ヒステリック・ミーイズム

「いい加減機嫌直せよ。ほら、来たぞケーキ」
「ねえグ・ラハ。そうやって物で釣ろうとしたって、私の怒りは収まらないんだからね?」

 黒衣森、グリダニアのカーラインカフェの壁際のテーブルにて、不貞腐れる女とそれを宥めるミコッテ族の男。傍から見れば痴話喧嘩に見えなくもない光景である。
 そんな男女の遣り取りなど見飽きているのか、店員は淡々とジュースをふたりの前に、続いてチョコレートケーキをフィオナの前に置いて「ごゆっくり」と一言告げて早々に歩き去った。

「まあ、霊砂をひとつ譲るくらいなら百歩譲って仕方ないと思うとして、私たちが苦労して採った『清水の霊砂』まであげちゃうなんて、本当何考えてるの!? これじゃ何しにグリダニアに来たのか……」
「食べないならオレが食っちまうぞ」
「は? 駄目。このケーキはグ・ラハが哀れな私の為に注文してくれたものだから」

 フィオナは不貞腐れて毒づきながらも、フォークを走らせてケーキの一部を軽々と口へと運ぶ。その甘ったるい味と香りが舌と鼻腔を刺激し、フィオナは瞬く間に恍惚の表情へと変わった。本人は全く気付いていないが、単純そのものである。

「フィオナ。お前はラムブルースにオレたちの価値をアピールしたかったんだと思うが……別にあの冒険者に手柄を取られたわけじゃないだろ?」
「え、だってあの人にあげちゃったじゃない。グ・ラハが」
「それでも、清水の霊砂を『最初に手に入れた』のがオレたちだって事実は変わらない」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるグ・ラハに、フィオナは訝し気な顔で首を傾げた。

「それはそうだけど……でも、あの冒険者がラムブルースさんに、『グ・ラハから譲って貰った』と正直に言うかは分からないでしょ? そもそもグ・ラハはあの冒険者に自己紹介した?」
「いや、してねぇ」
「やっぱりね」
「その方がミステリアスでカッコイイだろ」
「はぁ……」

 グ・ラハは至って大真面目に言っており、フィオナはもうこれ以上ぼやいても仕方がないと諦める事にした。決して甘味に負けたわけではないと思っているのは、フィオナ本人だけであろう。

 そもそも、何故グ・ラハとフィオナが今グリダニアに居るのかというと。一度はクリスタルタワーの調査拠点に戻ったふたりであったが、フィオナが怒り狂っていた為、なんとか機嫌を直して貰おうとグ・ラハが彼女を連れて再びグリダニアまで繰り出したのが事の顛末である。
 なお、ふたりが拠点から姿を消した後、見事にすれ違いで冒険者が霊砂を持って現れ、ラムブルースやシドと合流して防衛機構を打ち砕く『牙』の成形に入った事など、この時はまだ知る由もないのだった。





 暫くの間、グリダニアの緑溢れる風景に癒されながら、ゆったりとした時間を過ごしたフィオナであったが、さすがにエオルゼアに来た本来の目的を忘れるのはまずいと、グ・ラハを引き摺ってモードゥナに戻る事とした。

「大体お前は真面目に考え過ぎなんだよ。偶には肩の力も抜かねーとな」
「そうだけど、まだ何も成果を出せていないじゃない」
「焦ったって何が解決するわけでもねーだろ。オレたちが力を発揮できる時は、いつか必ず来る」
「……その時が来てくれなかったら、本当に困るんだけど……」

 交感したエーテライトでモードゥナへと移動し、ふたりはキャンプ地へと歩を進めた。拠点が近付くにつれて、いつもより賑わっている気がしたフィオナは、グ・ラハと顔を見合わせれば、どちらともなく走り出した。いつもとは異なる雰囲気――それが何を意味するのか。
 冒険者がラムブルースへ霊砂を手渡した事により、超高純度クリスタルの成形が可能となった。シドの手に渡れば、瞬く間にあの防衛機構を打ち砕く手段を作り出す事だろう。
 恐らくは、もう『それ』が完成したのだ。

 フィオナはまっすぐとキャンプへ向かい、グ・ラハは途中で方向転換した。それに気付かないまま走り続けるフィオナの前に、ルガディン族とララフェル族と思わしき後姿が視界に入る。彼らも同じ目的地へ走っているようだ。
 そして眼前のふたりはフィオナより先に拠点へ辿り着き、ララフェル族の男が彼らの上司に向かって声を上げた。

「待ってください、親方ぁ〜!」
「ビッグス! ウェッジ! 来てくれたのか!」

『親方』と呼ばれたのは、シド・ガーロンドその人であった。このふたりはガーロンド・アイアンワークスの社員という事が窺える。

「へへ……古代アラグ文明の技術といえば、今の帝国ですら及ばない、神の域に達していたと聞きます。この機会に学ばない手はないですよ」
「お前たち……」

 ルガディン族の男も続き、シドは一瞬頬を緩ませたが、すぐに神妙な面持ちへと切り替わる。

「その志は買うが、俺はここで得た知識を自分のものにするつもりはないんだ。強すぎる力、行きすぎた技術は、世界に混乱を招く……。ガレマール帝国がアルテマウェポンを利用して、三国に降伏を迫ったようにな」

 それがかつて帝国人として生きていたシドの口から発されるからこそ、重みのある言葉であった。シドはララフェル族の部下に向き直り、突然問いを投げ掛けた。

「ウェッジ、うちの社訓は何だ?」
「ハ、ハイッス! ええっと……技術は自由のために……ッス?」
「……そうだ。俺たちは決して、人の脅威となる技術を、第二のアルテマウェポンを生み出してはいけない。だからこそクリスタルタワーを調査し、必要なら封印する。……それが、俺がこの調査に参加した理由だ」

 フィオナも緩慢な足取りでキャンプへと到着し、シドの言葉が自然と耳に入った。彼のような強い信念を持った技術者が付いていれば、絶対に間違いは起こらない。この調査、および封印は必ず成功するだろう。彼の言葉には、確証がなくてもそう思わせる力があった。
 そして、そう感じたのはフィオナだけではなかった。

「面白いこと言うじゃねーか。人の歴史を動かしてきたのは、そういう強い意志なんだ」

 キャンプ地にある建造物の真上から、地上を見渡すミコッテ族の男。帰って来たというのに声一つ掛けずに一部始終を見ていたであろう彼に、ラムブルースがすかさず声を掛けた。

「あなたは……やっと帰ってきましたか。今まで連絡もよこさず、何をしていたのです」
「ちゃんと『霊砂』を探してたぜ? もっとも、面白い奴がいたから渡しちまったけどな!」

 彼――グ・ラハ・ティアは、勢いよく地上へと飛び降りて着地すれば、ラムブルースと共にいる冒険者に向き直った。

「約束どおり……また会ったな、冒険者!」

 黒衣森で己を試すような行為、そして仲間と思わしき女性を振り回しているらしい男が、漸く冒険者の眼前に現れる。猫のような耳と尻尾を纏うミコッテ族の男は、まったく悪びれもせず口角を上げた。

「オレの名前は、グ・ラハ・ティア。シャーレアンのバルデシオン委員会から来た。今回の調査、立ち合わせてもらうぜ!」

 あまりにも突然な自己紹介、一方的な主張に呆気に取られる冒険者であったが、同じく呆れがちな様子のラムブルースが苦笑を浮かべながら一言補足する。

「……こんな人だが、間違いなく私たちの目付役だ。仲間として迎えてあげてほしい」

 ラムブルースが言うのなら間違いないのだろう、と冒険者は素直にその言葉を受け容れた。尤も、このグ・ラハ・ティアと名乗る男に振り回されていた女性は、冒険者の目からはしっかりしているように見えており、バルデシオン委員会の人間と言われても頷けるものがあった。実際はフィオナが落ち込んでいる時にグ・ラハが冷静に前向きな意見を述べるなど、彼の方がしっかりしていると把握している者は、今は未だ少ない。

「――ん? フィオナも帰ってたのか。どうした、そんな離れたところで」
「あっ」

 完全に声を掛けるタイミングを失っていたフィオナの存在に、最初に気付いたのはシド・ガーロンドであった。こっちに来いとばかりに手招きをし、フィオナは気恥ずかしさで微かに頬を赤らめつつ、小走りで皆の元へ駆け寄った。

「あの……ラムブルースさん、それに冒険者さん。グ・ラハがお騒がせして申し訳ありません」
「何謝ってんだ。お前はオレの母親かっつーの」
「自分と大して歳の変わらない子どもを持った覚えはないけど」

 グ・ラハの冗談に対して大真面目に返してしまうほど、フィオナは若干の苛立ちを覚えていた。最早グリダニアで餌付けされた事など忘却の彼方である。一体どんな顔でラムブルースに事の顛末を説明すれば良いのか……と途方に暮れていたフィオナであったが、向こうはとうにお見通しであった。

「ご苦労様です、フィオナ。言わずとも察しは付きますよ」
「うう……」

 気恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたい心境のフィオナに、思わぬ助け船が出た。かの冒険者である。
 冒険者はラムブルースに、グ・ラハが『薫風の霊砂』がある場所のヒントをくれて、どちらが先に得られるか競争を行った事、彼に置き去りにされたフィオナが己に付き添ってくれた事、そして競争に勝った冒険者に対し、グ・ラハが既に手に入れていた『清水の霊砂』を譲ってくれた事を説明した。

「なるほど。グ・ラハ・ティアも決して油を売っていたわけではないという事ですね。フィオナが付いている以上、問題ないとは思っていましたが」
「ううっ……」

 己を全面的に信頼するラムブルースに、フィオナは引き攣り笑いを浮かべた。グリダニアのカーラインカフェで、一回だけならず何度も油を売っていた事も、紛れもない事実だからである。フィオナは『余計な事は言わないでよ』とグ・ラハに視線で訴え掛けた。

「ん? ああ、言っただろ? 大丈夫だって」
「えっ?」
「何惚けた顔してんだ? ラムブルースが、オレたちがちゃんと霊砂を手に入れてたって分かってくれるか不安がってただろ」
「あ、ああ……うん」

 笑顔であっさりと言ってのけるグ・ラハに、フィオナは自分はなんて器の小さい人間なのだと委縮せざるを得なかった。
 そんな彼女の胸中など誰も気付く事はなく、シドの部下であるビッグスとウェッジがフィオナの傍に駆け寄った。

「シャーレアンから来られたッス!? 心強い味方が増えたッス〜!」
「もう『牙』は親方が完成させてるぜ。心配かも知れないが、理論上は成功する筈だ」
「『牙』?」

 ビッグスの言葉に、フィオナは一瞬首を傾げたが、それがあのクリスタルタワーの防衛機構を突破する為の素材がすべて手に入り、シドの手によって完成したのだとすぐ答えに至った。

「そんな……私たちが油を売っている間に、そこまで……」
「おい、フィオナ! 余計な事言うなって!」

 余計な事を言わないでと願っていたフィオナ本人が、その『余計な事』をうっかり口にしてしまい、それをグ・ラハが止めるという真逆の事態が起こってしまった。ただ、ラムブルースとしては全く咎める気はないようであった。結果として牙はもう完成しているのと、恐らくグ・ラハに振り回されたであろうフィオナが息抜きをするくらい、気に留める事でもないからだ。

 落ち込むフィオナとは正反対に、グ・ラハは皆へ顔を向けて笑みを浮かべた。

「ひとまず、これでついに『ノア』始動ってことだな!」
「……ノア?」

 突然出て来た単語にシドが訊ねると、グ・ラハは自信満々に答える。

「オレたち『クリスタルタワー調査団』の名前だよ。もう聖コイナク財団だけの任務じゃないだろ?」

 別にクリスタルタワー調査団で問題ないではないかとフィオナは心の中で突っ込んだものの、この時のグ・ラハの瞳はまるで少年のようにきらきらと輝いていて、その姿を目の当たりにして野暮な事を言う気にはなれなかった。

「……かといって、ただの『調査団』じゃ歴史に残ったときカッコがつかねー。だから、アラグ帝国時代の大魔道士『ノア』の名を借りた!」
「大魔道士……なんかカッコいいッス!」

 グ・ラハの提案に一番最初に乗ったのはウェッジだった。グ・ラハとウェッジは互いに親指を立て合い、完全に意気投合している。同じ気質なのだろう。
 正直、フィオナも反対する理由はなく、それは他の皆も同様であった。
 フィオナには歴史を記録するという役割があるが、もしその歴史書に己たちが主役として記されるのだとしたら。確かにグ・ラハの言う『格好いい』名称で語り継がれる方が、気分は良い……かも知れない。フィオナにはいまいち分からない感覚ではあるが、グ・ラハとウェッジが乗り気なあたり、冒険譚が大好きな男たちにとっては心躍るのだろう。

 この調査団を取り仕切るラムブルースも特に異論はなく、グ・ラハの提案を受け入れ、皆に向かって声を上げた。

「では、私たち『ノア』は、これより、防衛機構を破ってクリスタルタワーの調査に乗り出す。……準備はいいな?」
「おうッ!」

 キャンプ地に響き渡るクリスタルタワー調査団――『ノア調査団』一行の声。
 まさに、歴史書に残るであろう冒険譚が、この瞬間幕を開けたのだった。

2022/02/04

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