントンと……」

 その場を見たわけでもないのに、東雲がそういう事をする様子が目に浮かぶ。今の私はもう東雲と手を繋がなくても怖くない。ふたりの話を笑いながら聞ける程度には落ち着いている。
 そのはずだったのに。

「……って、行ったそばから肩を叩いてくるとは。このタイミングじゃ、ちっとも怖くないぞ。ははは!」
「なんのことですか。私、何もしてませんよ?」
「え……だけど今、俺の肩を……」

 どうやら誰かが神谷くんの肩を叩いたらしい。さすがに私が泣くほど怯えていた経緯があるだけに、この期に及んで東雲が神谷くんを怖がらせようとはしないはずだ。

「じゃあ誰が……っ!」
「一応言うけど、私じゃないよ」

 神谷くんにそう言ったものの、これ、言わない方が良かったかも知れない。
 いっそ嘘を吐いて、私が肩を叩いた事にしたほうが良かったのでは。
 嘘は吐きたくないけれど、嘘も方便ということわざもある。少なくとも今は、ことわざに従ったほうが良かった。

「で、出た!! 幽霊だ!!!!」
「え……待ってください、神谷!」

 神谷くんは東雲でも私でもない誰かに肩を叩かれたと、大声で叫びながら走り去ってしまった。
 ぽつんと取り残された私と東雲は、互いに顔を見合わせた。

「ねえ、東雲。これってもしかして、あの女の子じゃない?」
「でしょうね」
「ていうか神谷くん、あの子の存在知らないんじゃ……」
「ふふっ」

 私の何気ない問いに、東雲は不敵に笑みを浮かべてみせた。
 なるほど。東雲は今この状況も『ロケ』だと把握していたのか。果たして電気が切れたりした時に驚いていたのは演技だったのか、あの時点で察していたのか。分からないけれど、少なくとも私よりずっと早い段階で気付いていたはずだ。

「神谷くんにわざと言わなかったの? 本当東雲、いい性格してるよ……」
「西篠さんも同じじゃないですか」
「私は違うって! 幽霊役の子がいるって、神谷くんも知ってたと思い込んでただけ……」

 どっと疲れた。東雲の優しさにときめいた自分が馬鹿みたいですらある。私のときめきを返してよ。そう言いたいけれど、そもそも東雲は私に恋愛感情なんてないのだから、言えるわけがない。

「とりあえず、神谷くんを追い掛けなきゃね」
「ええ。間違いなく迷子になってます」
「……それでよく世界旅行出来たなあ……」

 ただ、ケ・セラ・セラと言って私たちを励ました神谷くんは、本当に頼もしく心強かった。そういうシーンがあったから、幽霊に怯える姿が番組で使われても、情けないという印象だけで終わらないから大丈夫だ。
 問題は私だ。成人した大の大人が涙声でオカルトめいた事を口走り、挙句の果てにアイドルに手を繋いで貰うとは。そこは使わないで欲しいと思ったけれど、私がテレビ局側の人間なら、多分使うと思う。絶望的だ。



「そ、外だ……やっと出られた……」

 裏口を突破して、漸く外に出られた神谷くんに続き、私と東雲も外に出た。なんと空気の澄んでいる事か。別に廃病院の中が淀んでいるというわけではないけれど。

「神谷、置いて行かないでください……!」
「あっ、すまない……だけど、見てみろ東雲。外だぞ、外!」
「ええ、そうですね……おや、誰かがやってきます」

 私たちの視界の先で、テレビ局のスタッフが看板を抱えてこちらに駆けて来た。何が書かれているのか、最早考えなくても分かる。

「看板を持ってるな……『ドッキリ大成功!』……ドッキリだったのか?」
「……やはり、そんなことだろうと思いました」

 私は最後の最後で気付いたけれど、改めてドッキリだと言われて、心の底から安堵した。危うい言動は多々あったものの、炎上的な意味でまずそうなところはカットして貰うよう後で相談するしかない。まあ、最悪そのまま放送されても、実際に付き合っているわけではないのだから、せいぜいボヤで終わるだろう。とりあえず今はそう思う事にしよう。

「東雲……気付いていたのか?」
「ええ、まあ……スタッフ全員が消えるなんて、現実的ではありませんから」
「そうか、言われてみれば……けど、言われるまで分からなかったよ。スタッフさんの策にしてやられたな、ははは!」

 かくして、チームCafé Paradeーー年長者二名とおまけ一名のロケは無事終了した。あとはTHE 虎牙道の三人が脱出するのを待つのみだ。彼らなら何も問題はないだろう。寧ろ幽霊よりタケルくんと漣くんが喧嘩していないか心配だ。
 三人の帰りを待ちつつ、スタッフの人たちに挨拶して雑談していると、東雲と神谷くんの遣り取りが耳に入って来た。

「今回も東雲がいてくれたおかげで乗り切れたよ。ありがとう」
「水くさいですね、神谷が手のかかるのは昔からのことですよ。それに、神谷は私にとって大切な仲間であり友人でもあるのですから。困っていたら支えるのは、当然のことですよ」
「はは……そうか。東雲の存在は、本当にありがたいよ……あ!」

 神谷くんの口から、なんだか不穏な声が聞こえた気がする。

「どうしました?」
「……その……ポケットの中に店の鍵がなくて……恐らく、現場に……」

 いくら今までの出来事がすべてロケだったとしても、さすがにまた廃病院に行けと言われたら、迷わずNOと言う。私なら。

「し、しのののののめ! もう一度一緒に行こう! いざ、廃病院へ!」
「嫌です。ひとりで行って来てください……ふふふ」
「くっ……さっきの言葉はなんだったんだ……!」

 結局神谷くんと東雲のふたりで廃病院へ戻り、THE 虎牙道のタケルくんから鍵を手渡されたのだという。とりあえず、ロケではない本当の肝試しが始まらずにほっとした。
 幽霊はいないと分かっても、今なら言える。やっぱり怖かった。空気も重かったし、遊び半分で来るような場所ではないとも思う。『幽霊を怒らせて閉じ込められた』という私の発言も、冷静になれば馬鹿げているとは思うものの、絶対にないとは言い切れない気がして来た。番組としても、度胸試しで立ち入り禁止の建物に入らないよう、私の発言を注意喚起という意味でも使うつもりでいるとの事だった。ちょっと恥ずかしいけど仕方ない。

 別行動だったけれど、今回の番組のMVPはきっとタケルくんに違いない。私はタケルくんに駆け寄って、労いの言葉を掛けた。

「タケルくんが鍵を取り戻してくれたんだ。さすがだね」
「いや……女の子が拾って渡してくれたんだ」
「あの女の子だったんだ! まだ小さいのに、本当に偉いよね」
「ああ……」

 やっぱりあの子は幽霊役として、THE 虎牙道の皆の前でも演技力を発揮したようだ。別に危害を加えられたわけではないし、最後に良い話で締めるあたり、きっと良い番組に仕上がるはずだ。

「あの子はぬいぐるみを探していたらしい。俺が偶々拾って返したら、代わりに幸広さんの鍵を渡してくれたんだ」
「なるほど、いい話だね。今回の番組はタケルくんが主人公みたいな感じだね」
「ハァ!? オレ様が主人公だっつーの!」

 私の発言が気に障ったのか、漣くんが間に割り込んできて、収拾が付かないままロケは終了し、元々故障などしていなかったロケバスに乗り込んで、私たちは無事帰路を辿って行った。
 ただ、私たちは後から気付く事になる。あの女の子が幽霊役の子役なら、このロケバスに乗って私たちと一緒に帰るはずだ。あの子はこのロケバスに同乗しておらず、それどころか番組スタッフも子役を雇った覚えはない。恐ろしい事実を知るのは、もう少し後の話――。

2023/06/04

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