輪舞に寄す
ルクスは今まで気に留めた事もなかったが、キャンプ・ブロークングラスから見上げた魔導城――『バブイルの塔』は、明らかにこの世のものとは思えぬほど、異質な存在と化していた。本来ならばここから肉眼では見えないはずの城が、今や各地に存在している『塔』と同じように、禍々しい光を放つ事で、その存在を知らしめている。否、あれは光ではない。ルクスには闇そのものに見えた。
「――これはアルフィノ様のご助言をもとに推察した、ただの仮定に過ぎませんが」
イルサバード派遣団とともに魔導城へ向かう道中、ルクスはウリエンジェに声を掛けられ、彼の話に耳を傾けていた。
「ルクス、あなたが『ハーフガレアン』である可能性はありませんか?」
聞いた事もない言葉に、ルクスは怪訝な顔をした。とはいえ、その言葉が何を意味しているのかは理解出来た。ガレアン族と他種族の間に生まれた子、という意味であろう。
何故ウリエンジェがそんな事を問うのか。それは、ガレアン族が魔法を使えること自体が有り得ないからだ。
だが、ルクスにはまるで心当たりがなかった。
「いえ、両親ともにガレアン族に違いありません。私自身も見るからに『それ』以外考えられませんが……」
「それが……アルフィノ様が仰るには、ハーフガレアンでも額の器官という特徴は現れる、と」
「つまり、私の両親のどちらかが不貞を働いたとでも?」
いくら縁を切ったとはいえ、ルクスは何も知らない他国の人間に実の両親を貶されるのは腹が立つと、ウリエンジェを睨み付けた。そんなふたりの間に、アルフィノが割って入る。
「あくまで可能性の話に過ぎない。ただ……覚えているだろうか。君がフォルドラを助けた時に一緒にいたアラミゴ人の事を」
「……『暁』のアレンヴァルド・レンティヌスの事ですか?」
「彼の事を知っているのか!」
アルフィノは嬉しそうに表情を綻ばせれば、寄り添うようにルクスの傍に来て言葉を紡いだ。
「アレンヴァルドは私の友人なのだ。彼もハーフガレアンで、『超える力』を持っている」
「彼『も』って……私がそうだと何故言い切れるのですか? 仮定では?」
訝し気に訊ねるルクスに、アルフィノはウリエンジェと顔を見合わせれば、今度はウリエンジェが答えた。
「あなたがファダニエルに『改造』されるより前から、バブイルの塔には蛮神アニマが存在し、ガレマルドの民はテンパードと化していました」
今思えば、アサヒと――否、ファダニエルと共に帝都で暮らしていた時は、既に民衆はテンパードと化していたのだ。ルクスは当時の事を思い返した。軍を離れ、帝都に戻った頃は、家族ともまだ会話が成り立っていた。
いつから帝都の民は洗脳されたのか――異変を感じたのは、己が第I軍団への支援から戻った翌日ではなかったか。
考え込むルクスに、今度はヤ・シュトラが傍まで歩み寄る。
「帝都から離れていた者、そして例のラジオを手にしていた者は、テンパードから逃れる事が出来た。ルクス、あなたは運良く逃れられただけかも知れないけれど、ファダニエルが私たちに宣戦布告したあの日から、ずっと魔導城に軟禁されていたのよね?」
ヤ・シュトラの問いにルクスは頷いたが、一部分だけ理解出来ない言葉があり、大した事ではないと思いつつも訊ねてみた。
「あの、『例のラジオ』とは?」
「ああ、あなたはそれも知らないのね……『超える力』を持たない私たちはテンパード化を免れる為に、ラザハンの錬金術師によって編み出された『護符』を持っているの。帝国の民衆が持っているラジオにも、護符と同じ成分が使われているようなの」
「では、私も護符めいたものを偶々持っていた可能性は……」
自分の装備にその成分とやらが使われているのではないかとルクスは思ったが、ヤ・シュトラは首を横に振った。
「あなたが魔法で眠らされている時に調べたけれど、それらしきものはなかったわ。つまり、考えられる可能性はふたつ」
ルクスはヤ・シュトラの言う可能性を、自分がガレアン族かハーフかに切り分けられるものだと思っていた。だが、彼女の仮定はルクスの想像を越えていた。
「あなたはハーフガレアンで、『超える力』も魔法も使える。帝国人として生きて来たから、ただ単に使い方が分からず、今このタイミングで発動する事が出来た」
「……もうひとつは?」
「あなたはガレアン族だけれど、どういうわけかハイデリンに選ばれて『超える力』を与えられた。魔法はファダニエルに改造されて使えるようになった、といったところかしら」
ハイデリンに選ばれた。
一体それはどういう事なのか。
第XIV軍団では超える力の研究を行っていたが、どんな条件でその力を得るのかまでは、ルクスは知らなかった。確かに、『暁の血盟』は超える力を持つ者を集めていたが、今ここにいる賢人たちはその力を持っていない。かの英雄をはじめ、かつての盟主ミンフィリアやアレンヴァルド、ガレアン族に超える力を与える為に実験体として捕らえたクルル・バルデシオン。他、数はそれなりにいるものの、全員ではない。
ヤ・シュトラの言う『ハイデリン』とは、通常の意味ならばこの星の名称である。つまり、星が意思を持って光の戦士になり得る者を選別するというのか。
それは、ルクスの理解を遥かに超えていた。
「私はどちらも有り得ると思っているわ。ウリエンジェは前者を推しているようだけれど」
「ええ。いくらファダニエル――アモンが魔科学者とはいえ、ガレアン族が魔法を使えるようにするなど……そんな事が有り得るのかと。ましてや、理由も利点も考え難く……」
ウリエンジェの疑問は、寧ろルクス本人が知りたいところであった。ルクスはファダニエルに『超える力』の付与しか願っていないというのに、彼らの見解はまるで異なっているのだから無理もない。
嘘を吐いているのは誰か。尤も、それこそ『暁の血盟』がルクスに嘘を吐くメリットはなく、逆にファダニエルの言葉は何を信用すれば良いのか分からないのが現実である。
「私は、一体……何なの……」
徐々に魔導城が近づくにつれて、ルクスは不安を覚えはじめていた。
今更敵としてファダニエルと、そしてゼノスと対峙する事が恐いのではない。
ファダニエルに何をどう改造されたのか、今になって恐くなったのではない。
それ以前の問題である。
『暁の血盟』の見解が事実であれば、ヤ・シュトラの仮定のどちらかであっても、ルクスにしてみれば自分自身が『恐怖』そのものであった。
ガレアン族たるものが、『超える力』を持っているなど、あってはならない事だ。
魔法が使えないからこそ、魔導技術を生み出して大国となったガレマール帝国にとって、ルクスのような存在は、異質そのものであるからだ。
心ここに在らずな状態のルクスを現実へ引き戻したのは、かの英雄であった。
突然後ろから肩を叩かれて、ルクスは小さな悲鳴を上げて我に返った。
ごめん、と謝る英雄に、ルクスは振り返って見遣れば首を横に振った。
「いえ、いつもならこんなにぼうっとする事はないのですが……。信じられない事を色々と聞かされて、正直言うと、混乱しています」
英雄は無理もない、と同調するように頷けば、今度は神妙な面持ちを浮かべてこう告げた。「ファダニエルは絶対にルクスを利用しようとしている。何を企んでいるか想像も付かないが、油断するな」と。
ルクスは自分自身にそこまで利用価値があるとは思っていなかったし、ファダニエルはせいぜい世界崩壊までの時間稼ぎに己を使うつもりだったと認識していた。何故己の身体を求めたかは、正直考えたくないというのが本音であった。
少しでもアサヒの意思が残っているのなら、それに応えるまでだとルクスは思っていたが、『暁』の話ではどうやらそういうものでもないらしい。死者は死者でしかなく、アシエンはただ憑依した肉体の記憶を情報として認識し、そのように振る舞うだけ。そこに死者の意思は存在しない。
もしそれが事実ならば、己はアサヒになんて不誠実な事をしたのだろう。ファダニエルに従わず、魔導城から逃げ出すのが正解だったのか。ルクスは答えの出ない問いを心の中で投げ掛ければ、深い溜息を吐いた。
「顔を合わせるのが気まずいのなら、無理に同行しろとは言わん。キャンプ・ブロークングラスに引き返すなら今のうちだ」
今度はエスティニアンが横から声を掛けて来て、ルクスは頬を引き攣らせた。
どうやらこの男はどこまでも己を信用する気がないらしい。いや、それが当たり前なのだ。彼以外の『暁』の者が皆、底抜けに御人好しなだけである。
「とはいえ、別行動を取った結果、ファダニエルにルクスを連れ去られたら何が起こるか分からない。一緒に行動するのが一番安全……と言うより、こちらにとっても好都合だ」
今度は後方でサンクレッドがそんな事を言ってのけた。庇っているのかいないのか定かではないが、ルクスから見て、敵対心は薄れているように感じた。
そして最後に、ルクスの前にアリゼーが駆けて来て、相も変わらず人を疑う事を知らないような純真な目を向けた。
「でも、自分の事が分からないのは不安よね。だって、ガレアン族なのにいきなり魔法が使えるようになっちゃった……のよね?」
「はい、それは事実です。前々から目覚めていれば、自覚がなくとも、ゼノス様や仲間たち、誰かしらが気付くはずですから」
「そうね。一概に魔法と言っても、使えるようになるためには鍛錬が必要だし……やっぱりファダニエルがルクスの身体に何か仕掛けたのかも知れないわ」
アリゼーがそこまで言うと、今度は英雄が何かに気付いたかのように目を見開いて、ルクスに訊ねた。「そういえば、『過去視』は使えないのか」と。
過去視についてはルクスも知識として持ち合わせていたし、ドマで目の前の英雄が己に対し過去視を使った事も記憶に新しい。ルクスは英雄の問いに対して、やんわりと首を横に振った。
「それらしきものは、まだ何も……」
これには『暁』の面々も互いに顔を見合わせて、首を傾げた。そしてヤ・シュトラが再度問い掛ける。
「例えば、急に誰かの記憶が映像で流れて来る感覚だとか……」
「それは、眠る時に見る夢とはまた別ですか?」
「ええ、この人も過去視を見る時は、強制的に意識が途切れて『見せられる』……といった感じかしら?」
ヤ・シュトラの問いに、英雄は頷いた。もしかしたらルクスは『超える力』を持っているのではなく、実はファダニエルに前々から改造されていて、テンパードにならない施しを受けているのではないか――英雄は新たな説を思い浮かべたが、考えたところで何が解決するわけでもない。ファダニエル本人を問い質すしか手段はないであろう。
現に、ルクスは『超える力』の自覚はないように見える。寧ろ、持っていないと判断するほうが辻褄が合うのではないか。英雄はそこまで考えて、再度ルクスに訊ねた。質問責めにするのは、恐らくはこれが最後であろう。バブイルの塔はもう、すぐ傍まで迫っているからだ。
英雄は最後に「ハイデリンの声を聞いた事はあるか。『聞いて、感じて、考えて』――」そう問うたところ、ルクスは一瞬目を見開いたが、すぐに困惑の表情を浮かべた。
「……分かりません。聞いていないのか、覚えていないのか、それすらも……」
会話はそこで一旦中断となった。
一行の目的地、フォルム・パーテンズに辿り着いたからだ。
ルクスがかつてエオルゼアでスパイとして活動していたのと同じように、サンクレッドも帝国でスパイ活動をしており、魔導兵器工場『エンセラダス魔導工廠』の地下鉄道が魔導城に繋がっていると、予め把握していたのだ。
陽動班が魔導城の外で戦う間、『暁の血盟』をはじめとする突入班が魔導工廠からバブイルの塔に潜入するという段取りである。
その為、まずは外れにあるフォルム・パーテンズで突入班と合流する事となったのだ。
「待ってたよ……! いよいよバブイルの塔に突入だね……!」
そこで待っていたのは、アラミゴ独立で大いに活躍したリセ・ヘクストと、アジムステップで生きるアウラ族の者たちであった。
「ルクス、こうして直に顔を合わせるのは初めてだね」
「……リセ・ヘクスト。私は……」
かつて第XII軍団としてアラミゴを蹂躙していた己が、彼女と対面するのは気が引ける。ルクスは気まずそうに目を逸らしたが、対するリセは凍てつく氷をも溶かすような明るい笑みを浮かべてみせた。
「アリゼーから聞いたよ、フォルドラを助けてくれたって」
「…………」
「お互いに遺恨はあっても……今はテンパードになった帝国の皆を助ける事だけを考えよう。一緒に戦おう、ルクス!」
そう言って手を差し伸べるリセもまた、紛れもなくアラミゴという国を救った英雄のひとりであった。
ルクスは恐る恐る目を合わせれば、ぎこちない手付きでリセの手を握った。
そうしてルクスにとって、恐らくは人生で一番長く果てしない夜が、間もなく始まろうとしていた。
2023/12/29