痛ましい嘆きは過ぎ去り



 ルクスたちを乗せた飛空艇は無事ドマの領域へと辿り着いたものの、既にこの地は帝国領ではない為、許可なく着陸するわけにはいかなかった。今回は侵攻ではなく『和平交渉』であり、ドマ側から事前に許可を得ているわけでもない。
 だが、アサヒには秘策があった。ドマ古式の狼煙信号を用いて、停戦の使者だと示す事が出来るのだという。ルクスは若干半信半疑ではあったが、他に策はないだけに、着陸までの間『その後』の振る舞いについて脳内でシミュレーションする事にした。
 あくまで己たちは皇帝陛下であるヴァリス帝の命で和平交渉に来たという事になっており、ゼノスの事は伏せる必要がある。詳しい理由はルクスの知るところではないが、とにかく任務を全うするだけだと自分に言い聞かせていた。



「さて、取り敢えずは守備良く行きましたね。問題はこの後ですが……」

 カストルム・フルーミニスへ降り立ったアサヒの後ろを、ルクスたちが付いていく。最悪ドマの者たちに刃を向けられ追い払われるかと思っていたのだが、その不安は杞憂に終わったどころか、思いも寄らない人物がルクスたちを出迎えた。
 現ドマ国主、ヒエン・リジンと、彼に仕える忍びのユウギリ、そして――ルクスにとって第XIV軍団の仇、エオルゼアの英雄がそこにいた。
 ルクスは一瞬殺意を抱きかけたが、偶然か否か、アサヒと目が合って我に返った。

「我々は和平交渉の為に来ています。ルクス、どうか今だけは……」
「……分かっています。任務を全うする為、個人的な感情は切り捨てます」
「ありがとうございます」

 そうして互いに目配せして頷けば、ヒエンたちの傍へ歩を進め、アサヒは愛想の良い笑みを浮かべて仰々しく声を上げた。

「これはこれは、ドマの若君御自らお出迎え頂けるとは!」
「停戦の使者となれば、相応の礼節を以て応じるのが筋というもの。そうだろう? 帝国の……」
「失礼致しました。私の名は、アサヒ・サス・ブルトゥス。帝都より大使として派遣されて参りました」

 簡潔に自己紹介するアサヒをよそに、ユウギリがヒエンへ耳打ちする。

「アサヒ……ナエウリ家の嫡男、ヨツユの義弟です」
「おや、私の事を御存知とは! さすがは音に聞こえし霧隠の忍びさん。諜報員としても一流でいらっしゃる!」

 今更ではあるが、ルクスは自分が同伴しているのはまずいのではないか、と早くも任務遂行の雲行きが怪しくなってきたと感じた。
 ユウギリとは、まさにこのドマの地で対峙した事があるからだ。諜報員ならば、当然己の立場も把握しているだろう。更には二度も対峙したエオルゼアの英雄までいるとは、四面楚歌と言っても過言ではない。
 まさかヒエン直々に出迎えに来るとは思っていなかっただけに、ルクスは一抹の不安を抱きつつ、アサヒの動向を窺った。

「確かに、前代理総督のヨツユは、私の義姉です。ですが、私は苛烈な圧政を敷いて来た彼女とは違う! 戦う為ではなく、戦いを止める為に来たのです!」

 そう主張するアサヒであったが、当然ユウギリは納得する様子はなかった。

「……ヒエン様。彼の後ろにいる女軍人は、ゼノスの側近です」

 その言葉に、ヒエンは眉を顰めた。ユウギリに同意するように、エオルゼアの英雄も頷いて、ルクスを見遣れば「ラールガーズリーチ、そしてドマでも戦った事を覚えているか」と訊ねた。
 もうここは、本心に反してもひたすら謝罪するしかない。そう決めてルクスが口を開こうとした瞬間、アサヒが庇うように一歩前へ出て、笑みを浮かべたままさらりと返した。

「確かに、ルクス――第XII軍団の幕僚である彼女は、ゼノス軍団長の側近でもありました。ですが、彼女は本来剣を振るうのではなく、対話による解決を望み続けた方です」
「アラミゴでもドマでも剣を振るい続けた軍人がか?」

 そう訊ねたのはユウギリだが、英雄も同じ気持ちである事は明らかであった。アサヒは気まずそうに視線を逸らしたものの、すぐに真っ直ぐな目で彼らを見遣った。

「それを言われてしまうと何も返せませんが……ただ、ルクスは属州民差別をなくすべきだと声を上げ続け、このドマでも圧政をなくそうと、住民と交流を試みていました。結果、姉や閥族派の反感を買い、戦場から離脱せざるを得なくなったのですが……」

 それ以上語るのは野暮だと、アサヒはいったん咳払いしてルクスへ顔を向ける。ひとまずヒエンたちに信用して貰うまではいかなくとも、敵意がない事だけはアピールしなくてはならない。ルクスは頷いて、数歩前へ出てアサヒの隣に立ち、各々の顔を見遣った。

「皆様が私の事を信用出来ないのは、無理もありません。ただ、アサヒ様の仰る事は事実です。力及ばず、圧政を止める事は出来ませんでしたが……」

 訴えるようにそう告げるルクスに、実際に剣を交えたユウギリは当然信用出来ずにいたが、ヒエンは少しばかり考えを改めたようであった。

「ドマの民と交流、か……本人たちに確かめればすぐに分かるような、あからさまな嘘を吐くようにも思えん。その点に関しては事実ではあるのだろう」

 だからと言って、ゼノス率いる第XII軍団が犯した罪が消えるわけではないが――ヒエンだけでなく、ユウギリも英雄も同じ事を思ったが、それを今ここで論じる必要はない。彼らは『停戦の使者』として来ているのだから。嘘か真かは別として。

「私は、帝国の属州政策を内側から変える為、ここにいるマキシマら民衆派の同志たちと活動を続けて来ました。そして、その活動を認めてくださったヴァリス帝により、全権大使の任を与えられ、派遣されて来たのです! ドマと和平交渉をする為に!」

 そう訴えるアサヒに、ヒエンはこのまま話していても埒が明かないと、一先ず彼らを受け入れる事とした。

「……あいわかった。これ以上は、立ち話でする内容でもあるまい。貴殿らを客人として、我が館に招こう。ドマ町人地まで、ご同行願いたい」
「勿論、喜んで!」

 かくして、ルクスたちのドマ訪問は正式に許可される事となったのだった。





 帰燕館へと招かれたアサヒ一行は、己たちの目的――和平交渉に伴い、捕虜交換を行いたいと願い出た。捕虜の中にはヨツユも含まれており、彼女の名前を出した途端、ヒエンたちは微かに動揺を露わにした。ヨツユの生存は明白であったが、すぐに捕虜交換を承諾するわけにもいかないヒエンは、一旦話を預かる事とし、結論が出るまでアサヒたちはドマに滞在する事となった。

 それにしても。
 ルクスは館で非常に居心地の悪さを感じていた。タイミング悪く、暁の血盟のアルフィノ・ルヴェユールと妹のアリゼーもドマに滞在しており、話し合いの場にも同席していた為である。
 相手も恐らく己の事を認識しているから居心地が悪い、というよりも、第XIV軍団の仇である『暁の血盟』を前にして、いつ手が出てしまうか分からない凶暴さを抑えるのに必死であった。当時アリゼーは暁の血盟にはいなかったとルクスは把握していたが、アラミゴでは既に一員となっていた。正直細かい事はどうでも良く、『暁の血盟』は全員第XIV軍団の仇とすら思っていたのだが――。

「ねえ、ルクス……って呼んでいいのかしら。ちょっといい?」
「え? 私……ですか?」

 突然アリゼーとエオルゼアの英雄に声を掛けられ、ルクスは呆けた顔で小首を傾げた。全権大使として来ているアサヒならともかく、単なる付き添いである己に構う理由が分からなかったからだ。
 考えられるのは、これまで敵対していただけに文句のひとつでも言いたいのだろうか。ならば、ここは不本意ながらも低姿勢に出て、一芝居打ちアサヒの負担を軽減するのも悪くない。ルクスはそう決めて、口角を上げた。

「構いませんが、何の御用でしょうか」

 ルクスの問いに、アリゼーは敵対心のない、愛想の良い笑みで答えてみせた。

「あなた、ドマの人たちと交流してたのよね? ここからそう遠くないなら、彼らに会いに行かない?」

 成程、そう来たか。事実であれば断る理由はなく、云わば踏み絵といったところか。ルクスは内心失笑したが、この件に関してはアサヒも己も嘘は吐いていない。演じるまでもなく、堂々としていれば良いだけの話であった。





「ああ、あんた! 生きてたのか!」

 ルクスがドマに派遣されていた当時、現状を把握する為に回っていた集落の者たちは、彼女を見るなりまるで幽霊でも見たかの如く目を見開いて驚いていた。
 その反応に、英雄とアリゼーは首を傾げる。

「生きてた? ルクス、あなたもしかして、ヨツユを守る為にここで戦ってたの?」

 アリゼーの問いは見当違いではあるものの、至極当然の推察であった。ドマの民から死んだと思われていたという事は、ヒエンがヨツユを討ち取った際、ルクスも戦場にいて戦死したと考えるのが自然であるからだ。
 事実を話そうか言葉に詰まるルクスの代わりに、ドマの民が答える。

「逆だ逆。この軍人さんは、ヨツユの圧政を止める為にドマに来たんだ。だが、それがバレてヨツユに殺された……と聞いていたんだが。まさか一命を取り留めていたとは」
「正直あの時はあんたの事も信用出来なかったが……こうしてエオルゼアの英雄と一緒にいるって事は、本心で行動してたのか。疑ってしまって悪かった……」

 ドマの民衆が次々にルクスを労わる言葉を口にし、これには英雄とアリゼーだけでなく、ルクス本人も驚いていた。今こうして平穏な暮らしをしているドマの民を見れば、属州政策は完全に失敗である事はルクスも痛感せざるを得ない。だからこそ、帝国人である己が彼らに謝罪されるのは、さすがに間違っているのではないかと思ったのだ。
 だが、彼らが何の違和感もなくルクスにこんな言葉を掛けるのは、己の隣に『エオルゼアの英雄』がいるからでもある。

「謝らないでください。結局何も出来ませんでしたし、謝罪するのは私のほうです」

 苦笑してそう告げるルクスに、アリゼーは肩を竦めて言い放った。

「謝るのは良いけれど、今回は正式に和平交渉の為に来たんだから、もっと胸を張ったらどう?」

 和平交渉――その単語を耳にした瞬間、ドマの民衆たちはどよめいた。まだこれからの話であり、事がうまく運ぶとは限らないだけに、ルクスはここでも居心地の悪さを感じる羽目になった。



 帰燕館へと戻る道中、アリゼーはルクスに向かって訝し気に問い掛けた。

「あなたがドマで尽力していたのは分かったわ。でも……アラミゴでも同じ事をして欲しかったわね」

 ルクスは何も言い返せなかった。
 ラールガーズリーチにおける戦闘では、反乱軍だけでなく、剣を持たないアラミゴの民衆も犠牲になった。それと、彼らは知らないだろうが、ルクスはドマの地で大規模な反乱が起こった際に、ゼノスと共に反乱軍を制圧した経験がある。
 すべては上官の命令で仕方なかったと、都合の悪い事はゼノスのせいにしてしまえば辻褄は合うが、それは避けたかった。ゼノスが生きている事を伏せなければならないものあるが、ルクス自身はゼノスの事を嫌ってもいなければ、否定する気もないからだ。
 弱き者を守る為には、力ある者が上に立つ必要がある。第XIV軍団にいた頃のガイウスの教えを、ルクスは今でも肯定しており、まさにゼノスはその器に値すると思っていたのだ。

 黙り込んでいるルクスに、今度はエオルゼアの英雄が問いを投げ掛けた。アラミゴでもドマでもゼノスと一緒に行動していた筈だが、民衆との交流、およびヨツユに殺されかけた事に関して、ゼノスは何も言わなかったのか、と。
 この件に関しては、隠す必要はない。主にルクス自身のプライドが枷であるが、今回の任務の主導権はアサヒにあり、己ではない。この際恥だなんだと考えている場合ではなかった。

「……まず大前提として、私はアラミゴで厄介払いにあって、ドマに左遷されました。英雄殿、私があなたと対峙した時は、偶々ゼノス様が視察に来られた為、合流しただけだったのです」

 英雄は「ゼノスの側近が左遷?」と怪訝な顔をしたが、対してアリゼーは成程、と頷いた。

「あれだけ属州民への差別が蔓延っていたのだし、ルクスみたいに現状を変えたいと思っている人がいれば内輪揉めになるでしょうね。ゼノスの真意はどうであれ、直接管轄していないドマに追い遣られたのは納得がいくわ」

 ルクスは内心安堵しつつ、言葉を続けた。

「後はドマの皆様が仰られた通りです。圧政ではまた大きな反乱が起こる事は明白です。ゆえに、ヨツユ殿と協力関係を結ぼうとしたのですが……気付いたら帝都のベッドの上にいました。奇跡的に助かりはしましたが、戦場復帰は叶わず……病床でゼノス様の戦死、そしてアラミゴの独立を知りました」

 ゆっくりと歩を進めながら、慎重に言葉を紡ぐルクスであったが、英雄が立ち眩みのように頭を抱えてふらついている事に気付き、慌てて駆け寄った。

「英雄殿、どうされましたか?」
「……『超える力』が発動したのね」

 さも当然のように呟くアリゼーであったが、ルクスはその言葉を聞いた瞬間身構えた。
『超える力』――蛮神を討伐出来るほどの特別な力を持つ存在であり、それを人工的に得る為に、ガイウス、そしてゼノスは研究を続けていた。それが発動するなど、一体何が起ころうとしているのか。混乱するルクスに気付いたアリゼーは、安心させるように声を掛けた。

「大丈夫よ。この人の場合は『過去視』――まあ、ルクスの過去を視ちゃったって事ね」
「私の、過去……」

 知られたら拙い事があまりにも多すぎる。ルクスは一気に血の気が引いたが、漸く我に返った英雄は、首を左右に振った後、ルクスを見て失笑した。「勝手に過去を視てしまって申し訳ない。けれど、よくあれで生きていた」と。

「もしかして、私とヨツユ殿の遣り取りを……?」

 頷く英雄に、ルクスは当時の事を思い返し、そして、一気に頬を紅潮させた。

「あ、あの……会話の内容は、くれぐれも内密にお願いしたいのですが……」
「え、何? 何なの?」

 混乱するアリゼーとは反対に、英雄は苦笑しつつ「わかった」と頷いた。英雄が視たのは、ルクスがヨツユに鈍器で殴られ、意識を失うまでの遣り取りであった。ヨツユにアサヒとの仲を誤解され、肉体関係まで揶揄された事など、例え任務に支障はなくともルクスとしては知られたくない事実に違いなかった。



 帰燕館へ到着したルクスたちを待っていたのは、アサヒとユウギリという思いも寄らない組み合わせであった。

「お帰りなさい、ルクス」
「アサヒ様! は、はい、ただいま戻りました……」

 先程の英雄との遣り取りもあり、ルクスは再び頬を紅潮させたどたどしく返したが、アサヒは特にそれを不自然とは思っていなかった。この面子だと、恐らくルクスがドマ派遣時に交流したという住民に会いに行っていたのだろうと想像するのは容易く、気疲れしていると解釈したのだ。

「ここにいたのだな。今、少し良いだろうか……」
「ユウギリと……アサヒ大使、でいいのよね? なんの用かしら……?」

 どうやら英雄とアリゼーを探していたらしいユウギリに、アリゼーはふたりに向かって訊ねる。

「ええ。噂に名高い神殺しの英雄と、お話がしたかったのです。まさか、ここで会えるとは思っていなかったので、些か緊張していますが……」

 遠慮がちにそう告げるアサヒに、アリゼーは違和感を覚えた。ルクスも『英雄殿』と呼んでいたが、帝国軍にとってエオルゼアの英雄は憎き仇であるはずだ。いくら本人の前とはいえ、帝国では反逆罪になるのではないか。

「……英雄と評していいの? 曲がりなりにも、あなたは帝国人でしょう?」
「その方は、過去に友軍と戦った事もありますが……先程申した通り、蛮神討滅を目指すのは帝国とて同じ。そういった意味では、英雄と呼んで差し支えないかと」

 帰燕館でヒエンに和平交渉を申し出たアサヒは、そもそも帝国も『暁の血盟』と同じ志を持っているのだと主張していた。尤も、帝国内で民衆派と閥族派が対立している時点で、アサヒの言葉を信用しても良いものかと、ヒエンも疑っていた。ゆえに、和平交渉に応じると即答出来ず、いったん返事は保留となったのだった。

「それに私は帝国人とはいえ、ドマの出であることも事実。蛮神スサノオは、ドマにとっても脅威となり得る存在でした。それを討伐してくださったあなたは、やはり英雄なのです……」

 そう告げて、英雄に敬意の眼差しを向けるアサヒであったが、ユウギリはまだ信用出来ない様子で注意深く窺っていた。正直、英雄もアリゼーも、ルクスについては不安要素はあるものの、少なくともこのドマにおいては民衆に寄り添おうとした珍しい存在であったと認識したが、このアサヒについては全くもって未知数であった。
 そんな疑念を余所に、アサヒは突然閃いたかのように声を上げた。

「……そうだ! ヒエン様が結論を出されるまで、まだ時間がかかりますよね? 良ければ、それまでヤンサの視察に同行してくださいませんか? こうしてドマを訪れる事が出来たのですから、故郷の現状を、つぶさに見ておきたいのです」

 そう訴えるアサヒに、ルクスはもし属州政策がなければ、と一瞬考えてしまった。アサヒがどういった経緯でブルトゥス家の養子になったのかは分からない、というより聞いてはならない事だと思っているが、もしドマが帝国の属州にならなければ、アサヒはドマ人として戦いとは縁のない生活を送っていたであろう。
 ルクスは両親の意向のままに魔導院で勉学に励み、戦闘能力を見出されて帝国軍に入隊する事となり、名誉な事だと心から信じてこれまで生きて来た。ゆえに、どんなに辛い目に遭っても、軍人にならなければ良かったとは思わなかった。軍人ではない自分など想像も付かなかった。
 だが、アサヒは決して帝国の軍人になる為に生まれて来たわけではない。属州民が魔導院に招聘される事は滅多にない、優秀な者しか認められない事である。だが、それは本人が軍人になる為に勉学に励んだわけではない。属州民が帝国で生きる為、そうせざるを得なかった。それしか生きる道がなかったのだ。

「ユウギリさんも、彼らが同行するなら安心でしょう?」
「……確かに、大使殿の安全の為には、ふたりが同行してくれると心強いが……。どうだろう?」

 ユウギリが英雄とアリゼーに訊ねると、ふたりとも快く頷いた。

「私も、同行に賛成よ。ドマの現状に興味もあるし、帝国の話を聞けるいい機会だわ。どうせ暇だったしね」
「ええ、是非! それでは、この五人で行くとしましょう。短い道中になりましょうが、よろしくお願い致します」

 皆に向かってそう告げるアサヒに、ルクスは自分はここで帰りを待っていようと見送るつもりでいたのだが、『五人』という単位に気付いて目を見開いた。

「あの、アサヒ様、私も同行するのですか?」
「えっ? あ、あの……もしかして、俺と一緒は嫌ですか?」

 果たしてこれは演技なのか。遠慮がちに己に訊ねるアサヒなど、ルクスは見た事がなかった気がした。ただ、例え演技だとしても、ルクスの胸の鼓動を高まらせるには充分であった。

「い、嫌じゃない、です……」

 そんなふたりの様子に、アリゼーは面白そうに口角を上げれば、英雄に小声で耳打ちした。

「ねえ、『超える力』で何を視たのか、後で教えなさいよ」

 英雄にとってルクスはかつての敵である事に変わりはなく、気遣う必要などないのだが、この件については彼女の名誉の為に黙っていたほうが良いのではないかと思ってしまった。アリゼーの要望に即座に頷く事が出来ないまま、なんとも不可解な五人の短い旅が始まろうとしていた。

2023/02/25
- ナノ -