「風早先輩ってあの花城光莉ちゃんと知り合いなのォ!? やっぱり玲明学園の革命児の呼名は本当なんだ……」

『ALKALOID』として新たなスタートを切るにあたり、まずは資金稼ぎの為にビラ配りのアルバイトに勤しもうとしていた矢先、危惧していた事が起こってしまった。彼女と偶然出くわすまでは良かったが、まさか己を知らない後輩たちにまで過去の事を吹き込んでいたとは。こうなる前に、彼女には心を鬼にしてはっきり言わないといけないと思ってはいたものの、先延ばしにした結果まるで公開処刑のような拒否の仕方になってしまい、少々気の毒な事をしてしまったという自覚はある。
 反省も程々に、それよりも今はユニットのメンバーである白鳥藍良の問いに答えなくては。

「知り合いというか、昔馴染みですな。幼馴染みと言った方が近いかも知れませんが」
「ええっ!? 子どもの頃から友達だったんだ……やっぱり才能ある人は自然とそういう人同士で繋がる縁があるんだねェ」

 感嘆の溜息と共にしみじみとそんな事を言われたものの、革命児という肩書きなど過去のものである以上、何と返して良いか分からず言葉に詰まってしまった。そもそも今はアルバイトを優先すべきである。彼女の話題はそれとなく逸らそうと思ったものの、どうしても引っ掛かるものがあった。

「あの、藍良さん。差し支えなければご教示頂きたいのですが」
「えっ、おれが風早先輩に教えられる事なんてないよォ」
「もしかして、今の光莉さんってかなり有名なんですか?」

 彼女は己を慕い、崇拝はすれど、決して自らの事を語ろうとはしない。それなりに順調、下級生であるユニットメンバーとの関係は良好であり、だが上級生の立場で接するにあたり課題は山のようにある。自分は全然駄目だ。そんな曖昧な話しか把握していないのだ。
 己の問いに、白鳥藍良は愛らしい瞳を大きく見開けば、信じられないとでも言いたげに驚愕の声を上げた。

「風早先輩、ほんとうに知らないの!? 花城光莉って言ったら、今年の春に彗星の如く現れて一気にスターダムにのし上がったユニットのリーダーだよォ! 落ちこぼれから特待生に上り詰めた努力家で、玲明学園のシンデレラって一部では言われてる」

 ユニットを組んでアイドル活動をしている以上、特待生になったのは本人が言わずとも察していた。だが、彼が今言ったように『落ちこぼれ』だった彼女が、まさかそんな担がれ方をされるまで高みに到っていたとは想定外であり、正直驚かざるを得なかった。

「でも、幼馴染みなのにどうして退院した風早先輩に『私、こんなに有名になったんです〜!』って言わなかったんだろう? 光莉ちゃんって頭弱い子だし、うっかり言い忘れちゃったのかも知れないけど」

 眉を顰めて不可解そうに首を傾げる仲間に、寧ろこちらが首を傾げたいくらいであった。花城光莉の頭が弱いなど、彼女を知る者ならそんな印象は持たない。
 つまり、事務所の意向でそういうキャラ付けで花城光莉というアイドルを演じているのだ。玲明学園ではよくある話であり、特に不思議な事ではないが、彼女の素の姿を知る者としてはさぞ無理をしているのだろうと、他人事ながら少々気の毒に思ってしまった。

「あ! 風早先輩の友達なのに、頭弱いなんて言ってごめんなさい!」
「いえ、構いません。光莉さんは敢えてそういうキャラを作っているようですしな。そう認識して頂けるほうが本望でしょう」
「うん、芯はしっかりしてるっていうのは分かるよォ。じゃないと玲明学園を代表するアイドルのひとりになんてなれないだろうし」

 己が外界から隔たれた環境で入院生活を送っていた間に、本当に様々な事が変わってしまったらしい。
 アイドル業界の仕組みも、玲明学園の在り方も、そして、己のせいで壊れてしまった花城光莉という少女が、皮肉にも己が居なくなった事で目が覚めたのか、自力で立ち直り、這い上がり、既存のルールに則り地位を手に入れ、栄華を誇っているらしい事も。

 己が成し遂げようとしていた事は一体何だったのか、全てが無駄だったのか、何もかもが――。自らの事を率先して口にしない彼女に、此方から詳細を訊ねなかったのは、己の行いが全て無意味なものであったと突き付けられたくなかったからかも知れない。





 ユニットメンバーの一人、礼瀬マヨイが体調を崩し、星奏館まで運んだのちアルバイトを再開しようとセゾンアヴェニューに戻ると、己たちと一緒にアルバイトに勤しむRa*bits等夢ノ咲学院の生徒たちの他、本来ここに居ない筈の少女たちの姿があった。
 花城光莉のユニットメンバーが、己の姿を視界に捉えるなり声を上げた。

「あ! 巽さまだ!」
「いや、さまって付けたら駄目だって」
「じゃあなんて呼べばいい? 苗字なんだっけ。知ってる?」
「え、わかんない。光莉先輩、『巽さま』としか言ってないし」

 少女たちは己を指差して何やら言い合っており、取り敢えず何かしらの用があってここにいるのだという事は把握出来た。幸いと言っては何だが、リーダーである花城光莉の姿はない。気まずくなって別行動でも取っているのだろうか。だとしたら、申し訳ない事をしてしまった。

「あのう、俺に何か用でしょうか? だとしたらアルバイト中ですので、申し訳ないのですが手短に言って頂けると助かります」

 彼女たちの傍に歩み寄って声を掛けると、皆まるで小動物のように一瞬体を震わせて己を見上げれば、すぐに顔を逸らしてメンバー内で互いに顔を見合った。そしてこちらに聞こえないほどの小声で何やら話し合いをして、そのうちの一人が意を決したように己へ顔を向ければ、真剣な面持ちで口を開いた。

「あの! 私たちが失礼な事を言ってしまったのなら、謝ります。光莉先輩は何も悪くないので、仲直りして貰えませんか?」
「仲直りも何も、光莉さんが皆さんに余計な事を吹き込まないと約束してくださるのなら、俺としてはこれからも友好な関係を続けたいと思っていますが」
「それ! たぶん誤解です!」

 てっきり彼女は二年前の己の成し遂げられなかった革命を夢見て、風早巽という偶像を神と称し崇め立て、信仰者を増やすような行為を行っているのだと危惧していた。そうでなければ地に落ちた存在である己を敬称で呼び、己を知らないであろう後輩たちにもその呼名を強制するような事はしないからだ。

「誤解、と言われましても。コズプロを追放され、全てを失った人間に対して『さま』などと呼び続けるのは普通ではないと思いますが」
「確かに光莉先輩は普通じゃないですけど……吹き込むとかそういう悪事を働く人じゃないです! 光莉先輩が『巽さま』の為に色々頑張ってるのを見て、私たちもふざけてそう言うようになったというか……」
「ストーカー気味な光莉先輩をからかったり弄ったりしてるだけで、別に何かを吹き込まれたわけじゃないですよ。本当です」

 次々と花城光莉を庇う発言をする少女たちに、もしかして己は思い違いをしていたのではないかと思い始めた。彼女たちが嘘を言っているようには見えない。とはいえ、己のどこからどこまでをこの子たちに伝えているのかは定かではない。

「……では、光莉さんが君たちに何も吹き込んでいないと仮定しましょう。ですが、俺としてはいつまでも光莉さんが過去の俺に囚われるあまり、信仰者を集って再び革命を起こそうと画策されては困ります」

 これはある意味賭けであった。己の言っている事をこの少女たちが理解できなければ、彼女は余計な事を吹き込んではいないと断言して良いだろう。結果は、明白であった。

「……『革命』って何ですか?」
「私たち、『巽さま』は巴日和さまと同じぐらい凄い人だったって事しか教えて貰えてないですよ」
「光莉先輩、思わせぶりな事ばかり言って肝心な事は暈すから……」

 ――これは、彼女に悪い事をしてしまった。決して過去の亡霊に憑り付かれる事なく、本当に立ち直る事が出来たのだろう。
 神の前では人間は皆平等であり、特待生制度など失くすべきだと暴れ回った結果、多くの人を傷付け、待っていたのは地獄であった。己の信仰心が足りないばかりに招いた悲劇を、彼女が悲劇だと認識せず、再び革命を起こそうとしたわけではなかったのだ。

「……分かりました。どうやら俺は思い違いをしていたようです。光莉さんには頃合いを見計らって、謝罪しておきます」
「いえいえ! 謝罪なんてしたら、多分光莉先輩の事だから余計落ち込むと思うので、普通でいてください」
「ふふっ、俺より皆さんのほうが光莉さんの事を熟知しているようですな。では、何事もなかったように接して、それとなく詫びを入れるとしましょう」

 そう言うと、少女たちは一気に表情を綻ばせた。白鳥藍良の言う事が事実であれば、この子たちとて忙しい身の上な筈だが、リーダーのためにこうして己を待伏せして身の潔白を証明するなど、彼女もまた良い仲間に巡り会えたと言えるだろう。

「光莉さんのお話など詳しく聞かせて頂きたいところなんですが、あいにく俺たちは今アルバイトに身を投じていまして。残念ながらあまり悠長にしていられず……」
「私たちも光莉先輩が心配なのでそろそろお暇します! あ、でももし良かったらビラ配り、手伝いますよ! 皆、いいよね?」

 少女の提案に他のメンバーたちも迷うことなく頷いて、気遣いは有り難いもののさすがに申し訳ないと思っていると、恐らく声を掛けるタイミングを見計らっていたのか、Ra*bitsの真白友也が間に入った。

「いいんですか? 助かります! ギャラはちゃんと分けますんで!」
「あ、Ra*bitsの真白くんだ〜!」
「ギャラは結構です! 光莉先輩と巽さ……先輩が仲直りしてくれたらそれで十分なので!」

 かくして、大量に残っていたチラシの一部を譲り受けた少女たちは、最後まで己に頭を下げながらこの場を後にした。ギャラは要らないという申し出により、配布を終えた後に集合する事はなくそのまま解散という段取りとなった。

「花城光莉という人は随分と立派な君主のようだね」
「こら、ヒロくんっ! 呼び捨てにしたらダメだって! おれたちみたいな劣等生から見たら手が届かない存在なんだから。こうしてビラ配りを手伝ってくれた事自体が奇跡だよォ」
「それだけ花城光莉……先輩は、皆に慕われているという事か」
「うんうん。おれたちみたいにどん底を味わった事があるからこそ、後輩に優しく出来るのかも知れないね。勿論、優しいだけじゃなくて実力もないと舐められちゃうけど」

 本当に、己の知らないうちに花城光莉という少女は、随分と高みへと登っていたようだ。決して余計な事を口にせず、純粋に、己を慕ってくれていたのだろう。果たして、口だけの謝罪で彼女の心が癒えると良いのだが、もし今日の出来事がきっかけで彼女との関係が修復出来ないのであれば、神から与えられた罰だと思い受け容れるしかない。

 そんな事を考えていると、白鳥藍良が己の傍に駆け寄れば満面の笑みで思いがけない提案を口にした。

「ねえ、風早先輩。星奏館に戻ったら、光莉ちゃんのライブ映像とか色々見せてあげるよ。あと単独でラジオ番組も持ってるし、スマホで過去の分も聞けるよォ」
「はあ……強制的に与えられた『すまほ』でそんな事まで出来るのですか」
「……光莉ちゃん、風早先輩に自分のお仕事とか説明しても理解して貰えないから、敢えて言わなかったのかも」
「失敬な。俺もそこまで物分かりが悪くはありません」

 入院していた一年間、彼女が如何ほどの努力をして特待生となったのかを知る術はない。けれど、その努力が実を結び、愛すべき後輩たちと共にユニットを結成して漸く花開いた姿を見ない理由はない。己と近しい存在であったというただそれだけの理由で、信仰者から嫉妬を浴びて嫌がらせを受け、徐々に壊れていった彼女は、経緯はどうあれ自らを修復して這い上がってみせたのだ。その努力の結晶を、しっかりとこの目に焼き付けなくては。

 彼女は神様などいないとよく言っていたが、口ではそう言っていても、心の中ではしっかりと信仰心を持ち合わせているのだろう。だからこそ、神は決して彼女を見捨てたりせず、祝福を与えてくださったのだから。

2020/06/17

Alles nur nach
Gottes Willen

すべてただ神の御心のままに
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