歓声はあらゆる背中の上へ

「よっしゃ! 準備も整ったことだし、クリスタルタワーに乗り込むぞ!」

 グ・ラハ・ティアの掛け声に、フィオナは思わず背筋を正した。己たちがうかうかしている間にすべての準備が整っていたのは不本意ではあるが、兎にも角にも調査が進む事は素直に喜ぼう。フィオナはそう思い直して、グ・ラハの声に耳を傾けた。
 まず、グ・ラハは冒険者に向かって指示を出す。

「まずはあんたとオレ、フィオナ、それから技師連中でクリスタルタワーの入り口を守る防衛機構の突破を試みる。ラムブルースは、この調査地に残って状況の統括だ。よって、現地での指示はオレが預かる。……ガラじゃねーけどな」

 そこまで的確な指示を出しておきながら、最後にはぽつりと呟いたグ・ラハであったが、皆異論はなく頷いた。

「ってなわけで、南東にあるデカい扉の前で待機してくれ。その先が、待望のクリスタルタワーだぜ!」

 かくして、初陣を迎えたノア調査団は、空高くそびえ立つクリスタルタワーを目指して、各々行動を始めたのだった。





 フィオナはグ・ラハと共にクリスタルタワーへと歩を進めながら、初めてモードゥナを訪れた時の事を思い出していた。表面上は飄々としつつも、シャーレアンの人間として、バルデシオン委員会の一員として、その名に相応しい能力を発揮してみせると内心意気込んでいたのだが、現実はまるで違った。
 振り返ってみれば、フィオナは何の役にも立っていなかった。防衛機構突破の鍵を見つけ出し、突破するものを創り出したのは、すべてシド・ガーロンドである。そしてその為の材料集めすら手こずってしまっていた。
 グ・ラハには彼らを取りまとめ、リーダーとして的確な指示を出すという役目がある。だが、自分は一体何のためにここにいるのか。そんな後ろ向きな事を考えて堂々巡りになっているフィオナであったが、長い付き合いのグ・ラハが彼女の胸中を察するのは容易かった。

「ひゃっ!?」

 突然背中を軽く叩かれて、フィオナは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。いつもならこんな事をして来る唯一の相手に怒るのだが、この時ばかりは寧ろ申し訳なく感じたフィオナであった。
 グ・ラハが己の様子に気付いて、元気付けようとしているのが分かるからだ。

「フィオナ、しっかりしろよ! クリスタルタワーじゃ何があるか分からねぇ。いくら冒険者部隊がいても、いざという時に回復やバリアが張れる奴が一人でも多くいた方が良い。お前には皆の命が懸かってるんだからな」
「グ・ラハ、大袈裟……」
「大袈裟じゃねーよ。アラグの遺産だぞ、一筋縄じゃ行かないに決まってる」

 苦笑いするフィオナに、グ・ラハは真剣な面持ちできっぱりとそう告げた。別に己を気遣ったわけではなく、言葉通りの意味しかないのだと、フィオナは少しばかり気恥ずかしく思ったものの、そうではなかったようだ。

「……ここからはオレの見当違いかもしれねーが……お前、『自分がここにいる意味があるのか』なんて思ってねぇか?」

 まさか言葉にして図星を突かれるとは思っておらず、フィオナはつい足を止めた。グ・ラハも同じように足を止めれば、改めてフィオナを見遣って、気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「いや、オレ自身ちょっとそう思ってるところがあるっつーか……結局、防衛機構突破は全部シドのおかげだ。その素材集めだって、四分の三はあの冒険者の力なわけだ」
「グ・ラハが変にカッコ付けなければ、素材集めは二対二で引き分けだったけどね」
「別にカッコ付けてなんかねーよ! あの冒険者の戦いっぷりを見たら、お前も絶対譲ったって言い切れる!」
「私はその場にいなかったから、何とも言えないけど……」

 徐々に調子が戻って来たフィオナは、やっぱりグ・ラハは己を気遣ってくれたのだと気付き、そして同じ焦りを感じていたのだと分かり安堵した。グ・ラハにしてみれば、別にフィオナに不安を打ち明ける必要はない。それをわざわざ口にしたのは、自分自身も不安を軽減したかったのはあるものの、フィオナを励ます意味も込められているからであろう。

「……ありがと、グ・ラハ。私だけが役立たずなんじゃないかって、ちょっとだけ落ち込んでた」
「オレたちが本領発揮するのはこれからだろ? クリスタルタワーに突入してからが本番だ」

 グ・ラハはそう言って親指を立てて口角を上げてみせた。実際のところ、この先どうなるかは分からないものの、彼の得意気な笑みを見ていたらなんとかなる気がする――そんな気持ちにさせるから不思議だと、フィオナは自然と笑みを零した。





 グ・ラハとフィオナ、そして少し遅れてシドたちも『八剣士の前庭』に到着し、最後に部隊を引き連れた冒険者が合流し、いよいよ防衛機構を突破する事となった。

 初めてここを訪れた冒険者部隊に現状を手っ取り早く理解して貰う為に、グ・ラハは石像に向かって弓矢を放つ。フィオナが以前見た時変わらず、魔法障壁が発動して弓矢は木端微塵に爆破されてしまった。
 現状を目の当たりにした冒険者に向かって、フィオナが声を掛ける。

「こんな状態で、クリスタルタワーの調査はおろか、この『八剣士の前庭』を突破する事も出来ずにいたんです」
「だが、この『牙』さえあれば攻撃を反射できるはずだ」

 シドは見事に作り上げた『牙』――防衛機構と同じ属性の四種のクリスタルを携えてそう言い切れば、意を決したように口を開いた。

「……最初は俺が行こう」
「お、親方ッ!? いきなりは危険すぎですぜ!」
「だからこそ、だ。自分で作ったものの成果くらい、自分で確かめないとな」

 慌てて止めるビッグスにきっぱりと言い放てば、シドは赤色の牙――を手に取って、目に見えない魔法障壁に向かって牙を穿った。

 すると、見えないはずの魔法障壁にひびが入った。それはフィオナだけでなくここにいる誰もが目視でき、障壁は瞬く間に音を立てて崩壊した。
 直接手を通したり物を投げたりせずとも、明らかに魔法障壁は消え失せていた。

「成功だッ……!」

 シドがそう口にすると、この場にいる一同から歓喜の声が沸く。

「オレたちも続くぞ。『牙』を掲げろ!」

 グ・ラハの言葉にビッグス、ウェッジも頷く。一気に沸き立つ雰囲気に、フィオナは行き詰まっていた日々が悪い夢のようにすら思えた。自分は役立たずだと落ち込んでいた事など忘却の彼方の如く、高揚感を覚えていた。それはフィオナだけではなく、ここにいる皆が同じ気持ちであった。

 赤い牙により崩壊した魔法障壁があった場所を難なく踏み越えて、続いてビッグスが青い牙を穿ち、同じように障壁が音を立てて崩れ去る。
 更に奥へと進んで行き、今度はグ・ラハが緑色の牙を穿つ。恐ろしいほど難なく、次々と魔法障壁は消滅していった。
 そして、四つ目の属性――最後の魔法障壁を前にして、シドは冒険者へ黄色い牙を差し出した。

「……最後はお前に任せた」

 冒険者は頷けば、黄色い牙を受け取り魔法障壁に向かって穿つ。ここまで来れば当然、何の問題もなく障壁は崩壊し、これで見事にすべての防衛機構を突破する事が出来たという事になる。

「フッフー! 防衛機構、突破ッス!」

 飛び跳ねて喜ぶウェッジに、フィオナも思わず一緒になって飛び跳ねそうになったが、ガーロンド・アイアンワークスの技師たちと違って満足な働きをしていないだけに、ぐっと堪えた。手放しで喜ぶのは何かを成し遂げた後にしよう、などと余計なプライドが邪魔をしていたフィオナをよそに、グ・ラハは早速先に進む気満々で嬉しさを隠せずにいた。

「さて……今度こそ内部に乗り込むってわけだな。久々に腕が鳴るぜ!」
「それなんだが……提案がある」

 シドは少々言い難そうに神妙な面持ちで切り出せば、一呼吸置いてグ・ラハに進言した。

「クリスタルタワーの中に入るのは冒険者たちに任せたい」
「はぁっ!? なんでだ? クリスタルタワーを調査するんじゃねーの!?」
「もちろんするさ。だが、調査には適材適所ってものがある」

 まさか中に入れないとは思わなかったらしく、納得いかず声を荒げるグ・ラハに、シドは完膚なきまでに納得せざるを得ない理由を説明する。

「外壁にすら、これだけ強力な防衛機構があったんだ。内部に脅威が潜んでいたとして、突破できるのは歴戦の冒険者だけだろう。この冒険者は、それにふさわしい実力の持ち主だ」

 シドは冒険者をちらりと見遣れば、再びグ・ラハに視線を戻して訴える。

「その間、俺たちは防衛機構の残骸を調査して、クリスタルタワーそのものの仕掛けを解き明かす必要がある。そのためには……お前の知識がいるんだ。賢人、グ・ラハ・ティア」

 シドの言葉は説得力があり、何も間違っていなかった。反論しようものならこちらが子供じみていると思われるであろう。シドは決してグ・ラハを力不足だと否定するのではなく、『適材適所』だと言っている。グ・ラハやフィオナが貶されたわけでは決してない。他にやるべき事があるのだから。

「……ったく、ズルイおっさんだぜ!」

 グ・ラハとていくら先に進みたくても納得せざるを得なくなり、渋々了承すれば、冒険者に向かって声を掛けた。

「今回はひとまず塔を取りまく遺構……通称『古代の民の迷宮』を掃討し、安全を確保してくれ。終わったら、リンクシェルで連絡を頼む。ソッコーで駆け付けるからな!」

 冒険者はグ・ラハに向かって頷けば、フィオナにも顔を向けて「後はよろしく」と小声で告げた。その言葉の意図をなんとなく理解し、フィオナは任せろとばかりに両拳を握って頷いてみせた。

「そんじゃ頼んだぞ。相手が古代の文明だろうが関係ねー。思う存分、蹴散らしてやれ!」

 グ・ラハの激励に冒険者は笑みを浮かべて頷けば、部隊を引き連れて奥へと突き進んで行った。
 彼らの後ろ姿が見えなくなったところで、フィオナはシドの言う通り防衛機構の残骸を漁りに来た道を戻ろうと背を向けると、背後からグ・ラハに声を掛けられた。

「おい、フィオナ」
「何?」
「なんで冒険者はお前にだけ『後はよろしく』って言ったんだよ」

 見れば、グ・ラハはジト目でフィオナを見ていて、明らかに不貞腐れていた。一体何故不機嫌なのか探るより先に、フィオナは思った事をそのまま口にした。

「他に言う事がなかったからじゃない?」
「いや、違うな。オレが同行出来ない事に文句垂れてたから、お前にオレを任せるって意味で言った気がする……」
「考え過ぎだって。ほら、早く行こう」

 フィオナは呆れがちに溜息を吐けば、グ・ラハの手を強引に取って八剣士の前庭へと向かった。どうせ帰り道なのだから、防衛機構の残骸漁りは冒険者が踏破を終えた後でも問題ない。別に急ぐ必要はないのだが、なんとなくグ・ラハの言っている事が真実なのではないか……と思うとフィオナとしても遣り難く、余計な事を考えるなら早々にやるべき事をやってしまおうと思っての行動であった。

「……もしかして、あの二人って付き合ってるッス?」
「おい、野暮な事言うんじゃねぇ。まあ、仲は良いんだろうけどな」
「こらこら、遊びに来たんじゃないぞ。俺たちも二人の後を追うぞ」

 グ・ラハとフィオナは、ガーロンド・アイアンワークスの面々からそんな風に思われているなど夢にも思っていなかった。





 八剣士の前庭で調査に没頭していたフィオナたちであったが、突然グ・ラハが耳と尻尾を立てて、リンクシェルを構えた。冒険者からの連絡である。
 二言三言交わせば、グ・ラハは皆に向かって声を上げた。

「冒険者が見事にやってくれたぞ! 『古代の民の迷宮』踏破だ!!」

 フィオナは勿論の事、シドやウェッジ、ビッグスも各々に喜び、急いでクリスタルタワー内部へ向かった。
 だが、その道のりは思っていた以上に険しかった。冒険者部隊によって、幾多もの敵が倒されていたから良かったものの、一体行き止まりはどこなのか、一体己はどの位置にいるのか、あとどれだけ走れば良いのか――フィオナはここ数年で一番と言っても良いほど気の遠くなる思いをしていた。
 シドの言った『適材適所』という言葉がフィオナの脳裏をよぎる。グ・ラハはどうかは分からないが、少なくとも今の己には冒険者部隊と共に戦うのは困難である。もっと鍛錬を積まなければ。身をもってそう痛感させられたのだった。



「すまん、待たせたな!」

 漸く冒険者部隊の元に辿り着き、シドが声を掛けると冒険者は振り向いて片手を振ってみせた。致命傷ではないがいくつか傷を負い、他の冒険者たちも回復処置を受けるなど、皆疲弊しているように感じ、恐らく激闘を繰り広げたのだろうと察するのは容易かった。

「ハハッ、お手柄じゃねーか! クリスタルタワー解明の歴史に、あんたの名前が刻まれたってわけだ」

 グ・ラハの言葉に冒険者は少し困惑の表情を浮かべたため、フィオナが代わりに補足説明をした。

「私たちシャーレアンの人間は、歴史を記録する事を生業としていますから。冒険者さんの名前もしっかり歴史書に載せますよ!」

 その言葉に、冒険者は照れ臭そうに笑みを浮かべた。あんなに強いのに可愛い一面もあるじゃないか、等とフィオナもつられて笑みを零す。
 相当の事をやり遂げたにも関わらず、一切驕らない冒険者の姿は、フィオナにとっては新鮮に見えた。そんなところが、この冒険者が皆から頼られ、慕われる理由なのだろう。まだ付き合いは短いが、冒険者本人の人徳がなければ、短時間で部隊を集めて踏破する事など出来なかったに違いない。

 徐々にフィオナの疲労も回復し始めたところで、シドは改めて辺りを見回して呟いた。

「それにしても、なんて広さだ……さすがは栄華を極めた大帝国の名残だな」
「委員会の調べによると、クリスタルタワーは『太陽の力』を集積するために築かれたらしい。まったく、規模のでかい話だぜ」

 グ・ラハはそう答えると、次いで冒険者に向かって問い掛けた。

「それで、内部の防衛機構はどうだった? あんたの様子を見る限り、かなりの激戦があったらしいが」

 冒険者はこれまでの激闘を振り返り、端的に、けれど明確に分かるよう説明した。

「輝く曲刀を持った巨躯の男と戦っただと? ……なるほど、アラグ帝国革命の英雄『ティターン』か」
「すごいな、それだけでわかるのか」

 感心するシドに、グ・ラハは苦笑を浮かべてみせた。

「歴史には、それなりに詳しいモンでね。特にアラグ帝国については、知識と……因縁があるのさ」

 一瞬言い淀むグ・ラハに、フィオナは胸のざわつきを覚えた。まだ己はグ・ラハについて知らない事が多すぎる。改めてそう気付かされるのに、この一瞬は充分すぎる時間であった。
 そんな彼女の胸中など知る由もなく、グ・ラハは肩を竦めて気を取り直せば言葉を続けた。

「まあ、古くせぇ文献の受け売りだよ。クリスタルタワーを守るのは、過去の偉人や英雄なんだと。アラグの『魔科学』で蘇生され、強化されているらしい」
「親方ぁ、あれを見てください!」

 話の途中で、ビッグスが声を上げた。今いる場所より更に先に居て、フィオナたちも顔を見合わせて頷けば、すぐに傍へ駆け付けた。
 ビッグスの隣で、この迷宮の先に続く光景を目の当たりにしたシドが思わず声を上げる。

「あれは……クリスタルタワーの基部……? いよいよ、噂に聞く『シルクスの塔』のお出ましか!」

 フィオナたちが今いる『古代の民の迷宮』は、あくまで塔までの道程に過ぎない。モードゥナから目視出来ているクリスタルの塔そのものが、今目の前にある『シルクスの塔』である。

「前門たる『古代の民の迷宮』の踏破は、ノアにとって掛けがえのない第一歩だな。よくやってくれたぜ」

 シドは冒険者を労い、部隊の皆も互いに喜びを分かち合っていた。歴史が大きく動き出す瞬間に立ち会うとは、この瞬間の事を言うのだろう。フィオナは感極まって目の奥が熱くなるのを感じ、泣くのはまだ早いと必死で心を落ち着かせた。シドの言った通り、まだ前座に過ぎず、これから更に過酷な戦いが待ち受けているのだから。

「ひとまず、聖コイナク財団の調査地に戻ろうぜ? 先が長いならなおさら、休息がてら作戦会議だ。……お疲れさん!」

 グ・ラハの一声に、冒険者部隊は歓喜の声を上げた。
 自分たちは一緒に戦う事は出来なかったけれど、バルデシオン委員会の一員として、シャーレアンの賢人として出来る事を続けよう。漸く調査が出来る環境が整い、冒険者たちの活躍もあって前向きになれたフィオナは、改めてそう決意したのだった。

2022/02/23

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