膝をつくことは許されないでいた

 アトリはオルシュファンと共に神殿騎士団本部を訪れ、久々にアイメリクとルキアと対面し、深々と頭を下げた。早速事の顛末を説明するオルシュファンの横で、アトリは大人しくしていたが、視線を感じてふと顔を向けた。
 ルキアと目が合い、互いに笑みを浮かべる。蛮神ビスマルクが現れただけに、雑談に興じる暇はなさそうである。

「……そうか。蛮神シヴァに続いて、『雲神』ビスマルクも現れるとは……」

 ドラゴン族がいつ襲って来るか分からない上、ビスマルクはまだ討伐したわけではない。恐らく皇都イシュガルドを襲って来る事はないと思われるが、アバラシア雲海はドラゴン族との戦いにおいて重要な拠点のひとつである。放ってはおけない。

 アイメリクが頭を悩ませる中、突然、神殿騎士が大慌てで入って来た。

「何事だ」
「異邦人二名が、異端嫌疑により神聖裁判所に連行されたとの報せが……」

 騎士の言葉に、アトリはすぐさまオルシュファンと顔を見合わせる。異邦人二名――アトリは今この場にいるから除外される。ならば、『暁の血盟』一行という事になる。冒険者は先程己たちと別れ、フォルタン伯爵邸に既に到着している筈である。
 ならば、連行されたのは――。

「そんな……アルフィノ様とタタルさんが!?」

 口元を押さえて驚愕の声を上げ、思わずふらつきそうになったアトリを、オルシュファンが慌てて支えた。『暁の血盟』の三人をフォルタン伯爵邸で預かり、冒険者が功績を挙げた事は、神殿騎士団の耳にも届いている。当然彼らの潔白はアイメリクも分かっているとは思うものの、オルシュファンは念には念をと訴えた。

「アイメリク卿。彼らが異端者と通じているなど有り得ぬ事です」
「分かっている、オルシュファン卿。……それで、告発者は誰だ?」

 アイメリクが騎士に訊ねると、蒼天騎士団のグリノー卿だと答えた。

「蒼天騎士団……」

 神殿騎士団とは違う、イシュガルド教皇に直接仕える騎士たちだとアトリは聞いていた。恐らくはこの国における立場は、神殿騎士団より蒼天騎士団の方が強いだろう。だが、一体何故蒼天騎士団がアルフィノとタタルに目を付けたのか。五年前にアトリ自身が嫌疑をかけられた時とは、情勢も状況も違う筈である。
 アトリの疑問を解消するように、オルシュファンが告げる。

「グリノー卿は、ゼーメル家の血を引いている。フォルタン家とは、良好な関係とは言えぬ歴史があるのだ」
「……では、先日冒険者様が功績を挙げた事が気に食わない、と?」

 冒険者がアルトアレールと共に任務を遂行した時、確かデュランデル家とゼーメル家の手伝いをしていたと言っていた。つまり、ゼーメル家がフォルタン家の功績を嫉んで仕掛けた可能性が高い。
 アトリの問いに、オルシュファンは頷いた。

「だろうな。いくらなんでもアルフィノ殿とタタル殿が本当に異端者だとは思ってはいないだろう」
「なんて事を……早く冒険者様にお伝えしないと……!」

 居ても立っても居られず、オルシュファンとアトリが共に神殿騎士団本部を出ようとした瞬間。
 会いに行こうとしていた冒険者が、息を切らして入って来た。
 その様子から、アルフィノとタタルが連行された事は、真っ先にフォルタン伯爵に伝えられたのだとアトリは察した。

「よいタイミングで来てくれた! ちょうど、こちらから向かおうと思っていたところだ」

 オルシュファンは労うように冒険者の傍に駆け寄れば、共にアイメリクの元へ再び歩を進める。

「雲神『ビスマルク』の件を報告していたところに、例の異端告発の情報が舞い込んできてな……。彼らが潔白であることは、明白だというのに!」

 そう憤るオルシュファンに、冒険者の強張っていた表情が少し柔らかになったようにアトリは感じた。寄り添ってくれる仲間がいるだけでも、心持ちは違う。そう、己たちはもう仲間なのだ。

「私としても、彼らの潔白は信じている。だが、やっかいなのは、お二方を告発したのが、蒼天騎士のグリノー卿という点だ」

 冒険者と対面したアイメリクは、この国における蒼天騎士団の在り方について説明する。

「『蒼天騎士』とは、教皇猊下をお護りする十二名の騎士。簡単に言えば、親衛隊のような存在でな。彼らに命令できるのは、教皇猊下ただおひとりなのだ」

 つまり、アルフィノとタタルの身の潔白を証明するには、イシュガルド教皇に御伺いを立てる必要がある。結論から言えば、神殿騎士団でもそんな事は出来なかった。アトリが五年前に異端者嫌疑を逃れる事が出来たのは、ルキアの恩情で連行が取り止められ、身の潔白の証拠として、アトリの父親の遺品を持ち帰ったからである。
 アルフィノとタタルが異端者ではない事くらい、誰もが分かっているが、残念ながら、物品証拠は存在しない。
 オルシュファンは顔を顰めさせ、苛立ちを露わにした。

「蛮神シヴァの討伐に、先の皇都防衛戦……我らイシュガルドの民は、『暁の血盟』に多大な恩があります。だというのに、このような嫌がらせをしようとは……」
「卿の怒りもわかるが、今はそれを言っても始まるまい」

 アイメリクとて、『暁の血盟』が異端嫌疑で投獄され、最悪処刑されるなど、あってはならない事だと分かっている。とはいえ、策もなしに神聖裁判所に突撃する事も出来ない。

 ――否、策はある。神聖裁判所へ行き身の潔白を証明する方法がひとつだけある。危険は伴うが、それしか手段がなく、かつ正当な方法が。

「……こうなったら、『決闘裁判』を要求するまでだ」

 アイメリクがその方法を口にすると、オルシュファンは一気に表情を明るくさせた。

「なるほど……その手がありましたな!」

 初めて聞いた言葉に、冒険者とアトリはどちらともなく顔を見合わせた。冒険者に「どういう事だ?」と聞かれても、アトリは何も答えられず首を横に振った。
 その様子を見ていたオルシュファンが、すかさずふたりに説明する。

「決闘裁判というのは、戦神ハルオーネの御前で、被告人が告発人と決闘し、潔白を証明するというものだ」
「……あの、決闘裁判とは言葉通り、剣を交えて戦うという事ですか……?」

 果たしてそれは裁判と言えるのか。呆然とするアトリに、アイメリクが単刀直入に補足する。

「その通りだ。今回の場合、アルフィノ殿とタタル嬢が、告発人であるグリノー卿ら二名の闘士と戦うことになる。そして、勝利できれば、無事に無罪が認められるというわけだ」

 アイメリクはあっさりと言ってのけたが、魔法が使えるアルフィノはともかく、いくらなんでもタタルが騎士相手に戦うなど無謀である。アトリは青褪めた顔を冒険者へ向ける。冒険者もさすがにこれには表情を顰めさせた。

「しかし、相手は百戦錬磨の蒼天騎士……。お二方の組合せでは、いかにも分が悪い……」

 オルシュファンも無謀である事は分かっており、冒険者とアトリの反応も当然である事も理解していた。
 だが、この決闘裁判には抜け道がある。
 オルシュファンが説明する前に、アイメリクが冒険者に顔を向けて口を開いた。

「魔法の使い手であるアルフィノ殿は、己の腕で潔白の証を立てる必要があるだろう……だが、戦う術なきタタル嬢は、代理闘士の選出が認められるはず」
「代理闘士……!」

 さすがにそれはアトリとて意味を聞かずとも分かる。タタルの代わりに誰かが、剣を取り戦うのだ。

「私やオルシュファン卿も、一角の騎士のつもりだが、やはり、この中では君がいちばんの猛者だ。代理闘士として戦ってくれるか?」

 アイメリクは真っ直ぐに冒険者を見遣った。
 迷う事なく頷く冒険者に、誰よりも先にオルシュファンが喜びの声を上げた。

「決まったな! では、さっそく私がアルフィノ殿に面会し、進言してこよう。神聖裁判所で待っているぞ!」

 そう言って足早にこの場を後にしたオルシュファンに、アトリは何もかもが急過ぎると思ったものの、アルフィノとタタルの命が懸かっている。考えている暇などなかった。
 アトリは咄嗟に冒険者の手を取って、力を込めた。

「絶対勝って、そして、皆でゆっくり羽を伸ばしましょう!」

 本来ならば、この人だけにこんなに多くのものを背負わせてはいけないと、アトリは思っていた。アルトアレールとエマネランの任務をこなし、異端者のアジトの殲滅や、更には蛮神ビスマルクと対峙するなど、身体は疲れ切っている筈だ。
 だが、『暁の血盟』の仲間を救うためならば、冒険者は迷わず剣を取るだろう。それはアイメリクの言葉に即答した時の真剣な面持ちを見れば、一目瞭然であった。
 だから、アトリは気遣うよりも、鼓舞する事を選んだ。
 力強く頷いた冒険者は、心なしか、優しい笑みを浮かべているように見えた。



 神聖裁判所までの道程を走る冒険者の後を、アトリもついていく。
 蒼天騎士なるものがどれほどの強さか想像も付かないが、アトリは冒険者よりもアルフィノを心配していた。二対二で対峙した場合、アルフィノは騎士相手に魔法だけで対抗する事が出来るのだろうか。

「冒険者様、その……アルフィノ様の代わりに私が決闘裁判に出るのは可能ですか?」

 アトリが何気なく放った言葉に、冒険者は思わず足を止めれば、駄目だと頑なに否定した。力不足と言いたいのではない、アトリが代理闘士を名乗り出れば、オルシュファンがすかさず止めて彼が出るだろう――そう告げる冒険者に、アトリは首を傾げた。

「確かに、冒険者様とオルシュファンが共闘すれば、向かうところ敵なし、に思えますね」

 だが、冒険者はそれも否定した。アルフィノの強さは自分もよく分かっている。アトリが代わりに出るなどと言えば、アルフィノのプライドが傷付く。そう言って苦笑する冒険者に、アトリはアルフィノを甘く見ていたと反省したのだった。



「イイまなざしだ!」

 神聖裁判所ににて冒険者の到着を今か今かと待ち構えていたオルシュファンは、その姿を目の当たりにするなり瞳を輝かせた。

「すでに、アルフィノ殿に面会し、決闘裁判の仕組みについて伝えてある。法廷で、彼らが決闘裁判を希望すると宣言したら、タタル嬢の『擁護者』として名乗り出てくれ!」

 準備する間もない状況ではあるが、冒険者はオルシュファンの説明に頷いた。蒼天騎士の強さがどうであれ、そうしなければアルフィノとタタルは救えない。冒険者に迷いはなかったが、隣に寄り添うアトリはやや不安気な表情を浮かべている。
 オルシュファンはアトリを一瞥すれば、冒険者に向き直って言い放った。

「大丈夫、相手が蒼天騎士であろうとも、お前なら勝てる! 私の熱い心は、常にお前の側にあるぞ!」

 それは冒険者に対する鼓舞でもあり、アトリを安心させる為の気遣いでもあった。以前のアトリならば冒険者に嫉妬していたが、今はもう、そんな子どもじみた感情は消え失せていた。
 ただ、冒険者が怪我をする事なく、アルフィノと共に無罪を勝ち取り、タタルと三人で無事裁判所から解放される事だけを祈っていた。

「では、準備はいいか? 法廷に向かうとしよう!」

 オルシュファンを先頭に、冒険者とアトリは初めて神聖裁判所へと足を踏み入れた。
 五年前のアトリが、もしかしたら連行されていたかも知れない場所。今頃タタルはどんなに恐ろしい思いをしているだろう。アルフィノもこんな理不尽な形で連行されるなんて、ウルダハで起こった事を鑑みると、怒りとやるせなさでいっぱいになっているかも知れない。

 心配しているのが顔に出ていたのか、冒険者がアトリを見て囁いた。「終わったら、皆でゆっくり羽を伸ばそう」と。
 つい先程自分が言った言葉をそのまま返されて、アトリは己が励まされてどうするのかと情けなく思いつつも、冒険者に微笑んで、静かに頷く。
 決闘の刻は、もう目の前まで迫っていた。

2023/11/20

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