Crazy:Bの他のメンバーを探すといっても、何の手掛かりもないまま会場じゅうを駆け巡るなんて無謀にも程があるのは分かっていた。それでも、一縷の望みに掛けて走り回っていると、聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。

「光莉先輩〜! やっと見つけた!」

 顔を向けると、ユニットの子たちが私に向かって手を振っていて、すぐに駆け寄って来てくれた。

「皆、どうしたの? やっぱりライブに出たい?」
「いや、Crazy:BがUNDEADとライブするって聞いて、もしかして光莉先輩も巻きこまれてるんじゃないかと不安で……」
「巻き込まれ……ううん、既に巻き込まれちゃってるかも。でも、皆に迷惑は掛けないから」

 自発的にCrazy:Bのメンバーを探しに行くのと、UNDEADに頼まれて探すのでは、傍から見れば同じでも気持ち的には全然違う。前者なら自分なりの線引きをして諦める事も出来るけれど、後者ではそういう訳にはいかない。
 煮え切らない答えを返す私に、仲間たちは当然納得いかないとでも言いたげに顔を歪めさせた。

「何があったんですか? 巻き込まれてるならちゃんと説明してください」
「実際に迷惑かどうかは私たちが決める事です。光莉先輩が私たちに遠慮して、迷惑が掛かると思い込むのは違うと思います」

 いつもはなんだかんだで言う事を訊いてくれる後輩たちも、今ばかりははっきりと反発している。いや、これは反発ではなく『意見』だ。私たちは誰かひとりが我慢する事なく、意見を交わし合って様々な選択をし、ここまで進んで来たというのに、私が守れていなくてどうするのか。

「……皆、ごめんね。Crazy:BとUNDEADのライブなんだけど、Crazy:BはHiMERUさん一人で出る事になってしまって……」
「ええっ!? たった一人で!?」

 私の言葉にメンバーは皆驚いている。単に一対四だからというだけではなく、UNDEADはCrazy:Bが喧嘩を売った相手だからというのは、すぐに想像が付いたからこその驚きだろう。これまで誰もCrazy:Bとライブをしていないという情報はすぐに把握出来るし、こんな状況下で彼らと共演を願い出る理由は、『過去のライブで散々な目に遭わされたからリベンジする』という目的だと考えるのが一番腑に落ちる。
 ただ、UNDEADに関してはどうもそういう訳ではなさそうなのだ。

「それで……UNDEADの皆さんに、Crazy:Bの他のメンバーを探すよう依頼されたんです」
「そうなんですか……って、ええ!? HiMERUさんじゃなくて『UNDEAD』が光莉先輩に?」

 更に皆目を見開いて困惑の声を上げる。直接依頼された私だって、未だにUNDEADが何を企んでいるのか分からない。

「私も皆にどう説明していいか分からないんだけど……多分、UNDEADの皆さんはHiMERUさんを公開処刑するわけじゃないと思うんです。そもそも四対一なんて、それこそUNDEADの方が卑怯だとお客さまに誤解されそうですし。ダークさを売りにしているとはいえ、UNDEADは信頼を失うような行為をするユニットではないと思います」

 とは言っても、結局のところUNDEADがどういう目的でCrazy:Bに共演を持ち掛けたのかは私には分からないし、『UNDEADを信じる』と思い込むしかないというのが本音だ。
 ただ、幸い私の仲間たちは考える事を放棄せず、様々な憶測を口にした。

「……『正々堂々と勝負したいから、四人全員揃えて来い』って事かも知れませんね。尤も時間も限られてますし、最悪本当に四対一になりかねないですけど」
「ライブは中継されてるし、Crazy:Bの三人に対して『仲間を助けたいならステージに来い』って呼びかけて時間稼ぎするのかな」
「でも、その三人はそもそもこの会場にいないかもしれないじゃん。光莉先輩に頼むって事は、『会場内にいる』って確証があるんじゃないの?」

 仲間たちの作戦会議が終わり、皆一斉に私のほうへ顔を向けた。

「光莉先輩、Crazy:Bの残りのメンバーを探しましょう!」
「えっ、皆……いいの……?」
「だってそうしないと、いつまで経っても光莉先輩が解放されないじゃないですか。皆で探せばあっという間ですよ、きっと」

 何の根拠もない言葉。けれど、こんなに心強いと思った事が今まであっただろうか。
 ……ううん、何度もあった。私がラジオで失言したり、パフォーマンスで失敗した時も、いつだって支えてくれていた。「こんな足を引っ張るリーダーなんていらない」って思われても仕方ないのに、皆「大した失敗じゃない」「次挽回すればいい」と言ってくれて、なんとか頑張って来れたのだ。

「皆……本当にありがとう。今だけじゃなくて、これまでも……私、本当にどれだけ支えられて来たか……ごめんね、これでも一応年上なのに……」
「何言ってるんですか。光莉先輩がいつも私たちにしてくれる事を、私たちも返しているだけですよ」

 つい感極まって泣きそうになっている私に、仲間のひとりが当たり前のようにきっぱりとそう言って、嬉しく感じるよりも先に、果たして私はいつそんな事をしたのかと純粋に不思議に思ってしまった。

「光莉先輩、人に親切にするのが当たり前すぎて、自分で自分の良いところに気付いてないだけですよ。ほら、『行動はいつか習慣になる』みたいな格言あるじゃないですか」

 まさか自分がそんな風に思われていたなんて、今この瞬間初めて知った。確かに、自分が劣等生として辛い思いをして来たからこそ、自分より年下の世代には同じ目に遭わせたくないと強く思っているし、やっぱり巽さまの背中を見て育ったからこそ、あんな風に真っ直ぐに、強い心で生きられたら――自覚はしていなくても、自然とそう願っていたのかも知れない。



 Crazy:Bのメンバーがどこにいるか見当が付かず、会場内はほぼほぼ回った筈だけれど誰ひとりとして見つからず、もしかしたらすれ違いになっているかも知れないと結論付ける事にした。何より、私ひとりが疲れ果てるだけならまだしも、後半戦が控えているのに他のメンバーまで疲弊させるのはユニットとしては非常に良くない。UNDEADには申し訳ないけれど、ライブが終わった後「出来る限りの事をしたが見つからなかった」と伝えよう。

 皆で話し合ってそう決めて、共演が行われている会場へ向かった。
 その途中、会場付近で見覚えのある姿が目に入った。

「――桜河くん!」

 桃色の髪を見た瞬間、間違いなくあの子だと確信した。迷わず駆け寄って名前を呼ぶと、桜河こはくは振り返って僅かに目を見開いた。

「光莉はん? まさかこんな所で会うとは……ぬしはんもMDMに出てるんやね」
「桜河くん、お願い! HiMERUさんを助けてあげて……!」

 説明もなしにそう言って、深く頭を下げる私に、桜河くんは驚いているのか何も言葉が返って来なかった。恐る恐る顔を上げると、桜河くんの視線は私の後ろへと移っていた。振り返ると、仲間たちも遅れて駆け付けて来ていた。
 そして、説明不足の私を補うように――とんでもない事を言ってのけた。

「HiMERUさんがUNDEADに公開処刑されそうなんです!」
「こないだの仕返しじゃない? 四対一で共演する事になっちゃって……ただの共演で終わるわけないよ、きっと」
「ええと、桜河くん……だっけ? HiMERUさんを助けられるのは、君しかいないんだ」

 さすがにその言い方では、UNDEADが完全に悪者扱いではないかと呆れてしまった。大体、つい先程「公開処刑するわけじゃないと思う」と伝えたというのに。まあ、私の主観でしかないけれど。

「……光莉はんのユニットメンバー、随分物騒な子たちやな」

 桜河くんは驚くでも焦るでもなく、ただ苦笑を浮かべて随分と落ち着きを払っていた。
 その佇まいを見て分かった。彼はHiMERUさんを助ける為にここに来たのだと。

「あの、桜河くん。この子たちの言い方は色々と語弊があるけど……でも、HiMERUさんが現状ひとりでCrazy:Bを背負ってるのは事実です。天城さんも椎名さんもいくら探してもどこにもいなくて……」
「……わしもHiMERUはんに全てを背負わせようとは思わん。覚悟は出来とる」
「桜河くん……ごめんね、重いものを押し付ける事になって」
「ええよ。それに、ほんの短い間でも、わしにとって『Crazy:B』と過ごした時間が楽しかったのは事実やし」

 そう口にした桜河くんの表情は、どこか穏やかに見えた。まだ十五歳だというのに、こんなに重いものを背負わせてしまうなんて。ただ、私がこれ以上何かを考えたり行動したところで、事態は何も変わらない。出来る事は、桜河くんを応援する事ぐらいだ。

「桜河くん、MDMが終わったら玲明でも会おう! 漣と一緒に住んでた事あるよね? 私、あいつとは劣等生時代からの縁で、桜河くんの事は元々聞いてたんだ」
「光莉はんも『あいつ』なんて言葉使うんやね」
「……聞かなかった事にして」
「わしはそっちの方が親しみやすいと思――」
「ダメダメ! アイドル花城光莉のイメージが崩れる〜!」

 大袈裟に両手で自分の口を抑えてそう騒げば、桜河くんは気の抜けた笑みを零してみせた。こんな馬鹿な振る舞いをして、少しでも緊張が解けてくれると良いのだけれど。
 でも、これから何が起こるか分からないステージという名の戦場へ向かうのだから、『帰る場所』はあった方が良い。出来れば複数。『Crazy:B』以外にも居場所がある方が、桜河くんも今後について前向きに考える事が出来ると思うから。

「桜河くん、HiMERUさんと一緒なら大丈夫だから。きっと乗り越えられる。……ううん、絶対に」
「HiMERUはんとぬしはんが本当はどんな関係か、わしには分からんけど……でも、光莉はんがそこまできっぱり言い切るなら、大丈夫やって思っとく」

 本当も何も、正直私も『どんな関係か』と聞かれたら『元先輩と後輩の関係で、今は同じ事務所というだけ』としか答えようがないのだけれど……でも、これ以上話をしている時間が惜しい。HiMERUさんを助ける為にも、すぐにステージに向かって貰った方がいい。

 お互いに頷けば、桜河くんは私たちに背を向けて会場に向かって走り出した。

「私たちと同い年なのに、すっごいしっかりした子ですね……なんでCrazy:Bにいるんですかね」

 ぽつりと呟いた後輩に、私は桜河くんの背を見送りながら言葉を返した。

「ああいう弱音を吐かない子って、私は逆に心配です。余程厳しく育てられたのか、年相応に振る舞えない環境だったのか……まあ、HiMERUさんと一緒なら大丈夫な筈です」

 桜河くんが「そこまできっぱり言い切るなら」と言ったように、どうして私はあんな無責任な事を口にしたのか。我ながら不思議に思ったけれど、きっと彼――HiMERUさんは、玲明で私なんかより遥かに辛い思いをしたからこそ、初めて出来た『Crazy:B』という仲間を大切にする――そう思いたいからなのかも知れない。





 私たちはこの後ライブに出ようか迷ったけれど、「ここまで来たらCrazy:Bのあの二人を見守ろう」という結論に至り、関係者席で事の成行を見守っていた。
 やっぱり、UNDEADは信用に値するユニットだった。MCでUNDEADの皆はCrazy:Bがメンバーに暴力を振るった事を演出であり、かすり傷であると言い、まるで天城燐音を庇うかのような運びだった。乙狩アドニスがHiMERUさんを肩車していたのを見た時は、なんとも形容しがたい感情を覚えたけれど、仕返しにしては随分と可愛いものだ。

 そして、信じられない事が起こった。共演ユニットはUNDEADから流星隊へとバトンタッチし、なんと天城燐音と椎名ニキを連れて来たのだ。
 正義の味方である流星隊が、彼らのおなじみの戦隊パフォーマンスで悪のCrazy:Bを倒し(勿論演出の一環だ)ハッピーエンド……という、まるで全てが予定調和だったかのような展開だった。

 正直、これでUNDEADと流星隊のファンが全員納得するわけではないだろう。どうして庇うような事をするのか、と怒りの感情を持って行く場がない子もいるに違いない。
 でも、ALKALOIDの天城一彩が、「皆を笑顔にするのがアイドルで、その皆の中に天城燐音が含まれないのは正しくない」と言い放ったのだから、これでCrazy:Bを排除するような流れとなっては、ESの信用は一気に落ちてしまう。天城一彩の主張が理想論だろうと、綺麗事であろうと、皆の心に間違いなく響いただろう。だからこそ、Crazy:Bに攻撃された紅月も、ALKALOIDとの共演を申し出たのだ。

 ALKALOIDのやっている事は、事務所から見れば滅茶苦茶で、さぞ頭の痛い事かも知れない。でも、アイドルとして大切なものを、私たちが忘れていたものを、彼ら『ALKALOID』はその勇気によって、私たちに、皆に教えてくれた。
 なんて、私の頭も随分と理想論に侵食されているかも知れない。

 UNDEADと流星隊がここまで動いてくれても、Crazy:Bがこれで信用を取り戻したというわけではない。あくまでCrazy:Bから攻撃されたユニットが平和的な形でリベンジを遂げ、Crazy:Bはこれから地道なアイドル活動で信頼回復に努めなければならないだろう。尤も、ALKALOIDが後半戦に進めなければ、全てが水の泡になってしまうのだけれど。

 ALKALOIDにはなんとか後半戦に進んで欲しい――そう心の中で願った瞬間、後半戦への出場が叶ったユニットが発表された。

「光莉先輩、さすがですね! 私たち無事後半戦に進めますよ!」
「ああ、良かった……散々皆を振り回して、これで進めなかったら皆に一生頭が上がらなかったし……」
「そうなったら、それはそれで面白そうですけど」

 なんか言った?と後輩を睨み付けようとした瞬間。
 私だけ、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
『ALKALOID』の文字を目にし、私は何も考えられなくなった。
 多分大丈夫だと思っていた。多くのユニットがALKALOIDに協力していたし、なんだかんだで後半戦に進めるだろうと思ってはいた。
 それでも、本当に進めると確定した瞬間、本当に何も考えられなくなって、私の意識はそのまま夢の世界へと落ちて行った。

「良かったですね〜……って、光莉先輩!?」

 倒れかけた私の身体を後輩が慌てて支え、他の子たちも一斉に集まる。

「……光莉先輩……これ、気絶じゃなくて寝てる……」
「まあ、多分私たちと違って大して寝てないだろうし。昨日の夜HiMERUさんに会いに行ったかと思えば、急に次の日の朝巽さまに会う事になって……全てプライベートの事とはいえ、さすがに盛りだくさんだよね」
「本当、先輩には私たちがいないと駄目だね」

 こんな駄目なリーダーを誰も叱責せず、皆呆れがちに笑いながら、ひとりが私を抱き締めて背中を撫でた。

「でも、こうやってさらけ出してくれるから、私たちも先輩を支えよう、付いて行こうって思えるよね」
「元々、劣等生から這い上がって特待生になれる時点で凄い人だし……」
「私たちの中で一番実力あるのは光莉先輩だよね。本人は全然気付いてないっぽいけど」

 最早誰も過去に囚われてはおらず、私も、巽さまも、そしてHiMERUさんも、皆それぞれに苦楽を共にする仲間と出逢い、新たな道を歩んでいる。思い出したくもない辛い経験を乗り越えて、私たちは間違いなく前進していた。まだ見ぬ輝かしい未来へと。

2021/02/11

Sei Lob und Ehr
dem hochsten Gut

至高の善に賛美と栄光あれ
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