知らないままでいたかった

 クリスタルタワーから帰還したノア調査団は、各々のペースで調査地への帰路を辿っていた。フィオナはグ・ラハ・ティアと共に、八剣士の前庭にばら撒かれている防衛機構の残骸の一部を抱えてラムブルースの元へ歩を進めた。

「あーあ、折角冒険者と一緒に戦うはずだったってのに、煮え切らねー……」
「文句言ってる暇はないよ、グ・ラハ。これから『シルクスの塔』攻略に向けて、調査と研究に追われるんだからね、私たち」
「はぁ〜……」

 溜息と共に、グ・ラハの耳と尻尾がしおれるように下を向く。遊びに来たのではないと、同僚なら叱咤すべきだとは分かってはいつつも、フィオナはグ・ラハの気持ちも理解出来る為、何も言えずにいた。シャーレアンの賢人としてバルデシオン委員会から派遣された己たちは、別に戦闘要員というわけではない。あくまでラムブルース率いる聖コイナク財団の手助けの為に、海路はるばるエオルゼアに来ただけなのだ。
 とはいえ、冒険者部隊がアラグ帝国の遺産である敵を薙ぎ倒す中、自分たちが何をしていたかというと、まさに今抱えている防衛機構の残骸を弄っていただけである。無論、この後の調査・研究は重要な事であり、この調査団で役に立たない者などひとりもいない。

 そう思ってはいても、グ・ラハが昔からとりわけ冒険譚に思いを馳せていたのはフィオナもよく知っている。単に歴史を記録するだけではなく、実際に歴史が変わる瞬間に立ち会い、その目で見て、欲を言えば、自分もその冒険譚に出て来る登場人物のひとりになりたい――そんな願望を大人になった今でも持ち続けている。フィオナはそんな気がしてならなかった。もしそうなら、『古代の民の迷宮』の調査は消化不良な事この上ないだろう。今回はこれから冒険者の説明を聞き、レポートに纏めるだけ。その後やる事は山積みでも、この踏破に同伴出来なかった事を、グ・ラハは悔やみ続けるに違いない。

 フィオナはグ・ラハの思考や行動原理をそれなりに把握していた。もし己の推測が正しいとしたら、グ・ラハは『シルクスの塔』の踏破には自分を連れて行けと訴えるだろう。勿論、子どものように駄々をこねたところで誰も許可などしない。ならば、周りが納得するような強さを身に付けるまで――そんな事を考えているのではないか、と。
 因みに、フィオナの嫌な予感は割と当たる。予感というより、経験から基づいた予測なのだから何も不思議ではないのだが。





「おお、二人とも怪我がないようで何よりです」
「当たり前だろ、オレたちは冒険者部隊と一緒に戦う事も出来なくて、入口で留守番だったんだからな」

 出迎えてくれたラムブルースにも、グ・ラハは両手を後頭部に回して終始不貞腐れた様子であった。さすがに失礼だ、とフィオナは嗜めようとしたが、グ・ラハの言っている事もまさに事実であり、つい苦笑を浮かべてしまった。
 ラムブルースは年の功か、ふたりの胸中などお見通しなのか、特にグ・ラハの態度を気にする様子はなく、逆に気遣うように言葉を紡いだ。

「あなた方にもしもの事があってはなるまいと、シドや冒険者部隊も敢えてそうしたのでしょう。我々はまだクリスタルタワーの前座を踏破したに過ぎません。更なる調査の為に、あなた方の力は必要不可欠です。大怪我でもされてしまったら痛手ですからね」
「フィオナと同じような事言いやがって」

 そう捨て台詞を吐けば、グ・ラハはラムブルースから顔を背けてそのまま何処かへと歩き去ってしまった。
 残されたフィオナは、代わりにラムブルースへ頭を下げる。

「申し訳ありません。グ・ラハ、あの冒険者さんと一緒に戦えなかったのが相当堪えたみたいで……」
「ご苦労様です、フィオナ。板挟みでさぞ遣り難かったのでは?」
「いえ……グ・ラハも頭では分かっているはずなんです。初めてクリスタルタワーを攻略するのに、私たちでは危険過ぎると。ただ、気持ちが追い付かないというか……それはちょっと分かるんです」
「おや、フィオナも彼らと共に戦いたかったのですか」
「というか、実は私も回復役として皆の力になろうと思っていて……なので、拍子抜けはしましたね」

 フィオナはそう言って照れ笑いを浮かべた。己たち賢人は待機、というシドの判断は納得している。どんな敵が待ち受けているか分からない場所はあまりにもリスクが高い。まずはいったん手練れの冒険者たちで把握し、敵を掃討し、その上で冒険者以外のノア調査団も足を踏み入れる事が出来るようにする必要がある。本格的な調査・研究を行うのは聖コイナク財団なのだから。
 とはいえ、グ・ラハにつられてフィオナもそこそこやる気になっていただけに、少しばかり落ち込むのもまた正直な感想で会った。『頭では分かっていつつも気持ちが追い付かない』というのは、グ・ラハの気持ちを代弁したというよりも、フィオナ自身の本音である。

「ふむ……これも調査次第ですが、あなた方を同行させても問題ないと判断出来れば、一緒に戦う機会があるかも知れません。ですから、そう気を落とさずに」
「まあ、グ・ラハには変に期待を持たせないためにも、今の言葉は私の心の中だけに留めておきますね」
「それがいい。グ・ラハ・ティアに聞かれて、調査を放り出して鍛錬の旅に出られたら堪ったものではないですからね」

 そう言って口角を上げるラムブルースに、フィオナはつられて笑みを零した。彼もグ・ラハをよく見ていて、よく理解している。決して意地悪をしているわけではなく、皆グ・ラハを思っているからこそ、彼の意にそぐわない命令を下す事もある。今は受け容れられなくても、いつか分かる時が来る。フィオナは今ここに居ないグ・ラハに向かって、心の中でそう呟いたのだった。





「さて……早速だが、今回の調査について統括しよう」

 ノア調査団全員が帰還し、ラムブルースが冒険者より聞いた報告を元に内容を取り纏める。

「今回の調査で、我々ノアは転送装置に至る道を確保し、塔を取りまく『古代の民の迷宮』を踏破した。内部を探索した冒険者の証言によると、迷宮の防衛機構は生きており、アラグの衛士たちも活動していたという……」
「やはり危惧していた通りか……」

 ラムブルースの説明に、シドは神妙な面持ちで呟いた。

「クリスタルタワーは地形の変動で現れただけじゃない。何らかの理由で、数千年の時を経て『再起動』したんだ」

 シドの推測は恐らく正しい。フィオナはこれから一気に忙しくなる、と覚悟を決めた。ガーロンド・アイアンワークスの面々だけに任せる問題ではなく、これこそ己たちバルデシオン委員会の出番である。
 一体何故、このクリスタルタワーは突然姿を現したのか。第七霊災がきっかけだとしても、地殻変動ではなくそれ以外の『何か』がある。

「復活の真相は、恐らく塔の中……封印するにしても、そいつを確かめておく必要があるな」
「そうは言っても、簡単にはいかねーぜ? 『古代の民の迷宮』の先には、どんな防衛機構が待ち構えてるやら」

 シドの言葉に横槍を入れるグ・ラハであったが、フィオナはそれを『バルデシオン委員会も本格的に調査に本腰を入れるからこそ、敢えて軽く苦言を呈した』と思っていた。だからこそこの場は流したのだが――。

 ラムブルースはグ・ラハの言葉を汲んで、シドに向かって問い掛けた。

「ならば当面は、塔への侵入経路を確保するためにも、防衛機構の解析を最優先としよう。……シド、引き続き君に頼めるかい?」
「ああ、任せてくれ」

 快く応じるシドに、部下のウェッジ、ビッグスも拳を掲げて同調する。

「オイラたちも手伝うッス!」
「親方が社訓のために戦うってんだ。これはもう、ガーロンド・アイアンワークスの総力を上げて協力させてもらいますよ」
「お前たち……。ああ、頼りにしてるぞ!」

 皆意気込んだところで、フィオナは己たちも当然シドたちの手伝いをする――そう思い込んでいたのだが。
 グ・ラハはこの隙を待っていたとばかりに、実に爽快な笑みを浮かべながら皆に向かって言い放った。

「それじゃ、オレはしばらく旅に出るぜ。久々に修行して、次こそクリスタルタワーに乗り込むんだ。やっぱ武勇伝は生で見ないとな!」
「は!? グ・ラハ! 私たちが手伝わなくてどうするの!?」

 まさかこの流れでそんな事を宣うとは思っていなかったあたり、フィオナはグ・ラハを甘く見ていたと言っていい。当然フィオナは声を荒げたが、ラムブルースは冷静に、まるで猫の首根っこを掴むかの如く、効果的な脅し文句をぴしゃりと言ってのけた。

「あなたもシドを手伝うのです、グ・ラハ・ティア。それとも、今までの勝手を委員会に報告しましょうか?」
「…………オレの方がえらいっつーの」

 観念したグ・ラハはそう捨て台詞を吐けば、ラムブルースとフィオナから顔を背けて、冒険者に向かって声を掛けた。

「まぁ、何にせよ、あんたの代わりはできねーんだ。しばらく出番はなさそうだが、ナマクラになるなよ? 次回の調査も必ず成功させようぜ」

 グ・ラハの言葉に、冒険者は迷う事なく頷いた。『シルクスの塔』も今回と同様に、間違いなく踏破出来る――フィオナは確証がないにも関わらずそう思ってしまった。そう思わせてしまう程、この冒険者は特別な力を持っているのかも知れない。暁の血盟の一員であり、『超える力』を持っている事を抜きにしても。グ・ラハだけでなく、フィオナも冒険者に対して一種の憧れのような感情を抱くのは、ごく自然な流れであった。

「……そしていつか、アラグ帝国にまつわるすべての歴史を暴く。『ノア』として……絶対にな」

 グ・ラハは誰に告げるでもなく、まるで独り言のように呟いた。
 フィオナは思わずグ・ラハを見遣った。どうして片目だけ、アラグ帝国の皇族の特徴である紅い瞳をしているのか。何故彼の一族は代々そのような特徴を受け継いでいるのか。それを知る為にシャーレアンに渡ったという、彼の本来の目的を思い出し、フィオナがグ・ラハに声を掛けようとした瞬間。

「では、今回の会議はここまで。次回の調査に備え、それぞれ自分の役目を果たしてくれ。
……解散!」

 ラムブルースによって、ノア調査団は一時解散となった。聖コイナク財団とガーロンド・アイアンワークスで防衛機構の解析を行い、クリスタルタワー突入の目途が立ち次第、再び冒険者に協力を依頼するという段取りである。
 冒険者がこのモードゥナを去る前にと、フィオナは慌てて駆け寄って声を掛けた。

「あの! あなたは『マーチ・オブ・アルコンズ』でかのアルテマウェポンを破壊した御方ですよね?」

 冒険者は「知ってたのか」と驚いた表情をし、フィオナは慌てて頷いた。

「初めてお会いした時はまだ知らなかったのですが、後々シドさんやビッグスさん、ウェッジさんからお聞きしました。あなたがいれば、クリスタルタワーの封印も無事出来そうに思えます! 尤も、頼ってばかりではいけませんが……」

 お世辞にも今回自分が活躍したとは言えないだけに、フィオナは最後には苦笑を浮かべたが、冒険者は気にせず首を横に振り、「フィオナの事も頼りにしている」と告げた。そういうさりげない優しい気遣いも、皆から慕われる所以であろう。尤も、短い付き合いとはいえ冒険者は周囲に頼られ過ぎではないかと、フィオナは内心思うところもあるのだが。
 そして、冒険者の口から思いも寄らぬ話題が飛び出した。『暁の血盟』はシャーレアンの賢人も所属しており、知り合いはいないかとフィオナに訊ねたのだ。

「はい、名前は存じています。ただ、向こうは私の事は知らないと思いますが……あ、もしかしたらヤ・シュトラさんなら知っている、かも」

 冒険者はそれを聞くなり、フィオナの事を伝えておくと口にした。尤も、本当に向こうがフィオナの事を知っているかは定かではない為、冒険者の気遣いが無駄に終わってしまう可能性があるのだが。

「ヤ・シュトラさんというより、妹のヤ・ミトラさんが聖コイナク財団に所属しているので、今回私がクリスタルタワーの調査で協力に来ている事を、人伝に聞いているかも知れません」

 フィオナの説明に、冒険者は笑みを浮かべて頷いた。この時フィオナは、自分はクリスタルタワーの調査および封印が終わればシャーレアン本国に戻り、滅多な事がない限りエオルゼアを訪れる事はないと思っていた。この先待ち受けている試練も知らず、己は『暁の血盟』と関わる機会はない――平和な今この瞬間は、そう思い込んでいた。

2022/3/12

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